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No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
26/194

帰ってきた男 その①

 端から見ると、夜の闇を切り裂いて飛ぶオリジンズの姿はとても優雅だった。けれども、実際は獣も、それを操っている主人の心も穏やかではない。むしろ怒りと憎しみで燃え滾っている。

「よくも……よくもやってくれたな!!」

 オリジンズの背中に乗っている深沢は写真に写っていた時よりも、険しい顔で彼の使役する獣に咥えられているルシャットに凄んだ。

「意外だな……天下のコーダファミリーのナンバー2が部下のチンピラどもをやられたぐらいで、ここまで怒るとは」

 灰色のルシャットは今まさに現在進行形で獣の嘴に挟まれているとは思えないほど落ち着いている。それがまた深沢の怒りに火をくべた。

「余裕ぶっていられるのも、今のうちだけだ!『妖艶なるイヴォー』よ!そいつをお前の嘴で真っ二つにしてしまえ!!」

「キイィィッ!!」

 主人の命令に従い、イヴォーは嘴に力を込めていく。ギリギリとルシャットの灰色の装甲に圧がかかる。

「ふむ……このままじゃさすがにまずいな……」

 言葉とは裏腹にルシャットは余裕の態度を崩さない。ただチラチラと下の街を確認する。

「どうした!もっと怖がって、泣き叫べよ!じゃないとオレの気持ちがスッキリしないじゃないか!!」

「……あそこならちょうどいいか」

「おい!てめえオレの話を聞いているのか!?」

「ちゃんと聞いてるよ。おれを泣かして、叫ばしたいんだろ?けど、残念ながらそうなるのはお前だ……!」

「何!?」

「ルシャットマシンガン!!」

 ルシャットは機関銃を呼び出し、その銃口を自分を咥えているイヴォーの口に突っ込んだ。そして……引き金を引く。


ババババババババババッ!


「!!?」

 無防備な口腔に無数の弾丸を叩き込まれ、イヴォーは悲鳴もあげることができなかった。衝撃に身体が硬直し、高度を急速に落としていく。

「イヴォー!しっかりしろぉ!イヴォォォォォッ!!」

「ほらな……叫ぶのはお前の方になった」


ドスゥゥゥゥゥゥゥン!!


 妖艶なるイヴォーはその大層な名前とは真逆の無様な形で墜落した。

「ふぅ……バッチリ予定通りだな」

 墜落のどさくさでイヴォーの拘束から逃れた灰色のルシャットは身体についた獣の唾液を振り払いながら、土埃が舞う周囲を見渡した。

 そこは学校のグラウンド。先ほど街を確認したのは、イヴォーを墜落させても被害が出ない場所を探していたのだ。

「さてと……これで終わりなら楽でいいんだが……」

「さっきの言葉を返すよ……残念だったな……オレの身体も心も折れちゃいない……!!」

 土煙が風で吹き飛ばされると、そこには深沢は堂々と仁王立ちしていた。その手には蓋の開いた銀色の瓶を持ち、その顔は更に険しく、鬼の形相でルシャットを睨み付けている。

「戻れ、イヴォー……」

 深沢がそう言って、瓶を倒れている虫の息になっている獣に向けると、イヴォーの巨体は光の粒子に変わり、瓶に吸い込まれていった。

 全ての粒子が回収されると深沢は蓋を閉め、瓶を服の内に仕舞った。

「それが獣封瓶か……銀色ってことは、凡そ中級ぐらいのオリジンズを封じ込められるってことか?さっきの奴も大きさこそ異常にデカかったけど、中級の『ルドコーン』だろ?」

 灰色のルシャットの中の人は中々知的好奇心の強い人物のようで、気になったことを素直に口にした……が。

「お前の質問に答えてやる義理はオレにはない」

「……それもそうか」

 深沢は答えてくれなかった。その代わり新しい銀色の瓶を“二つ”取り出す。

「出番だ!『俊敏なるイミクラム』!『剛烈なるアクラヴァズ』!」

 深沢が掛け声と共に蓋を開けると、さっきとは逆に光の粒子が瓶から飛び出し、形を作っていく。

 一つは四足歩行、もう一つはかなり大柄で歪だが人型をしていた。

「ナアァァァァァァァッ!!」

「ウホォォォォォォォッ!!」

 光の粒子は最終的に完全に実体になり、二体のオリジンズが夜の学校の校庭に顕現した。

「『ウーヒ』と……『ラリゴーザ』か……噂には聞いていたが、本当に三体目がいるとはな……」

 ルシャットもシュヴァンツと同じく四足歩行のウーヒについては事前に情報を掴んでいたが、ラリゴーザについては知らなかったようだ。だからといって特に慌てる素振りも見せないが。

