無敵の男 その②
シュヴァンツの四人は階段を昇り、三階にある部屋を一つずつくまなく探した。
「いたか?」
上司の問いかけに三人は首を振った。
「人どころか小型オリジンズ一匹もいないです」
「なら、もっと上か……」
三階に見切りをつけたシュヴァンツはさらに階段を昇り、四階へ……。
「つーか、本当にいるのか……」
「しっ!」
「よっ!?」
愚痴るマルを人差し指を突き出して、リキが黙らせた。
「どうした、飯山……?」
声を抑えて、囁くように副長の我那覇がリキに問いかける。
「何か聞こえませんか、我那覇さん……?」
「何か……」
我那覇はもちろん周りで話を聞いていたフジミやマルも耳を澄ました。
「スー……スー……スー……」
「これは……寝息のようなものが聞こえるな……」
「はい……この四階には何かありますね」
「だったら、ここは手分けしないで四人全員で固まって行きましょう」
「了解っす」
隊長であるフジミの指示に従い、四人はフォーメーションを組んで、一つずつ部屋を開けていった。そして……。
「スー……スー……スー……」
何個目かの扉を開けると、部屋の真ん中で机にこちらに背を向け、横たわっている男性を発見した。
「寝息のようなものじゃなくて、寝息そのものだったようだな……ふざけやがって……!」
我那覇は馬鹿にされているように感じ、怒りを露にした。
「あれだけの騒ぎが下であって、寝てられるなんて、大物かはたまた……」
「ただの馬鹿だろうぜ……!」
「馬鹿なら馬鹿でいいさ……手間が省けて助かる……」
「とりあえずまずは顔を確認しないと……」
「そうだ……」
「んんッ?もう朝……?」
「「!!?」」
シュヴァンツが男の顔を確認しようと動こうとした瞬間、男が目を覚まし、こちらを向いた。
「ん?まだ夜じゃないか?……っていうか、君たち誰?」
寝惚け眼を擦りながら、窓の外を見た後、男はシュヴァンツに気づいた。まだ事態を把握しきれてないようで、敵だとは思ってないようだ……完全武装しているのに。
「ワタシ達はあなたのことを知ってるわよ……“無敵のティモシー”さん」
男の顔はビルの突入前に写真で見たものと同じだった。ついにターゲットを発見したのだ。
しかし、シュヴァンツの心は高鳴ることはなかった。
「なんか……肩透かしだぜ」
「ちょっとイメージと違うというか、イメージを下回るっていうか……」
「どうやらただの阿保だったみたいだな」
「どう見ても……“無敵”って感じじゃないわね」
想像していたマフィアのナンバー3像と違ったことで、シュヴァンツの面々は口々に失望を言葉にする。
初対面の、しかも寝起きにそんなことを言われて、いい気分のする人間はいないだろう。ティモシーもそうだった。呆けていた顔が引き締まり、口をへの字に紡ぐ。
「むぅ、君たち一体、なんなの!?なんか失礼じゃない!?っていうか、何でぼくのことを知ってるの!?」
「これは失礼……自己紹介がまだでしたね……ワタシ達はシュヴァンツと言います」
「しゅばんつ……?」
ティモシーは人差し指を顎に当てて、斜め上を見上げた。どこかで聞いた“しゅばんつ”という単語を記憶の底からサルベージしようとしているのだ。そして、それは見事に成功する。
「あっ!ボスが言ってた最近、ぼく達の周りをうろちょろしてるっていう害虫か!!」
ティモシーは手をポンと叩いて、表情が緩む。どうやらスッキリしたみたいだ。
一方、逆にシュヴァンツ達はマスクの下で顔をひきつらせた。
「あぁん!?害虫だと!?」
「言ってくれますね……!」
「だが、これで確定した……奴がターゲットだとな……!」
「一応、言っておくわ、大人しく投降してくれない……?ワタシ的には断って欲しいんだけど……!」
害虫呼ばわりされたシュヴァンツは先ほどまでののんきな感じが嘘のように、見ている者が寒気を感じるほどの強烈なプレッシャーを放ちながら、戦闘モードに移行した。
「へぇ……やる気満々じゃん……!」
けれどティモシーは気圧されることなく、むしろワクワクしているようだった。いや、実際に心踊らせている。なぜなら……。
「ぼくが一番楽しいと思っていることわかるかい?」
「さぁ?お互いの今後の関係を良くするために、是非とも教えて欲しいわね」
「ふふふ……いいよ、教えてあげる。それはね……君たちのようにぼくを馬鹿にした奴をギッタギッタのメッタメッタにしてやることさ!!」
「!?」
ティモシーの全身がみるみる変化していく。中肉中背のどこにでもいる男性だった者が一回り大きく、そして柔らかくなり、体表がヌメヌメとしたローションのような液体に覆われていく。
その姿はまるで古に存在したという蛞蝓のようだった。
「ブラッドビーストか……!」
「これが……」
「自分初めて見ましたよ……」
「おれも……」
ティモシーはオリジンズの血から精製した薬品を身体に取り込んだことで獣人に変身する能力を得たブラッドビーストだったのだ。
数々の戦いを経験してきたシュヴァンツの面々だったが、ブラッドビーストに関しては皆初めてだったようで、目の前に出現した獣人の姿に思わず息を飲んだ。
「ふぃ~、この姿になるのは久しぶりだな……」
変身完了した肉体の感触を確かめるようにうねうねと身体を動かしている。見る者全てに不快感を与える動き……フジミも例外ではなかった。
「うへぇ……あれ、ピースプレイヤー越しでも触りたくないわね……」
「だったら、触らなければいいだけだ……ドレイクガン!」
バン!バン!バン!バァン!!
