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No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
30/194

黄金の男 その①

 夜も更け、辺り一面を黒が覆い、人もいなくなった港を六人の妙にガタイのいい男たちが練り歩いていた。

「はぁ……なんでオイラ達がこんな……」

 積み上げられたコンテナの間で大柄は大柄だがこの中では一番小さい男が大きなため息をつき、肩を落とした。

「まぁ、そう落ち込むなよ、『ヤッキー』」

「でもよ、『ニック』……せっかくここまで組織が大きくなったんだぜ……やっぱもったいねぇよ……!」

 ヤッキーが拳をギュッと強く握り締めた。彼にはどうにも今の状況が納得いかない。いや、彼以外もそうだ。一人を除いてここにいる人間全てが大なり小なり似たようなことを思っている。

「ボディーガードのお前がボスである私の意見に反対するというのか?」

「――ッ!!?」

 この状況を作り出した発案者のザカライア金尾がボソッと呟いた。その呟き一つで空間が冷え込み、恐怖に支配された周りの人間達から大量の汗が噴き出す。

「ボ、ボス!?ち、違うんですよ!?オイラは別にボスに文句があるわけじゃ……」

 確かに海から冷たい夜風が吹いているが、心地良いと感じても、ガタガタ震えるほどのものではない……なのにヤッキーの身体は小刻みに揺れることを止めなかった。そんな状態でも彼は必死に口を動かし、弁明した。そうしなければ、きっと震えどころか心臓の鼓動が止められてしまうことを知っているからだ。

「ふっ……そう怖がるな。私だって悔しくないわけではないのだ。お前の気持ちはよくわかる」

「ボ、ボス……」

 ザカライアが優しく微笑みかけると、ヤッキーの震えはたちまち止まった。彼の周りの男たちも緊張から解き放たれ、密かに胸を撫で下ろす。

「確かにここまで勢力を拡大したシュアリーから去ることはつらい……けれど、一つの成果に固執する人間は大望を成せないと私は思っている」

「だから……逃亡ですか……」

「あぁ、厄介な相手がいるなら、その相手がいないところに行けばいい。別にこの国に拘りがあるわけでもない。場所なんてどこでもいいのだ。このザカライアがいる場所がコーダファミリーの縄張りであり、このザカライアが健在なら何度でもやり直せる」

「ボス……」

「ははははっ!ボスがそう言うなら、そうなんじゃろうな!」

「あぁ、ボスの知恵と力があれば、不可能などない!わたし達はボスを信じて付いて行くだけだ!!」

 ザカライアは伊達にマフィアのトップを張っているわけではなく、人心掌握術に優れていた。飴と鞭を巧みに使い分け、自由自在に人を操る。さっきまで恐怖に震えていた者が今は喜びで心を震わすようにするなど造作もないことなのだ。

 彼の言う通り、このカリスマ性があれば、他の場所でもきっと今と同じ、いや今よりも大きな組織を作れるだろう。

 ここから逃げられれば話だが。


カッ!!


「うっ!?」

 コンテナの隙間から出たコーダファミリーご一行を強烈なライトが出迎えた。眩しさに皆咄嗟に目を瞑ってしまう。

「な、なんだ!?」

「ヤッキー!ボスと後藤を守れ!わたし達の役目を忘れるな!!」

「ッ!?そうだった!オイラ達はボスの盾だ!!」

 ヤッキー達四人のボディーガードはザカライアと後藤の周りを囲んだ。今言った言葉が嘘ではないと証明するように大きな身体を更に大きく広げ、彼らを守る肉の壁になる。

「なるほど……マフィアのボスの親衛隊と言ってもプロ精神は持っているか……」

 光の発生源である車の後部座席で女が一人、ヤッキー達の動きに感心した。

「姐さん、そんなのんきなことを言ってる場合じゃないでしょ……」

「そうだね。マル、リキ、出るよ」

「よっしゃ!」

「押忍!!」

 カリスマ性なら自分も負けてないと言わんばかりに、部下を従えフジミは車から降りた。隣でバイクに乗っていたクウヤも合流し、ヘッドライトの前でシュヴァンツの四人が仁王立ちになった。

