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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の落花狼藉
191/194

血統は精算

「ジョナス……」

「兄さん……」

 昨晩のように屋根の上の兄弟の間に一迅の冷たい夜風が吹く。

 初めての喧嘩というには凄惨な激闘を経て、彼らの関係はさらに冷えきり、複雑なものへと変化していた。

 だが、その因縁ももうすぐ終わる。完全に血縁の情を断ち切ったこの二人がぶつかって、双方が無事でいられるはずなどないのだから……。

「結局、生まれは同じでも、育ちの違うワタシ達兄弟はこうなる運命だったのだね」

「いや、多分育ちが一緒でも、オレがクイントンの子として育てられていてもこうなっていたはずさ。組織のトップの座を巡って、血で血を洗うはた迷惑な兄弟喧嘩を繰り広げていただろうよ」

「過程は違っても、たどり着く未来は総じてろくでもないとは、度し難い兄弟だね」

「違いねぇ」

 プリニオは思わず苦笑いを浮かべた。

「だが、殺し合う末路が一緒でも、背負っているものは全く別物だ」

「まさかこれは下らない権力闘争じゃなくて、エルザシティの平和をかけた戦いだとか言わないよね?所詮はあんたも同じ穴の狢、マフィアだろ」

「否定はしねぇよ。それでもお前達よりは若干マシだ」

「だからエルザを任せろと?傲慢にも程がある……!!」

「それも否定しない。オレはこの街の裏の秩序を守っていく。表の人達に迷惑かけないように。いずれ裏もマフィアもなくなるまで」

「マフィアを滅ぼすために、マフィアとなるか。素晴らしい自己犠牲精神だな。その優しさを少しくらい弟に分けてくれよ!弟のために、その命を散らしておくれよ!!」

 問答を切り上げて先に仕掛けたのは弟のマシン、モロク!両手を広げて、兄に一目散に向かっていく!

「お前こそお兄ちゃんのことを思うなら……とっとと死んでくれ!!」

 片や兄のマシン、ドゥルジはその場で弓を引き……発射!

「ふん!!」


ガキィン!ガキィン!ガキィン!!


 しかし、それはモロクの豪腕によっていとも容易く弾き飛ばされてしまった。

「昨日の戦いであんたの弓の威力は把握している!万全の状態で撃ったとしても、このモロクにかすり傷をなんとかつけられる程度の威力!ましてや満身創痍の今のあんたの弓など……避ける価値もない!!」


ガキィン!ガキィン!ガキィン!!


 モロクは次々とドゥルジの放った矢をはたき落とす。紫の矢を次々と……。

「青の矢」

「!!?」

 新たに不浄の弓に装填されたのは、どこかおどろおどろしい薄い青色の矢。ジョナスの脳内データベース内にインプットされてない何の情報もわからない謎の矢だ。

(ここにきて新手か!!いや、ワタシの兄なら隠し玉の一つや二つ持っていて当然か。不用意に近づき過ぎた、この距離だと回避は不可能!!)

「えいや」


バシュウッ!!


 放たれた青の矢!瞬く間に眼前に迫り、迷う時間さえ与えてくれない!

(くっ!選択肢は……一つか!!)

「でりゃあぁぁぁぁっ!!」

 意を決して、今までの紫の矢と同様に左腕で払おうとする!納得など一切ない破れかぶれの行為の結果は……。


ビシャ!!


「……は?」

 ただ左腕をびしょびしょに濡らしただけであった。

(ただのこけおどし……なのか?いや、兄さんのことだ、何かあるのだろう。時間経過で効果が出てくる遅効性の毒的なものの可能性もあり得る……ここは速攻で終わらせるが吉か!!)

 モロクは屋根を踏み抜くほど蹴り出し、ドゥルジを射程内に捉える!そして走った勢いそのままに……拳を打ち込んだ!


ブゥン!!


