甦る悪の華たち
「はぁ……はぁ……」
クイントンの三大特級ピースプレイヤーを一手に引き受けたアンラ・マンユだったが、ただでさえ不利な上にバルナビの思念波により完全適合も不可とあってはどうすることもできず、一方的に嬲られ、息も絶え絶えのズタボロになっていた。
しかしそれは逆に言えば、三体もの特級をまとめて相手にし、ひたすらボコられはしても、生き延び続けられているということでもある。
「むぅ……ワタシ達三人相手にここまで粘るか……!」
(逆だ、バカ弟。お前ら三人相手だから俺は生き残れた。まともに連携の訓練なんてしてないんだろ?なら、うまいことお互いに攻撃を譲り合うような位置にポジショニングしてやればいい。そうすれば、攻撃が簡単に滞る。こっちには場合によっては一気に戦況を一変しかねないフリーズブレスやヴェノムニードルがあるのもプラスだった。こいつらはそれが怖くて怖くて迂闊には手を出せない。このままの状況が続くならもうちょっとくらいは耐えられるはず……!)
アンラ・マンユは冷静に戦況を分析し、最適な行動を取ったことで生き長らえていた。そしてこの後も……などと、甘いことを考えていたら。
「ジョナス、もういい。ここは俺一人でやる」
(な!!?)
「叶、ここにきてスタンドプレーか?」
「違う。我らの付け焼き刃の連携では、不調とはいえ、逃げに徹したこいつは、アーリマンは落とせない。むしろここは俺個人があんた達を気にせずに全力でやった方がいい」
(やはりこいつがぶっちぎりで一番厄介!余計なことを言いやがって!!)
「ふむ……確かに。そういう考え方もあるか」
(何、物わかりのいい上司気取ってんだ!バカ弟!!もっと血迷え!我を出せ!下らん虚栄心でそんなナイスな提案、頭ごなしに否定してみせろ!!)
「道彦くんがそこまで言うなら任せてもいいんじゃない。現状、この様だし」
(後押しするな、カスチンピラ!お前も何でそんな脳みそ詰まってないような見た目の癖に、引くべき時に引けるんだ!?気持ち悪いぞ!気持ち悪いぞ!)
「……わかった。ここはお前に任せよう」
(バカが!!バカ弟のくせに、肝心なところでバカじゃないんだ!バカが!!)
胸の奥で徹底的に非難するが、それで相手が心変わりするはずもなく、赤と青が下がると、逆に黒い鎧武者は前に出た。
「悪いな、貴様としては三対一の状況が続いた方が良かっただろ?」
「全然。これで各個撃破し易くなった。助かったよ、悪路王。ナイス提案だ」
「フッ……褒めても出るのは……これだけだ!!」
悪路王は一気に踏み込み、アンラ・マンユを頭から縦に両断しようとした!その時!
ボシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
「「「!!?」」」
突然、屋敷から光の柱が立ち昇った!それを見た瞬間、クイントン三大特級は一斉に動きを止め、状況を整理、正確に把握することに没頭する。
(あの光はバルナビの攻撃)
(あの虫野郎の最大火力だ)
(それを使わざるを得ない状況まで追い込まれているのか?)
(奴を始末しに行った中には……)
(おれが相手していたあの女……あの女のマシンは確か攻撃を跳ね返せるんだったな)
(あれはバルナビの放った攻撃か?それとも反射された攻撃か?前者なら何ら問題はないが……)
(どちらが正解なのか判断するのは簡単だ)
(目の前のあいつを確認すればいい。依然絶不調か、それとも……)
(復調している――)
「きれいな光だな」
「――ッ!?」
「あれを見たら俄然……元気が出てきたよ!!」
悪路王がやろうとしていたことをそっくりそのままやり返す!彼が光を気を取られた隙に一気に間合いを詰め、拳を撃ち下ろす!
ブゥン!!
「くっ!?」
「ちっ!」
虚を突かれた鎧武者だったが、かろうじて回避する。そして空振りする悪魔の姿を見て、疑念を確信に変えた。
「このパワー……完全適合している!?」
「イエス。どうやら私のツレの方が貴様らのお仲間より優秀だったらしいな」
「こいつ!!」
悪路王は反撃の斬撃を放つ……が。
「お前の相手は後回しだ」
ヒュッ!!
「ちいっ!!」
元気を取り戻した紫の悪魔は悪路王の攻撃から逃げるように、赤色の猛牛の方へとダッシュ!
