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No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
29/194

ニューマシン

「まさかティモシーに続いて、深沢までもがやられるとはな……」

 とある豪勢な部屋で、これまた高価そうな椅子に座り、葉巻の煙を燻らせながら、男は一人呟いた。

「失礼します」

 部屋に別の男が入ってきた。均整の取れた身体、整えられた髪、スーツを見事に着こなすその男はいかにも仕事ができそうだ。

「準備が整いました、ボス」

「そうか、ご苦労」

 スーツの男に返事をするとボスと呼ばれた男は葉巻を吸った。チリチリと赤く炎が灯り、葉巻の先が灰へと変わっていく。

「……本当によろしいのですか?」

「ん?私がいいと言ったらいいんですよ」

 眉一つ動かさずに質問する男に、ボスは煙を吐きながら答えた。

「『後藤』、このザカライア金尾が間違ったことがありますか?」

「い、いえ……!」

 後藤の頬に一筋の汗が流れた。口調こそ優しいが、白い葉巻の奥で自分を見据えるザカライアの眼光と、彼の全身から放たれるプレッシャーは筆舌にし難いほど凄まじいものだった。

「よ、要件はそれだけです……自分はこれで失礼させていただきます」

「うむ」

 後藤は一回頭を下げると、部屋から出ていった。失礼のないように気をつけているつもりだろうが、端から見ると明らかに早足だ。

 再び一人になったザカライアは部屋の壁にかけられた絵画を見上げながら、再び葉巻を咥える。

(私の決断はいつも正しい……だから、コーダファミリーはここまで大きな組織に成長した……なのに!!)