「ちっ!!」

 けれどドゥルジはまるで闘牛士のようにモロクのパンチを躱すと、背後に回り込んだ。

「お前の攻撃のタイミングは昨夜の時点で見切っている」

「くっ!?だが、後ろを取ったところで、あんたは何も――」

「赤の矢」

「――で!!?」

 肩越しに見た兄はまた別の色の矢、今自分が身に着けているモロクの如く、血液を塗りたくったと見間違えんばかりの真紅の矢を構えていた。

(他の色も!?こっちが本命か!?これを当てるための“青”か!?)

 モロクは慌てて回避運動に移行。しかし……。

(やはりまた間に合わない!弾くしかないのか!?だが、今度こそこの戦いに終局をもたらす致命の一撃の可能性も……)

「ほいっと」

「!!?」

 思考も体勢も整わないうちに無情にも赤の矢は発射された。今までの矢と同様のスピードならば、モロクには為す術はない。

「ん?」


ヒョイ


「んん!?」

 でも、思いの外遅かったので、簡単に避けられました。

 赤の矢はターゲットを通り過ぎて、闇夜の中に消えていってしまった。

「あちゃー!やっぱいくら何でも遅すぎるか!覚悟していたけど、実際目にすると悔しい!!」

 ドゥルジは額をぺちぺちと叩いて、悔しがる。

 そのどこか緊張感のない、というか間の抜けた兄の行為は弟ジョナスの感情を逆撫でした。

「……時間稼ぎか?」

「ん?」

「時間稼ぎかと訊いているんだ!!自分もしくはアカ・マナフ辺りの体力が回復するのを待っているのか!?それともアーリマンや芝が見事勝利を収めて、援軍に来るなどというガムシロップの蜂蜜割りのような甘過ぎる幻想を抱いているのか!?」

「いやいや、みんな大変だろうから、オレはオレだけでお前と決着をつける気だよ」

「ならばあれは何だ!水風船をぶちまけたような青の矢と、死にかけのばばぁの乗る自転車のごとき遅さの赤の矢!!ワタシをおちょくっているのか!?」

「別にそんなつもりはないんだけどなぁ~」

「ならばイカれたのか!?」

「イカれてないって、その証拠に……赤の矢が命中するぞ」

「!!?」

 モロクが振り返る!すると、濡れた左腕のすぐ側まで赤の矢が迫っていた!そして……。

「何だ――」


ドゴオォォォォォォォォォォォン!!


「――と!?ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 左腕に触れた瞬間、大爆発!モロクの自慢の装甲を砕き、衝撃でジョナスの骨も粉砕した!

「痛いか?痛いよな?痛くなるようにやったからな」

「き、貴様!?何を……!!?この爆発は……!!?」

「青の矢はそれ単体ではただ敵を濡らして不愉快にさせるだけだ。だが、赤の矢と組み合わせると別。青の矢が命中した場所を追尾し、液体と触れた瞬間に科学反応を起こし大爆発を起こす」

「ドゥルジに……まだそんな能力があるとは……!!」

「知らないのも無理はねぇ。オレがドゥルジのこと気に入らねぇから、色々試行錯誤して作った新技だからな。ドゥルジみたいなマシンは型に嵌まれば強いが、能力のタネがバレて、対策を取られると案外脆かったりするだろ?それって敵視され、調べられまくるマフィアのボスのマシンとしてどうなのよ。だからさ……」

 説明しながら、ドゥルジは新たな矢を生成した。どす黒いとしか形容できない矢を……。

「最強のピースプレイヤーと名高い虹色の竜『シェーシャ』にインスパイアなんてされて、七色の矢戦法など作ってみたのよ。これならタネがバレていても、いやバレているからこそ敵を翻弄できるかなって!!」

 ドゥルジは弦を引き、モロクに改めて狙いを定めた!

「というわけで……黒の矢」


バシュウッ!!


