黄金の男 その④
シェヘラザードの白と藤色の装甲が音を立てて展開していく。さらに展開したことでできた装甲の隙間から蒸気が勢いよくブシューと吹き出した。これにて変形完了である。
「………ん?これだけ?」
変化の少なさにフジミが首を傾げる。見た目だけでなく、装着している感覚も特に変わりはなかった。
「ええと……マジでこれ、何が変わったの?」
「とりあえず今の段階では若干スピードが上がっています」
「それだけのことを仰々しく“システム・ヤザタ”なんて言ってたの?」
「ヤザタは能動的に発動するものではありません」
「ん?全然、意味わからない」
「では、戦闘を再開してください。きっとすぐに理解できます。ヤザタの素晴らしさも恐ろしさも」
「んん……全然納得いかないけど……まぁ!そう言うなら!!」
半ば自棄になったシェヘラザードは地面を力強く蹴り上げ、こちらを観察しているザカライアに突進して行った。
「マロン!千夜を!」
「了解」
右手の中に拳銃が召喚される。サイズとしてはルシャットのものより少し大きいだけだが、細身のシェヘラザードが持つと、実際よりも一回りデカイ印象を与えた。
「とりあえず……撃ってみる!!」
バン!バン!バァン!!
引き金を立て続けに引き、銃口から三発の光の弾丸を発射する。弾速も精度もルシャットよりも強化されている……が。
「なんだ……ただ銃を撃つだけか……」
ザカライアはぴょんと横に軽く跳躍し、あっさりと回避した。三発の光の弾丸は夜の闇に飲み込まれていった。
「突然、形が変わり出したから、何をするのか楽しみだったんだががっかりだよ。わざわざ黙って見過ごした甲斐がなかったな」
「くっ……!?」
ザカライアの言葉に内心フジミも同意した。誰よりもこの結果に落胆しているのは彼女なのだ。
「マスター、ご安心ください。今のは布石です」
「……はぁ?」
この場でたった一人……と言っていいものかはわからないが、マロンだけはこの結果に満足していた。彼女にだけは勝利への道筋が見えている。
「もう一度、千夜を撃ってください」
「でも、あいつの反射神経じゃまた……」
「大丈夫です。次は当たります。わたくしを信じてください」
「くっ……!?ええい!ままよ!!」
バン!バン!バァン!!
フジミはAIに促され、再度三発の弾丸を放った。弾丸は先ほどと同じ軌跡を辿り、闇夜に光の線を描く。
「……芸がないな」
そして、ザカライアも再放送のように横にステップ、弾丸を回避……。
グンッ!!
「!!?」
「曲がった!?」
ドン!ドン!ドォン!!
「ぐはッ!?」
「当たった!?」
光の弾丸はザカライアの身体を通り過ぎたと思ったら、なんとUターンをして金色の獣人の背中に見事に命中した。この戦いが始まって以来、初のクリーンヒットである。
「なんで弾丸が曲がったの……?」
「ホーミングモードで撃ったからです」
「ホーミング……モード?」
「千夜は通常の拳銃と同じ挙動をする“ノーマルモード”。威力は下がりますが弾丸が敵を追尾する“ホーミングモード”。射程が短くなる代わりに同時に複数の弾丸を発射できる“バーストモード”。そして、チャージ時間が必要ですが、千夜最大の火力を持つ“フルパワーモード”。これら四つのモードを使い分けることができます」
どこか自慢気に銃の機能を解説するマロンはやはり創造主と似ている。そして、何より……。
「本当、アンナに似て肝心なところは全然説明してくれないわよね、マロン。そういうことは勿体ぶらずにちゃっちゃっと言って欲しいんだけど」
「別にマスターを怒らせるつもりはないのですが、不快に思われたのなら今後は改善するように善処します」
「そうしてちょうだい!というわけで一夜を出して!」
「了解」
左手にシェヘラザードのもう一つの武器が召喚される。それはとてもナイフと言うには四角く大きく分厚過ぎる刃を持っていた。むしろ……。
「……これ、鉈だよね?」
「ナイフです。マスターに合わせて、若干刀身が大型化されてますがナイフです」
「それを鉈っていうんじゃない?ワタシのイメージって鉈振り回してるみたいなってこと?」
「いえ、ナイフです。頑丈さを重視して突くことよりも、重量で叩き割ることを念頭に置いてますがナイフです。太い薪なんかも簡単に割れます」
「やっぱ鉈じゃないですか!!」
バン!バン!バァン!!
やりきれない感情を乗せて、フジミは牽制のため千夜を発砲した。当然先ほどと同じホーミングで。
「ちっ!?さっきの曲がる弾丸ですか!?」
ザカライアはぴょんぴょんと左右に跳躍しつつ後退するが、弾丸はそれに合わせてぐねぐねとまるで蛇のような軌道を描き、追っかけて来る。
「しつこい……!だが!あの程度の威力ならぁ!!」
ザンッ!!