 苛立ちが筋肉を強ばらせ、自然と指に力が入ると、バキッと音を立てて葉巻が折れた。



「この男がコーダファミリーのナンバー1、つまりボスであるザカライア金尾だ」

 ザカライアが密かに怒りを燃やしている頃、シュヴァンツはいつもの部屋でいつものように会議をしていた。

 だが、いつもと違い、ディスプレイの前に立って説明をしているのは神代藤美だった。通常、この役をやるメカニックの栗田杏奈の姿はどこにも見当たらない。

「上が掴んだ情報では、今晩こいつは動くらしい」

「決戦は今夜ですか……予定通りで進むような仕事ではないのは、今までのことから承知していましたが、それにしても急ですね」

「愚痴りたい気持ちは痛いほどわかるが、こればかりはね……」

 苦笑いを浮かべるリキにフジミは心の底から同調した。

「おれはいつでも準備万端ですよ、姐さん!!」

「そりゃ頼もしい。だけど、ザカライアは一筋縄でいかないわよ」

「そうなんですか……」

「うん……」

 シュヴァンツの視線がディスプレイに集中した。画面にはザカライアの顔だけがデカデカと映し出されている。そう、それだけしかないのだ。

「ザカライアは前回の深沢のような戦闘に関する情報が得られなかった」

「無敵と呼ばれているということしかわからなかったティモシーの時と同じだな」

「ええ……あいつと同じ。この男が“金色のザカライア”と呼ばれているってことしかわからない」

「金色のね……こいつのどこが?」

 マルはまじまじとザカライアの顔写真を見つめるが、金色の由縁となるような部分は発見できない。

「髪も金髪じゃなくて、白髪混じりだし」

「歯が全部金歯の成金……ではないですよね」

「単純に金を稼ぐのが上手いからじゃない?」

「単純にというなら、“金尾”だからじゃないか?」

「「うーん……」」

 シュヴァンツはみんな仲良く首を傾げた。そして、ここでウダウダ言っても答えが出ないことを悟った。

「まぁ……こいつの異名のことは各々考えたい奴だけが考えればいいってことで」

「“無敵”よりは弱そうですしね」

「うん、だからこいつの顔をしっかり脳みそに刻みつけることに集中して」

「今までの任務もトップのこいつを捕まえるための準備だったとも言える。つまり……」

「こいつを逃がしたら全て水の泡って訳ね……」

 改めてシュヴァンツはザカライアの顔写真に全神経を集中させた。目や鼻の形、シワの数に至るまで脳内にしっかりと焼き付ける。

「説明は以上ね。あとは各自時間まで自由にしてくれていい」

「よっしゃ!!飯山!軽く手合わせして、身体を温めておこうぜ!」

「ええ……今からですか?あまり無茶しないでくださいよ……」

 マルとリキは訓練場に向かうために部屋から出て行った。

「俺はナーキッドの調整をしてくる。できればごめん被りたいがまた追いかけっこになる可能性もあるからな」

 続いてクウヤも退出した。こうして部屋にはフジミ、ただ一人になってしまった。

「ワタシはどうするかな……っと」

 フジミはディスプレイを消し、傍らに置いてあるソファーに腰をかけた。

「そうね……こういう時は……寝るか!」

 フジミは目にも止まらぬスピードで靴を脱ぎ、ソファーに横になった。そして、次の瞬間には……。

「すぅ……すぅ……」

 寝息を立てて、深い眠りの世界に落ちていた。


「フジミちゃん……フジミちゃん……」

「んん……」

「フジミちゃん……」

「もうお腹いっぱいだよ……」

「そんなベタな寝言はいいから!起きて!」

「んん……」

「フジミちゃん!!」

「ッ!?……アンナ……?」

 仮眠ではなく爆睡モードに入っていたフジミをアンナが身体を揺らし、必死に名前を呼び、なんとか夢の世界から連れ戻した。

「どうしたの……まだ時間は……もしかして寝過ごした!?」

 フジミは勢い良く上半身を起こし、壁にかけている時計を確認した。

「……なんだ……やっぱりまだ時間じゃないじゃん……」

 ふぅ~と一息ついて、焦りから吹き出した額の水滴を拭いながらフジミは横に揃えてあった靴に足を入れる。

「うん。別に時間が来たから起こした訳じゃないよ」

「そうか……なら、何かトラブル?」

 アンナは首を横に振った。

「万事順調ですよ、眠り姫」

「ふーん……だったらアンナは……ってアンナ!?」

 ここで漸く自分を起こしたのは、作戦会議には姿を見せなかったメカニックだと気づいた。フジミは目を丸くしながら、アンナの全身を舐めるように観察する。

「あんた、会議に来なかったけど、大丈夫なの?」

「おかげさまで元気モリモリだよ」

 アンナは白衣をはためかせ、くるりと見せつけるようにターンした。

「じゃあ、なんで……?」

「会議に出れなかったことと、そのことについて連絡を忘れたことは社会人として申し訳ない。だけど、それよりも大切な、この栗田杏奈にしかできないことがあったのよ」

「アンナにしかできない……」

「もちろん、メカのことさ」

 アンナは懐から手帳のようなものを取り出した。シュアリーではお馴染みのアレだ。

「これって……まさか!?」

 アンナは力強く頷いた。

「これがフジミちゃんの、シュヴァンツ隊長のために今のあたしの持てる全ての技術を注ぎ込んで作ったニューマシン、『シェヘラザード』。なんとか決戦には間に合ったよ」

「シェヘラザード……ワタシの新しい……」

 アンナから新しい愛機を受け取ったフジミは重さを確かめるように上下させた後に、いとおしそうに撫でた。

「見た感じは……あまり変わり映えしないね」

「この状態ではね。でも実際に装着して見れば、すぐに違いがわかるはずだよ」

「そんなに?」

「そんなに。なんてったって最初からフジミちゃんが使うことを想定したオーダーメイドだもん。素材だって上級オリジンズを九割以上使用したんだから。所謂“最上級ピースプレイヤー”だね」

 ピースプレイヤーは基本的に同個体の死骸でしか製造できない特級以外は、様々なオリジンズの素材を混ぜて造られ、その素材の割合によって上級、中級、下級という等級が決まる。

 しかし、あくまで非公式な呼称だが、上級オリジンズの素材を90%以上使って造られた場合は“最上級”と称され、ある種のステータスになっていた。だから、アンナは自慢気にそのことを強調したのだ。

