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No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
20/194

訓練

 シュアリーの技術開発局には大きな中庭がある。その大半の部分は所謂、実験場とか訓練場とか呼ばれる場所だ。ここでは多くの戦士が切磋琢磨し、多くのマシンがより良き物になり、表舞台へ旅立っていった。もちろんそれ以上にここでの激しい修練やテストで心が折れてしまった者や、失敗作の烙印を押され、歴史の闇に消えていった作品も多いが……。

 そして今、この場所を誰よりも一番有効活用しているのは間違いなく新型ピースプレイヤー“ドレイク”の試験運用チーム、シュヴァンツであろう。

 的場議員暗殺未遂事件から数日後のこの日も彼らはそこでドレイクのデータを取るため、そして、自らを鍛えるために汗を流していた。

「どりやあぁぁぁぁぁぁッ!!」

 黄色のドレイク、飯山力は白と藤色のルシャットⅡを纏う上司の神代藤美に拳のラッシュを繰り出した。まるで隕石が飛んで来るような重く、激しい攻撃。しかし……。

「遅いぞ、リキ。そんなんじゃ、いつまで経ってもワタシを捉えることなんてできないぞ」

 フジミにはパンチを当てるどころか指一本触れることさえできなかった。ここはダンスホールなんではないかと錯覚するほど華麗に、軽やかに竜の拳の隙間を舞い踊る。

(くっ!?自分のドレイクはシュアリー最新鋭のマシン!それに対してボスのルシャットⅡは型落ちの旧式だっていうのに!ここまで差があるのか、自分と“不死身のフジミ”には!!)

 リキは先のオリジンズ駆除の時に、自分を立ち直らせてくれたフジミのことを上司として、人間として尊敬していたが、だとしても今のこの屈辱的な状況は受け入れ難いものだった。長年、数々のオリジンズを相手にした修羅場をくぐり抜けてきたというのに、不死身の異名を持つとは言え、たかが人間一人に文字通り手も足も出ないのでは、戦士としてあまりにも情けない。

「このぉ!!」

 焦ったリキは無意識に今まで以上に拳を振り上げた。その瞬間を彼以上の修羅場を経験してきたフジミは見逃さない。

「もらった!!」


ガァン!!


「ぐっ……!?」

 カウンター一閃!シュヴァンツ一のパワーファイターであるリキの渾身の一撃の勢いを利用したフジミのパンチが黄色い頭部に見事に炸裂した。

 強烈な敗北感と悔しさ、そしてあまりに鮮やかな上司の手並みに感心しながら、リキドレイクはそのまま仰向けに倒れた。

「まずは一人……」

「いや、まずはじゃない……あんたは一人しか倒せないで終わるんだよ!!」

 休む間もなくフジミを青色のドレイク、この隊の副長、我那覇空也が強襲!空中回し蹴りで上司の首を狙う!

「ほいっと」


ブゥン!!


「ちいっ!?」

 けれど、副長の蹴りは隊長がしゃがんだことで無駄に終わった。

「へいへい!その程度か、我那覇?」

 フジミは我那覇を挑発した。一見、冷静に見える彼も実は負けず嫌いですぐにムキになることを知っている。何より彼女も同じタイプだから、どうすれば苛立ってくれるかは手に取るようにわかる。

「その生意気な口……聞けなくしてやる!!」

 狙い通り我那覇はムキになって攻撃してきた。パンチにキック、時々チョップ……様々な技を様々な角度で繰り出す。荒げた声とは逆に動きは、川を流れる水のように淀みなく、流麗な動きだ。

「おいおい……誰の口を聞けなくするだって……?このざまで」

 けれど、それらの全てをフジミは捌いた。時に回避し、時にはたき落とし、彼に負けず劣らずの美しい動きで。結果、リキの時と同じように我那覇の攻撃も彼女にクリーンヒットすることはなかった。

(ちっ!?ムカつくがさすがだな、神代。だが、ここまでの攻撃は撒き餌だ……本命を当てるためのな……!)

