炎上案件
財前邸を訪れた翌日の夜、シュヴァンツ戦闘員は全員揃って自明院家の屋敷に向かっていた。
そこはまさに山奥、財前の家よりも辺鄙な場所にあり、財前の家よりも手入れがされておらず、古びてボロボロ……幽霊屋敷と呼ぶに相応しい建物だった。
「お化け屋敷を回避したと思ったのに……結局入らなければならないのか……」
「飯山、失礼にも程があるぞ」
大きな身体を丸めて落ち込むリキに、ナーキッドから降りながらごもっともなツッコミを入れた。
「でも、リキがそう言いたい気持ちもわかるわ」
「夜の山の中ってこともあるんでしょうけど、なんだか肌寒くて……マジでそういう場所なのかなって思っちゃうっすよね……」
マルは身体を擦りながら屋敷を見上げた。壁一面に鬱蒼と蔦が張り巡らされているのがまた雰囲気を出してる。
「だけど怖がってばかりもいられないわ。待たせるのも悪いし、行きましょう」
「押忍ッ……」
フジミを先頭に門をくぐり抜け、屋敷の玄関の前まで何事もなくたどり着く。
「インターホンはっと……」
「必要ないわ。アポを取った時に鍵を開けておくから勝手に入ってくれて構わないって。ね?マロン」
「はい。病んでいる身で出迎えをするのは大変だからと」
「元とはいえ貴族様なんだから財前とかいう爺さんの家みたいにメイドや執事はいないのか?」
「自分一人の世話をさせるのは申し訳なくて住み込みの使用人は全て解雇したらしいです。今は週に一回の医者の診察、二週に一回の食材を配達、月に一回の掃除業者としか人との関わり合いがないと仰っていました」
「ふーん……掃除業者入れてるなら、中は外よりマシそうだな。良かったじゃねぇかリキ」
「マルさん!からかわないでください!!」
「はいはい!楽しいおしゃべりはここまで。入るわよ」
「「は~い」」
(鎮守の剣や桜心隊が不安に思うのもわかるな。小学校かよ)
クウヤの秘めたる思いなど露知らず、フジミはドアを開けて遂に自明院邸に足を踏み入れた。
中は薄暗かったがマルが言った通り、外とは比べものにならないくらいに手入れが行き届いており、何ら不快感はなかった。
「……金持ちの趣味って似るのかしらね。ピースプレイヤーこそないけれど御老公のとこと似てるわ」
「建築士とかが一緒とか同門なんじゃないですか。このレベルのお客の家を手がける人なんて早々いなさそうですし」
「余裕があったら聞いてみましょうか。余裕があったらね」
「このまま奥に進めばいいのか?」
「はい。メールでは廊下を真っ直ぐいけばリビングにたどり着くと書いています」
「じゃあ目の前に見えるあの扉の先ね」
目的地を確認するとゆっくりと歩みを進めていく。前日の財前の忠告が残っているのかいつになく慎重だ。だが、取り越し苦労だったようでこれまた何のトラブルもなく扉前まで到達する。
「さすがにここは声をかけないとね。失礼します、連絡をしたシュヴァンツです」
「どうぞ……」
扉の奥から聞こえる今にも消え入りそうなか細い声。許しを得たフジミはドアノブを捻り、リビングに乗り込んだ。
「待ってましたよ……シュヴァンツ」
中には大きなソファーに髪を肩まで伸ばした枯れ木のように細い男がポツンと一人座っていた。財前が見た時よりもさらに痩せ、風に当たればへし折れそうなくらい華奢な身体をしていたが、表情の方は当時よりも遥かに柔和で何かを悟ったような達観した仙人のようにも見えた。
「はじめまして。シュヴァンツ隊長の神代藤美です」
「同じく副長の我那覇空也」
「平隊員の勅使河原丸雄と」
「飯山力です」
「自明院公彦です。立って一人一人握手したいのですが、わたしにはかなりの重労働なので。お茶も用意できずにすいません」
「お気遣いなく。長居するつもりはありませんから」
「そうですか。では早速本題に入りましょう。どうぞ座ってください」
「はい」
そう言われて自明院の対面に腰をかけたのはフジミだけ。残りの三人は彼女の後ろで思い思いのポーズで立っている。
(ここからは隊長に任せよう)
(自分達は……)
(姐さんを信じて静かに見守るだけだ……)
「それでお話というのは?」
「単刀直入に言います……自明院公彦、あなたが鎮守の剣と桜心隊の支援者ですね?」
