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No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
28/194

帰ってきた男 その③

「げほっ、げほっ……神代……」

 ワイヤーから解放された我那覇は膝をつくと、咳き込みながら身体が欲する酸素を取り込み、白と藤色に彩られた普段よりも大きく感じられる上司の背中を見上げた。

「おれ達のことも忘れちゃ!」

「困ります!!」

 更に赤と黄色のドレイクも彼の前に降ってきた。シュヴァンツが再び集結したのだ。

「助けてもらったことには礼を言う……だが神代……まだ俺は……!」

 我那覇は仲間が助けに来てくれたことに感謝こそするが、納得していないようだった。あくまでこの長きに渡って自分を苦しめてきた因縁の決着は自らの手でつけたい。

「いや、もうあんた一人に任せられない」

 しかし、フジミは肩越しにちらりと我那覇を見ながら、彼の思いをあっさりと否定した。

「ワタシもできればあんたの望むままにしてあげたい……だから少しだけ時間を与えた。だけどもうタイムリミット、時間切れよ」

「しかし……!」

「こいつはこの国のピースプレイヤー研究を遅らせ、何より一人の人間の命を奪った犯罪者……あんたの個人的な感情にいつまでも付き合って、逃がすようなことになってはいけないのよ」

「くっ……!?」

「あんたワタシに言ったわよね……“自分の実力を把握できない奴は無能だ、必要なら他人を頼れ”って……その言葉、そっくりそのまま返すわ」

「!!?」

 最早、何も言い返せなかった。フジミの言っていることは正論であり、逆の立場であるなら自分も同じことをするだろうと思うから。

 しかし、同時に情けない。それはつまり自分が未だにずっと背中を追いかけて来たクラウスに及んでないということである。そして、かつてそのクラウスに言われた言葉を偉そうにフジミに言ったのに、それをまんま返されたのは情けなさを通り越して、憤りさえ感じた。

(俺はあの頃から成長していないのか……?クラウスに他人を頼れと説教されたあの日から、何も……いや!)

 だが、我那覇空也はちゃんと成長している。かつての彼ならこの期に及んでまだ意地を張り続けていただろうから。

「わかった……あんたの……隊長の指示に従う。俺はシュヴァンツとして、プロとして職務をまっとうする……!力を合わせるぞ!」

 その言葉を聞いた瞬間、マスクの下でフジミと、何故か敵であるクラウスがニヤリと笑みを浮かべた。

「聞いたね!マル!リキ!」

「おう!」

「はい!」

「大栄寺クラウスはワタシ達シュヴァンツ全員の力で捕まえるぞ!」

「姐さんがそう言うなら、勅使河原丸雄はこの命の全てをかけて従うだけッス!!」

「シュアリーの敵は自分達の敵!仲間の敵も自分の敵です!!」

「よし!一気に終わらせるぞ!散開!!」

 フジミの合図でマルとリキが左右に走り出す。そして……。

「喰らえ!!」


バァン!バァン!


 手に持っていたショットガンを発射する。ルシャットの斜め前方から降り注ぐ弾丸の雨……所謂十字砲火だ。

「定石通りだな」

 しかし、クラウスは自身に二方向から襲いかかる散弾をものともせず、上にジャンプすることで回避する。

「悪くないが、面白みにかけ……」


バァン!


「――ッ!?」

 灰色の装甲を弾丸が抉った。散弾ではなく、ライフル弾だということはクラウスにはすぐわかった。ギリギリで本能が危機を察知し、反射的に身体が動いていなかったら、肩を撃ち抜かれていたであろう。

 視線をその弾丸の発射地点へと動かすと、白と藤色のルシャットⅡがライフルを構えていた。

「あれを避けるのか……よッ!!」


バァン!バァン!


 再度フジミルシャットは空中のターゲットに狙撃を敢行する。けれども、クラウスルシャットは背部に取り付けられたスラスターを噴射し、またまた器用に弾丸を回避した。

「いい連携だ……俺だったらこの次は……」

 クラウスは着地すると同時に反転する。


ガギン!


「やはりきたか、空也」

「クラウス……!」

 灰色のルシャットと青のドレイクは再度お互いの手に持った刃でつばぜり合いの形になる。

「いい女じゃないか、お前の上司」

「ふん……そういうのは本人に言ってやれ」

「その通り!」


ザンッ!


「くっ!?」

 空中からクラウスの腕に向かってフジミはナイフを振り下ろした。しかし、これも後ろに跳躍したことで避けられてしまう。

「くそ!?あいつ、目が何個ついてるんだ!?」

「そういう奴だと割り切るしかない!奴が対応できなくなるまで攻め続けるぞ“フジミ”!!」

「あんたこそ遅れるなよ“クウヤ”!!」

 二人は一気にクラウスとの距離を詰め、一気呵成に攻め立てる!