 我那覇はムキになっていると装っていた。一見するとマルやリキよりもフジミと距離があるように見えるが、実のところこのシュヴァンツで誰よりも神代藤美という人間を評価し、認めているのがこの我那覇空也なのである。だから最高のタイミングで最高のフィニッシュブローを叩き込むためには労力をつぎ込むことを惜しまない。

(では、そろそろ……)

 ほんの一瞬、ほんの僅かだが青のドレイクの頭が傾いた。普通の人なら気付くことはないだろうが。

「はあぁッ!!」

 我那覇はフジミの顔面にパンチを繰り出すために振りかぶった。フジミは今まで通り、その攻撃に反応する。

「当たるか……よ!?」

 拳は今回もフジミに当たることはなかった。しかし、それは今までのように避けられたり、防御したからではなく、我那覇自身が止めたからである。

 パンチなんてものは急に止めようと思っても止められるものではない。だが、実際に我那覇は止めた。それは何故か?最初から止めるつもりだったから。何のために?相手の体勢を崩すために。つまり……フェイントだ!

「もらった!!」

 我那覇の脚が無防備なフジミの脇腹に向かって蹴り上げられた。

「しまった!?」

 虚を突かれたように見えるフジミは為す術がないように見えた……そう見えただけ。


ガシッ!?


「なんちゃって」

「何!!?」

 キックはヒットすることなく、逆に我那覇の脚をフジミは受け止めた。彼女はフェイントを読んだ上で、こうして彼を捕まえるために引っ掛かったふりをして敢えて打たせたのである。

「あんたの考えはお見通しよ。あんたは認めたくないだろうけど、戦いにおいてはワタシ達は似た者同士っぽいからね」

「ふざけるな!離せ!!」

「言われなくても……離してあげますよ!うぉりゃあっ!!」


ブゥン!!


「――ッ!?」

 青色のドレイクは力任せにブン投げられた。放物線を描き、遥か彼方に飛んでいく。

「さてと……二人目終わり……最後は……」

 フジミは一息つくこともなく、次のターゲットに焦点を合わせた。

「マジかよ……飯山も、我那覇も、あんな一方的に……!?」

 最後の一人、赤色のドレイク、勅使河原丸雄は予想以上の光景に呆気に取られていた。

 フジミのことは宝石強盗の一件以来、“姐さん”と呼んで、慕っているがここまでのものとは思っていなかったのだ。彼の心を戸惑いと感動でいっぱいになる。そんな暇ないのに。

「マル」

「あっ、はい!姐さん!」

「油断し過ぎ」


バチィン!


「ぐふぅ!?」

 いつの間にか接近していたフジミにどぎつい平手打ちをかまされる。赤いドレイクは凄まじい勢いで吹っ飛び、地面を二回、三回とバウンドした。

「訓練終了っと……ふぅ」

 フジミはルシャットを解除し、頭を振った。髪や額に付いていた大粒の汗が光を反射しながら、キラキラと飛び散った。まるで適度な運動をして、いい汗をかいたと言いたげなように。いや、彼女にとっては大の男三人相手でもその程度のことでしかないのだ。

「さてと……シュヴァンツ!集合!!」

「わかっている!」

「はぁ……もっとやれると思ったんですけどね……」

「くうぅ……痛ぇ……!」

 フジミの声を聞く前に彼女にこっぴどくやられた三人は集まって来ていた。

 我那覇は苛立ちながら。

 リキは肩をガックシ落としながら。

 マルはぶたれた頬を優しく擦りながら。

 彼らも愛機を脱いで、汗だくのままとぼとぼと歩いている。

「よし!お前達並べ!」

「押忍……」「ふん」「うす」

 三人は彼らの上司の前に横一列に並んだ。フジミは自身から見て左から順番に顔を眺めて行き、全員見終わると、再び左端のリキに視線を合わせた。

「リキ」

「押忍!!」

 名前を呼ばれるとリキは背筋を伸ばし、腕を後ろに組んで、胸を張った。顔には緊張が色濃く浮かぶ。

「あんたは攻撃が当たらないでいると、焦りからか、もしくは一発逆転を狙ってか、どんどんと動きが大振りになっていく傾向がある」

「押忍……そう言われると、そうかもしれません……」

「確かにあんたのパワーは凄まじいけど、当たらなければ意味はないよ。それに無駄のないコンパクトな動きの方が、結果としてパワーも出る。その辺を意識していけ」

「押忍!ご指導ありがとうございました!!」

 リキは深々と頭を下げた。真面目で自分に自信があまり持てない彼にとっては、こうしてきちんと駄目なところを指摘してくれるのはありがたいのだ。もちろんそれには彼自身が尊敬の念を抱いている相手であるという前提はあるが、その辺は先も述べたようにフジミはクリアしている。