「やられたらきっちりやり返すようにしているんだ」
「それでまずはワタシか!ワタシが一番簡単にどうにかできると踏んだのか!!」
「ずいぶんと頭が回るじゃないか……バカ弟のくせに」
「貴様ぁぁぁッ!!」
豪腕を振り下ろし、迎え撃つモロク!しかし……。
「よっ!」
ヒュッ!ガシッ!!
「!!?」
アンラ・マンユはさっきまでとは見違えるような軽やかさでナックルを飛び越し、モロクの自慢の二本の角を掴むと……。
「俺の膝にキスしな」
ゴォン!!
「――がっ!?」
膝をぶち込む!さらに……。
「よいしょ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!
そのまま頭の上に!そして踏みつけ!踏みつけ!踏みつけ!
「屈辱的だろ、腐れボンボン。だが、本来の立ち位置はこれが正しい。お前の器量では人に踏みつけられることはあっても、人の上に立つことはできない」
「ふざけるなぁぁぁッ!!」
ゴッ!ブゥン!!
「くっ!?」
「当たらんよ、のろま」
腕で振り払おうとしたが、その前に悪魔は離脱。牛の頭を踏み台に、跳躍からの宙返り!着地も決まって、体操競技なら満点の出来だ!
「お次は……お前か」
「!!?」
青の野獣が着地際を狙っていることなど百も承知。
「この!!」
ブゥン!!
パンチをしゃがんで避けると……。
「攻撃とはこうするんだ」
ドゴッ!!ドスッ!!
「――ッ!?」
下から顎を蹴り抜く!マンティコアもまたくるくると夜空を舞ったが、当然うまく着地などできることなく、頭から不恰好に墜落した。
「まずはお前から……とはいかないか」
「あぁ、俺がいる限りな」
獣狩りに行こうとしたアンラ・マンユの前に悪路王が立ち塞がる。やはり最大の障害はこの漆黒の鎧武者なのだ。
「すまねぇ、道彦くん……」
「礼を言う暇があったらさっさと立ち上がれ」
「どうやらバルナビの鱗粉の効果が切れた反動なのか、データよりも動きがキレている」
「そりゃあまた面倒くさいことに……!!」
マンティコアは立ち上がると、手と足から爪を展開した。
「とは言っても、パワーアップは一時的なもの。時間が経てば、おれ達が与えたダメージがまたじわじわと奴の身体を蝕んでいく」
「あぁ、バルナビは最低限の仕事をした。奴が今さら死のうが生きてようが大局に変わりはない」
(その通りだ。悲しいがいまだ勝利の天秤が傾いているのはあちら。この状況を打破するには、俺だけでは……)
「で、どうする?さっき話した通り、あんたが一人でやるか、それともまた三人がかりでやるか……」
「俺一人でやる。お前らはバルナビとの戦いで消耗しているアカ・マナフ達と、今頃アーリマンと同じくはしゃぎにはしゃいでいる外の奴らを」
「サルワ……」
「あぁ、どうやら奴らが不調の原因を排除してくれたらしい」
サルワは再び全身に風を纏い、宙に浮いた。そしてヴラドレンも……。
「ならば自分も……熱せタルウィ!」
スクラップ寸前のエクラタン・ソルダ改からピカピカのタルウィにチェンジ!
「うむ……確かに何の影響もないようだ」
タルウィはワイヤーを伸ばすと、鞭のように自分の周りで振り回した。
その光景にクイントンの寄せ集めの雑魚集団は……戦慄した。
「こ、これまずいんじゃないでしょうか?」
「めちゃくちゃ元気っぽいですよ」
「い、いや!あんなの空元気だ!!あれだけ痛めつけたんだから、そんなすぐには――」
ザンッ!!
