壊滅
片腕を失い、胴体に穴を開け、膝をついたザカライアの身体からみるみる輝きが失われていった。
それでも、“スーパー”じゃなくなっても、彼の心臓は弱々しくも脈動し、命を繋ぎ止めている。
「これだけやっても死なないとは……」
「……死んで……欲しかったのか……?」
「いや、殺すつもりでやらなければ、こちらが殺られると思ったから必死こいて戦ったけど、ワタシの職務的にあんたには死んでもらっちゃ困るのよね」
「そう……か……全て君の……思い通りに……なったんだね……」
「結果的にはそうね……部下もみんな無事だし」
話しているフジミ達の下に三つの人影が集まって来ていた。もちろん彼らである。
「やり……ましたね……姐さん」
「さすがです……」
赤と黄色のドレイクはお互いに肩を支えながら、ゆっくりと歩いて来た。
「どうやら夜のダイビングを楽しみ過ぎたようだな……」
びちゃびちゃに濡れ、アスファルトに染みを次々と作り出している青のドレイクは強がりを言えるぐらいには元気なようだ。
「……完全敗北だな……」
集結したシュヴァンツを見上げながら、ザカライアは自分の負けを、そして彼が心血注ぎ込んできたコーダファミリーが終わりを迎えたことを心の底から理解した。
「負けを認めてくれるなら、今後行われる尋問にも素直に従ってちょうだい。コーダファミリーのことを洗いざらいしゃべってね」
「フッ……そうしたいのは山々だが……私から話せることなどたかが知れてるぞ……」
「……はぁ?」
フジミはこの期に及んで、ザカライアが抵抗の意志を示したのだと思った。戦いを通じてある種のリスペクトを感じていた彼の潔くない言葉に落胆したのだ。
けれど、ザカライアはただただ真実を述べているだけだった。彼は本当に何も知らないのだ。
「あんた今更、何を……組織のボス以上にファミリーのことをわかっている人なんて……」
「自分で言うのはみっともないのだが……私はお飾りのボスだよ……」
「「「!!?」」」
「……なんだって……?」
激闘を終え、どこか緩んでいた空気が一気に張り詰めた。その言葉は今までの苦労を、今この瞬間を身体を蝕む疲労と痛みを全て無駄だったと言われたも同然のことなのだから。
「本気で言っているの?」
「あぁ……私にだってプライドがある……敗者になったからには……素直に勝者に従うさ……」
「じゃあ……」
「私は……ずっと送られてくる……指令を実行していただけ……今日……この国から脱出しようとしたのも……“奴”の命令だ……」
「あんたの後ろに……黒幕がいるのか……?」
「そう……だ……私はただ腕っぷしに自信のあるだけの……純粋な戦士でしかない……マフィアを作り、大きくするなんて……私にはできやしない……」
「くっ……!?」
フジミは目が眩み、倒れそうになった。ここに来て、このちゃぶ台返しはダメージがデカい。けれど、この国の、シュアリーの平和のためには倒れるわけにも、歩みを止めるわけにもいかない。
「………あんたの話はわかったわ……で、その“奴”っていうのは?あんたを裏から操っていたのは誰なの?」
ザカライアは瀕死の身体に鞭を打ち、ゆっくりと首を横に振った。
「直接……会ったことはない……顔も……名前も知らない……」
「そんな……」
「だが……奴の使いというものには何度か会ったことが……」
「そいつは!?そいつはどんな顔!?どんな姿をしていたの!?」
「それは……」
ゴロゴロゴロゴロゴロォッ!!!
「「!?」」
突如、フジミ達の頭上から低く唸るような音が鳴り響く。反射的に見上げてみると、夜だから気付かなかったが、空を厚く黒い雲が覆っていた。その雲の中を光の龍が蠢くように、稲光が煌めいている。
「いつの間に……雷雲が……」
「シュアリー気象庁の予想では、今日は雨が降る予定はないのですが」
「あんた、そんなこともわかるの?」
「ええ、天候も戦闘においては重要なファクター……」
グンッ!!
「な!?」
シェヘラザードがザカライアから離れるように後方に跳躍した。フジミの意思ではない、マシンが勝手に動いたのだ。
「システム・ヤザタが発動した!?」
「攻撃を感知したのでしょう」
「攻撃……どこから!?」
ドガラァァァァァァァァッ!!!
数多の雷光が地上に降り注ぐ。正確には瀕死の獣人に……。
「がっ……!?」
「ザカライアッ!?」
雷は獣人の体毛を燃やし、皮膚を溶かし、血を沸騰させ、骨を炭へと変えた。先ほどまで会話していたザカライアはあっという間に形を失い、真っ白い灰になってしまったのだ。
「そ、そんな……」
フジミは着地すると同時にへたり込んだ。新たな謎だけ残してコーダファミリーのボス、ザカライア金尾はこの世から跡形もなく姿を消した。
「なんで稲妻が……」
「あいつを操っていた黒幕とやらの仕業、口封じだろうな。こんな都合よくピンポイントで雷が発生し、ザカライアに命中するなんてのはあり得ない」
「クウヤ……」
「ほら、見てみろ、その証拠に既に雲が霧散している」
フジミが再び視線を上げると、クウヤの言う通り雲は消え、月明かりが射していた。
「だとしたら、この辺りにまだ……うおっ!?」
「おっと!」
フジミは立ち上がろうとしたが、疲労とヤザタの反動から自然と膝が折れてしまった。だが、クウヤがすかさず彼女を受け止める。
「すまない、クウヤ……」
「相当、無茶をしたみたいだな」
「まぁね……しないとあいつには勝てなかった」
「だったら撤退だ。気持ちはわかるがこの状態では追跡は無理だ。黒幕とやらが見逃してくれるというなら、甘えさせてもらおう」
「そう……だね」
フジミはクウヤの意見に従うことにした。自分自身の身体のことよりも、視界に入ったマルやリキ、自分を支えるクウヤも限界が近いと感じたからだ。
その決断には納得はした、したとはいえ、やはり心の奥では悔しさで一杯だった。
「まぁ……気にするな。可能性は低いが、手がかりが完全になくなるわけでもない」
「えっ?」
落ち込むフジミの視線をクウヤが顎で誘導すると、その先には後藤と呼ばれていた男が両手を上げていた。
「降参……懸命な判断だ」
「そうね……何はともあれまずは彼から事情を聞いてからね」
こうしてシュヴァンツとコーダファミリーの戦いは後味は悪いが、一先ずの決着を迎えた。
彼女達の心には形容し難い不安が渦巻いていたが、それはすぐに吹き飛んでしまうことになる。
彼女達が帰路についたのと、時を同じくして、技術開発局で栗田杏奈が遺体となって見つかったのだ。