「とりあえず……いつもの……コーダファミリーの組長!ザカライア金尾!そして、その部下達よ!抵抗するな!大人しく投降しろ!!」

 政府側の人間として一応、投降を促しておかないといけないので渋々フジミはやっておく。経験上、無駄だとわかっていてもやらなければいけないのだ。

「あぁん!?オイラ達に降参しろだと……冗談!!」

「あいつら四人……噂のシュークリームみたいな名前の奴らか……」

「シュヴァンツじゃな。深沢殿とティモシー殿を倒したっていう」

「ふん……どうせ卑怯な手でも使ったのだろ……恐るるに足らん」

 ボディーガードはフォーメーションを円形から横一列に変更し、シュヴァンツに相対した。案の定やる気満々だ。

「はっ!わかり易くっていいねぇ!!」

「自分的にはあまり良くないですけど……」

「諦めろ、飯山。これが俺達の仕事だ」

「そうね、悲しいけど、これがシュヴァンツなのよね……」

 シュヴァンツの面々も懐から愛機を取り出し、戦闘モードに移行した。

「どこでオイラ達の情報を掴んだかは知らないが……」

「ここに来たことを……」

「後悔させてやろうではないか!!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 四人のボディーガード達の身体はみるみると隆起し、一回り大きくなっていく。ほんのわずかな時間で毛や羽で覆われた獣人へと姿を変えた。

「ブラッドビーストか」

「情報通りですね」

「ならば、こちらも事前の打ち合わせ通り、各個撃破する!!」

「おう!!」「押忍!!」

「「「ドレイク!!!」」」

 マル、リキ、クウヤの身体を赤、黄、青の装甲が覆い、三匹の竜が夜の港に降臨した。そして……。

「ふぅ……こいつの初戦の相手としては……ちょうどいいかな」

 首、肩、手首と足首を回してウォーミングアップしたフジミが懐からアンナから託された新型を取り出し、見せつけるように突き出した。

「紡げ……シェヘラザード」

 光と共に彼女のパーソナルカラーである白と藤色の装甲が各部に装着され、満を持して“不死身のフジミ”のためのマシンが顕現した。

 そのピースプレイヤーは美しかった。

 汎用機であるルシャットやドレイクとは違い、フジミに合わせた女性的なラインはしなやかで、王冠を被ったような頭部は気品を感じさせる。

 シェヘラザードは美しかった。

「ファーストインプレッションは上々……ね」

 肌にぴったりと吸い付く装甲の感触を確かめるように手を握ったり、開いたりしたり、背中を覗き込んでみたりしてみると、さらに自分の身体に馴染んでいくような気がした。

「ぼーっとしてるなよ、フジミ……来るぞ……!」

「……あいつら、ワタシ達と気が合うみたいね」

 クウヤに言われて顔を上げると四人のボディーガードが分散して、自分達に向かって来ていた。彼らも一対一でこちらを撃破するつもりのようだ。

「さぁ、ワタシの……シェヘラザードの相手は誰かしら」



「どりゃりゃぁっ!!」

 全身桃色で弾力のある古代にいた豚のようなボディーに変化したヤッキーは赤いドレイクに拳を繰り出した……が。

「のろいぜ、チンピラ」

 マルには当たらない。彼らしくない、余裕のある動きで全ての攻撃をかわしていく。いや、それだけじゃない。

「そして……隙だらけだ!!」


ゴォン!


 カウンター気味にマルドレイクの拳がヤッキーの腹部に深々と突き刺さる。クリティカルをもらったヤッキーは悶絶し、早くも戦闘不能になる……はずだった。

「何かしたか、政府のワンちゃん?」

「!?」

「どりやぁっ!!」

「くっ!?」

 ヤッキーはマルの攻撃などものともせず、反撃のパンチを放った。けれど、マルはかろうじて反応して回避、さらに距離を取る。

「はっ!ちょこまかと!だが、今のでわかっただろう!オイラのボディーに打撃は効かないんだよ!!」

「……こいつ」



「ブルアァァァァァァァッ!!!」

「ちっ!?」

 まるで古代の牛のように巨大な二本の湾曲した角と、親衛隊でも一番の大きな身体を持つニックが黄色のドレイクにその自慢の角を向けて突進した。リキはギリギリでひらりとその攻撃を回避する。

 ニックはドレイクを通り過ぎ、ある程度進むと停止し、反転した。

「おいおい!避けるなよ!せっかくオレのこの強靭な角で心臓を一突きして、苦しまずに逝かせてやろうと思ったのによ!」

「余計なおせっかいです」

「そうかい!確かに本音を言えば、ただそうやって殺すのが好きなだけなんだけどなぁ!!」

 ニックは自分の悪辣な趣味を高らかに宣言すると、鼻息荒く再びリキに向かって突撃した。



「ほい!ほい!ほほい!!」


パン!パン!パパン!!


