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No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
31/194

黄金の男 その②

「フッ……さすがというか、やはりというか……素晴らしい強さだね、君達は」

 ザカライアはまるでいい舞台を観劇した時のようにパチパチパチと手を叩き、シュヴァンツを称賛した。その動きはとても上品で、マフィアのボスというより貴族のようだった。

「……目の前で部下が倒された人間の態度には思えないわね……!」

 それがフジミには不愉快で仕方なかった。元々彼女は自分の流儀に反することをする人間を激しく嫌悪する。シュヴァンツの隊長になってからは特に部下を大切にしない人間は軽蔑の対象だ。反社会的とは言え、一代で組織を立ち上げ、大きくした彼には尊敬の念すら抱いていたが、今それも泡となって消えた。

 しかし、不死身のフジミから完全なる敵意を向けられてもザカライアはものともしない。彼は今までも同じような視線を浴び、それらを自分に向けてきた奴らを屈服させてきたのだ。

「不快に思ったなら、申し訳ない。ただあまりにも部下が不甲斐ないもので、同情する気にも憐れむ気にもなれんのだよ」

「本当に……ひどいボスね」

「いやいや、だってそうだろ?彼らの上位存在である組織のナンバー2とナンバー3を倒した奴らに連携もしないで倒そうとするなんて愚の骨頂だよ。四人がかりで一人をリンチするべきだ。君達が深沢やティモシーにやったようにね……」

 ザカライアは深沢もシュヴァンツが倒したと認識している。大栄寺クラウスというイレギュラーな存在が介入してきたことなどフジミ達も予想できなかったのだから、その場にいなかった彼が知るはずもないのも当然だろう。

 フジミ達も手柄を横取りしたいわけではないが、わざわざ否定する義理もないのでその話題は訂正することなくスルーした。

「んで、そのリンチを自分が受けることになって、恐怖で頭がおかしくなっちまったのかい?」

 マルが挑発する。彼自身の元からの性格と、ヤッキーとの戦いで昂っているのもあるが、それ以上にザカライアの心を揺さぶれれば、これから起きるであろう戦闘において、そのことが自分達に有利に働くという目算があったからだ。彼は彼なりに良くない頭を使うことを覚えたのである。

「残念だが、そんな安い挑発に乗るような男ではないよ、私は」

「ちっ!」

 けれども、これもザカライアには通用しない。微笑みを絶やさず、甥っ子のしょうもない隠し芸を見てあげるように、暖かい眼差しで赤の竜を眺めている。

「だけど!状況がこちらに分があるのは、明白です!四対二で勝ち目があると思っているんですか!?」

 リキが思わず助け船を出す。このまま不愉快極まりない反社会的くそ野郎に主導権を握られるのは、温厚な彼でも許せるものではなかったのだ。

「四対一だ。後藤は戦わない。彼は私の側近で頭脳労働担当だからね。そうだろ?」

「はい。ボスの邪魔にならないように下がっています」

 けれど、やはりザカライアの表情を崩すことは無理だった。むしろリキが考えているよりも不利な状況にあると自ら告白しているというのに、高揚しているようにも見えた。

 そして、話に出てきた後藤はというと自分の方を振り返りもせずに語りかけるザカライアの背中に一礼をして、宣言通り後方に下がっていった。

「ふん、これで本当に“無敵”を倒した時と同じだな」

「同じじゃないよ。私はティモシーよりも遥かに強いからね」

「言うだけなら誰でもできる!」

 自らに言い聞かせるようなクウヤの言葉にザカライアは今までで一番大きく顔を歪めた……それはそれは醜悪な笑顔を浮かべたのだ。

「確かにその通りだ……ならば見せてあげよう……私の力を!戦闘形態を!うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 ザカライアの身体は彼の咆哮に呼応して、一回り大きくなり、毛で覆われた。その姿はまるで古代にいた熊のようで、見る者全てを畏怖させる!……はずなのだが。