「「「!!?」」」
「――も?」
ビビり倒す仲間達に発破をかけていたハウンドの首が胴体から分離、宙を一回転、地面をワンバウンド、ツーバウンドし転がった。
「「「――いっ!?」」」
「さて問題です」
「「「!!?」」」
「今、そいつの首を刎ねたのは……」
「A、タルウィのワイヤー」
「B、サルワの風の刃」
「ヒントは切断面」
「答えるまでの制限時間は、てめえらがそいつと同じように、首を刎られるまで」
「ちょっ!?」
「待ってくれ!オレ達は金で雇われただけなんだ!!」
「だから許してくれ!!」
「許す?」
「そんな選択肢はねぇんだよ!!」
「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
(……この悲鳴、やはり削り切れなかったか。捨て駒にすらならんとは、本当にどうしようもない奴らだな)
「道彦くん」
「あぁ、まずは二人がかりで屋敷の中の奴を排除しろ。速攻でだ」
「で、片付け次第、外の奴らを足止めね」
「わかっているな、大切なのは……」
「あんたがアーリマンを仕留めるまで時間を稼ぐことでしょ」
「お前のそういう察しのいいところは認めている」
「嬉しいね、あんたほどの強者に褒められるのは。つーことで……ボス!」
「あぁ、了解した!!」
マンティコアとモロクはアンラ・マンユには目もくれず、一目散に屋敷に向かって走り出した。
「ちっ!行かせるか!!」
「俺もちょうどそう言おうと思っていたところだ」
「ちいっ!!」
追撃に移ろうとする悪魔の前にぴったりと張り付く鎧武者。これではモロクもマンティコアも止めることができない。
(フレデリックの消耗は俺の比ではなかった。とてもじゃないが、すぐに回復する代物ではない。満身創痍のアカ・マナフと初見殺しが肝なのに、タネがバレているタローマティ、多分バルナビとかいう奴を倒すのに、最も頑張ったであろうイレール、万全ならともかく今の疲弊している三人では、あの二人は荷が重い。誰か他に……)
チラリと屋敷の方を見たアンラ・マンユの目にとあるものが飛び込んで来た。
瞬間、マスクの下で木原史生は満面の笑みを浮かべた。
「そうか……やれるのか、お前達。さすが組織の長だな」
バシャアァァァァァァァッ!!
「「!!?」」
闇夜を疾走するモロクとマンティコアにピンポイントで雨が降ってきた!
「これはただの雨ではない……コロナード!!」
「わかってますって」
青い野獣は降水警報が出ている場所から、即座に離脱!
赤の暴牛は何をするでもなく、その雨を全身に浴びた。
シュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
雨を浴びると白い煙が昇り、ドロリと溶けた……地面が。
当のモロクはというと、傷一つついておらず、むしろ雨で汚れが落とされて、綺麗になっているくらいだった。
「さっすが」
「モロクには心地よいシャワーでしかない」
「じゃあ、気持ち良くしてくれたお礼にいかないとね」
「――!!?コロナード!!後ろ!!」
「え?」
シュルシュルシュル!!
「――な!?」
モロクの注意は間に合わず!青い野獣は後ろから忍び寄っていた緑色の蔦に絡みつかれてしまう!そして……。
グイッ!!
「コロナード!!」
そのまま引っ張られ、屋敷を飛び越して行く。
「あの方向は裏庭か。そこで決着をつけるつもりか、佐利羽のチンピラは。そしてお前は……!」
マスクの下で眉をピクピクと引くつかせながら、ジョナスが屋根の上を見上げると、弓を携えたピースプレイヤーが手招きしていた。
「兄さん……!なんてしぶとい……!」
(来いよ、兄弟。オレ達の因縁を今度こそ終わらせようぜ)
「いいだろう!あれだけ痛めつけてわからないなら、その命をもってわからせてやろう!!公開処刑はやめだ!あんたは……ここで殺して、晒し首にする!!」
両足に苛立ちと力を込めると、地面が抉れるほど蹴り押し、ジョナスは兄の待つ場所まで跳んで行った。
こうして屋敷の正門前には紫色の悪魔アンラ・マンユと漆黒の鎧武者悪路王、両陣営の最強戦力二人が取り残される。
「だから足の一本でも切り落としておけと忠告したのに……」
「フッ、あいつらのタフさを過小評価していたようだな、お互いに」
「ずいぶんとご機嫌なようだが、理解しているはずだ、蓄積したダメージは消えない。有利なのは依然我らクイントンだ」
「お前だってわかっているはずだ。手負いの獣の恐ろしさを。痛みもフラストレーションも、私達にとっては怒りを燃やすエネルギーになる!!」
アンラ・マンユの全身からおぞましいオーラが吹き出す!並みの相手なら、それに気圧され、戦意をたちまち失うところだが……。
「私達か……人間にでもなったつもりか、名も無き者よ!!我らに絆は紡げない!信じられるのは、この力だけだ!!」
悪路王もまた禍々しいプレッシャーを放ち、対抗する。
彼ら二人の決着は、どちらかが折れて終わるなどあり得ないのだ。
どちらかが相手を無理矢理へし折ることだけが、この悲しき名無し達に許された唯一のエンディングなのだ!
「終わらせてやる!アーリマンなどと呼ばれて、悦に浸っている貴様の空しき人生を!!」
「終わるのはお前だ。悪路王と呼ばれし、虚無の申し子よ……!!」