 次にフジミは隣の我那覇に視線を移した。リキとは対照的に偉そうに腕を組んで、ふんぞり返っている。

「我那覇は……さすがって感じだね。防御するので手一杯だったよ」

「嫌味か?」

 我那覇の眉間に深いシワが刻まれ、上司を睨み付けた。今のは確かに配慮が足りなかったとフジミも心の中で反省する。

「いやぁ……そういうつもりで言ったんじゃなかったけど、気分を害したなら謝るよ」

「ふん」

「でも、フェイントを入れる前に本命を撃ち込む場所を確認するのは悪癖だね。癖を見抜かれたら、痛い目を見ることになるよ……今みたいにね」

「ちっ!……わかっている」

 我那覇はそっぽを向いた。彼自身、その癖については常々修正しなければならないと思っていたからこそ、改めて他人から指摘されると何も言えなくなってしまう。

 そんな他所からみたら上司に取るべきではない悪態だが、フジミは気にしていない。むしろ、先の的場議員暗殺未遂事件において、彼のプライバシーに土足で入ってしまったのに、こうして面と向かって会話をしてくれるだけで嬉しかったのである。

 ホッと密かに胸を撫で下ろしたフジミは最後に怯えているマルに目を向ける。

「マルは……わかってるわよね?」

「は、はい!!」

 フジミが満面の笑みを浮かべた。そしてこの後、その表情が一変するのをマルは知っていた。だからこんなにも恐れているのだ。

「じゃあ、ワタシが言おうとしていること言ってみてくださらない?」

「は、はい!?姐さんはきっと飯山や我那覇がやられたことで、動きを止めた自分のことを未熟だとおっしゃいたいのでしょう!!」

「そう、そう言いたかったの………わかってるんなら!ちゃんとやりなさいよ!!」

 当たって欲しくない予感が的中した。フジミは怒髪天を衝く勢いでさらに責め立てる。

「あんたは毎回、毎回!集中をすぐ切らして!仲間がやられたら動揺して!それを何回注意しても治らないんだから!!」

「す、すいません!!」

「あぁ……」

「フッ……」

 謝るマルを横でリキが哀れみ、我那覇が鼻で笑った。自分達の番は終わり、完全に他人事だと思っている。だが、そんな気持ちでいると……。

「リキと我那覇もだ!!」

「いっ!?」

「俺もか!?」

「あんたもだ!訓練だからなのか、フェアプレー精神を出してるのかわからないけど、何で順番に襲いかかってくるのよ!!三人まとめて来なさいよ!!」

「それは……」

「さすがに……」

「俺の流儀に反する」

「知らないわよ!っていうか、そういうセリフはワタシを一対一で圧倒できるようになってから言いなさい!!」

「ぐっ!?」

 組手でも口でも三人ではフジミには勝てなかった。ごもっともな意見に口を紡ぐことしかできない。

「まったく……こんなんじゃいつまで経っても、あんた達三人の合体必殺技は完成しないわよ!」

「あれッスか……」

 マル達三人は、最近フジミの命令で“必殺技”なるものを特訓させられている。正直、三人ともあまり乗り気ではない。なぜなら……。

「ボス……あの技はちょっと……」

「ん?あんた達三人が縦に並んで、敵に突っ込んで、それぞれの全力の一撃を息もつかせぬ間に連続で叩き込む……それの何が問題なの?」

「いや……技の内容自体に異論は……なくはないんですが……まぁ、それはいいんです。けど……」

「けど?じゃあ、何に異論があるの?」

「あの……名前が……」

「名前?『シュヴァンツ・スーパー・スペシャル・トリプル・ギードライブ』がどうかしたの?」

「どうかしてんだよ!その名前が!ダサ過ぎんだろ!!」

「なっ!?」

 我那覇が三人を代表して咆哮した。マル達はとにかく技の名前が嫌だった……というより、とてもじゃないが名付け親のフジミ以外が納得するようなネーミングではない。

「技名がダサい……そんなことは……ないでしょうに……?」

「あるッス」

「あります」

「ある」

「ぐうぅ!?」

 訓練で受けた屈辱を晴らすように三人はたたみかけた。こうなるとフジミに取れる選択肢は一つしかない。

「このぉ……!今日の訓練は終わり!解散だ!!」

 神代藤美は部下の口撃から、そして突き付けられた辛い現実から尻尾を巻いて逃げた。


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