喪失
「……以上で報告を終わります……」
ザカライアとの決戦、そして栗田杏奈が殺害されてから三日後、神代藤美はシュアリーの技術開発局局長室で桐江颯真にこれまでのことを報告していた。
「そうか……わざわざ足を運んでもらって悪かったね」
「いえ……」
返事の大きさがいつもの半分以下だった。自然と視線が下に下り、喉が締まっているせいだ。
「大丈夫かい?」
「ええ……リキ……飯山と我那覇は既に業務に戻っていますし、勅使河原隊員は明日には退院します」
「そうじゃなくて……」
「えっ?」
「君のことを言っているんだが……」
「あぁ……ワタシですか……大丈夫ですよ……」
大丈夫ではない。目は充血し、その下には大きな隈ができ、髪や肌も艶を失っている。寝ていないのは明らか、普段の彼女が発している覇気も威圧感も感じられない。誰が見ても大丈夫なわけない。
「別にしばらく休んでくれても構わないんだよ?」
「いえ……じっとしていると余計なことを考えてしまいますし、何より……何より、一秒でも早くアンナの仇を取りたいので……!!」
「ッ!?」
「……すいません」
一気にフジミの全身から熱いオーラのようなものが吹き出し、桐江颯真は気圧された。
彼の冷や汗が映した自分の鬼気迫る顔を見てフジミは我に返る。怒りをぶつける相手は他にいるのだ。
「フジミ君……気持ちはわかるが落ち着きたまえ。頭に血が上っていては何事も成せないぞ」
「はい……頭では理解しているんですが……」
「栗田君のおかげで、先日よりドレイクの配備が始まり、君の部下のマシンも今、強化改造が行われている。君一人でどうこうしようとしなくてもいいんだ」
「はい……」
心ここにあらずといった返事だ。色々と気遣いをしてくれていることには感謝もしているし、桐江の指示に従うのが最善だということも理解しているのだが、フジミの心はそれらを全て拒絶する。
彼女の意志はもう既に決まっているのだ。きっとアンナ以外に変えることができないほど固く、強く……。
「ご心配をかけて申し訳ありませんでした。それでは失礼……の前に二つほど聞きたいことが……」
「なんだい?」
「後藤の尋問は……?」
「今、彼は港の近くの施設に留置されているが、三日後にこちらに移送されることになっていて、その後だね。尋問はその手のプロフェッショナルに頼むつもりだ。彼のボスを倒した君じゃ、きっと無闇に感情的になってしまうからね。君としては納得いかないかもしれないが」
「いえ、賢明な判断だと思います……」
「そう言ってくれると助かるよ」
納得も何も彼女の中ではもうマフィアとの戦いは終わっている。フジミが後藤の処遇を聞いたのは別の目的のため……それを悟られないように奥歯を噛みしめたのが桐江には納得いってないように見えたのだろう。
「それで二つ目は?」
「栗田杏奈は巨大な口によって、右腕を噛み千切られ、牙で心臓を貫かれたというのは本当ですか?」
「………」
沈黙が場を支配した。けれど、フジミの目は口以上に桐江に語りかけている。「答えなければ、強硬手段を取るぞ」と。
彼女の眼差しに射殺されそうになりながら、桐江は一度深呼吸をして、重い口を開いた。
「そうだ……検死の結果、ほぼ同時に二つの口による攻撃を受けたらしい」
「……ありがとうございます。それが聞きたかったんです」
フジミは一礼をすると反転し、出口へと向かった。
「フジミ君!!」
「……はい?」
桐江に呼び止められ、フジミは顔だけ横に向けた。
「まだ何か……?」
「ベルミヤタワーの改装が終わったんだ。そこのレストランでコーダファミリーを壊滅させた暁にはワインで祝杯を上げようと話したことを覚えているかい?」
「……はい、それが何か……?」
「全てが終わったら祝杯ではなく、栗田君に献杯を捧げよう」
「……そうですね、それがいいかもしれません」
そう答えるとフジミは部屋の外に出て行った。
そして、廊下を歩き始めると桐江との会話など、頭の片隅に追いやられ、彼女の脳内はある男のことで一杯になる。
(二つの口で同時に噛み付く……そんなことできるのは奴しかいない……!!)
