初対面
桐江から新型ピースプレイヤー、ドレイクの運用チーム“シュヴァンツ”の隊長に任命されてから数日、神代藤美はまた技術開発局を訪れ、とあるの部屋の前に立っていた。
「すぅ……はぁぁ……」
緊張を少しでも和らげるために深呼吸をする。
「えーと……部屋に入って……まず第一声は……」
ぶつぶつと今後の段取りを一人確認。リラックスするために肩と首を軽く回す。
「どーも!ワタシがあなた達の隊長!神代藤美よ!気軽に“華麗なるフジミ”と呼んでね!!」
普段より高い声を出し、ポーズを決め、ぎこちないウインクをする。
「ふぅ……よし!これでOK……」
「いや……やめておいた方がいいと思うよ……」
「うわっ!?」
突如、後ろから声をかけられ、フジミは飛び上がる!この前のデジャブのよう、まるで成長していない。
「び、びっくりした……!」
「大丈夫か?」
「あ、あぁ……なんとか……」
呼吸を整え、フジミは声のした方、後ろを振り返る。
そこには彼女より一回り小さい、白衣を羽織った女性が訝しげにこちらを見ながら立っていた。
「あなたは……?」
「あたしは『栗田杏奈』。シュヴァンツの専属メカニックだよ、神代隊長」
ニヤリと悪戯を思いついた子供のような無邪気で不敵な笑みを浮かべながら白衣の女、アンナは自己紹介をした。
「あなたがシュヴァンツのメカニックの……」
「そ」
「今の口振りなら、もう知っているみたいだけどワタシは神代藤美。よろしくね」
「どもども」
フジミも名乗ると、アンナは軽く手を振った。一応、歓迎してくれているようだが、上司に対する態度ではない。
「栗田……杏奈……さん?」
「アンナでいいよ。あたしもフジミちゃんって呼ばせてもらうから」
「そう……わかったわ、アンナ……」
完全に舐められている気がするが、フジミはとりあえずそのことについては飲み込んだ。
彼女にはそれよりもずっと気になることがあったのだ。
「あのさ、アンナ……」
「なんだい、フジミちゃん?」
「さっきのワタシの自己紹介……やめておいた方がいいって……」
「あぁ、あれ。完全に滑ってるからね」
「うぐっ!?」
早くもフジミの心は折れそうだった。アンナが完全なる善意で言ってくれていることがわかるのが、また辛い。
「まぁさ……あたし一人にだけで……他のメンバーに醜態晒す前に気付けたってことでいいんじゃないの?」
落ち込むフジミをアンナが慰めた。これではどちらが上司で、どちらが部下かわからない。
「そう……だね……そう思うことにする。そう思わないとやっていけない……」
フジミもなんとか壊れかけのメンタルを立て直し、再び扉の前に向き直した。
「今、他のメンバーって言ったけど……?」
「あたし達は少し前から集まってるから、もうすでに顔馴染みさ。気さくなあたしと違って、あの三人は色々難儀な奴らだよ」
「そりゃあ……また大変そうだ……」
心の中で(クビになってた方が良かったかな……?)と、あの日の決断を若干後悔する。だが、過去には戻れない。どんなに強く望んでも……。
「よし……!」
覚悟を決め、フジミはまた運命の扉をその手で開いた。
「………」
「どーも……」
「………」
部屋の中には様々な機械と五つの机がおいてあり、そのうちの三つに三人の男が座っていた。
一際大きな男だけが立ち上がり、身体に似合わない細い声で挨拶をしたが、他の二人はふてぶてしく座ったまま、フジミの顔を睨み付けた。
(三人中二人が無視か……こりゃあ、確かに難儀だね……)
フジミはこれからのことを考えると頭を抱えて、座り込みたい気分だった。しかし、そんなことをしたら、さらに舐められると思ったので、自らを奮い立たせ、気丈に背筋をピンと伸ばし歩き始めた。
(アンナの言う通り、さっきの自己紹介じゃダメだな。少しかましてやらないと……!)
フジミは部屋の中で一番大きなエリアにたどり着くと大きく息を吸った。そして……。
「シュヴァンツ!!!集合!!!」
「うっ!?」
「いいっ!?」
「!!?」
「フジミちゃん!?」
部屋中に、いや部屋の外にまでフジミの声が響き渡り、大気が大きく震える!三人とついでにアンナも一瞬で彼女の気迫に圧倒された。
「何をしている!ボスが集合と言っているんだから!とっとと集まれ!!」
「はいは~い!」
「りょ、了解……」
もう一度、指示をするとアンナと挨拶をしてくれた大男は小走りで、残りの二人は不満げにフジミの下へと集まる。
結果、なんとかシュヴァンツ隊長である自分の前に全隊員を横一列に並ばせることに成功した。
「よし、集まったな。ゴホン……ワタシがこのシュヴァンツを預かることになった神代藤美だ」
「よっ!美人隊長!!」
「よろしくお願いします……」
「「…………」」
相変わらずフジミに反応してくれるのは二人だけ、残りの一人、フジミより少しだけ背の低い男は彼女の顔を睨み付け、もう一人のスレンダーなモデル体型の男はそっぽを向いている。
(逆効果だったかな……?まぁ、やってしまったことを後悔しても仕方ないか)
フジミは自己紹介を失敗したように感じたが、直ぐに気を取り直した。彼女自身、この切り替えの早さが自分の数少ない長所だと思っている。
「じゃあ、あなた達にも自己紹介をしてもらおうかな……?まずは……」
フジミの視線とアンナの視線が交差する。
「アンナ!」
「はい!」
「……はさっきしてもらったし、あなた達はもう知り合いらしいから省略で」
「ですよね。少し寂しい気もするけど、まっ、無駄を省いて、効率的にってのはあたしは好きですよ、ボス」
