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No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
32/194

黄金の男 その③

「でりゃぁぁっ!!」

 勢いそのままにシェヘラザードは蹴りを放った。まるで死神の鎌のように鋭く速い、命を断つ一撃……しかし、ザカライアが上半身をほんの少しだけ反らしたことによって、キックは彼の鼻先をちょっとだけ掠めることしかできなかった。

「ほう……完全に避け切ったと思ったのだが……隊長は一味違うな」

「そうだよ……もっと味わってけ!!」

 シェヘラザードは続けて逆の足を振り上げた……が。


ガシッ!


「!?」

 その足はザカライアの頭部を砕くことなく、彼の手に掴まれた。そして……。

「さぁ……私のターンだ!」

「――ッ!?」

 シェヘラザードの身体が空中に浮いた。ザカライアが力任せに腕を振り上げたからだ。

「地面とキスするといい!!」

 一瞬で力の加わる方向が逆転した。獣人はシェヘラザードを地面におもいっきり叩きつける!……が。

「しないわよ!!」

 地面に衝突する直前、シェヘラザードは両手を地面について、顔面ダイブを防いだ。それでも衝撃は凄まじく、手を置いたアスファルトは陥没し、フジミの腕を痺れさせた。

「離しなさい!!」

 だが、アドレナリンが出まくっている彼女は止まらない。地面についた手を中心に身体を勢いよく回転させ、獣人の腕を振り払った。

「そんなつれないこと……言ってくれるなよ!!」

 体勢を立て直そうとしているシェヘラザードにザカライアは容赦なく襲いかかる。鋭い爪が王冠を被ったような頭部に振り下ろされた。


ザンッ!!!


「あ……ぶなッ!?」

 間一髪、全力で横っ飛びして攻撃は回避するが、ザカライアの攻撃は衝撃波となって、地面に深い溝を掘り、シェヘラザードの後方にあったコンテナを斬り裂いた。もしも避けられなかったらと考えるとフジミは冷や汗が止まらなかった。

「ホッとするのはまだ早いんじゃないか?」

「速!?」

 一息つく間もなく、ザカライアはフジミの目の前に接近、そして……。

「砕けろ」

 拳を捻り込むように撃ち出した。

「あんたがね!!」

 しかし、シェヘラザードも咄嗟に反応し、カウンターで拳を繰り出す。

 両者の拳はお互いの頬を掠め、二人のポジションが入れ替わる。

「この……」

「野郎!!」


ゴォン!!


 まるで示し合わせたかのように両者同時に身体をひねり、肘鉄を放つ!鈍い音を立てて両者の肘は真っ正面から衝突した。

 肘を押し合いながら、二人の視線が至近距離で交差する。

「私にここまでついて来る奴なんていつぶりだろうか……!」

「褒めてくれてるのかしら……!?」

「あぁ、褒めているさ……マシンがいいのか、中身がいいのか、それとも……」

「両方だ!!」

 シェヘラザードが精一杯の力で獣人を弾き飛ばす。

 けれど、ザカライアは大きな身体を器用に繊細に動かし、空中で体勢を立て直す。そして着地すると同時に再び白と藤色の装甲に向かって突っ込んでいった。

「このラッシュ……君は耐えられるかな!!」


ガンガンガンガンガンガンガン!!


「ぐうぅ!?」

 躍動する黄金の腕から繰り出される圧倒的な密度の攻撃に、シェヘラザードはかろうじて反応していた。

 先ほど彼女自身が言っていたように神代藤美という優秀な装着者と、その彼女の力を100%以上引き出すために開発されたマシンの両方が揃ってこそできる芸当であろう。

 時に避け、時にガードして、致命的なダメージを防ぐ。しかし……。


ガギャン!


「――ッ!?」

「だんだんとわかってきたぞ……君の動きが……!」

 遂に肩の装甲の一部が吹っ飛ばされる。防戦一方ではいずれはこうなることもフジミも承知の上だ。

(くそ!?このままじゃ嬲り殺しにされるだけだ……なんとかしないと、なんとか……)

 けれど、打開策が彼女には思いつかないし、考える暇などザカライアが与えてくれるはずもない。

(どうする……どうする……どうする!!)