 けれど、そんな素晴らしいものを贈呈されたフジミの顔はあまり芳しくない。

「ん?もしかして、あんまり嬉しくない?あんなに欲しがってたのに」

「いや、嬉しいよ。ありがとう……だけど、できればもうちょっと早く完成して欲しかったってのが本音かな。今からだとアジャストする時間がない……」

 さすがに感覚派で出たとこ勝負が信条のフジミでも今日の今日で、マフィアのボスの捕獲任務にいきなり新型を使う気にはなれなかった。

 だが、理屈はわかるが頑張ったアンナからしたらその返事には不満しか感じない。

「そんなの……ぶっつけ本番でドレイク使った人の言葉とは思えないね」

「そうは言ってもその初陣でぶっ壊しちゃったから、そりゃあねぇ……」

「あれは相手が悪かったんだよ!あんな強力なピースプレイヤーを宝石強盗なんかが持ってると思わないし!」

「今から戦うことになるかもしれない相手は、その強力なマシンとやらを強盗に渡していた組織のボスよ」

「うっ!?でも!でも!なんだかんだで今までの任務は全て達成できたんだし!?」

「どれもギリギリだった。しかも、その中でも特に苦戦したあのティモシーの上司」

「ううっ!?」

 聞けば聞くほど、フジミが慎重になるのも無理はないと思えてしまう。それでもアンナはどうしてもシェヘラザードをフジミに使って欲しかった。

「フジミちゃん!!」

「うおっ!?」

 アンナはフジミの両手を自身の両手で包み込んだ。その中には渦中のシェヘラザードが閉じ込められている。

「急に何を……?」

「もうごちゃごちゃ御託を並べるのはおしまい!フジミちゃん、あたしを信じて!あたしの造ったシェヘラザードを信じて!」

「アンナ……」

 自分を真っ直ぐ見つめる瞳から、手の甲に触れる想像よりもゴツゴツとした手のひらからフジミはアンナの“熱”を感じる。そして、それはフジミの頑なな心を溶かすには十分な熱量を持っていた。

「…………わかった、あんたを、シュヴァンツのメカニック栗田杏奈をワタシは信じるよ」

「フジミちゃん……」

 フジミの答えに満足したアンナはそっと手を離した。

「きっとそう言ってくれると思ったよ……」

「その割にかなり必死だったように見えたけど」

「う、うるさい!」

「フフッ……で、このシェヘラザードとやらの武器や特徴は?」

「あぁ、それなら装着すればわかるよ。そのマシンが教えてくれる」

「……ん?教えて?」

「そう、教えてくれる。だから、フジミちゃんは安心して装着してくれればいいよ」

「何を……いや、あんたがそう言うならそれでいいか」

「そうそう」

 フジミにはアンナの言っていることが一つも理解できなかった。だが、信じると言ってしまった手前、それ以上追及もできなかった。というか、結局のところ彼女はやはり出たとこ勝負が好きな人間なのだろう。どこかで謎に包まれたシェヘラザードにワクワクしている自分がいた。

 高揚を内に秘めつつも、何食わぬ顔でフジミは靴にしっかりと足を収め、シェヘラザードをポケットに仕舞うと、ゆっくりと立ち上がった。

「それじゃあ、少し早いけど集合場所に行くとしますか」

「上司が遅刻したんじゃ、カッコつかないもんね」

「そういうこと」

 フジミはカツン、カツンと音を立てながら出口に向かって歩いて行った。

「フジミちゃん!」

「ん?」

 部屋を出る直前、呼び止められたフジミは振り返る。そこには親指を立てているアンナの姿があった。

「健闘を祈るよ」

「言われなくても、バッチリ決めてやんよ」

 フジミも親指を立てて返事をすると部屋から出て行った。

「ふぅ……あたしの仕事はここまで……ここからは本当にみんなの無事を祈るだけだな……」

 椅子に座ってくるくる回るアンナ。言葉通り彼女の使命は終わったのだ。そう全て……。


カツン……


「ん?」

 出口の方から足音が聞こえ、アンナはそちらを向いた。

「何?もしかして忘れも……」


ガブリュッ!!


 栗田杏奈の仕事は終わったのだ……。


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