我慢の限界がきたザカライアは爪から衝撃波を放ち、弾丸を相殺した。彼にとってはその程度造作もないこと。
フジミにもそれは理解できている。
「もらった!!」
「!?」
弾丸に気を取られて、ザカライアは肝心のシェヘラザード本体をノーマークにしてしまった。いや、フジミがそうなるように状況をコントロールしたのだ。
弾丸の迎撃で隙だらけになった獣人にシェヘラザードは分厚い刃を振り下ろした!
ドゴォン!!!
「ぐうぅ!?」
「ちいぃっ!?」
それでもザカライアはスーパーの名に違わない反射神経で咄嗟に回避運動を行った。わずかに肉こそ抉られたが、致命傷には至らず、一夜は地面に激突、二人の間を僅かな血と肉片と大量のアスファルトの欠片が舞い散った。
「くそ!当たれば終わっていたのに!!」
「マスター、追撃を」
「わかってる!千夜!バーストモード!」
「了解」
バァン!!
「ぐっ!?さっきとは違う!?」
シェヘラザードは目と鼻の先にいるザカライアに散弾をお見舞いする。これも咄嗟に反応した獣人が身体を丸め、ガードしたために大したダメージは与えられなかった。しかし、これも“布石”だ。
「だりゃあぁぁぁっ!!」
アスファルトにクレーターを作った一夜の刃をくるりと反転、上向きにして獣人に向かって斬り上げる。両腕でガードをしているザカライアにはどうすることもできない……はずだった。
「調子に乗るなよ!!」
獣人は腕を広げたかと思うと、手刀を一夜の側面に振り下ろした。武器をはたき落とすつもりなのだ。そして、渾身の攻撃の途中であるフジミにはそれを防ぐ術はない。フジミには……。
「しまっ……」
「ノープロブレムです、マスター。システム・ヤザタ、発動します」
「えっ……?」
ザシュッ!!
「がっ……!?な……にッ!?」
「……ッ!?」
突如として一夜の攻撃軌道が変わり、手刀を避け、ザカライアの胸に深い傷を刻みつけた。いつ以来かわからないほど久しぶりの激しい痛みに獣人は悶絶する。
そして、何故か攻撃を見事命中させたフジミの方も痛みに襲われていた。
「ぐっ……!?腕が……勝手に……!?一体……」
「マスター、攻撃が来ます」
「よくもやってくれたなぁ!!」
「!?」
先に立て直したのは攻撃を喰らったザカライアだった。胸の傷など知ったことかと言わんばかりに、身体を捻り、強烈なミドルキックを繰り出す。
完全に注意が腕の痛みにいっていたフジミには今回も反応できない!けれど今回も……。
ブゥン!
「な!?」
獣人の蹴りは空を切った。シェヘラザードはその場でジャンプして、キックを飛び越えたのだ。しかも、それだけには飽き足らず……。
ゴォン!!
「がはっ!?」
空中で横に一回転しながら、後ろ回し蹴りをザカライアの顔面に食らわした。鼻から血を出し、一歩二歩三歩と後退する獣人は今までの鉄壁っぷりが嘘のように隙だらけで、この日最大の攻撃のチャンスがフジミにやって来た。
しかし、彼女は動けなかった。全ては全身をかけ巡る痛みのせいで……。
(ぐうぅ……!?な、なんなんだ、この痛みは!?いや、それよりも身体が勝手に動いた……ワタシの意思とは関係なく!?)
今までの攻勢はフジミの意図したものではなかった。ただ勝手に身体がザカライアの攻撃を避け、勝手に反撃したのだ。
それが、それこそが“システム・ヤザタ”の正体である。
「ねぇ、マロン……これって……」
「はい。これがシステム・ヤザタ……敵の攻撃にマシンが自動的に最適な行動を取る……我が創造主肝いりのシステムです」
「装着者がマシンを動かすのではなく、マシンが装着者を動かすっていうの……?」
「それぐらいしないと完全適合に至った特級ピースプレイヤー、若しくはそれに類する擬似エヴォリストと呼ばれる者達には対抗できないというのが、栗田杏奈の結論です。それに伴い人体に無茶な動作をさせ、装着者がダメージを負うことになっても、仕方のないことなのです」
「まったく……アンナって女は……!!」
色々と文句を言ってやりたい気分だが、その人命を軽視したシステムに命を救われたのも事実。このシステムがなければスーパーブラッドビーストには対抗できないというのも、二つの意味で痛いほどわかった。だから、フジミはこの激しい痛みに堪え、顔を上げた。
「こうなったらしょうがない……ダメージは奴の方が上!一気に仕留め……」
前を向いたフジミの視界に飛び込んできたのは、彼女が想像していた場所より遥か遠くで腕を上げていたザカライアの姿であった。もちろんサヨナラの挨拶でも、タクシーを止めようとしているわけではない。
「はあぁぁぁっ!!」
ザンッ!!