「この場は一旦離脱して、体勢を立て直しましょう、マスター」

「………えっ?」

 耳元から突然、声が聞こえた。フジミのよく知っているような声、でも同時に全く聞き覚えのないような声が……。

「あんた、一体……」

「話はこの場を切り抜けてからにしましょう。とりあえずハイパーフラッシュを発動します。離脱の準備を」

「勝手に話を進めないで!……と、言いたいところだけど……いいわ、あんたに従う」

 いきなりしゃしゃり出てきた声の言うことを聞くのは癪だったが、彼女に選択肢はなかった。それだけ追い詰められていたのだ。

「急にぶつぶつと……恐怖でおかしくなったのか?」

 フジミと謎の声が問答している間にも、絶え間なく攻撃を続けていたザカライアは訝しんだ。もう一つの声が聞こえない彼から見たら、フジミが突如として独り言をしゃべり出したようにしか見えないからだ。

 むしろ、戸惑いを覚えたのは彼の方だったのかもしれない。絶え間無く放っていた攻撃に僅かな隙間が、ほんの一瞬、拳を繰り出すのを無意識に躊躇したのだ。チャンス到来だ。

「今だ!」

「はい。ハイパーフラッシュ……発動!」


カッ!!


「なッ!?目がぁ!!?」

 ザカライアの視界が一面真っ白になり、生物の基本的な反射行動で本人の意思とは関係なく、獣人は攻撃体勢から防御体勢へと移行してしまった。

「よし!」

「それでは尻尾を巻いて逃げましょう、マスター」

「言い方!」

 目の前で身体を丸めるザカライアを無視して、シェヘラザードは一目散にこの場所から離れたコンテナの影に身を隠した。

「ふぅ……ここなら……すぅ……」

 コンテナにもたれかかって、呼吸を整える。新鮮な酸素を血管を伝って脳に届けるのが、最優先事項だ。全ては逆転の一手のために。いや、もう一つやらなければいけないことがある。

「はぁ……で、急になんで通信なんかしてきたんだ、アンナ……?」

 金色の獣との戦闘中に耳元で聞こえた声は若干加工されているようだったが、間違いなくシュヴァンツのメカニック栗田杏奈のものであった。だから通信を疑うのは当然のことであろう。実際は全くの見当違い、そうではないのだが……。

「違います、マスター。わたくしは栗田杏奈ではありません。彼女はわたくしの創造主です」

「……はぁ?創造主?あんた何を……って!?まさか!?」

 フジミは自分の手のひらを見つめた。正確には自分の手を覆っている新たな相棒をだ。

「はい。マスターの想像通り、わたくしは今あなたが身に纏っているシェヘラザード。より厳密に言うならこのピースプレイヤーの戦闘補助AI『マロン』です。この電子音声は栗田杏奈のボイスデータを元にしています」

 その言葉を聞いた瞬間、フジミの頭にこの戦いに来る前、シェヘラザードをアンナに渡された場面が鮮明にフラッシュバックした。


「……で、このシェヘラザードとやらの武器や特徴は?」

「あぁ、それなら装着すればわかるよ。そのマシンが教えてくれる」


「そういうことか……!」

 アンナの言葉の真意を理解すると、フジミは気持ちを一気に切り替えた。

「あんた!えーと……」

「マロンです」

「そう!マロン!なんであんた今まで黙ってたのよ!?」

「マスターの戦いぶりを見て、助言は必要ないと思いました」

「で、いよいよヤバいと思ったから出てきたってわけ……」

「はい」

「この……!」

 どこか創造主に似た飄々としたマロンの態度がフジミを苛立たせた。けれど、必死に堪える。時間はきっと彼女が思ってるよりも残ってないはずだから。

「ふぅ……まぁ、それはいいわ……で、教えてくれるかしら?シェヘラザードのこと?」

「何を知りたいのでしょうか?」

「全部よ……って、言いたいけど、そんなのんびり話してる暇もないし、まずは武器のことを教えて」

「武器ですか」

「そうよ。あいつと肘鉄ぶつけ合って、気づいた……あいつ、防御力もかなり高い。拳や蹴りじゃ、当たってもダメージを与えられないかもしれないわ。だから、奴を倒せる武器があるなら、教えてちょうだい」

