因縁の相手 その②
仇敵を前にしたからか、上司に恩を返すチャンスが来たからか、はたまたその両方か、なんにせよ士気がみるみる高まっていくクウヤ達。
一方、彼に吹き飛ばされたザッハークは逆にクールダウンしていた。
「……結局、お供ともやらなければいけないのか……めんどくさいな。というか、一対一の戦いに割って入るなど無粋極まりない……!!」
ゆっくりと立ち上がり、身体についた埃をパンパンとはたき落としながら呟く。
めんどくさいというのも本音だが、それ以上にザッハークはこの戦いを通じ、神代藤美にある種の敬意を持ち始めていた。だからこそ決着は二人だけでつけたかったのである。
「だが、こうなってしまっては仕方ないな」
「あぁ、そうだな。というわけで、おれも戦線復帰させてもらうぜ」
「クラウス……」
紫の怪人の隣に灰色のルシャットが並び、彼の背中をポンと叩いた。
「このルシャットⅠじゃ、あの女隊長の新型には手も足も出なかったわけだが、部下の奴らのマシン相手ならどうにかなる。少なくとも人数を分散させるだけでも効果はあるしな」
「……わかった。二人で不愉快な乱入者どもを駆逐しようではないか」
ザッハークとルシャットは気持ちを新たにし、再び臨戦態勢に入った。
「おいおい、今の奴らの話聞いたかよ?」
「完全に舐められてますね」
「今までの奴らとの戦いを考えれば、悲しいがそう思うのもしょうがないことだな」
マル達は士気こそ高かったが、冷静だった。ザッハーク達の話を聞いて、今までの彼らなら頭に血が昇りそうなものだがそんな様子はない……いや、違う。
「でも、まぁ……おれ達の隊長を苛めて……」
「アンナさんを殺した罰は……」
「しっかりと受けてもらうがな……!!」
彼らは今までで一番怒っていた。あまりに怒り過ぎて、逆に冷静になってしまうほどに。胸の奥では憤怒の炎がその身を焼き尽くさんばかりに燃え滾っている。
「……それでは始めましょうか……」
「おう」
「準備はできている」
三人は手帳型になった愛機を取り出す。正確には新しく、強くなった愛機をだ。
「あんた達のドレイクは改造しているって……」
「そうっす、姐さん!」
「見ててください、自分達の……シュヴァンツの新たな力を!」
「お前も奴らも刮目しろ!」
三人は愛機を突き出し、生まれ変わったことで与えられた新たな名前を叫ぶ!
「アサルトドレイク!!」
「パワー!ドレイク!!」
「ターボドレイク……!」
光とともに装甲が召喚され、マル達の全身に装着されていった。
マルのアサルトドレイクは今までと同じ燃えるような赤色をしており、各所が大型化し、純粋にドレイクをバージョンアップしたような姿をしていた。
リキのパワードレイクはアサルトよりもさらに一回り大きい印象を与える。装甲も分厚くなり、背中からガトリング砲が二門伸びている。カラーはもちろんイエローだ。
クウヤのターボドレイクは逆に余計なものを削ぎ落とし、細身になっていた。けれど代わりに以前にはなかった突起が背中から生え、足下にはタイヤが取り付けられている。色は相も変わらずの空を彷彿とさせるブルー。
全く同じ装備だったドレイクが、装着者に合わせて別物に進化した。それが一目でわかる三者三様の姿であった。
「これが……新しいドレイク……」
「すごいでしょ!姐さん!」
「とは言っても、自分達も今、初めて装着したんですけど」
「マジかよ!?」
「マジだ、大マジ」
「バカかよ!ザッハーク相手にいきなり新型を試すつもりか!?」
フジミは無謀な部下達を非難した……が。
「お前にだけは言われたくない」
「ボスもザカライア相手にいきなり新型使ったじゃないですか」
「そうそう」
「うっ……そう言われると……そうだね……」
自分を棚に上げるなと叱られてしまった。
「積もる話は後だ。奴らを倒してからな」
「……そうですね」
「あちらさんも、我慢の限界っぽいしな」
場違いな談笑を切り上げると、目の前の仇敵達に集中した。彼らは臨戦態勢を維持したまま、こちらの様子を伺っている。
「新しいマシンが出てきて、びびってやがるな」
「では、びびってる間に仕掛けましょうか……!」
「ならば、先陣は……俺が!ターボドレイクが切る!!」
ターボドレイクが腰を落とすと、足下に取り付けられたタイヤが高速回転を始めた。それがアスファルトに触れると、まるで爆発したかのように勢いよく飛び出して行った!