「話が早い子はワタシも好きよ、可憐なメカニックさん」
女性二人が今度は笑顔を交換すると、フジミの視線はアンナの倍以上ある……ように見えるほど大きな男の方へ。
「で、次はあなた」
「は、はい!自分は『飯山力』と言います!以前は街中に現れたオリジンズの保護、もしくは駆除をやっていました!よろしくお願いします、神代隊長!」
飯山はそう言うと、頭を勢いよく下げた。あまりの勢いに風が巻き起こり、フジミの前髪を揺らす。
(緊張してるのか、普段からこういう感じなのかはわからないけど、気弱で頼りなさげだが悪い奴ではなさそうだね。このレスラーを彷彿とさせる恵まれた体格に、オリジンズを相手にしてきた経験……戦力としても申し分なさそう)
眼球を上下左右に動かし、飯山の身体を吟味する。どうやら不死身のフジミのお眼鏡に飯山はかなったようだ。
「こちらこそよろしく、飯山君」
「はい!」
飯山は丸太のように太い腕をこれまた勢いよく上げて、敬礼した。
「じゃあ、次は……」
「……『勅使河原丸雄』だ……ふん!」
飯山の隣、この三人の男性メンバーの中では一番背の低いフジミを睨み付けていた男は一瞬だけ目線を交差させ、不躾に名乗ると顔を背けた。
(あちゃー……完全に怒ってるな……問題はその理由がワタシにあるのか、この部隊にあるのかだが……判断材料もないのに考えても無駄か)
フジミはフッと苦笑いを浮かべると同時に、問題を先送りにした。
「よろしくな、勅使河原君。最後、大トリは……」
「……『我那覇空也』……一応、この隊の副長ということになってる……」
フジミの瞳がスレンダーな男に向いたが、今までと違い目線が合うことはなかった。我那覇は口を最小限だけ動かし、最低限の自己紹介をする。
(こいつも秘書さんと同じく、表情筋が死んでるタイプか……個人的には勅使河原のように敵意剥き出しの方がわかりやすくていいんだけどね……)
フジミは今度はハァ~とため息をついた。
「副長か……足りないワタシをフォローしてくれよ、我那覇君」
「…………」
返事は返ってこない。結局、少しも打ち解けることもできずにシュヴァンツの初対面は終了した。
「とりあえず、これで自己紹介は終わりってことで。まぁ、お互い焦らずゆっくりと親睦を深めていこうじゃないか、フジミちゃん」
「そうだね」
「じゃあ、お近づきの印に」
歩み寄ってきたアンナが白衣のポケットから何かを取り出し、フジミにつき出した。
「ん?これは……手帳?」
それを受け取ったフジミはくるくるとひっくり返しながらまじまじと観察する。
「いやいや、シュアリーの警察官なら知っているでしょ?」
「もしかして……」
「うん。それが“ドレイク”だよ」
「これが……ルシャットなんかとはちょっと違うが、待機状態が手帳型なのは同じなんだな」
ピースプレイヤーは古代遺跡のアーティファクトから解析した技術で、装着しない時はアクセサリーなど持ち運び易い形、所謂待機状態になる。国や組織、用途ごとに様々な待機状態があるが、シュアリーは手帳型のデバイスになるほどのがポピュラーだった。
「この試験運用が終わったら、量産されてみんなが使うことになるからね。使い慣れてる形にしないと」
「それもそうか」
アンナの説明に耳を傾けつつ、フジミは自身がこの部隊に配属された理由であり、クビを繋ぎ止めた恩マシンであり、これから多くの事件を解決するために一緒に戦う愛機でもあるドレイクを天井の電灯から放たれる光にかざしてみる。
「フジミちゃんのは4番機だけど、それはあたしが会った順に配っているからで、他意はないから」
「了解した。ピースプレイヤーを渡されるのは新人の時以来だよ。“ただでさえ昨今世間の目が厳しいのに、警察から大量殺人鬼を出すわけにはいかない!”って、言われてずっと取り上げられてたからさ」
「へ、へぇ……」
アンナと聞き耳立てていた三人がドン引きしているのを尻目に、一通り観察を終えるとフジミはご機嫌で服の内ポケットに仕舞おうと……を。
リリリリリリリリリリリッ!!!
「「!!?」」
「うおっと!!?」
突如として、待機状態のドレイクが耳をつんざくような電子音を鳴らし、驚いたフジミは落としそうになった。
彼女の今まで数え切れないほどの人間を敗北の汚泥に沈めてきたとは思えない、細く美しい手のひらを二度、三度とバウンドするが、かろうじてキャッチに成功する。
「なになに!?急に!?」
「ピースプレイヤーが通信機代わりになるのは……って、ずっと持たされてなかったから知らないか」
「あぁ!そういうことは先に……」
「それより早く要件を聞いたらどうだ……?」
「我那覇……君……?」
今日一度も目を合わせようとしなかった我那覇がフジミを真剣な眼差しで見つめていた。彼の側では勅使河原はもちろん、飯山まで同様に新人隊長の一挙一動を注視している。
「そんな……みんなで熱い眼差しで……ワタシの可愛さに気付いちゃった?」
「バカを言うな……!」
「いっ!?」
冗談は全く通じない。さらに眉間にシワが寄り、まるでフジミを視線で殺そうとしているようだった。彼らからしたら、そんなのんきな戯れをしている暇はないのだ。
「この部隊に、あんたに連絡してくるってことは……そういうことだろ……!」
「あっ!?」
ここで漸くフジミは事態を察した。
慌てて手のひらの中の愛機を操作し、耳に当てる。
「もしもし、こちらシュヴァンツ………何ぃ!?宝石強盗だって!?」
シュヴァンツ初対面の日は同時に初任務の日になった。