「………………ええ!?桜心隊!!?」
静かに見守ると決意した側から予想外の単語に驚き、マルは声を上げてしまった。
「ちょっと……いいところなんだから水を差さないでくれる?」
「おれだってそうしたかったっすよ!!だけどいきなり桜心隊の名前が出てくるから……つーか、こいつがそっちも支援してるなんて聞いてないっすよ!!?」
「こちらもです。鎮守の剣について聞きたいことがあると伺ったのですが」
「黙っていてすいません。ですが、桜心隊のことまで言うと今以上に警戒されると思ったので。すいません」
フジミは座ったまま深々と頭を下げた。
「……まぁ、いいでしょう。個人的にどうしてその考えに至ったのか気になりますし。良かったらそう思った理由をお聞かせ願いませんか」
「まず疑問に思ったのは鎮守の剣の行動に対し、あまりに桜心隊のリアクションが速いこと。彼らが活動を開始した水明亭からずっと政府に先んじて動いています」
「それはそちらが彼らに対してノロマなだけでは?」
「反論したいですけど、その可能性は否めませんでした。あちらは鎮守の剣にだけ注視しているのでその差で後手に回っているのかもと」
「それならば……」
「けれど山明園での戦いで疑念は確信に変わりました。そうでしょ?クウヤ」
「あいつらは俺達が予期せず翻弄されていた鎮守の剣の切り札、四体の花山製の第三世代ピースプレイヤーに適切な人員を宛がっていた。あそこまで見事な采配は事前に情報を仕入れてないと無理だ」
「だからワタシ達は少なくとも鎮守の剣から桜心隊に情報が流れていると確信した」
「なるほど。それでその情報源が彼らの共通の支援者だと……ちょっと飛躍し過ぎてませんか?」
(姐さんには悪いが自明院の言う通りだ。それだけで二つの組織を支援してる奴が同一人物だとは……)
「物証があります」
「あるのかよ!!?」
「…………」
「すいません。もう黙っています」
尊敬する姐さんに肩越しに眼光で射抜かれたマルはもう声を出すまいと両手で口を抑えた。
「……うちのメカニックが鎮守の剣が使用していたカザシグサと花霞がガワを変えただけのほぼ同一の機体なのではと疑っていました」
(マジかよ!!?)
「武装も似通っていましたし、ワタシも一人のピースプレイヤー使いとして両者の映像を見比べて、若干花霞の方が性能が上だが大差がないように見えました。うちで開発したドレイクと、それが不祥事を起こしたので外側だけ変更したガヨーマルトの関係に近い存在なんじゃないかと」
「それはあくまであなたの感想でしょ?物証があるというなら早く示してください」
「マロン」
「はい」
フジミは相棒AIに声をかけながらデバイスをテーブルの上、自明院の前に差し出す。その画面には分解されたカザシグサと花霞が並んだ写真が表示されていた。
「先日、ひょんなことから確保した花霞も解体分析し、カザシグサを比較のために並べてみたものです」
「これは……わたしはメカには疎いので間違っていますけど、あまり似てなくありませんか」
(どれどれ……本当だ)
マルも背後から覗き込んで見たが、明らかに構造が違っているように感じた。
「これを同じものだと言うのは無理があるんじゃないですかね」
「ええ……この画像に写っているものは全くの別物です」
(は?どゆこと?)
「……あなたが何を仰っているのか、わたしには全く理解できないのですが……」
「ではもっと詳しく……ワタシが拾った花霞は、桜心隊が使用している花霞とは全くの別物。ワタシ達を混乱させるために造られたフェイクです」
「ほう……」
自明院の目が据わり、纏っていた雰囲気に重さが増した。財前が出会った時のように異質で近寄りがたい空気が細い体躯から滲み出始める。
「コンセプトが同じなら大なり小なり似てくるものです。こんなにも違う構造になるはずないんですよ」
「ここまで違うとなるとマスターの言った通り、わたくし達に両者が別物だと信じ込ませるために造られた存在だと考えた方がしっくりきます」
「そもそもあの瀬文十三が大切な隊の主力機を回収し忘れるとは思えんしな。きっとうちの隊長に回収させるようにわざと残していったんだろう」
(なるほど〜!)