 発射された矢はモロクに、正確には彼の足に向かって真っ直ぐ進んで行った。

「攻撃力の次は機動力を奪うつもりか!これ以上好き勝手させるか!!」

 モロク、バックステップ!回避された黒の矢は屋根へと突き刺さる。


ボシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!


「な!!?」

 黒の矢は屋根に命中した瞬間、気化し、黒い煙となって周囲を覆った。

「煙幕!?黒は攻撃用ではなく、目眩ましか!?」

 今回もまんまとしてやられ、ドゥルジを見失うモロク。しかし……。

(猪口才な。だがやっていることは透明化とさして変わらん。昨夜奴の血を吸っているモロクなら感知できる)

 暴牛は慌てることなく精神を統一し、周囲の気配を探る。

(あの爆発攻撃は怖いが、青と赤の矢、二回矢を当てなければ効果はない。つまり奴が今、青の矢を構えていたとしても、それに当たったとしても……!)

「赤を食らう前に潰せば問題ない!!」

 ドゥルジの位置を把握したモロクはそこに向かって、躊躇せずに飛び込んだ!

 分厚い黒のカーテンを抜けて、ジョナスが見た光景は……。

「白の矢」

「!!?」

 また別の矢を構え、そして発射するドゥルジの姿であった。


バシュウッ!!


(やはり避けられない!!だが、これ単体でモロクの装甲を貫けるような攻撃ではないはず!!)

 モロクは意を決して、白の矢を無事な右腕で振り払った。


バシャン!ガギィン!!


「――!!?何!!?」

 白の矢は触れた瞬間に弾け飛び、モロクの全身に飛散すると、一瞬で凝固し、暴牛の動きを止めた。

「ちっ!またこんな小細工を!?」

「好きなもんでね、こういう相手をムカつかせる攻撃」

「あぁ!イラつく!だが、それだけだ!!」


ガギャン!!


 モロクは力任せに白い拘束具を破壊!再び自由の身となる。

「この程度でモロクの動きを封じることなんてできぬわ!!」

「だろうね。でも、一瞬だけ止まった……それでオレには十分だ。そこ気をつけた方がいいぜ。降水確率百パーセントだから」


ザアァァァァァァァァァァァァァッ!!!


「!!?」

 宣言通りモロクの周辺にだけ雨が振り注ぐ。

 おどろおどろしい青色の雨が……。

(しまった!?青色を全身に浴びてしまった!?ワタシが目を離してる隙に空中に矢を放っていたのか……そしてそれを食らわせるための足止めの白!!この方法なら手間はかかるが直接青を打ち込んで、ガードされるよりも広範囲にあの忌々しい液体を付与できる可能性が高い……っていうかできた!くそが!!)

 後悔してももう遅い。モロクの身体は最凶最悪の液体でびしょ濡れ、爆発の準備は万端だ。

 そんな猛牛にドゥルジは……。

「赤の矢」

 仕上げの矢を構え、そして……発射する!


バシュウッ!!


(回避は……できる。できるが、下手に見失うとまずい!!)

 赤は他の矢よりも遅かった。モロクにとって避けるのは簡単だが、追尾能力があると知ったからにはおいそれと躱すこともできない。

(ガードして払い落としたいところだが、全身に青を浴びた今は不可能。少しでも触れたら大爆発。ならばワタシが取るべき行動は……!!)

 モロクは右手を伸ばした……足下に。

「ワタシができる最善手はこれだぁッ!!」

 屋根をひっぺがし、矢に投げつける!


バギャン!!


「よし!!」

 破片と衝突した途端、赤の矢は追尾能力も爆発能力も発揮せずに脆くも崩れ去ると、暴牛は猛然とドゥルジの下へ走り出した。

(あれだけの威力、下手な距離で爆発させると自分にも危険が及ぶ。安全圏は奴の側!近くにいれば、赤の矢は打てない!!)

