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No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
27/194

帰ってきた男 その②

 どんなに天に祈りを捧げようとも、どんなに心から渇望しようとも、望み通りにならないことは多々ある。しかし、そういうものこそ、忘れた頃に不意に目の前に転がって来るものだ……今この時のように。

 あれだけ待ち焦がれた瞬間にも関わらず我那覇空也は言葉を驚きのあまり言葉を失った。

「こんなところで再会することになるとは、想像もしなかったぜ……お前はどうだ?」

「………あっ!?」

 クラウスに話しかけられ、漸く止まっていた思考が動き出す……とは言っても、いまだに自分の置かれている状況も、これから何をすればいいのかも、闇の中だが。

「………大栄寺クラウス、ここで何をしている?」

「その質問はお前個人のものか?それとも政府の犬としてのものか?」

「いいから早く答えろ!!」

「ふぅ……少し落ち着けよ、空也。そんなんじゃ、敵に出し抜かれるぞ。口を酸っぱくして言ってきたよな、お前の悪いところだって」

「ッ!?」

 ペースは完全にクラウスが握っていた。シュヴァンツで最も冷静と言われている男の見る影もない。

「ワタシの部下をあまりいじめないでくれるかしら」

「神代……」

 見かねたフジミが二人の因縁に割って入った。ライフルのスコープ越しに傷の男を睨み付け、いつでも彼の額にトンネルを開通できるように人差し指をトリガーに引っかけたまま……。

「あんたが空也の今の上司か……中々優秀そうだ」

「加えて美人」

「はっ!ユーモアもあるとか、最高だな!お前は本当に人に恵まれてるよ、空也!」

 嫌味にも聞こえるが、それは心の底からの言葉だった。クラウスはフジミという人間を一目で気に入り、我那覇の足りないところを補ってくれる理想的な上司であると考え、それを本当に喜ばしいことだと思ったのだ。

「どの口が言っている!!自分もいい人間だとそう言いたいのか!?」

 しかし、そんな心など今の熱くなった我那覇に通じる訳もなく、彼はさらに激昂した。まるで飢えた獣のように鋭くなった眼をギラつかせ、歯をむき出しにしている。

「ふぅ……だから、戦いってのは熱くなった方が負けだって教えたはずだぜ」

「いつまで師匠気取りでいるつもりだ!それに俺は熱くなってなどいない!」

「どこがだよ。鏡で自分の顔を見てみろよ……今のお前、人前に出ちゃいけない面してるぜ」

「こいつ!!」

 今の言葉で我那覇の中で堪忍袋の緒がぷちっと音を立ててキレた。

「ドレイク!!」

 我那覇の全身を青い機械鎧が覆う。本来の彼なら攻撃を仕掛けて来てない生身の相手に、先に愛機を呼び出すことなど決してないはずだ。けれど、そんならしくない真似を躊躇うことなくさせてしまうほど今の彼は我を失ってしまっている。

「ほう……見たことのないマシン……それが噂の最新鋭機か」

「お前もピースプレイヤーを呼べ!!そして、俺と戦え!!」

「そうは言っても……いいのか?」

 クラウスは問いかけた。我那覇にはではない……フジミにだ。

「言い訳ねぇだろ!一人勝手に突っ走りやがるのは、シュヴァンツではご法度なんだよ!!あいつとどんな因縁があるのか知らねぇけど、副長なのにそんなこともわからねぇのか、てめえは!!」

「勅使河原……!」

 けれど、答えたのはマルだった。彼は過去の苦い経験から我那覇を制止した。自分と同じような後悔は、そりが合わないとは言え、一応仲間となっている人間には味わって欲しくないのだ。そして何より言葉は乱暴だが、間違ったことは言ってはいない。いつもとは真逆で考えるまでもなく、今回は我那覇よりマルの方が正しい。しかし……。

「いや、あいつのことはあんたに任せるよ、我那覇」

「神代……」

 隊長であるフジミはむしろ間違った道を歩もうとしている我那覇の背中を押した。

「姐さん!?でも……!!」

「わかっているわよ、マルの方が正しいってことぐらい、ワタシも我那覇もね。そうでしょ?」

「ッ!?」

 子供に諭すようにそう言われると我那覇は急に自分のことが恥ずかしくなった。だが、同時にそれでも止まらない自分の中の燃える怒りを感じる。

「すまない、神代、勅使河原、飯山……こいつは俺にやらせてくれ……頼む」

「我那覇さん……」

 らしくない我那覇の殊勝な態度にリキは戸惑う。彼は我那覇と突然、目の前に現れた傷の男との関係については何も知らない。だが、今の副長の態度から自分が簡単に触れてはいけないナイーブなことだけはわかり、優しい彼は何も言えなくなってしまった。

