無敵の男 その③
コーダファミリー所有のビルに面している道路に砕けたガラスが降り注いだ。月の光を反射して、キラキラと輝き、幻想的な光景にも見えた。
それに続いて落ちて来たのは幻想的とは程遠い醜悪な怪物と怖い怖い女神様だ。
「ふん」
「くっ!?」
四階からの落下もティモシーにダメージを与えることはできなかった。道路にぶつかった瞬間、全身がグニャリと潰れ、全ての衝撃を無効化する。
本来ならフジミにとってそれは憎たらしいことだが、今回は彼女にとっても恩恵があった。まるでクッションのように全身を包み込み、フジミもノーダメージで道路に降りることができたのだから。もちろん、こうなることが予想できたから、こんな無茶な真似をしたのだが。
「よし……よいしょっと!」
フジミルシャットは着地に成功すると、すぐにティモシーから離れた。彼女の動いた軌跡は、上品な白い装甲とフジミの可憐さを彩るようにまたキラキラと光が輝いた……そんないいものではないのだが。
「うへぇ……覚悟はしていたけど、やっぱり気色悪いな……」
全身にべっちょり付着したティモシーの体液を、身体を激しく動かして、剥がしていく。フジミを中心にキラキラとした粒が広がっていく様は、これまた絵面だけはキレイだった。
「ひどいことを言うな……君たちに会ってからぼくは傷ついてばっかりだよ……心はね」
ティモシーは挑発的な言葉を吐きながら、ゆっくりと立ち上がった。元々素早くはないが、これはわざと、余裕の表れとして敢えて見せつけるようにやっているのだろう。
「安心しなよ。すぐに肉体の方にもそんな口が聞けなくなるようなデカい傷を刻みつけてやるからさ」
「へぇ……君がかい?」
「ワタシ達が……だ」
挑発には挑発をと言わんばかりに、フジミが煽った。状況は彼女達には不利なのは変わりないが、決して強がりでも自棄になっているわけでもない。信じているのだ、部下達を。
「何を考えているかは知らないけど、ぼくの無敵のボディーには通用しないよ!」
「いいや、教えてやるさ!無敵なんてのはこの世には存在しないってことをね!」
「君の目の前にあるんだよ!」
「その驕り昂った心も一緒に砕いてやるよ!ルシャットピストル!」
バン!バン!バァン!!
銃声が闇夜にこだまし、ティモシーとの第二ラウンドの火蓋が切って落とされた。だが、フジミには勝算はない。今のところは、彼女一人では……。
(頼むよ、みんな……こいつを倒すのはあんた達しかいないんだから……!)
「おい!起きろ!」
「んん……」
ビルの中ではフジミの指示に従い、我那覇がマルを起こしていた。肩を掴んで、ぶっきらぼうに揺らすと、真っ赤な頭が前後左右に動き回った。
「起きろ!勅使河原!」
「ん……我那覇……?何で我那覇なんかにおれ起こされてるの……?」
ひどく雑な呼びかけに応じ、マルは目を覚ましたが、気絶のショックで混乱しているようだった。仮面の下で目をぱちくりさせて呆けている。
「ふざけたことを言ってるな!バカがこれ以上バカになったら目も当てられん!」
「あぁん?誰がバカだ……って!?そうだおれはマフィアの無敵の気色悪い奴と戦ってたんだ!!!」
漸く正気を取り戻したマルが飛び上がった。しっかりと両足でビルの床を踏みしめると、また頭を上下左右にあわただしく動かす。
「おい!あいつは!?あと……姐さんは!?」
「落ち着け!まずは飯山を起こすのが先だ!」
「それは……必要ないです……」
「飯山!?」
「マルさんを呼ぶ我那覇さんの声で自分もこの通り……まだちょっとボーッとしてますけど」
リキも目覚め、我那覇達に合流した。けだるそうだが、こちらもしっかりと自分の足で歩いて来ているので、とりあえず戦闘を続ける分には大丈夫そうだ。
「よし!飯山も起きたんなら、今度こそあの無敵野郎のところに……」
「いや、その前に話しておかなければいけないことがある」
「話って……そんなことをしている暇があるんですか?」
「神代の命令だ」
「ボスの……」
「姐さんが……」
浮き足立っていたマルとリキがフジミの名前を聞いた瞬間、落ち着きを取り戻した。先の任務で彼女に救われた二人のフジミへの信頼と忠誠心は海よりも深く、太陽よりも熱い。
「何だ、聞かせてみろ?」
「偉そうに……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「そうだな……では……無敵野郎をぶっ倒すために“あの技”を使え……だそうだ」
「「あの技……?」」
マルとリキが仲良く首を傾げた。“あの技”と言われてもピンと来ない。当然だ、まだそれは成功したことのない、この土壇場で彼らの中で選択肢に上がるような技ではないのだから。
「一体何なんだよ、あの技って?」
「そんな逆転の一手になるような技に覚えがないんですけど……」
「シュヴァンツ・スーパー・スペシャル・トリプル・ギードライブだ」
「あぁ、シュヴァンツ・スーパー・スペシャル・トリプル・ギードライブのことを言っていたのか………って、はあぁぁぁぁぁッ!!?」