「ふん!褒めてやるぞ!このオレに手持ち三体全てのオリジンズを使わせるとはな!」

「チンピラどものまとめ役なんかに褒められても嬉しくもなんともないね」

「てめえ……」

 深沢の額でピクピクと青筋が動いた。彼の怒りは今、頂点を迎えたのだ。

「もうぜってぇ許さねぇ!!やっちまえ!イミクラム!アクラヴァズ!!!」

「ナアァァァッ!!」

「ウホォォォッ!!」

 主人の憤りを代わりに発散するべく、二匹の獣はルシャットに襲いかかった。

 先陣を切るのは俊敏なるイミクラム!その名に違わないスピードであっという間に距離を詰め、その手に生まれた時より装備している鋭い爪を振り下ろす。しかし……。

「さすがに速いな……だが、避けられないレベルではない」

 ルシャットには当たらない。その後も続けて爪を振り抜くが、傷をつけるどころか触れることさえできなかった。なんだったらルシャットはいかにギリギリで避けられるか試している。その舐めた行動がイミクラム自身にも火を着けた。

「ナアァァァァァァァッ!」

「少し上手くいかないぐらいで癇癪起こすのはご主人様譲りだ……なっ!!」


ゴン!!


「ナアッ!?」

 爪を避けるために回転した勢いを利用して、イミクラムの顔面に後ろ回し蹴りを叩き込む!

 イミクラムはグラウンドに二回ほどバウンドしながら、吹っ飛んでいく。さらに……。

「おまけだ、遠慮なく貰ってくれ」


ババババババババババッ!!


 倒れるイミクラムに容赦なく機関銃を浴びせかける。再び土煙が高く舞い散り、獣の姿を覆い隠すが、ルシャットは一向に引き金から指を離さない。ただひたすらにありったけの弾丸をばら蒔く。

「ウホォォォォォォォッ!!」

 そんな彼を自分を忘れるなと言わんばかりにアクラヴァズが側面から強襲する。その人間の胴体ほどある拳を全力で振り下ろす。けれど……。

「さっきの奴より遅い攻撃に当たるわけないだろ」

 ルシャットは軽くぴょんと跳躍して回避した。拳は空を切るが、その凄まじい威力を物語るように風圧だけで土煙を起こし、ルシャットの装甲を強風が撫でた。

「しかし、破壊力は折り紙付きか。この少し弄っただけの旧型『ルシャットⅠ』では軽く触れられただけでKOだろうな」

 敵の力を冷静に評価する。戦闘中にそんななめ腐った真似ができるのは、彼に確かな実力があることと、その力に獣達は及んでないということを示唆しているのだろう。

「さて……そろそろ反撃といこうか……ルシャットエッジ!!」

 ルシャットは武器を呼び出しながら反転。通常のものより大きさと鋭さを強化した切っ先をアクラヴァズに深々と突き刺す……つもりだったのだが。


キン!


「ウホ……!」

(硬い……!)

 刃はアクラヴァズの分厚い皮膚に弾かれた。獣はその結果に満足したようにうっすらと笑い、拳を振り上げる。

「ウホォォォォォォォッ!!」

「調子に乗るなよ」


ガン!


「――ッ!?」

 アクラヴァズの拳は再び敵を捉えることはできなかった。ルシャットは攻撃の直前、アクラヴァズの胸を蹴り、その勢いで離脱したのだ。

「まったく……パワーも足りないか……こんなことならさらに稼働時間が短くなることになっても……」

「ナアァァァァァァァッ!!」

「!?」

 アクラヴァズから離れるルシャットに、いつの間にか回り込んでいたイミクラムが口を大きく開けて飛びかかった!

「ちいっ!?アンカー!!」

 ルシャットは右手を伸ばすと、手首からワイヤーのついたアンカーを射出した。

 アンカーは猛スピードで飛んでいくと、校庭の鉄棒にぐるぐるとワイヤーを巻き付けた。そして、すぐにルシャットはワイヤーを巻き取っていくと、身体は浮き、鉄棒の下へと飛んでいった。

 イミクラムはガチンとただ勢い良く自らの上顎と下顎をぶつけ合うだけに終わった。

「ふぅ……獣の癖に連携が使えるのか……出会った時の“あいつ”より遥かにマシだな……戦いの最中に過去に思いを馳せるなんて、おれらしくないな」

 ルシャットはアンカーを外し、鉄棒の上に立つと、ふと昔を懐かしんだ。本来の彼ならあり得ないことをしてしまったことを自嘲する。だが、その時は何故か脳裏を“あいつ”が過ったのだ。

「ナアァァァァァァァッ!!」

 必殺の一撃を避けられたイミクラムは怒り狂いながら、ルシャットの下に走った。

「ずいぶんとお怒りだな。まぁ、無理もない……その怒り、利用させてもらうぞ……!」

 ルシャットは左手にアンカーを持ち、イミクラムを待ち構えた。

 獣はルシャットが罠を仕掛けているなど露知らず、迷うことなく走り続ける。

 そして、また大口を開けて飛びかかった。

「ナアァァァァァァァッ!!」

「今だ!」


ガギン!!!