「来たぜ!ザッハーク!!」
「どいつもこいつも新型か……!」
「文句を言いたい気持ちはわかるがやるしかない!」
「わかっているさ!」
「青色はおれが相手をする!あっちもそのつもりらしいしな!!」
クラウスの言葉通り、ターボドレイクは迷うことなく真っ直ぐと灰色のルシャットに向かってきていた。
「そうか……では、オレは赤と黄色を!」
ザッハークはアサルトとパワーの元に走った。途中、ターボとすれ違ったが、お互い手を出すどころか横目で見ることもなかった。
「さぁ、新しいオモチャの力……見せてもらおうか!空也!!」
バババババババババババッ!!!
ルシャットはマシンガンを呼び出し、向かって来るターボに向かって乱射した。しかし……。
「退屈だな、クラウス」
いとも容易く回避される。ターボはそのままルシャットの周りを旋回し始める。
「ちょこまかと……鬱陶しいんだよ!」
バババババババババババッ!!
懲りずにルシャットは機関銃を撃ち続けるが、やはり当たらない。
「ちっ!だったら!!」
業を煮やしたクラウスは狙いを変えた。ターボドレイクではなく、地面をがむしゃらに撃ち始めたのだ。
「舗装された道じゃないと、スピードは出せないと考えたか……」
穴やアスファルトの破片を避けて進むターボは明らかにスピードを落としていた。だが、クウヤは取り乱す様子は見られない。対策を打たれることなど、わかり切っているから、それに対する対策も用意してあるのが、ターボドレイクというマシンだ。
「悪くはないが……甘いな!!」
「何!?」
ターボドレイクは背中の突起から火を吹き、空に飛び上がった。
「ターボは空でも速いんだよ!!」
ガァン!
「ぐっ!?」
ターボはそのまま急速落下、飛び蹴りをかます。ルシャットはかろうじて直撃は防いだが、胸の装甲を大きく抉られてしまう。
「くそッ!?だが、この距離なら!!」
クラウスはマシンガンを消し、手の届く距離まで来てくれた後輩に殴りかかる!
「それはこちらも望むところだ!!」
そして、後輩も先輩の想いに応える!
ガンガンガンガンガンガンガァン!!
至近距離でのハイスピードの攻防。まさに目にも止まらぬという言葉を体現したようだ。
(くっ!?速いな……以前よりも……!!)
あまりに速過ぎて同じように見えるが当の本人、クラウスは相手の方が僅かに自分を上回っていることを実感していた。だが……。
(それでも対応できないレベルじゃない……!このまま耐えていれば、チャンスは来る……!)
クラウスは虎視眈々と機会を伺っている。彼にはわかっているのだ……我那覇空也の弱点が。
そんなことを考えていると、すぐにその機会は訪れた。ターボの目線が一瞬だけ、ちらっとルシャットのボディに向いたのだ。
(来た!フェイントだ!!)
クラウスはクウヤの悪癖を見抜いた。本命の攻撃を当てる部分を事前に確認してしまう癖を。
(この攻撃は……囮!)
自身の顔面に向かって来るパンチに反応しない。来ないことはわかっているから。仮に本当に来たとしても視界に入っているならば、クラウスほどの実力者は対応できる。
(次にボディーブロー!読めているぞ!カウンターで逆に顔面にドぎついのをくれてやる!!)
本命のボディーブローが来るであろう軌道上に腕を移動させ、もう一方の腕には目の前にある青色のマスクを撃ち抜く力を溜める。準備は万端だ。
(さぁ!こ……)
ガァン!!
「………えっ!?」
視界に映っていた青色のマスクが、突然青色の空へと切り替わる。それが自分の顔面が下から蹴り上げられたせいだということに気づくのに、ほんの一瞬だがクラウスでも時間がかかった。
「お……お前……!?」
「散々、口うるさく注意されれば、さすがに矯正するさ。それで痛い目を見続けてきたなら尚更な」
クウヤは自分の悪癖を克服していた。しかも、それだけに飽き足らずその癖を利用してクラウスに一泡吹かせたのだ。
「あと、勘違いするなよ……ターボドレイクはまだ全開じゃない」
「なん……だと……!?」
「何せ初の装着だからな。慣らす時間が必要だった。それに今のようにお前に借りを返したいという私情もあった」
「それじゃあ……」
「あぁ……ここからは全力で職務を全うする!その身体でとくと味わうがいい!これがターボドレイクのフルスロットルだ!!」
ガンガンガンガンガンガンガァン!!