マルは驚愕の声を上げる。それは絶叫とも呼べるほどのものだった。それほど彼にはその単語が衝撃的だったのである。
「何で!?何で!?あんなダサい名前で一度も成功したことのない技なんて役に立たねぇだろ!?なぁ、飯山!お前もそう思うだろ!?」
「……いえ、名前がダサいのは同意しますけど……確かにあの技なら……イケるかもしれない……!」
「はぁ!?」
マルより少し……いや、かなり賢いリキは一足先にフジミの真意を理解した。無敵のティモシーを倒す手札は自分達にはこれしかないと。
「なぁ……どういうことかおれにもわかるように教えてくれよ……?」
一方、全くピンと来ていないマルは彼としては珍しく素直に尋ねた。
「ティモシーの無敵の秘密は止めどなく表面を流れているあのぬるぬるとした体液と、あらゆる衝撃をその柔らかさで吸収してしまう身体です」
「ほうほう……」
「シュヴァンツ・スーパー・スペシャル・トリプル・ギードライブ、自分たち三人の連続攻撃なら一撃目で体液を弾き飛ばし、続く二撃目で身体に攻撃できます」
「うんうん……」
「そして二撃目の衝撃を吸収しきる前に三撃目を与えることができるなら、あの無敵の身体にダメージを食らわせるかもしれない……と、ボスは考えたんでしょう」
「ふむふむ……なるほどなるほど……あぁ、そういうことね、わかった、わかった」
絶対にわかっていない。できる限り簡潔にわかり易く説明したつもりのリキが項垂れた。
「飯山、諦めろ。そいつに理解なんてできやしない」
「な、何を!?」
「で、でも……」
「というか理屈なんてどうでもいい。それよりも早くしないと俺達の上司がやられちまうぞ」
「「!?」」
割れた窓の近くまで行っていた我那覇がマル達に顎しゃくりあげ外を見るように促す。
慌てて外、隣接している道路を見下ろすとチカチカと光が点滅していた。拳銃を発射する時のマズルフラッシュである。その側には闇夜でもくっきり見える白い人形が見えた。
「今のところ大丈夫そうですね……」
「さすが姐さん!ってところか」
「だが、あのままだといずれ底をつく」
「底を……?」
「神代の体力か、ルシャットのエネルギーか、そのどちらもか……何にせよ奴にダメージを与えられないならじり貧だ」
「じゃあ、ごちゃごちゃ考えてる暇はねぇな!!」
「はい!」
「そうだ……わかったら行くぞ!!」
「はぁ……はぁ……」
「どうしたの?攻撃が緩くなっているように思えるんだけど?」
「はっ!言ってなよ……!」
フジミは部下達の話がまとまるまで、相手を足止めすることに専念していた。しかし、攻撃が効かないことをわかりながら、攻撃し続けるというのは遠目から見る以上に、そしてフジミ自身の予想以上に精神と肉体を磨耗させていた。
そんな彼女が集中を切らさないのは、ひとえに部下を信じているから。その想いは……報われた。
「そろそろ攻撃を受けるのも飽きちゃったし、こっちから攻めさせてもらおうかな」
「それは楽しみだ……けど、ワタシはいい上司だから美味しいところは部下に譲るよ……!」
「なに?」
ガシャ!ガシャ!ガシャン!!
フジミの盾になるように三色の竜が降臨した。三人とも全身から覇気を放ち、六つの眼は上司を毒牙にかけようとする失礼な獣に向いている。
「今の言葉を聞いたな!?」
「おうよ!姐さん!美味しいところいただかせてもらいます!!」
「それでは、早速行きましょう!!」
「「「シュヴァンツ・スーパー・スペシャル・トリプル・ギードライブ!!!」」」
我那覇、マル、リキの順に縦に並ぶと、そのまま一列になってティモシーへと突進していく。
「うん?なにそ………」
バン!バン!バァン!!
「!?」
「お前の声なんて聞きたくないんだよ!」
先頭の我那覇が銃でティモシーを牽制する。それだけではなく、青のドレイクはぐんぐんと加速していく……はずだった。
「……ッ!?」
「速い……!?」
「……ちいっ!?」
我那覇は後ろの二人が遅れそうになったのを感じ、スピードを緩めた。そして、そのままティモシーと交錯する。
ザンッ!ザンッ!ゴォン!!
超スピードで通り過ぎる刹那、三匹の竜は各々の渾身の一撃を自身を無敵と称する醜悪な怪物に浴びせかけた。
素人目には完璧なコンビネーション、だが当事者達と彼らの上司にはわかっていた。
「……失敗だ」
「んん~、今のなに?結局、なにしたかったの?」
「くそぉッ!?」
「ぐうぅ……!」
悔しさと敗北感が心の中を支配した。あれだけの啖呵を切ってこの様だと思うと情けなくて仕方なかった。
「……もう一度……いや!成功するまでやるぞ!!」
「あぁ!今のはおれが遅れたせいだ!次は必ずついていく!」
「自分もタイミングを合わせ損ないました!次は死に物狂いでやります!」
「俺もお前らに合わせる……だから!」
三人は三人とも自分が他の二人に合わせられなかったことが、失敗の原因だと考えていた。
しかし、その考えこそが原因なのである。そのことに彼らは気付いていない。彼らに過ちを教えるのは誰の仕事だろうか……そう、上司の仕事だ!