我那覇はそう言って銃を呼び出すと、間髪入れずに引き金を引いた。狙いは下の階で唸っているチンピラ達と同様、肩と脚だ。
突然のことで一切の反応ができないティモシーの肩と脚に狙い通り、見事命中した……が。
グニャリ……
「……何?」
弾丸は弾かれる……というより、ティモシーの体表を滑って、軌道を逸らされた。
「残念……効かないんだよね」
「ちっ!?こいつ……わざと避けなかったのか……!?」
変身した顔ではいまいち表情が読み取れないが、その声色からニヤリと見下すように笑ったことが我那覇にはわかった。そして、ティモシーが自分の攻撃に反応できなかったのではなく、する必要がなかったことも理解すると、激しく心を苛立たせた。
「銃なんてぼくには通用しない……わかったら……」
「ならよ!」
「!?」
いつの間にかティモシーの左右に赤と黄色の竜が迫って来ていた。
「突き刺すのはどうだ!!」
「自分は……殴る!!」
マルはダガーを切っ先を振り下ろし、リキは拳を下から振り上げた。左右、そして上下からの同時攻撃!ティモシーには防ぐ術はない。
そもそも今回もまたそんなことをする必要などないのだけど。
グニャグニャリ……
「なん……」
「だって!?」
赤のドレイクの刃も黄のドレイクの拳も先ほどの弾丸のように体表を滑り、衝撃は全て柔らかいティモシーの身体に吸収され、傷どころか小さなダメージを与えることもできなかった。
「この野郎ッ!!」
「まだまだです!!」
しかし、マルとリキは攻撃を止めず、ダガーに拳はもちろん脚や肘を使い全力のラッシュをかける。殴り、斬り、抉り、薙ぎ払う!だけど、やはり……。
「無駄だよ、無駄。これだけやってもわからないのかな?」
「くっ!?」
「人のことをアホ呼ばわりしておいて、実は君たちの方がアホなんじゃないのかな?」
「言いましたね!!」
さらにラッシュを早める。けれど結果は変わらない。ティモシーには二人のやっていることは攻撃ではなく、優しく撫でられているぐらいにしか感じられないのだ。
「こいつ……無敵なの……あっ!?」
「そうだよ。ぼくに一切の攻撃は通用しない……だから“無敵のティモシー”なんだよ」
「ッ!?」
頭ではなく、心で理解した、させられた……彼が無敵と呼ばれる理由を。そして、さっきのさっきまでこの男を侮っていた自分達を恥じた。
「だとしても!」
「諦める訳には!!」
「うーん……このまま君たちが疲れて動けなくなるまで待っていてあげてもいいんだけど……やっぱり害虫はこの手で叩き潰さないとね!!」
ボゴォン!!