 自分の周りを高速で移動し、攻撃をしてくる古代の鶏を彷彿とさせる獣人を、クウヤは最小限の防御で受け流した。

「ほほう!このわし、親衛隊最年長かつ最速の『テイ』の攻撃を捌き切るとは、中々やるのう」

 上から目線の不快な言葉を、しわがれた声がさらに強調する。特に最近この手の教えたがりに痛い目を見せられたクウヤにとってはテイというこの素早いジジイは最悪の老害としか言いようがなかった。

 なので、こちらも嫌味たっぷりに返してやる。

「ふん……この程度で最速とは……所詮はチンピラ、レベルが低いんだな」

「き、貴様……!!」

 テイの赤い鶏冠がさらに真っ赤になる。彼は所謂キレる老人だった。

「ほう……キレるのも最速らしいな、ジジイ」

「その減らず口……訊けなくしてくれるわぁ!!」

 テイはさらにスピードを上げて、青のドレイクの周囲を跳び回った。



「お前がトップだな」

 古代の羊のようなモコモコとした毛と二本の巻いた角を持った獣人はいきなり襲いかかるような野蛮な真似はせずに、フジミにまるで道を尋ねるかの如く、ごく普通に話しかけた。

「そうよ。で、ワタシに何か用かしら?」

「ふっ……わかりきったことを言うなよ、クイーン」

 獣人は足を肩幅に開き、構えを取った。その立ち姿からただ者でないことが伺え、わざわざ話しかけて来たのは絶対的な自信の表れだったというのが、よくわかる。

「お前にいい知らせと悪い知らせがある」

「どっちから聞きたい?……とか言うつもりなら、いい知らせから聞きましょうか」

「話が早くて助かる。いい知らせというのは、このわたし、『ショーク』は他の親衛隊のメンバーと比べると突出した能力はない」

「へぇ……謙虚なのね」

「ふん!謙虚なものか!確かにわたしは突出した能力はない……だが、弱点と呼べるものもない!総合的に見たらわたしこそが親衛隊最強!これが悪い知らせだ!!」

 そう宣言するとショークはフジミに向かって、飛びかかった。



「ほいっと」


ザン!ザン!ザン!ザンッ!!


「ぐぎやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 ヤッキーの身体はドレイクダガーによって切り裂かれ、血を噴き出した。何が起きているかヤッキーの只でさえ小さな脳ミソ、しかも今は血液が十分に届いていない状態となるとまったく理解できなかった。なので、素直に質問してみることにした。

「な、なんで!?なんでオイラを恐れない!?なんでオイラをこんなに一方的に!?」

「いや……こちとら、曲がりなりにもお前の上位互換とも言える“無敵のティモシー”を倒してるんだぜ?びびるわけないじゃん」

「あっ……」

「それにお前、さっき自分で“打撃”はって言ってたし」

「あっ……」

「ならダガーで切り刻んでやればいいって!おれでもわかるわ!!」


ザン!ザン!ザン!ザンッ!!


「ぐぎやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 さらに斬撃を食らったヤッキーは大量の出血で完全に頭に血が回らなくなったのか、受け身を取ることもなく、仰向けに倒れた。

「上には上が……つーより、下には下がいたって感じだな。おれより頭悪い奴、久しぶりに見たぜ」



「ブルアァァァァァァァッ!!?」

 ニックはアスファルトが陥没するくらい、足に力を込めたが一歩も前に進めなかった。

 全ては二本の角を掴んでいる黄色のドレイクのせいである。

「こ、このオレがパワーで負けているだと!?」

「自分も力には自信があるんですよ」

「ふざけ……」

「どっせいっ!!!」


バキッ!!


「ぐわあぁぁぁぁっ!?オレの角がぁ!!?」

 リキは文字通り、力任せに二本の角を両方ともへし折った。そしてニックご自慢の角を彼らしくない雑な感じで投げ捨てる。彼にとっては多くの人を傷つけてきたそれはゴミ以下の存在なのだ。

「ゆ、許さないぞぉぉぉぉッ!!」


ガシッ!