「ちっ!言っとくが、てめえに従う訳じゃねぇ。おれは姐さんに従うんだ」

「わかっている」

「ふん!本当にわかってんのかよ……」

 マルはそう言うと渋々下がって行った。彼もまたリキと同じように我那覇を慮ったのだ。いつもは反発し合ってばかりの両者だが、それは似たところがあるから、もしかしたら自分も我那覇と同じ立場だったら、同じことをすると思ったのかもしれない。

 そして、マルに続いてフジミとリキも後退する。こうして因縁の二人の決闘の場が整った。

「本当にいい仲間を持ったな」

「あぁ、そうだな……」

 今度はクラウスの言葉を素直に受け取った。自分の我が儘を許してくれたみんなには感謝しかない。そして、それに報いるためには、ここで長きに渡るこの歪んだ関係に終止符を打つしかないのだ。

「……装着しろ、お前のピースプレイヤーを」

「それが戦闘開始のゴングか……」

「あぁ……」

 昼間は子供たちの歓声がところ狭しと聞こえるグラウンドも、その会話を最後に静寂に包まれた。ほんの短い時間、ただそこにいる者達にはとても長く感じた。

 そして、不意に沈黙する二人の間にフッと冷たい夜の風が吹き抜ける。

「ルシャットⅠ・カスタム!!」


バァン!!


 クラウスが灰色の装甲を召喚すると同時に我那覇は狙撃用ライフルの引き金を引いた。

 発射された弾丸は夜の闇を切り裂き、ルシャットへと向かう……が。

「いいライフルだ……だが、狙っていることがわかれば避けられないほどでもない」

 クラウスは最小限の動きで銃弾をかわし、灰色の装甲の代わりに弾丸は学校の窓ガラスを破壊した。

「このぉ!!」


バァン!バァン!バァン!


 回避されたことに怯むこともなく、我那覇はひたすらライフルを撃ち続ける。しかし、その全てが一発目と同じ結末をたどった。そして……。

「まだだ!」


バァン!カチッ……カチッ……


「――ッ!?」

 引き金を引いても弾が出なくなった。なんてことのないただの弾切れ。残弾数を把握し忘れるという初歩的なミス。それをあの我那覇空也がやってしまったのである。

「素人みたいなミスしてんじゃねぇよ」

「!!?」

 失態を見逃してくれるほど大栄寺クラウスは優しい先輩ではない。空砲を撃っている刹那の間にすでに青い竜の懐に潜り込んでいた。

「ルシャットエッジ」


ザンッ!


「くっ!?」

 銀色の刃は月光を反射し、半円を描くように斬り上げられた。我那覇は咄嗟にライフルでガードすると、その長い銃身を刃はいとも簡単に両断した。

「よくも……!」

「凄んでいる暇なんてないぞ。ルシャットマシンガン」

「!?」


ババババババババババッ!!


 クラウスはさらに短刀を持ってない方の手に機関銃を呼び出すと、そのまま青いドレイクに向けて発射した。

「ちいっ……!!」

 それでも我那覇はギリギリで反応し、斜め後方に全力で跳躍することで弾丸を全て回避することに成功する。

「反射神経だけは以前より成長しているかな……あとはそれがどこまで持続できるかだ!」


ババババババババババッ!!


「くっ……!」

 機関銃は弾丸を吐き出すことをやめなかった。クラウスを中心に円を描くように走る我那覇を、土煙を上げながら銃弾の暴風雨が追いかけていく。

「そのまま無様に逃げ続けるだけか?」

「そんなわけ……ないだろ!!」

 あからさまな挑発に対して、我那覇ドレイクは急停止、方向を転換してクラウスに突っ込んでいく。


キンキンキンキンキンキン!!


 クラウスは自身に一直線に向かってくる青い竜に弾丸を浴びせかけるが、その全てが装甲に弾かれてしまう。

「ドレイクダガー!!」

「ふん!」


ガギン!


