無敵の男 その①
ベルミヤの一角に五階建てのビルが建っている。見た目も中身もどこにでもあるような何の変哲もないもの。しかし、事情を知っている者はここに入るどころか、前を通ることも躊躇う。なぜなら、ここはコーダファミリーという恐ろしいマフィアの所有物だからだ。
そんな誰も近付こうとしない曰く付きの物件に、しかもよりによってわざわざ構成員達が集まる夜に男三人と女が一人やって来た。我らがシュヴァンツの面々である。
「あのビルにコーダファミリーのナンバー3、通称『無敵のティモシー』がいるんですね……」
飯山力は緊張から生唾を飲み込んだ。
「はっ!大層な異名だけどよぉ……きっと単純に自分より強い奴と戦ったことがないだけだぜ……!」
勅使河原丸雄は直ぐにでも突入したいと目をギンギンにして、右の拳を左の手のひらに叩きつけた。
「珍しく気が合うな。所詮はチンピラ……小賢しく法の隙間をかいくぐって粋がるのが関の山だろう」
我那覇空也はいつもと変わらず冷静で不敵だ。けれど、胸の奥ではマルと同じく闘志が青い炎となってメラメラと燃えている。
「あんた達、緊張するのも油断するのも止めなさい。相手が誰であろうと淡々と仕事をこなす……それがプロってものよ」
彼らの上司である神代藤美は場を引き締めようと敢えて苦言を呈する……が。
「でも、ボス……」
「油断するなって言うなら……」
「正面から乗り込んで、文句つけるようなら実力行使……なんて、理性の欠片も見えない作戦を立てないんじゃないか?」
「うっ!?」
フジミは何も言い返せない。彼女自身も適当極まりない作戦だと自覚しているからだ。
「だって……そのティモシーって奴、組織のナンバー3らしいことと、無敵とか言われてることと、顔しかわからなかったんだもん」
フジミはティモシーとやらの顔写真を取り出し、見つめた。その顔はとてもじゃないがマフィアの幹部だとは思えない。むしろ……。
「まぁ、こんな弱そう……というか、間抜けそうな奴じゃ気が抜けるのもわかるっすけどね」
ダルそうに顔を掻きながら写真を覗き込んだマルがティモシーの印象を語る。それは世間一般の人が彼の顔だけを見て思うこととずれてはいないだろう。
「そういう考えを止めようって言ってるのよ!ワタシを含めてね!無敵って言われるにはきっとそれなりの理由があるんだから!」
「そうだな。じゃあ、その無敵とやらの秘密を確かめに行こうじゃないか」
「押忍!」
我那覇は痺れを切らしたのか、そう言うとすたすたとビルに向かって歩いて行く。リキはその後に続いた。
「我那覇!あんたが仕切るな!リキも従うな!隊長はワタシだぞ!」
「おれは姐さんの指示にしか従いませんよ」
「あんたは逆にワタシから離れなさい。鬱陶しいから」
「そんな寂しいこと言わないでくださいよ」
フジミとマルも下らない談笑を交わしながら、我那覇達の後を追う。その姿は完全に油断し切っていると言われても仕方ないものだった。
「失礼しま~す」
「あぁん?誰だ、お前ら!?」
「ここがどこかわかってんのか!?あぁん!?」
フジミ達がビルに入ると出迎えてくれたのは予想通り大量のチンピラだった。見るからに悪そうな連中で、自分達を見るなり一斉に威嚇し始める。彼らのあまりにイメージ通りな姿と言動にフジミは内心ほっとした。
こいつら相手なら我を忘れて暴力を振るうことになっても、良心が痛まないからだ。
「無敵のティモシーさんに会いに来たんですけど……サインを貰いたくって」
「あっ?サインだ?てめえ、なめてんのか!?」
「あぁん?あんたら、自分達が敬意を持って扱われる存在だと思ってんのかい?とことんバカだね!」
「なっ!?」
フジミが凄むとチンピラ達は一斉にたじろいだ。修羅場を渡り歩いて来た彼女はプレッシャーだけで、この程度の人間なら圧倒できる……できるが。
「これじゃあ、どっちがマフィアかわからないですね……」
「後ろ楯が国な分、あいつの方がタチが悪いな」
フジミの言動は堅気のそれじゃなかった。後ろで眺めていたリキは苦笑し、我那覇は呆れた。
「あんた達はもっとワタシを敬意を持って扱いなさい」
「おれは尊敬してますって!」
「だから、あんたはいいって」
「こ、こいつら……!?」
敵陣の真ん中で相も変わらず気の抜けた談笑を続けるシュヴァンツ。その姿はチンピラ達を戦慄させ、怒らせ、手を出すという選択肢を取らせるには十分だった。
「てめえら本当になんなんだよ!!」
拳を振りかぶって、フジミに殴りかかる。しかし……。
「単純で助かるよ……色んな意味で」
「へっ?」
ドスン!