「ぐあっ!?」
先ほどまでの攻撃は素人目には理解できなかったが、今のターボの攻撃は玄人中の玄人でもあるクラウスにも理解ができない、いや追い付かないと言うべきか。なんにせよ彼ほどの男でも対応することは敵わなかった。
「ハアッ!」
「ぐはっ!?」
ターボの膝がルシャットの腹部にめり込み、身体が“く”の字に折れ曲がる。
「でぇいっ!!」
「がっ!?」
さらにルシャットの背中に両腕をハンマーのように振り下ろし、地面へと叩きつける。
「もう一丁ッ!!」
「ぐあっ!?」
さらにさらに地面に這いつくばっているルシャットをサッカーボールのように蹴り飛ばした!
「まだ……まだァ!!」
吹き飛びながらルシャットはアンカーをターボドレイクに向けて飛ばした。アンカーは青い竜の周りをぐるぐると旋回し、ワイヤーで拘束した。先ほどザッハークがシェヘラザードの動きを封じるためにやったことを再現したのだ。しかし……。
「こんな貧弱なワイヤーごときで……俺を止められるか!!ターボDカッター!!」
ザンッ!!
「なっ!?」
ワイヤーはあっさりターボドレイクの腕と脚から生えた刃に斬り裂かれてしまう。
「このぉ!!」
万策尽きたクラウスは再び機関銃を出して、銃口をターボに向けた。
「無駄だ……もうこの戦いの勝敗はついている。ターボDライフル!!」
バン!バン!バァン!!
「……ッ!?」
ターボドレイクは手に召喚された狙撃用の銃を見惚れるようなどこかなまめかしい動きで構えると、躊躇うことなく引き金を引いた。
発射された弾丸は一発はルシャットの機関銃の銃口に、残りの二発はルシャット本体の肩と脚を貫いた。
「俺個人としては納得しにくいが、シュヴァンツの副長としてはマシンパワーの差で圧倒できたのは喜ばしいことだな」
身動きが取れなくなったルシャットにクウヤはそう言い放った。完全なる勝利宣言である。
「アサルトDマシンガン!かける2!!」
「パワーDガトリング!!」
ババババババババババババババババババババババッ!!!
アサルトドレイクの両手に握られた二門、パワードレイクの背中から伸びた二門、計四門の銃が火を噴いた!
まるで暴風雨のように数え切れない弾丸の群れがザッハークに降り注ぐ。
「ちいっ!?さすがに受け切れん!!」
ザッハークはジグザグとステップを踏むように後退した。この圧倒的な数の暴力には自慢の再生能力も通用しないと判断したのだ。
「なんだ、蜂の巣は嫌か?」
「!!?」
弾丸の雨に注意が向いた隙に、アサルトが紫の怪人の側面に周り込んでいた。
「だったら斬り刻んでやる!アサルトDクロー!!」
ザンッ!!
「――ッ!?」
アサルトの腕から伸びた三本の刃がザッハークの身体を斬り裂く。二人の間を血飛沫が舞う。
「どうだ、この切れ味?すごいだろ?なんてったって、あのキマティースからこしらえたもんだからな!!てめえが殺したキマティースの死骸からな!!」
「だからどうした!!」
キンキンキンキンキンキン!!
アサルトの爪とザッハークの刀が火花を散らしながら一合、二合とぶつかり合う。
「オラオラ!まだまだ行くぜ!!」
「調子に乗るなよ……!その新型、確かに優秀だ……だが!手数なら、オレの方が上だ!!」
「シャアァァァッ!!」「シャ!!」
ザッハークが肩から伸びる蛇をけしかける……が。
「危ない……なっと!!」
アサルトは後ろに跳躍し、難を逃れる。さらに……。
「選手交代だ、飯山!」
「押忍!!パワーDナックル!!」
彼の背後から黄色い竜が飛び出して来た!パワードレイクは拳をさらに一回り大きくして振り下ろす。
「どっせいぃぃぃっ!!」
ドゴオォォォォン!!