フジミが桐江颯真局長に報告に行った日から、さらに三日が経ち、後藤の移送の日がやって来た。
その後藤はというと隣と向かいに監視役を配置された護送車の後部部分で揺られていた。
「ふあぁ~っ!」
「おい!」
護送車の助手席の男が大きなあくびをすると、運転席の男が注意した。
「悪い悪い、ついな……」
「ったく、集中しろよ」
「だから反省してるって。でも、シュアリーで悪さしてたコーダファミリーはご覧の通り、壊滅したし……」
助手席の男はチラリと横目で後ろの後藤を確認する。わざわざ嫌味ったらしく後ろにも聞こえるような声で言ったのだが、肝心の後藤はぼーっと車の床を見ていて、肩透かしを食らった。
「それに“ドレイク”とかいう新型ピースプレイヤーも支給され始めてるんだろ?」
「おれ達の分は明日届くらしいな。それがどうした?」
「だから、そんな状況で悪さしようなんて馬鹿がどこにいるんだよって話よ」
「……確かにそう言われれば、そうかもな」
運転席と助手席、さらには監視役の男達も内心、何も起こらないだろうとたかを括っていた。しかし、認識が甘いとしか言わざるを得ない。
世の中には馬鹿な奴も、馬鹿みたいに強い奴も彼らが思っている以上にたくさん存在するのだ。
ドン!ドン!!
「「な!!?」」
ちょうど川を渡る橋の真ん中を走っている時に、護送車の上に“何者”かが“二人”乗っかった。
「なんだ!?」
「とりあえず車を止めるぞ!!」
運転手がブレーキを踏み、護送車が停止する……その瞬間!
ガシャン!!
「な……」
「にぃっ!?」
フロントガラスを割って、蛇の頭のようなものが侵入、にょろにょろと運転席と助手席の男の首に巻き付いた。
「こ、これは、何!?」
「し、知るかよ!?」
「大丈夫か!お前達!」
「今、助け……」
「動くな!!」
「「!!?」」
後ろに座っていた監視役の男達が助けに動こうとした瞬間、頭上からの声がそれを制止した。
「この怪物はお前の差し金か……?」
「怪物とは言ってくれるじゃないか。まぁ、そんなもんさ」
「要求はなんだ?」
「要求なんて大層なものじゃないよ。ただそこにいるマフィアを置いて、貴様らにはこの場から去って欲しいだけさ」
「そんなことできるわけないだろう!?」
「できないなら選べ……運転手達が絞め殺されるのか、首の骨をへし折られるのか、それとも毒を注入され、悶え死ぬのか」
「シャアァァァッ!!」
「「ひぃ~!!?」」
二匹の蛇が威嚇すると、大の男が涙を流した。その光景を見てしまうと選択肢は一つしかなかった。
「くっ!?わかった……君に従おう……!」
「聡いな。こちらとしても助かる。クラウス!」
「はいよ」
ガゴっ!!
「!?」
謎の声が合図を送ると護送車の後ろのドアがこじ開けられた……灰色のルシャットⅠによって。
「安心しな、乱暴な真似はしない……お前達が大人しくしているならな……!」
「……わかっている」
「じゃあ、武器や通信機を全て出しな。ザッハーク!」
「あぁ、こちらは任せろ。オレは電波を発しているもの、温度の差など感知できる。だから嘘をついても無駄だぞ」
「あ、あぁ……」
監視役の男達はルシャットに従い、持っている全ての武器、通信機を床に投げ捨てる。運転手達も同様にザッハークにそれらを奪われた。
「よし!いいぜ!お前らを逃がしてやる!わかっているだろうが、生身でおれ達二人を相手にしようなんて無謀な真似するなよ」
「あぁ……」
護送車にいた後藤以外の四人の男はザッハーク達に従い、とぼとぼとその場から離れて行った。
そして、一仕事を終えたザッハークとクラウスは護送車の傍らに集まる。
「さてと……どうする?このまま護送車ごと奪うか?それとも……」
「ターゲットだけでいいだろう。さっさと撤収……」
「キイィィィィィィッ!!」
「「!?」」
突然、耳をつんざくような甲高い声が空から聞こえた。ザッハークとクラウス、反射的に二人の四つの頭は声のした方を向く。
「あれは……」
「深沢のペットじゃないか……!?」
声の主はコーダファミリーのナンバー2、深沢が従えていた“妖艶なるイヴォー”だった。
「まさかあの野郎、脱走して、仲間を救出しに来たのか!?」
「いや、違う!奴の背中を見てみろ!!」
イヴォーの背中にはピースプレイヤーが乗っていた。まるで王冠を被っているような、女性的なフォルムのピースプレイヤーが!
「見たことのないマシンだが、あの白と藤色のカラーリングは……」
「あぁ……シュヴァンツの女隊長だ!!」
「ザッハァークッ!!!」