「違う!違うぞ!そうじゃない!!」
「「「!!?」」」
再び攻撃に移ろうとした部下達をフジミが大声で制止した。我那覇達は一斉に足を止め、上司の姿に集中する。
「神代……?」
「違うって……」
「何を……」
「気を使い過ぎなんだよ!あんた達は!」
「気を……使い過ぎ……」
「いつも好き勝手やってる癖に戦闘になると相手とちゃんと連携をしようとする!それをみんなでやるから、逆にタイミングが合わなくなるんだよ!!」
「「「!!?」」」
三人の身体に電流が走った。そう、彼ら全員が全員、良かれと思ってやっていたことが見事に裏目に出ていたのである。
「あんた達はみんなドレイクのテストに選ばれた凄腕なんだから、細かいところは頭で考えるんじゃなく、フィーリングに任せて大丈夫!ワタシは部下にできないことを命じない!それがシュヴァンツ隊長、神代藤美の流儀だ!!!」
「姐さん……」
「ボス……!!」
三人の中で闘志の炎が燃え上がる!彼らの心はフジミの想いに応えること、そしてティモシーを倒すことで一つになっていた。
「上司にあそこまで言われたら、やるしかないぞ!!」
「言われなくてもわかってるつーの!!」
「自分達なら必ずできます!!」
再び青、赤、黄の縦一列に並ぶ。そして……。
「今度こそ決める!」
「「「シュヴァンツ・スーパー・スペシャル・トリプル・ギードライブ!!!」」」
三匹の竜は先ほど以上のスピードと熱気でティモシーに突進していく。まるで一匹の竜のように一糸乱れず、真っ直ぐにターゲットの下へと進む。
「なんか色々話してたけど……結局、それ?さっきは受けて上げたけど、今回は遠慮させてもらう……よッ!!」
ティモシーは腕を振り、体液をドレイク達の進行方向に撒き散らし……。
「そんなもので俺達を止められるか!!」
バン!バン!バァン!!
「えっ!?」
体液が地面に落ちる前に我那覇が全て銃で弾き飛ばした。夜の闇に再びキラキラと光が舞い踊り、竜はその下をくぐり抜ける。
「こ、こいつら……さっきと違う!?」
迫りくるドレイクのただならぬプレッシャーにティモシーもその技の恐ろしさに漸く気付いた……が。
「は、速い!?」
僅かに遅かった。先ほどよりも遥かにスピードを上げたドレイクは既に必殺の三連撃の射程に入っている。
「はあぁぁぁッ!!」
ザンッ!
我那覇ドレイクは右手に持ったダガーで右上から左下に切りつける!
「ウラァッ!!」
ザンッ!
マルドレイクも右手に持ったダガーで斬った。右下から左上、ティモシーの身体にXの文字が刻まれる。そして……。
「でえぇぇぇぇぇい!!!」
ドゴオォォォォォン!!
そのXの中心、斬撃がクロスした地点にリキドレイクが全体重、全膂力を乗せた拳を撃ち込んだ!この三つの攻撃が完了するまでにかかった時間は、ほんの一瞬。
遠くで眺めていたフジミはそっと呟いた。
「……完璧だ」
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
悲痛な叫びを上げるとティモシーの身体は引き裂け、相変わらずの体液と、初めての血液を噴き出して、その場で倒れた。
「よっしゃ!やったぜ!!」
「いえ!マルさん!まだ油断しちゃ……」
「大丈夫だ、飯山……あれはもう立ち上がれない」
「ぼ、ぼくは……む、むてき……」
ティモシーはピクピクと小刻みに震え、うわ言を言いながら元の人間の姿に戻っていった。とてもじゃないが戦闘を続行できるようには見えない。
「無敵だから、まともにダメージを受けたことがなかったんだろうな」
「けっ!打たれ弱くて、根性無しの癖に無敵なんて名乗ってんじゃねぇよ!」
「でも、自分達の最後の攻撃以外は効かなかったわけですし……」
「じゃあ、俺達の技が“無敵の必殺技”ってことだな…………なんだ?」
我那覇は自分のことを多分、ニヤニヤとした顔で見つめているマルとリキを訝しんだ。
「我那覇さんもそういうことを言うんですね」
「ふん!俺だって血の通った人間だ!」
「はははっ!まぁ、てめぇに血が通ってるかどうかはおいといて……」
「ワタシ達の、シュヴァンツの勝利だな」
「あ、姐さん!?美味しいところ持っていかないでくださいよぉ~」
何はともあれ激闘の果て、シュヴァンツはコーダファミリーのナンバー3、ティモシーを撃破することに成功したのだった。