「了解しました、マイマスター」

 マロンの言葉が言い終わると同時に、マスクの裏のディスプレイに二つの名前が表示された。

「『千夜』と……『一夜』……」

「はい。千夜は遠距離攻撃用の拳銃。一夜は近接戦闘用のナイフです」

「ルシャットやドレイクと同じね」

「はい。マスターが慣れ親しんだ武装の方が宜しいだろうという栗田杏奈の気遣いです。もちろん以前よりも、マスターに合わせて強化改造してあります」

「そう……そいつはありがたいわね。他にはないの?」

「武器はその二つだけです」

「二つしかないのか……ん?」

 正直、武器が二つだけだというのは落胆せざるを得なかった。けど、落ち込む前にAIの言葉に違和感を覚え、そちらに興味が向く。

「武器“は”って!?他にも何かあるの!?」

「はい、あります」

「いや!ありますじゃなくて!勿体ぶらないで早く教えてよ!?」

「そ、そんなつもりはないんですが……」

 フジミの圧力にマロンは気圧された。AIであっても、彼女の発する威圧感は伝わるようだ。

「ええと……シェヘラザードには栗田杏奈が研究していたシステムが実験的に搭載されています」

「そう言えば……そんなことを言っていたわね」

「はい。その名は『システム・ヤザタ』」

「システム・ヤザタ……」

「ですが、先に言ったようにまだ研究途中であり、仮に順調に、仕様通りに稼働したとしても、装着者に大きな負担を強いることになりますのでわたくしとしては発動はオススメしません」

「負担ねぇ……あのマッドメカニックが……!」

 フジミはさらに苛立った。人間を軽視しているメカニックの作ったシステムに、そしてそんなシステムに頼るしかない今の自分に。

「わかった。背に腹は変えられないわ……システム・ヤザタ、ドライ……」

「まだ独り言をしゃべっているのか、レディ……!!」

「!?」

 天から声が聞こえた。神の啓示なんかではなく、黄金の獣による死刑宣告だ。

「上方に敵の反応」

「遅いわよ!!」

「はあぁぁぁぁぁっ!!」


ザンッ!!


 満月をバックにザカライアが腕を振るうと、フジミがもたれかかったコンテナが三つに別れた。爪から放たれた衝撃波の仕業だ。

「もう復活したのか……いや、これでももった方か……!!」

 フジミは名残惜しそうに壊れゆくコンテナを見つめながら、離れていった。きっともうあんな一息つける時間は自分には来ないことがわかっているのだ……ザカライアを倒さない限り。

「マロン!改めてシステム・ヤザタ、ドライブよ!!」

「ですが……」

 マロンは躊躇った。負担のかかるシステムを大切なマスターに使わせたくないのだろう。飄々としているところも似ていたが、なんだかんだで優しいところも創造主と瓜二つだった。いや、むしろそこはアンナ以上かもしれない。

 そんなAIの思いやりはフジミにとっても嬉しいことだったが、その厚意に甘えるわけにはいかないのだ。

「気を使ってくれてありがとう……でも、あんた、マスターであるワタシの情報は持ってないの?」

「いえ、シュヴァンツでの活躍はもちろん、それ以前のデータも完備しています」

「じゃあ、知ってるでしょ……ワタシの異名……!!」

「不死身のフジミ……」

「その通り!どんなシステムだろうと、ワタシは大丈夫……なるようになるわ!!」

「マスター……」

 フジミの力強い言葉に、AIにそういう概念があるかはわからないが、マロンは人間で言うところの覚悟を決めた。

「了解しました。全てはマスターの思いのままに」

「おう!おもいっきり、やっちゃって!」

「では……システム・ヤザタ!ドライブします!!」


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