「……なんだよ、ただのブラッドビーストじゃねぇかよ」

「なんか拍子抜けですね」

「散々、馬鹿にした部下の奴らと変わらないではないか」

「正直、ティモシーの方が不気味だったわね」

 シュヴァンツのメンバーは恐れるどころか、ガッカリしていた。心のどこかで自分達を苦しめたティモシーや、オリジンズを操るという珍しい戦法を使う深沢を従えていたボスがどんな戦いをするのか楽しみにしていたのだ。それが裏切られて心底落胆した。しかし……。

「フッ……安心しろ。私の変身にはまだ先がある」

「へぇ……なんだって!?」

「まさか!?」

 フジミはつい普通に聞き返してしまう。その手の話題に疎い彼女にはその発想はなかった。マルとリキもそうだ。唯一クウヤだけがその言葉の意味を、恐ろしさを理解し、身体を動かした。

「あいつを止めろ!変身させるなぁ!!」

「もう遅い。うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「!?」

「ううッ!?」

「何が!?」

「この光は!?」

 クウヤが飛びかかろうとした瞬間、ザカライアの全身をまるでピースプレイヤーを装着する時のように光が包み込んだ。その光の正体は“毛”だ。彼の全身に生えた毛が黄金に輝き始めたのだ。

「ふぅ……久しぶりだな……この姿に、“スーパーブラッドビースト”になるのは」

 光が収まると、そこに立っていたのは全身が金色の毛に覆われた獣人だった。今までの獣人達とは見た目だけでなく、発せられるプレッシャーの質も別物になっている。より野生に近く、それでいてこの世のものではないような神々しさがその獣人にはあった。

 それを間近で感じ取ったシュヴァンツの面々は自然と一歩、後退りした。

「スーパーブラッドビースト……だと?」

「思い出しました……ブラッドビーストの中には自らに注入したオリジンズの血液に想定以上に順応し、強大な力を得た者がいるって……」

「そうだ……特級ピースプレイヤーと完全適合した者と並ぶ人知を超えた存在、“擬似エヴォリスト”と呼ばれるものの一つ、それが……」

「スーパーブラッドビースト……!金色の異名の意味がわかったわね……!」

 シュヴァンツは目の前で起きたことを改めて言語化したことで、さらに身体を強張らせた。この空間はほんの一瞬で“金色のザカライア”に支配されてしまったのだ。

「そう怖がるな。君達の方が数では有利なのは変わらないのだから」

「そ、そうだ!あいつの言う通りだ!」

「なに敵に励まされてるんだ!!」

「うっ!?でもよ……」

「ええ、誰の言葉だろうと、数の有利を生かさない手はありません……!」

「ちっ!そんなことは俺もわかってるんだよ!」

 今にも折れそうな闘志を無理矢理奮い立たせ、クウヤ達は各々の構えを取った。ジリジリとアスファルトに足の裏を擦りながら、ゆっくりと、だが確実にザカライアににじり寄って行く。

「それでいい……全員の力を合わせるしか私を倒す術はないぞ」

「余裕ぶりやがって……!」

「ぶってるわけじゃないさ。君達は力を合わせるしかない……けれど、私が黙ってそれを許すと思っているのか?」

「!?」

「き、消えた!?」

 ほんの一瞬、まさしく瞬き一つの間に金色の獣は姿をくらました。彼はどこに消えたか……それは。

「リキ!後ろだ!!」

「ッ!?」

 フジミの言葉でリキが振り返るとそこには腕を組んで、何もせずにふんぞり返って立っているザカライアがいた。完全に黄色の竜のことを舐めているのだ。

「こいつ!?」

「ニックを圧倒したパワーを見せて見ろ」

「このぉぉぉぉッ!!」

 振り向く勢いのままにリキはパンチを放った。手加減などない、してはいけないと本能が訴えかけている。だからリキは自らの持てる全ての力を込めて、拳を突き出した。そのパワーは凄まじく、タイミングもバッチリ、眺めているフジミ達はもちろんリキ本人も「決まった!」と心の中でガッツポーズをするほどの会心の一撃であった。


ガッ……


「……えっ?」

 完璧な一撃であった、あったはずなのにリキの拳はザカライアに片手で、片手だけであっさりと受け止められてしまった。

「いいパンチだ。威力も速度も申し分ない。私以外にならフィニッシュブローになっていただろうな」

 ザカライアはそう言うと、黄色のドレイクの胴体に緩慢な動きで逆の手のひらで触れた。

「本当に……残念だったな」


ドン!!