「理屈はわかります。だが、あくまでそれは推測、妄想と言ってもいい」
「きっと栗田杏奈が凡庸な人間ならそれで終わっていたでしょうね」
「ですがわたくしの創造主は天才な上にメカに関してはとても根気強い。じっくりと時間をかけてこんなものを見つけました」
デバイスの画面の中のカザシグサと花霞のいくつかの箇所がズームされ、横に並べられていく。それらは作りが非常に似ていたり、同じような傷がついていた。
「これは……」
「癖というのは何ものにもあります。同じ人間が手がけたなら同じような配線の繋ぎ方になりますし、同じ道具で作ったなら同じような傷や痕が残ります」
「見ての通り、両者には同じ制作者、機材で作られた痕跡がこれだけある……これがワタシ達がカザシグサと花霞が同じだと確信した証拠よ」
「…………素晴らしい」
自明院はパチパチと拍手をしてシュヴァンツを称賛した……正解だと。
「……認めるのね?ワタシ達の言ったことが正しいと。あなたが鎮守の剣と桜心隊どちらにも裏から物資を支援していたと」
「認めるよ。鎮守の剣の件だけなら、もう少し粘ってみるつもりだったんだがね。まさか桜心隊のこととカザシグサと花霞の関係まで看破されるとはな。きっと君達ならいずれわたしが中古でピースプレイヤーを作るための機材を集めていたことも突き止めるだろう。そしてそれを使えば今見せられた写真のような痕跡ができることも」
「助かるわ。無駄にゴネられたらめんどくさいのよ、病人は色々と気を遣わないといけないから……シュアリーへの復讐が目的?」
「どうだろうな……」
自明院は髪をかき上げると感慨深げに遠くを見つめた。
「最初は確かにそうだったかもしれない。我が家から土地や特権を奪った国への。もしかしたらもっとスケール大きくわたしをこんな身体にした世界に対してかもな」
「今は違うっていうの?」
「瀬文が訪ねてきて、シュアリーを良くするために力を貸してくれと言われた。最初はバカなことをと聞き流していたが、段々と奴の熱に当てられて……この命と金を彼と故郷の未来のためにつぎ込むのも悪くないと思えた。どうやらなんだかんだ言って、この国のことが嫌いじゃなかったらしい。死の間際になって気づくとは、つくづくわたしという男は……」
そう言うと乾いた唇の端を上げて、自嘲した。
「鎮守の剣は桜心隊を世間に認めさせるための悪役だったのね?」
「あぁ、お手本のようなマッチポンプだろ?」
「ええ、あまりにわかりやす過ぎてこのザマよ」
「これは手厳しい」
「今の話、公の場でしてもらうわ。嫌だと言ってもワタシの相棒が録音してるから無駄よ。どうせ世間に流れる」
「一言一句録り逃していません。発表したら炎上間違い無しです」
自慢げにそう電子音声で語る相棒を手に取り、フジミは大事そうに胸元に抱える。
「盗聴は違法行為じゃないのか?」
「あんたに法について言われたくないわね」
「違いない……!」
自明院はまた口角を上げてクククと笑った。それはそれは楽しそうに……。
「こんなに気分がいいのは久しぶりだ。瀬文には悪いがね」
「彼もあなたも終わりよ。せめてこの国を憂うために行動を移したのが本音だというなら最後まで潔く」
「そうしたいのは山々なんだがね。わたしにはまだ役目が残っているんだ」
「役目?」
「君達がここを突き止めた時点で作戦は最終フェイズに入らざるを得なかった。瀬文が大願を果たすためにわたしは命懸けで君達を足止めする」
「それは……」
「病人には無理だって言いたいのか?」
「そうよ」
「そうだな、無理だろうな。だから君達が部屋に入って来る直前にカプセルを飲んだ」
「カプセル……?」
「いつも飲んでいるものとは違う。中身を別のものに入れ替えた。そろそろカプセルが溶けて胃の中に溶け出すはずだ……ヘルヒネが」
「「「!!?」」」
瞬間、シュヴァンツ、自明院公彦共に戦闘態勢に移行した!
フジミはその手に持っているデバイスの!
背後にいる三人もまた懐から出したデバイスの!
自明院はソファーの隙間に隠していた数珠の真の姿を解放する!
「紡げ!!」
「アサルト!!」
「パワー!!」
「ターボ!!」
「我が命を燃やし尽くせ!!『火車』!!」
「「「!!?」」」
ボオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!
その名を呼ばれた刹那、自明院の身体から彼の感情を吸い取って膨大な熱と炎が放出された……。