 両者の持つ刃がぶつかり合うと火花を散らし、二人の仮面を照らした。そしてそのままつばぜり合いの様相を呈す。

「そうだ……それでいい。マシンに差があるなら、その性能差で圧倒してやればいいんだ。自尊心を満たすためだけにちょこまかと走り回るなんて愚の骨頂だ」

「だからいつまで先生のつもりなんだよ!!」

 我那覇は力任せにクラウスを押し返すと、間髪入れずに突きのラッシュを放った。しかし、それも全てクラウスは紙一重でかわしていく。

「その程度か、空也?お前こそいつまであの頃のルーキーのままなんだ?」

「人を馬鹿にするのも大概にしろ!テロリスト風情が!!」

「フッ……おれがテロリストか……」

 ルシャットの灰色の仮面の下でクラウスは寂しそうに自嘲した。

「お前は何もわかっていないな……」

「何!?」

「新しいオモチャを貰って喜んでいるだけのガキだって言ってんだよ!」

「こいつ!言わせておけば!!」

 我那覇はさらにラッシュのスピードを早める。けれど、やはりクラウスは捉えられない。いや、そんなことは彼もわかっている。これは伏線、本命を当てるための伏線だ。

 そして、会心の策を実行するために我那覇はちらりとクラウスルシャットの足下を見た。

「はあぁぁぁぁぁぁッ!!」

「無駄無駄。いい加減学習しろよ……ったく」

(!!)

 ほんの僅か、だが確実にクラウスの集中が切れた。それを我那覇は見逃さなかった。

(今だ!)

 空いている手にドレイクガンを召喚し、ルシャットの脚を撃ち抜……。

「見え見えだぜ」

「!!?」


ガァン!


「――ッ!?」

 ドレイクガンは召喚されるとほぼ同時に蹴り落とされた。そんな真似が何故できたかというと、単純に我那覇がそうすることを最初から予想していたからである。

「フェイントをかける時に、その後攻撃する本命を確認する癖が直ってない」

「くっ!?」

「学習しろってのは、こういう部分を言ってるんだよ」

 それは以前、訓練中にフジミに指摘され、自覚もしていた悪癖だった。彼はまたその癖を見切られ、攻撃に失敗したのである。

 我那覇は惨めさと恥ずかしさで気が狂いそうだった。だが、反省する時間も羞恥で身悶えする時間も、この厳しいという言葉では足りないほど苛烈な先輩は与えてくれない。

「切り替えが遅い!!」


ゴォン!!


「がはっ!?」

 クラウスは銃を蹴り落とした足を器用に動かし、我那覇の腹部に前蹴りをお見舞いする。青のドレイクは衝撃でダガーを落とし、くの字に曲がりながら後ずさった。さらに……。

「アンカー!」


ガギン!


「ぐう!?」

 手首から飛び出したワイヤー付きのアンカーをぐるぐると我那覇ドレイクの首に巻き付けた。

「ぐ……ぐうぅ……!?」

「どうだ、空也……何か言いたいことはあるか?こんな惨めな姿を晒していることへの言い訳がよ!!」

「ぐ……!」

 そうは言われても物理的にも心情的にも我那覇には何も言えなかった。あの頃から変わっていない力の差を見せつけられ、自分が成長していないことを身体で教えられ、心が折れかけていた。

 それでも足掻くのは彼の中の正義の怒りが燃えているからであろう。

(これだけ……これだけの実力がありながら、その力をシュアリーのためではなく、プロフェッサー・飛田の暗殺という外道な行いのために使ったこの男を許すわけにはいかない!こいつを捕まえるのは、後輩として戦いのいろはを教わった俺の役目だ!)

 装甲にひびが入るほどきつく締まっているワイヤーをなんとか取り除こうとがむしゃらに身体を動かし、首元のそれを手で掴むが、力が入らなかった。心は折れていなくても、酸素の供給を絶たれた肉体の方は限界が近かった。

(くそ……こんなところで……よりによって……ずっと追いかけて来た……クラウスに……)

 徐々に目の前が白くなっていき、足から力が抜けていく……。

(俺は……ここまでなのか……)

「ここまでだな、空也」

「あぁ、ここまでだ」


ザンッ!!


「な………」

「………に……?」

 我那覇が意識を失おうとした瞬間、白い稲妻が空から降ってきた。その稲妻は手に持っていた銀色に輝く刃でワイヤーを切り裂き、我那覇を解放する。

 もちろんその白い稲妻の正体というのは、シュヴァンツの隊長、神代フジミのルシャットⅡである。

「ここからは……ワタシも混ぜてもらうわよ」


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