「がはっ!?」
チンピラの視界が一回転したと思ったら、背中に衝撃が走った。パンチはあっさりと避けられた挙げ句、腕を掴まれ、攻撃の勢いを逆に利用されて投げられ、地面に叩きつけられたのだ。
「先陣を切った勇気に免じて、できるだけ苦しまないようにやってあげる」
「何を……」
ドン!!
「がっ!?」
フジミは床に仰向けに倒れたチンピラの腹を容赦なく踏みつけた。チンピラの身体はVの字に折れ曲がり、肺の中の酸素と胃液を撒き散らしながら、白目を剥いて気絶した。どこからどう見ても、苦しんでるようにしか見えない。
「この!よくもやりやがったなぁ!!」
「生きて帰れると思うなよ!!」
目の前で無惨に仲間をやられたことで、怒り狂った残りのチンピラ達もフジミに一斉に襲いかかって来た。
普通に考えたら女性一人に多勢に無勢、しかしその女というのが“不死身なフジミ”というなら話は別である。
「さてさて……メインイベントの前のウォーミングアップくらいにはなるかな……っと!!」
ゴッ!ゴッ!ゴッ!ゴン!!
「がっ!?」「ぎっ!?」「ぐっ!?」「ゲゴォ!!?」
フジミは向かってくるチンピラどもの攻撃を軽やかに避け、さらに彼らの顎に掌底を食らわせ、一撃で昏倒させていく。
「こいつ!?強い!?くそぉ!?」
次々と無様に倒れていく仲間を見て、形振り構っていられなくなった一人のチンピラが内ポケットから銃を取り出す。当然、自慢するためではない……撃つためだ!
「消えろぉ!くそアマぁ!!」
キン!キン!キン!!
「へっ!?」
「……ルシャットⅡ」
弾丸は白と藤色の装甲に弾かれ、ビルの壁や床に埋め込まれることになった。
「銃の引き金を引いたんなら……もう優しくしてやんないよ!!」
チンピラからしたらもう十分に無慈悲な惨劇にしか思えなかったが、これでもフジミは手加減していたのである。けれど、銃を発射されたことで完全にスイッチが入る。
「ルシャットトンファー!!」
「ちっ!?」
「甘い!!」
ゴォン!!
「があっ!?」
召喚したトンファーを二回ほどぐるぐると回転させると、銃を撃ったチンピラはガードを固めた。しかし、それは囮でフジミはルシャットの力で強化されたローキックで無防備な脚を粉砕する。
「まだ!まだぁ!!」
ガン!ガン!ガン!ガァン!!
「がっ!?」「ぎっ!?」「ぐっ!?」「ゲゴォ!!?」
勢いそのままにフジミは目の前のチンピラ達をトンファーでブン殴りながら、進んでいく。チンピラが山になり、彼らの流す血が真っ赤な河となる。
彼女は警察官として犯罪者は生きたまま逮捕するという当たり前の常識を持っている。しかし、同時に彼女は犯罪者は殺しさえしなければ何をしてもいいと思っている節があるようで、その狂気的な考えが不死身のフジミ伝説を作り上げたのである。
「やっぱりすげぇな、姐さんは……」
まさに一騎当千、無双状態のフジミの背中を彼女の一番のファンであると言っても過言ではないマルがぽーとしながら眺めていた。観客ではなく彼も当事者なのに。
「言ってる場合か!俺達も行くぞ!」
「……えっ?あぁ!そうだな!くそっ!お前に言われるなんて、おれとしたことが!」
よりによっていまいちそりが合わない我那覇に注意されたことが、マルには屈辱だった。だからこの憤りをチンピラ達にぶつけてストレス発散することを胸の奥で決めるのだった。
「飯山も準備はいいか!?」
「押忍!ボスだけにいい格好させません!」
「おうよ!おれ達も手柄を上げるぜ!!」
「「「ドレイク!!」」」
三人は愛機を呼び出し、上司の後を追う。フジミはというと、すでに上の階に登っていた。
「下が騒がしいと思ったら、てめえらか!?」
「ピースプレイヤー使えるからって、調子乗ってんじゃないぞ!オレ達にだってあるんだからな!!」
「こんな風によぉ!!」
上の階のチンピラは下にいた奴らよりも地位が上のようで、皆ピースプレイヤーを装着していた。しかし……。
「建築用やスポーツ用を違法改造したものか……」
「そんなんじゃ、ワタシ達シュヴァンツを止められないわよ!」
「そうだそうだ!!」
「あなた達に勝ち目はありません!今の話を理解できる頭があるなら、大人しく投降してください!!」
戦闘を前提にして開発されたまさしく武器であり兵器であるシュヴァンツのマシンと戦うにはチンピラ達のマシンは力不足も甚だしい。メンバーでもっとも慈愛に満ちたリキが本気で心配して、投降を呼び掛けるほど圧倒的な差があった。もちろん中の人の差も同様だ。
「くそぉ!!なめた口を訊きやがって!」
「野郎ども!やっちまえ!!」
リキの説得もむなしく実力差がわからない愚かなチンピラ達はシュヴァンツに飛びかかった。下の階よりマシと言っても所詮チンピラはチンピラなのである。
「でりゃあぁぁぁぁっ!!」
「ほんと……馬鹿なんだから」
ガンガンガンガンガンガン!!