「くっ!?」
シェヘラザードは地面を転がって、ザカライアが放った衝撃波をかわした。今回はシステムではなく、フジミ自身の意思でだ。
「あいつ……さすがに判断が早い……こちらが不可解な動きをしたから、距離を取り始めた……!」
「シミュレーションでは経験豊富な相手ほど、システム・ヤザタの人間離れした不可解な動きに混乱するというデータが出ています」
「でしょうね。あいつも今、パニック状態、必死に頭を冷やそうとしてるはずよ」
「では、そのパニックが収まらない内に決着をつけるために、衝撃波を掻い潜り、接近戦に持ち込みますか?」
「いえ、生憎ワタシもパニックだからね……今はあいつに付き合ってあげましょう。射撃戦をする!千夜をノーマルとホーミングにランダムに切り替えて!」
「了解」
バン!バン!バァン!!
戦闘当初の額を突き合わせるようなインファイトから一転、シェヘラザードとザカライアのバトルはアウトレンジの撃ち合いへと移行した。
ザカライアが衝撃波を放つと、お返しにシェヘラザードが銃を撃つ。弾丸は真っ直ぐ飛ぶ時もあれば、蛇行して追尾してくることもあり、鋭い反射神経を持つ金色の獣人でも全てを防ぐことはできずに、傷を増やしていった。それでもこの戦いを終わらせるにはほど遠い。
「マロン」
「なんですか、マスター」
「このまま撃ち合いで、あいつの体力を削り切れると思う?」
「……スーパーブラッドビーストなる者の情報がありませんので推測ですが、この状況は敵から仕掛けられたものです。きっとタフネスにはかなり自信があるものかと」
「ワタシも同意見よ。むしろ、こっちの集中力の方がヤバいかもね」
「なら……」
「こっちが先に仕掛ける」
「マスターならそうおっしゃると」
この短い間にフジミとマロンは確かな信頼関係を造り上げていた。お互い言葉にする前に心が通じ合った。
「ワタシのデータを持っているって言うなら、政治家さんの暗殺を阻止した時のデータも当然あるわよね?」
「はい。それはもちろん……なるほど、マスターのやりたいことが予想できました」
「優秀で嬉しいよ。マルに爪の垢を飲ませてあげたい」
「AIに爪はありません」
「ジョークに決まってるでしょ!!」
シェヘラザードは手に持っていた武器を入れ替えた。そして、右手に持った一夜を……。
「うりやぁぁっ!!」
ぶん投げた!鉈は一見、円盤状に変形したのかと錯覚するほど、高速でぐるぐると回転しながら、ザカライアに向かって飛んで行く。
「ふん、突然何をするかと思ったが……銃弾が当たらないのに、そんなノロマな投擲、通じるはずないだろ」
だが、ザカライアは一夜の軌道上からあっさり移動した。速いと言っても、千夜の放つ弾丸ほどではない……つまり、彼が恐れるほどの攻撃ではないのだ。
「ここだ!!」
バン!バン!バァン!!
シェヘラザードはザカライアの回避先に弾丸を発射する。着地の隙を狙った必殺の一撃!だけど……。
「私も甘く……見られたものだなぁ!!」
着地直後を狙われると見透かしていた金色の獣人は地面に衝撃波を放ち、自らを吹き飛ばした。弾丸は当初獣人が降り立つ場所、今は誰もいない空間を通過し、またまた夜空の彼方に消えて行く。弾丸は……。
「甘くなんて見てないわよ。だから、こんな小癪な手を使う」
ザクッ……
「……えっ?」
金色の獣人の左の首元に一夜が深々と突き刺さった。完全に避けたはずの鉈が突き刺さったのだ!
「な……なんで!?」
鮮血を吹き出しながらザカライアは頭をフル回転させた。シェヘラザードは既にこちらに向かって来ている。まるでこうなることがわかっていたかのように。
「まさか……お前……!?」
「気づいたようね。一夜を後から放った弾丸で軌道を変えた。最初は弾丸の方を弾く、跳弾にするつもりだったんだけど……」
「それじゃ、威力が足りないですからね」
「舐めた真似をしくさってぇぇぇッ!!」
まんまと小癪な策に嵌まったザカライアは血液と共に怒りを噴き出しながらシェヘラザードに渾身のパンチを繰り出した。瀕死の重傷を負っているとは思えない、むしろ今日一番の一撃と言っても過言ではない。きっと他の相手だったら頭蓋骨を砕いて、逆転に成功していただろう。
「残念ですけど……」
「システム・ヤザタには!シェヘラザードには!通用しないのよ!!」
シェヘラザードは本来人間がやるべきではない、やってはいけない動きで拳を避けると、右手を伸ばして金色の獣人に刺さっている一夜を握った。
そして、手首を返し、力を込める。
「うりやぁぁぁぁっ!!」
ザシュゥゥゥゥゥッ!!!
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!?」
鉈は皮膚を、筋肉を、骨を切断し、脇から飛び出る。その一瞬の後に、ゴトリと獣人の左腕が地面に落ちた。
「マロン!」
「チャージ完了してます、マスター」
さらにシェヘラザードはザカライアの腹部に左手の千夜の銃口を捻り込むように密着させた。そして……。
「千夜!フルパワーシュート!!」
ドシュウゥゥゥゥゥゥッ!!!
「がはっ……!?」
光の奔流が金色の獣人の腹に風穴を開ける。天に昇る光の柱はシュヴァンツの勝利を祝福しているようだった。