 ニックとリキはお互いの手を正面から取り、睨み合った。もちろん腕にはありったけの力を込めてだ。

「オレは……オレは!この力で敵を蹂躙するのが大好きなんだよ!!それが気持ち良くて仕方ないんだよ!!なのに、お前は……!!」

 息も絶え絶えにまた自身の性癖を告白するニック。その言葉がリキの前で一番言ってはいけないものだとも知らずに……。

「そうですか……力を振るうのが楽しいんですか……」

「そうだ!楽しくて楽しくてどうしようもないんだ!お前だってそうだろう!?これだけの力を持つお前ならわかってくれるだろ!?」

「一緒にするな!!」


バキッバキッ!!


「ぎやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 今度は力任せに腕を捻り、ニックの両腕を破壊した。間接が逆に曲がり、骨が飛び出すその様は見るからに痛々しい。

「う、腕がぁぁぁぁぁっ!?」


ガシッ……


「あっ………」

 ニックが痛がっている間に、リキは悠々と背後に周り込み、彼の太い銅をイエローの腕でギュッと抱き締めた。当然、愛しいからではなく、憎らしいから、このくそ野郎にとどめを刺したいための行動である。

「お、お前!?まさか!?」

「どっ……せいっ!!!」


ドゴォォォォォォン!!


「……がっ!?」

 バックドロップ炸裂!角の無くなったニックの頭がアスファルトに突き刺さった。

 手から伝わる感触から、決着がついたことを理解したリキはブリッジの状態から背筋の力でゆっくりと起き上がり、無様な姿を晒すニックを見下ろした。

「力を使うことを楽しむような奴には、自分は負けるわけにはいかないんですよ……!!」



「ふん」


ドグシャアァァッ!!


「ぐぎやっ!?」

 背後から猛スピードで強襲したテイをクウヤはいとも容易く裏拳で迎撃した。さっきから二人は似たようなことを繰り返しており、テイの身体はぼろぼろだ。

「こ、こやつ……わしのスピードについてこれるのか……!?」

 今までの長年の経験と鍛練を一瞬で否定され驚愕するテイ。そんな哀れな老人をクウヤは鼻で笑った。

「ふっ……何がわしのスピードだ。こんなトロい攻撃、目を瞑ってても対処できるぜ」

「言わせておけばぁ!!」

「本物のスピードってのはこういうのを言うんだぜ」

「な!?」

 クウヤはテイを遥かに上回るスピードで動き出した。あまりの速さにテイの目には青い残像しか映らない。

「そして、これが本当の攻撃だ」


ドン!ドン!ドン!ドン!ドオン!!


「……がはっ!?」

 目にも止まらぬスピードで全身に殴る蹴るの暴行を受けたテイは血を吐いて、倒れた。親衛隊最速の男はシュヴァンツ最速の男の足下にも及ばなかったのである。

「どうせ聞こえてないだろうが、もう一度言わせてもらうぜ……レベルが低過ぎる……!」



「うりゃ!」


ガンガンガンガンガンガン!


「がっ!?」

 シェヘラザードの腕がまるで鞭のように縦横無尽に動き回り、上下左右からショークの顔面を殴りつけた。戦闘開始から今まで、このような一方的な蹂躙が行われている。この状況を実現したのはひとえにシェヘラザードの予想以上のポテンシャルのおかげであろう。

(パワーもスピードもルシャット、いやドレイクよりも上だ!ワタシが望む動きをしてくれる!フィット感も最高!)

 ショークにとっては悪い知らせだが、フジミは完全にシェヘラザードの性能に酔いしれていた。結果、いつもより過剰に嬲られることになってしまったのだ。

(こんなマシンを造れるメカニックがいるなんて、ワタシは!シュヴァンツは!果報者だ!!)


ガン!!


「………」

 ショークの意識はすでに飛んでいた。けれどフジミはまだ満足していないので……。

「デリャアッ!!」


ゴン!ゴン!ゴォン!!


 ロー、ミドル、ハイ!足、腹、頭に立て続けに蹴りをお見舞いされた。ショークはアスファルトに頬擦りするようにバタンと横たわる。

「ふぅ……ちょっとはしゃぎ過ぎたかしら……」

 全然、ちょっとではない。今、行われたのは不死身のフジミの面目躍如とも言える過剰暴力ショーとしか言いようがなかった。

「さてと……とりあえず親衛隊撃破……と」

 だが、彼女にとってはそんなことは日常茶飯事なので、すぐに気持ちを切り替える。というより、ここからが本番だ。

「残るは……大ボスね……!!」

 親衛隊撃破という軽いウォーミングアップを終えたフジミ、そしてシュヴァンツ全員の視線が遠目で観戦していたザカライアに集中した。


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