「が……」
「はっ!!?」
言葉の通り、まるでまとわりついてくる鬱陶しい羽虫を払うように太く柔らかい腕を動かすと、まるで鞭のようにしなり、その勢いのまま手の甲を叩きつけると、マルとリキの身体は宙に浮き、吹き飛ばされた。
二人は凄まじいスピードで壁にぶつかり、クレーターを作り、意識を弾き飛ばされた。
「さてと……まずは二人……残りは……って、あれ?」
ティモシーが残りの二人、フジミと我那覇を処理しようと目を向けたが、彼女達は先ほどまでいた場所から消えていた。
「あれあれ?どこに行ったのかな?」
「ここ……」
「だぁッ!!!」
高速で移動していた二人は空中からの飛び蹴りでティモシーに襲いかかった。
グニャリ……
「何度も言わせないでよ……意味ないんだって」
しかし、結果は先陣を切った二人と変わらず、キックの衝撃は吸収されてしまう。
だが、マル達の戦いを見ていたフジミ達がそのことに気付いていない訳がない。
「君たちも仲間みたいにおねんねしなよ」
ブゥン!
「……あり?」
反撃に転じたティモシーの腕は何もない場所を通過した。フジミ達はすでに彼の手の届かないところに移動している。
(やっぱりこいつ、攻撃は効かないし、パワーも凄いけど……)
(俺や神代の動きに付いてくるスピードはない……!)
今の攻撃はあくまでティモシーと自分達の速度差を試すための行動だった。そして、予想通りの結果を得たことで彼女達が取る作戦は決まった。
(本当に無敵の存在なんて、この世にいる訳ない……!)
(どこかに必ず弱点があるはず……それをヒット&アウェイで攻撃しながら探し当てる……!)
フジミと我那覇は床を、壁を、天井を蹴り、ティモシーの周りを三次元移動する。そして、その合間にパンチやキック、銃撃などで彼の全身の至るところに攻撃を当てていく。
「ううっ……全然効かないけど……邪魔くさいなぁ!!」
再びティモシーの腕は空を切る。ダメージこそないが確実にストレスは彼の内面に与えているようで、苛立つ彼はがむしゃらに体液を撒き散らしながら、何度もカウンターを仕掛けていた。けれども、その全てが外れてしまっている。
(そうだ!もっとイラつけ!心に隙が生まれれば、きっとこちらに勝機が……)
ズルッ……
「あっ……?」
ガシャン!!
「ぐっ!?」
青のドレイク、我那覇空也が転倒した!冷静な彼にあるまじき失態!いや、彼のミスではなく、ティモシーの罠だ。
「俺がこけるだ……とッ!?」
起き上がろうとしたが、立ち上がれなかった。一瞬、何が起きているのか理解が追い付かなかったが、ピースプレイヤー越しに感じる不快な感触に我那覇は漸く自分が嵌められたことを理解する。
「この液体……奴の体液か……!?」
指の間で嘲笑うように糸を引くティモシーの体液を見て、我那覇は唇を噛み締めた。完全にしてやられたと。このローションのような液体に文字通り足元を掬われたと!
「君達の思っている通り、ぼくにはスピードはない。だけど、問題ないんだよ。だって……相手のスピードを奪えるんだから……!」
「!?」
いつの間にか我那覇の背後にティモシーは詰め寄っていた。自分の策がバッチリはまったことを満足げに語るその声に、我那覇は不快感と恐怖感を覚える。
「三匹目ぇ!!」
「ッ!?」
「させるかぁ!!」
「!?」
ティモシーが我那覇に拳を振り下ろそうとした瞬間、横からフジミルシャットが両腕を広げ、突っ込んで来た。
フジミはそのままティモシーを全身で押して移動させていく。
「感謝しなよ……あんたみたいな、気色悪い男がワタシみたいな美女にハグしてもらえるんだから……!」
「こ、こいつ……!?」
「ダメージを与えられなくても、押し出すぐらいは!!」
フジミはティモシーを押しながら一直線にある場所に向かっていく。それはどこか……窓だ!
「神代!お前!?」
「我那覇!マルとリキを起こせ!“あの技”だ!“あの技”だけが、こいつの無敵を破れる!!」
ガッシャアァァァァァン!!
「神代ぉぉぉぉッ!!」
フジミはティモシーと共に窓を突き破り、ガラスの破片を撒き散らしながらビルの外へと飛び出して行った。
「無茶を!?……いや……あいつはさっき……」
我那覇はすぐに後を追おうと一歩踏み出したが、それ以上進むことはなかった。フジミの言い残した言葉が気になったのだ。
(勅使河原と飯山を起こせ?まぁ、戦力が多いに越したことはないが、“あの技”って………ッ!?まさか、あの技か!?)
我那覇の脳裏に鮮明に訓練場での出来事が甦った。そしてフジミが伝えたかったことの真意を理解する。
「確かに……あの技なら……!」
か細い、とてもか細いが一筋の光が射した気がした。