「でりゃあぁぁぁぁぁっ!!」

「はあぁぁぁぁぁっ!!」

「ちいぃっ!?」

 二人分の手足から放たれる絶え間ない攻撃に、クラウスも防戦一方だった。灰色の装甲に彼の顔についているような傷が無数に刻まれていく。それでも致命的な被弾をしないのはさすがと言うべきか。

「大栄寺クラウス!あんたは何故、ここにいる!?なんでコーダファミリーのナンバー2なんかと戦っていたんだ!?」

 攻撃を続けながら、フジミは率直な疑問を口にした。テロリストとマフィアが争っているなら、それはそれで大事、把握しておかなければならない。

「……何も知らないで言っているのか?それともわかって上で、そんな戯れ言をほざいているのか……!?」

「何……?」

 クラウスの返答は答えになっているとはいえない代物だった。というより、会話が噛み合ってないという方が正確か。その違和感を感じて僅かに動きが止まった瞬間をクラウスは見逃さなかった。

「ウラァ!!」


ガァン!!


「ッ!?」

 クラウスの蹴りでフジミが吹っ飛んだ。

「フジミ!?」

 クウヤも上司の失態に心を乱す。

「その程度で集中を切らすな!!」

 お説教と共にクラウスは後輩にルシャットエッジの突きを放つ!しかし……。

「ほざくな!俺は今日までずっとお前のことだけをずっと考えてきたんだ!!」


ガァン!


「がはっ!?」

 クウヤは突きを紙一重で避けると、上司にしたことの仕返しとばかりに先輩に拳を叩き込んだ。更に追撃……はしないで、その場から離脱する。仲間の攻撃の巻き添えを食らわないためだ。

「今だ!勅使河原!飯山!」

「よくも姐さんを!!」

「今度こそ!!」


バァン!バァン!!


「ぐうぅッ!?」

 ショットガンの十字砲火が再び牙を向いた。今回は避けることもできずに、ルシャットの灰色の装甲に痛々しい跡をつける。

(ちっ!?がむしゃらに攻めているだけかと思っていたが、この時のためにチームが意思を統一して動いていたのか……!!)

 自分の認識の甘さを悔やむが、後悔先に立たず……もう愛機は限界に近い。

「もういっぱ……」

「だがッ!!」

「つ!?」

 それでもクラウスは最後まで諦めない。左手のアンカーを射出し、マルの腕へとワイヤーを巻き付かせる。そして……。

「ウオラァァァァァッ!!」


ブゥン!!


「うおっ!?」

 力任せにマルを振り回す!赤い竜は夜の闇を流星のように飛んで、仲間である黄色の竜の元に。

「飯山!受け止めてぇぇぇッ!!」

「押ぉ忍ッ!!」


ガシャン!!


「ぐうぅ!!」

「な、ナイスキャッチ……」

 リキはマルを全身を使って、受け止めた。更に赤い竜の腕に絡みつくワイヤーを手に掴む。

「やられたら……やり返します!!」


ブゥン!


「――ッ!?」

 言葉の通り、今やったことをそのまんまやり返した。ルシャットがリキの膂力で為す術もなく、宙を舞った。

「まったく……マルさんは……乱暴に扱っちゃ駄目なんだから!!」

「どの口が言っている!!」


ザンッ!


「おっ!?」

「ぐっ!?」

 クラウスはワイヤーを自ら切り離した。突然、重さが無くなったリキは体勢を崩し、クラウスはグラウンドに土煙を上げながら転がった。

「くそ……人数が増えたとはいえ、ここまでおれが一方的にやられ……」

「うりゃあぁぁぁぁっ!!」

「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」

「!!?」

 まだ起き上がれないクラウスに、フジミとクウヤが飛び蹴りで強襲する。


ドスン!!


「……しつこいんだよ!」

「「ちいっ!?」」

 クラウスは腕でグラウンドを押して、飛び上がった。シュヴァンツの隊長と副長のダブルキックは残念ながら不発に終わる。

「はぁ……はぁ……」

 なんとか致命傷こそ防いでいるが、ルシャットは傷だらけ、クラウスの体力ももう底を尽きかけ、跪いていた。

「ここまでよ、大栄寺クラウス……!」

 そんな彼とは対照的に無傷で呼吸も乱れていないフジミとクウヤは銃口を向ける。勝負が着いたのは、傍目にも明白だ。

「最後通牒だ……大人しく投降しなさい」

「したら、チョコレートでもくれるのか?」

「しなかったら、銃弾をプレゼントよ。ワタシ達全員からね」

「腹一杯食らわしてやるよ……!」

「穴が空いて、いつまでも満腹にはならないかもしれませんが」

 マルとリキも合流し、銃を構えた。

「そうか……ここまでか……」

 クラウスはルシャットを脱いで、生身の姿を晒す。戦いの前の余裕が嘘のように息も絶え絶え、額から脂汗が噴き出している。

「これ以上の抵抗は無理だと判断したか」

「懸命な判断です」

「勘違いするなよ、赤と黄色……おれはまだ諦めちゃいない……!」

「何を……自分の実力を把握できないのは無能の証だと散々俺に言ってきたのは嘘だったのか!?」

「だから、おれにはまだ……!!」

 クラウスは手を服の中に突っ込んだ。そして、何かを取り出そうとした!その時……。


ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!