「くそ!!」

 迫り来るモロクからなんとか離れようとしながらも全く離れられない、むしろどんどんと近づかれているドゥルジは矢を装填した。

 その色は……白色。

(やはりこの状況で選ぶのは足止めの“白”か!だが、不意を突かれても一瞬だけしか止められないような貧弱な攻撃など、覚悟していれば何の障害でもない!撃ちたければ撃てばいい!モロクは止められない!!ワタシはただ真っ直ぐと覇道を進むだけだ!!)

 モロクはさらに加速!手の届く距離まで一気に詰め寄る!

「ちっ!白の矢ぁッ!!」

 ドゥルジは捕まる寸前に白の矢を放った。白の矢を。

「無駄だあぁぁぁぁぁっ!!」

 モロクは意に介さず白の矢を青い液体でびしょ濡れの胴体で受けた。白の矢を。


ドゴオォォォォォォォォォォォン!!


 白の矢と青い液体が触れた途端に大爆発!両者を爆炎が包み込んだ!

「くっ!?」

 先に炎から脱出したのは、ドゥルジ!そうなることを予期していた彼は爆発の直前にガードを固めていた。それでも全てのダメージを防ぐことはできなかったようで、装甲が所々欠けている。

 ならばノーガードであり、爆心地でもあるモロクは……。

「が……があっ……!?」

 矢を受けた胸元は大きく抉れ、二本の角は両方とも折れ、立っているのがやっとの状態。むしろ倒れる力さえ残ってないように見える。

「ひゃ~、あれだけもろに食らって、まだ原型保ってんのかよ。丈夫にも程があるぞ」

「な、何で……白で……爆発……」

「ん?矢に色を着けたのは、ただのお洒落。その色じゃないとダメなんてことはない。変えようと思えばいくらでも変えられる」

「な……!?」

「七色の矢戦法なんて嘘っぱち。ただお前に勘違いして、油断してもらいたかっただけだ」

「ぐ、ぐうぅ……!!」

 唸ることしかできなかった。

 もう言葉を発せられる状態というのもあるが、仮に喋れたとしてもジョナスは何も言えなかっただろう。ああだこうだ考えたが、それは全て兄の手のひらの上。物理的にも精神的にも完全に上をいかれたのだから……。

「お兄ちゃんに勝とうなんて百年早いんだよ。そもそもお前は戦いにも人の上に立つのも向いてない」

「ぐッ!?」

「お前は汚れた血統を断ち切り、真面目に生きるべきだったんだよ、ジョナス……!」

 終わりがもう目の前に来ていると思うと、捨てたはずの兄弟の情が、やりきれない思いが再び胸の奥に溢れて来た。

 それでも兄は弓を引く。とっくに引き返せる段階を弟は超えてしまっているのだから……。

「せめてもの情けだ。このドゥルジの最強の矢で苦しみもなく終わらせてやろう……不義の涙」

 新たに弓にされた矢は今までのものより一回り大きく、鏃が螺旋状になっていた。

「原理は銃弾と一緒だ。後方部分を爆発させることでどんどんと加速して行き、徹底的に硬化させたドリル型の鏃をねじり込む。構造が複雑だから製作に時間がかかるし、エネルギー消費も激しいから一日に二本しか撃てない。でも、そういう制約がまた必殺技っぽくていいだろ?」

「に、兄さん……ワタシは……」

「もう何も言うな、弟よ。その先の言葉は何であろうとオレを傷つける」


バシュウッ!ドッ!ドッ!ザシュッ!!


 不義の矢は説明された通り、後部を爆発分離させながら加速していき、モロクの、弟ジョナスの心臓を貫いた。

 モロクはついに倒れ、屋根から転げ落ち、兄の視界から消えていく。

「せめて地獄では他人に迷惑をかけるなよ、ジョナス……不肖の我が弟よ」

 そう小さく呟くと、ドゥルジは弓を下ろし、上を向き、ムカつくほど綺麗な月をじっと見つめた……。


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