「!!?」

 ザカライアがちょっと力を込め、軽く押し出すと、リキはその巨体の重さがなくなってしまったと思えるほど、凄まじい勢いで吹っ飛び、ぶつかったコンテナに穴を開けた。

「リキ!?」

「そんな!?」

 あまりにも呆気なくやられたリキの姿にフジミとマルはショックを受け、動きが止まってしまった。しかし、唯一あの男だけは違う。

「野郎!よくもやりやがったな!!」

 我那覇空也という男は普段はシュヴァンツ随一の冷静さを誇るが、その一方で熱くなる時は誰よりも熱くなってしまう性質を持っている。

 その性格が、その熱さが恐怖と戸惑いを塗り潰し、いち早く身体を動かしたのだ。

「喰らえッ!!」

 背後からザカライアの頭部に向かって蹴りを放つ。リキと同様、完璧なスピードとタイミング……結果もリキと同じ。


ガァン!!


「悪くないが、やはり私には届かない」

「くっ!?」

 金色に輝く頭をサッカーボールのように吹き飛ばすはずだったクウヤの蹴りはザカライアの腕によってあっさりと阻まれた。なんだったら、逆に蹴ったクウヤの足の方が痺れて、ダメージを負ったと言ってもいいぐらいだ。

「まだ……まだだぁ!!」

 ショッキングな光景ではあったが、クウヤの怒りを消すほどではない。むしろさらに彼を焚き付けただけだ。

 両拳、両足、身体の全てを駆使して、猛然と攻撃する……が。

「フッ……テイが手も足も出ないはずだ。私は出るがな」

「くっ!?」

 ザカライアはクウヤの全ての攻撃を捌いた。それはまるで先ほど鶏の獣人に彼自身がやったように……。

「さてと……一人だけに構っているわけにもいかないからな。そろそろご退場願おうか」

「ふざけるなぁ!!」

「生憎、私は冗談は得意ではない」


ゴォン!!


「――ッ!?」

 クウヤの攻撃の隙間を縫って、ザカライアの蹴りがドレイクの胴体にヒットした。青のドレイクは夜の海に飛んでいき、遥か遠くの沖に水柱を立てた。

「マジかよ……飯山も我那覇も……こんなにあっさり……」

 マルは同僚が立て続けにやられたことで茫然自失の状態になってしまった。以前にフジミにも指摘された悪癖だ。そして、そんな隙を見逃してくれるほどザカライアという男は優しくない。

「安心しろ……すぐに君も同じようになる」

「へっ?」

 まるで瞬間移動をしたように金色の獣は竜の懐に入っていた。そしてその指先からは月光を妖しく反射する鋭い爪が伸びている。

「しまっ……」

獣王武刃(じゅうおうむじん)


ザンッ!!!


「がっ……!?」

 目の前で爪が煌めいたと思ったら、一瞬で赤いドレイクの身体に網目のような傷が深く刻まれ、そこからボディーよりも鮮やかな赤色をした血が吹き出した。

 マルは自らの血のシャワーを浴びながら、天を仰ぐように仰向けに倒れた。

(ティモシーと深沢を倒したのは伊達ではないな。三人が三人とも攻撃を受ける瞬間、自ら後ろに跳躍し、致命傷を免れるとは……)

 弱々しいが、確かに呼吸をしているマルを見下ろしながら、ザカライアは素直に感心した。本来ならば彼はサイコロステーキのようにバラバラになっているはずなのだから。

「フッ……こうなると彼らの上司の実力とやらを見てみたくなるな」

 くるりと金色の獣人は反転し、先ほどからこちらを鬼の形相で睨み付けている神代藤美の方を向いた。

「そう殺気を飛ばしてくれるな。私は優しいからね……彼らにとどめを刺すのは君を殺した後にするよ。部下の死ぬところなど上司として見たくないだろうからね。というわけで……組織のトップ同士で決着を着けようじゃないか、レディ」

「ザカライアァァァァッ!!」

 夜の闇を拒絶するような白いシェヘラザードは装着者の怒りを迸らせながら、黄金の獣人に突進して行った。


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