「!!?」

「な……」

「なんだ!!?」

 シュヴァンツとクラウスの間に光の柱がそそり立った。凄まじい閃光が夜の闇をかき消し、熱風が吹き荒ぶ。

「一体……何が……」

 光が消え、目の前に土煙のカーテンが広がる。その奥に人影が見えた……二つの。

「!!?」

「なんで、ここに……」

「お、お前は……」

「ザッハーク!!!」

 シュヴァンツの前に現れたのは、肩から蛇のような長い首と頭を生やした紫の怪人ザッハークであった。彼は大栄寺クラウスを守るように堂々と仁王立ちしている。

「久しぶりだな……確か、シュヴァンツと言ったか?」

「ええ……ご機嫌いかが?……なんて言う間柄じゃないわね」

「そうだな」

 会話の内容こそ軽いものだが、両者の間に流れる空気は重苦しいものだった。いつでも戦闘になっても言いように神経を研ぎ澄ましている。

「で、何しに来たの?」

「友人を迎えに来ただけだ」

「な!?まさか、お前、クラウスと!?」

「クウヤ!落ち着け!」

「くっ!?」

 思わず飛び出しそうになったクウヤをフジミは一喝した。そうは言うが彼女も内心は同じ気持ちだ。得体のしれない強敵と、この国の仇敵が知り合い同士なんて、わけわからな過ぎて叫び出したかった。

「はぁ……済まないな、ザッハーク」

「気にする……なッ!!」


ガブッ!


「ぐっ!?」

「何!?」

 ザッハークの肩から生えた頭がクラウスの肩口に噛み付いた。プスリと皮膚を牙が突き破り、血が流れる。

「あいつ、仲間を!?」

「いえ!確かあの牙からは毒があるはず!」

「そうだよ!だから、あいつは仲間を……」

「毒と薬の違いっていうのは、用法容量を守っているかどうかだけですよ。もしザッハークが毒性を調整できるなら……」

「薬にもなるってのか!?」

 リキの推察が正しいことを裏付けるようにザッハークに咬まれたクラウスの血色はみるみる良くなり、呼吸は整っていった。

「……気分はどうだ?」

「大分、良くなった……ありがとよ」

「クラウス、俺達の目的を忘れるな……切り札を切るのは今ではないぞ」

「悪かったって……」

 クラウスはゆっくりと立ち上がった。痛みや苦しみを感じている様子は見られない。

「……というわけで今回もここでお暇させてもらうぞ」

 ザッハークはまるで気の知れた友人にするように、軽い口調でシュヴァンツにこの場から離れることを宣言した。もちろん、それをフジミ達が許すはずもない。

「……というわけで……じゃねぇよ!」

「そんな話が通じると思っているのか?」

「目的とか切り札とか、気になる単語ばっかり言って……」

「このまま帰したら、眠れないよ!!」

 シュヴァンツは全員で威圧するが、ザッハークが意に介している気配はない。

「貴様達の目的はコーダファミリーのナンバー2だろ?形はどうあれ、任務は達成できたのだから、それで満足すべきだ」

「そんな理屈!」

「前にも言ったはずだ、女……選択肢があるのは強者の方だ……!!」


ブシュウゥゥゥゥ!!


「ちっ!?またか!?」

 双頭の蛇が以前のように毒霧を吐き、フジミ達の視界を覆い尽くした。

 霧が消えると、ザッハークもクラウスも影も形もなくなっていた。

「くそ!また逃げられた!!」

「確かに、当初の目的である深沢については捕まえることができましたけど……」

「それで納得できるはずがない!!」

 深沢は未だに白目を剥いて、口からはよだれを垂れ流しながら校庭の端で倒れていた。自業自得で同情する余地などない男だが、マフィアの幹部にしてはあまりにも無様で雑な扱いだ。そして、さらに可哀想なことにそんなひどい扱いを受けたというのに、彼を捕まえにきたシュヴァンツの面々は彼に対する興味を完全に失っている。彼らの胸の奥にあるのは……。

「ザッハークと大栄寺クラウス……あいつらは一体……」

 任務は達成したが、シュヴァンツの心に喜びはなかった……ザッハークと初めて会ったあの時のように。


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