「くっ!?」
拳はザッハークには当たらなかった……なかったが、地面に命中し、巨大なクレーターを作り、橋を大きく揺らした。
「相変わらずのパワーだな……しかし、当たらなければ意味はない!」
「ならば当てるまで!!」
パワードレイクは素早く拳を引き戻すと、すぐに第二撃目を繰り出した。
「だから、当たらん!!」
しかし、ザッハークはそれを後退し回避……したつもりだった。
「ブーストオン!飛べ!ナックル!!」
「何!?」
ドゴオォォォォン!
「ぐふっ!!?」
パワーの拳が火を噴射し、発射された。拳はザッハークが対応できないスピードで飛び、彼を捉え、遠くへ運んでいく。
「やったか?」
「いえ、浅いです。元々ナックルを飛ばすと威力が下がる上に、あいつはとっさに後ろに跳んでダメージを軽減しました。なんという反射神経と判断力だ……」
戻って来たナックルを再装備しながら、リキはザッハークの底知れない力量に戦慄すると同時に感動した。
そんな彼に人影が一つ近づいて来た。
「じゃあ、直接ぶち込むしかないな。我那覇!!」
「ふん!わかっているさ!」
赤と黄色の竜の下に一足先に戦いを終えた青い竜が合流した。そして、三人は縦一列に並んだ。彼らの、シュヴァンツの必殺フォーメーションだ!
「行くぞ!お前ら!!」
「おう!!」
「押忍!!」
「「「シュヴァンツ・スーパー・スペシャル・トリプル・ギードライブ!!!」」」
ターボドレイクを先頭にようやく立ち上がったザッハークに突進する!
「喰らえ!!」
バン!バン!バァン!!
「ぐっ!?」
先頭の青い竜はターゲットに接近しながらも、ライフルを撃ち込んでいく!
「ハアァァァァッ!」
ザンッ!!
さらにターボドレイクはすれ違い様に腕から生えたカッターで右上から左下に切りつける!
「ウラァッ!!」
ザンッ!
続いてアサルトドレイクも通り過ぎる刹那、爪で斬り上げた。あの時と同じ右下から左上、ザッハークの身体にもあの時と同じようにXの文字が刻まれる。もちろんこの後は……。
「でえぇぇぇぇぇい!!!」
ドゴオォォォォォン!!
「……ぐはっ!?」
そのXの中心、斬撃がクロスした地点にパワードレイクがありったけの力を乗せた拳を叩き込んだ!この三つの攻撃が完了するまでにかかった時間は、やはりほんの一瞬の出来事。
シュヴァンツ、渾身の必殺技を食らったザッハークは血反吐を吐きながら宙を舞い、そのまま受け身も取れずに落下した。
「こんな……ところで……!オレは……取り……返さなければ……いけないんだ……!!」
それでも意識を失わないのは、さすがと言ったところ。心もまだ折れてはいない。しかし、悲しいかな身体がその闘争心について来てくれない。
「もう諦めろよ、ザッハーク……てめえにだって、わかってんだろ?」
アサルトドレイクが地面に這いつくばるザッハークを見下ろしながら、語りかけた。今の立ち位置が勝負の結果なのだと。
「まだだ……オレはまだ……生きている……!命がある限り……終わらない……!」
「くっ!おれだって本当はてめえのことを!」
「マルさん!!」
「ちっ!?」
激昂しそうになるマルをリキが制止した。彼も本当は同じ気持ちだが、それでも政府の人間として必死に怒りを抑え込みながら。
「ザッハーク……あなたには洗いざらい話してもらいますよ……栗田杏奈殺害の件も……」
「……何を……言っているんだ……?」
ザッハークは僅かにほんの少しだが、何のことだか理解できないと言わんばかりに首を傾けた。
それがリキの胸の奥で静かに燃えていた怒りに油を注ぐことになったのは言うまでもない。
「とぼけるんですか!?」
「そう言えば……神代藤美も……同じようなことを……言っていたな……けれど、オレには身に覚えが……ない……何か大きな勘違いをしているんじゃないか……?」
「それ以上ふざけたこと言ってみろ!!自分も我慢できるかわからないぞ!!」
「それでいいじゃないか。怒りに身を任せて殺してしまえば」
「「!?」」
今日、何度目かの招かれざる乱入者の声が橋の上に響き渡った。
声の方を向くと、すぐに誰が来たのかわかった。その者の顔には一度見たら忘れられない特徴があったからだ。
そう、大きな火傷の跡が……。
「桐江局長……?」
「構うことない、殺してしまえ。そいつは生きていてはいけない人間だ。その本物の“桐江颯真”はね」