「ナアァァ!?」

 ルシャットはイミクラムの攻撃をひらりとかわすと、ワイヤーを手綱のように噛ませ、背中に跨がった。

「ナ、ナアァァァァァッ!?」

 主人でもない、散々自分の攻撃を避け、あまつさえ顔面に蹴りを入れた相手に馬乗りにされるなど、不愉快極まりなかった。

 イミクラムはひたすら身体を揺らし、暴れ回り、必死に灰色の乗り手を振り落とそうとする。

「おいおい暴れるなよ……さっきみたいに真っ直ぐ走れよ……なっ!!」


ドン!


「ナアァァァッ!!?」

 ルシャットは足でイミクラムの脇腹を叩くと、彼の望みを叶えるように真っ直ぐと走り、加速していった。

「そうだ!それでいい!もっと!もっと速く走るんだ!!」

「ナアァァァァァァァッ!!?」

 完全にイミクラムの動きは憎き敵にコントロールされていた。学校の校庭を走り回り、ついにトップスピードに到達する。そして、巨大な弾丸と化したイミクラムはあるものに向かっていた……いや、向かわされていた!

「よし……これで!!」

 必死に獣の背中に張り付いていたルシャットは唐突にイミクラムから飛び降りた。弾丸を発射したのだ……あの分厚く硬い皮膚を持つアクラヴァズに。


ゴォン!!!


「ウホォォォォォォォッ!!?」

「ナアァ……!!?」

 最高のスピードのイミクラムがぶつかってきたアクラヴァズは胃液を撒き散らしながら悶絶した。

 最高スピードでアクラヴァズの分厚い皮膚に頭からぶつかったイミクラムはその衝撃で昏倒した。

「な……何ぃ!!?」

 遠目で悠々と戦いの成り行きを見守っていた深沢は驚愕する。まさかこんな方法で二体のオリジンズを同時に撃破されるなど夢にも思わなかった。

「ッ!?戻れ!俊敏なるイミクラム!剛烈なるアクラヴァズ!」

 深沢が瓶を突き出し、可愛いというにはいささか凶暴で強力過ぎるペットの名前を叫ぶと、ペット達は光の粒子となって瓶の中に戻っていった。

「こうなったら……」

 瓶を仕舞い、代わりに電子手帳のようなものを取り出す。待機状態のピースプレイヤーだ。

「テイマッシュ!!」

 深沢の全身が毒々しい色の装甲に包まれ、頭を傘のような兜が覆う。彼の愛機、つまりコーダファミリーナンバー2の戦士が降臨したのだ。

「部下だけじゃなく、我がしもべ達まで……!許さん!許さんぞぉぉぉッ!!」

「だったら、しゃべる前に攻撃するんだな」

「…………へっ?」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「――がはっ!?」

 いつの間にか懐に入り込んでいたルシャットの殴る蹴るの暴行で深沢の身体と意識は強制的に切り離される。バタリと力なく倒れ、展開されたばかりのテイマッシュはほんの一瞬で待機状態に逆戻りすることになった。

「所詮、オリジンズ頼みの奴なんてこんなものか……部下やペットのために本気で怒れるところは嫌いじゃなかったがな」

 白目を剥いている深沢を見下ろしながら、ルシャットは彼に侮蔑と賛辞を送った。当然、深沢には一切聞こえてないだろうが。

「さてと……それじゃあ……こいつをアジトに……」


「そこのルシャット!手を上げろ!!」


「この声は……」

 夜の校庭に新たな声が響く。しかし、呼びかけられたルシャットの装着者にはその声に聞き覚えがあった。

 自分の考えが正しいことを確かめるために、声のした方を向くと、四人の男女が銃をこちらに向けていた。その先頭によく見知った顔がいた。

「やはりな……さっきのは暗示だったのか……」

「動くなと言っているだろうが!!」

「おいおい……ひどいじゃないか……」

「ひどい……?何の話だ!?」

「おれはすぐにお前に気付いたっていうのに、お前はおれに気付いてくれないのかって言ってるんだよ」

「気付く……だと……お前は何を言って……!?まさか!?」

 我那覇も遅ればせながら、その男の正体に気付いた。彼がずっと追いかけて来たその男のことを……。

 男はまるで正解を発表するように、ルシャットを解除する。

 出てきたのは我那覇に負けない恵まれた体躯を持ち、鋭い眼光をした左頬に“傷”のある男だった。

「久しぶりだな、空也」

「大栄寺……クラウス……」


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