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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の落花狼藉
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エピローグ:落花狼藉

 クイントンファミリーとの決戦から数日後、木原史生は自宅の屋根の上に座り、夜空を見上げていた。

「何してんの?」

 そんな彼の下に居候の安堂ヒナがやって来て、隣に座る。

「ただ夜風に当たっているだけだ」

「気持ちいいもんね。でも、病み上がりの身体には毒じゃない?家に戻るなり、ぶっ倒れて、二日間起きなかった人間には」

「その節は迷惑かけたな……とか礼の一つでもして欲しいのか?」

「別にそんなんじゃないよ。純粋に心配しているのさ。あの戦いのMVPであるアタシは」

「まだ言ってる」

 しつこいヒナの功績アピールに、木原の顔は思わず綻んだ。

「……どうやら身体の方は元気そうだね」

「身体の方ってなんだよ。俺は……いや、嘘をついても仕方ないか」

「そんなわかり易く沈んでいたらね。何が原因?君が戦ったあの悪路王って奴のこと?」

「あぁ……あいつは俺の鏡だった。俺の影だった。満たされぬ心の虚無感に支配されているあいつは俺自身だった」

「ちょっと対峙しただけだけど、全然似てなかったったと思うけどな~」

「表面上はそう見えるかもしれんが、一緒さ。俺もあいつも……ただの寂しがり」

 木原の発言があまりにも意外だったのか、ヒナはきょとんとした。

「俺が自分を寂しがりなどと形容するとは、思わなかったか?」

「うん。意地でも認めないタイプじゃん」

「まぁ、そうだな。だが、あいつを見ていたら……あいつは俺が同類であることを喜んでいた。そして同時にそこから抜け出そうと足掻いている俺のことを心の底から憎悪していた」

「一人置いてきぼりくらうのが、嫌だったんだね。気持ちはわからんでもないけど……でも、それで変わろうとする人の足を引っ張るのは良くない。ましてや殺そうなんて」

「お前の言っていることは一般的には正しい。だが、正しいかどうか、倫理観や道徳心で物事を選択できる環境にいなかったからな、俺もあいつも」

「だから刀を抜いた」

「俺が本当に別の生き方を見つけてしまったら、それは奴にとって今まで自分の人生を全て否定されることと同義。それは奴にとっては耐え難いこと。しかし一方で俺を殺しても空しいだけなのは、奴も内心わかっていたと思う」

「どっちに転んでも苦しいなら、ポジティブで未来のある方を選べばいいのに」

「口で言うのは簡単だが、それができる人間はそう多くない。人を祝福するよりも、呪う方が楽だからな」

「でも、木原史生は選んだじゃない。昔の自分を否定して、新たな自分に生まれ変わる道を。今もこうして悩みもがいてる」

「本当にそう思うか?」

「思うよ!だからもう終わったことなんて忘れて、前だけ向いていなよ」

「……フレデリックが心の底から羨ましいと思う時がある。自分の信じた道を迷わず進み続けられる彼が。そこに善悪を超越した輝きを感じる時がある」

「まぁ、あそこまでいくとね。アタシもあのレベルまで研究に没頭できればいいなと思うよ」

「だけど、どんなに羨んでも俺はああはなれない。俺には奴ほど強い信念やビジョンはないからな。俺は自分自身何を求めているのか何もわかっていないんだ……」

 木原は自嘲した。いくつもの命を奪ってきたというのに、目標を見失いつつある自分が情けなくて、笑うしかなかった。

「うーん、そんな大したことじゃないんじゃないかな?フミオちゃんの欲しいもの」

「……何?」

「多分だけど、フミオちゃんも悪路王の人もさ、“あなたに生きて欲しい。私は、僕は、君が生きて、こうして存在してくれることが嬉しい。ただそれだけでいいんだ。”……的なことを誰かに言って欲しいだけなんじゃないの?」

「ッ!!?」

 木原は心の奥にかかっていた霧が晴れていく感じがした。

 今の安堂ヒナの発言こそ、自分が今までずっと追い求めいたものなのだと、心の底から思えた。

 けれど、彼は無理矢理胸の内を再び深い霧で包み込み、目を逸らす。

「……違うな。そんな下らないことのために私は戦い続けてきた訳じゃない。仮に……仮にそうだったとしても、私にはその言葉を受ける資格はない。私はもう後戻りできないほど……血を浴びてしまった」

「フミオちゃん……」

「結局、奴の言う通りなのかもな。どんなに足掻いても、どんなに祈っても私という存在は変われない。だとしても……アンラ・マンユ」

 木原の顔を隠すように紫色の装甲が展開され、彼の全身を覆った。

「行くの?」

「あぁ……私にできるのは進むことだけだ」

「立ち止まったっていいし、逃げたっていいと思うけどね、アタシは。それもまた勇気ある決断だよ」

「そうかもな……だが私は行くよ。血の河と死肉の山に彩られた道だとしてもアーリマンは闇の中をどこまでも……!!」

 そう自分に言い聞かせるように叫ぶと、アンラ・マンユは屋根から飛んで行き、言葉の通り、深い暗黒の中に消えた。

「名も無き者の物語は終わらない……か。だけど彼の戦いはいつか……」

 安堂ヒナは祈るように呟くと、夜空を見上げた。星は見えなかった……。


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