「ぐはあぁぁぁぁぁぁっ!?」
フジミは相変わらずトンファーで目の前に来た奴をひたすら力を込めて殴った。彼女の周りにまたまた新しいチンピラの山ができあがる。
「へいへい……びびってないで、かかってこいよ」
「ちいっ!?」
赤のドレイク、マルは気質的にはチンピラどもとあまり変わらない。肩をブンブンと回してこれ見よがしに挑発する。
「この野郎!!」
ガンガン!
「がはっ!?」
けれども、戦い方はきちんと訓練を受けた者らしく意外にもスマートだ。今もチンピラのパンチを軽く避けると、お返しにカウンターでワンツーパンチを顔面にお見舞いしてやった。
「姐さんはともかく今までの事件じゃ飯山や我那覇も活躍したっていうのに、おれだけ全然だったからな……今日こそはおれがMVPだ!!」
功名心の高さは彼の短所であり、長所だ。今回はいい方に働いているのか、バッタバッタとチンピラを倒していく。
「もうやめませんか?」
「うるせぇ!!」
「てめえが生きるのをやめろや!!」
ガンガンガンガンガンガン!!
優しいリキはいまだにこの無益な戦いをやめるように説得を試みている。だが、チンピラは聞く耳を持たずに拳や鉄パイプで黄色のドレイクを叩き続ける……全く効いてないが。
「はぁ……じゃあ、仕方ありません……ね!」
「がっ!?」
リキは目の前にいたチンピラの頭を片手で掴んだ。そして………。
「どっせぇぇぇぇぇぇいッ!!」
ブゥン!ブゥン!!
「ぐわあぁぁぁぁっ!!?」
あろうことかそいつを振り回し武器にして、周囲のチンピラを蹴散らした。
最早、力を振るうことをただ恐れていた彼はいない。シュアリーの平穏のためなら飯山力は修羅となるのだ。
バン!バン!バン!バァン!!
「ぎゃっ!?」「ぎぃ!?」「ぐあっ!?」「がっ!?」
ビルに銃声が響き渡ると、一瞬の後、同じ数のチンピラが悲鳴を上げた。
銃を発射したのは青いドレイク、シュヴァンツ副長、我那覇空也である。
「命だけは獲らないでおいてやる……ありがたく思え」
彼も上司であるフジミと同じく殺さなければ犯罪者には何してもいいという考えの持ち主のようで、眉一つ動かさずに淡々と作業をこなすようにチンピラ達の肩や脚を次々と撃ち抜いていった。
「ふぅ……とりあえず雑魚は片付いたか」
突入からわずか数分、ビルにいた百人あまりのチンピラは抵抗むなしく、四人の凶悪な政府の使者に呆気なく鎮圧された。
「ですけど……写真の男、ターゲットの“無敵のティモシー”とやらは見当たりませんね……」
倒れているチンピラの顔を確認しながら、リキが呟いた。
「まぁ、これで終わるような奴ならとっくの昔に対処できていただろうからな」
我那覇もうつ伏せになっているチンピラを雑に足で転がし、顔を確認した。もちろんお目当ての相手ではない。
「つーことは、上っすね」
上に向かう階段に片足をかけながら、マルは敬愛する上司に視線を向けた。
フジミは力強く頷いた。
「身体も暖まったし、愛しの生ティモシーに会いに行こうじゃないか」




