飛散する悪意①
「うわぁ~、外から見た時も思ったけど、お化け屋敷みたいだね」
クイントン邸に対して率直な感想を述べながら、タローマティは罠などないかを確認した。
「……パッと見、トラップ的なものはないね。能力がないのか、そんなもの必要ないと高を括っているのか……どっちだと思う?アカちゃん」
「さ、さぁ……?」
「アカちゃん!!?」
アカ・マナフは今はボロボロになって見る影もないが、きっと高級だった絨毯に剣を突き刺し、なんとかギリギリ膝立ちの状態を保っていた。
「大丈夫!?」
「大丈夫……って言いたいところですけど、かなりきついですね……」
「多分、感覚・認知機能を強化するアカ・マナフはこの攻撃の影響を他よりも受け易いんだ。だから……」
「そのおかげで敵の位置がわかる……こっちです……!!」
アカ・マナフはふらつきながらも立ち上がり、屋敷の奥へと歩き出した。
「効果の範囲外に逃げさせてあげたいけど、敵の場所がわかるのはアカちゃんしかいないし、そいつを倒せるのも……ごめんね」
「あなたが謝ることじゃないでしょ……悪いのは、クイントンの奴らです……子供を犠牲にするようなクズどもが、またこの街を支配しようとするなんて反吐が……ぐうぅ!?」
身を焦がすような怒りがアカ・マナフにまで伝播すると、フレデリックの心は反動でさらに敵の思念攻撃の悪影響を受け、うずくまった。
「感情を昂らせるのが、特級ピースプレイヤーの戦い方の基本だけど、今は抑えて、精神と体調の悪化を加速させるだけだから」
「逃げるのもダメ、感情的になってもダメ……このくそみたいな状況を打破するためには、一刻でも早く原因を排除するしか手はないか……」
「そうだね……だから、悪いけど早く立って案内して。肩くらいは貸してあげるから」
「助かります……!!」
アカ・マナフとタローマティはお互いを支え合うように肩を組み合うと、屋敷の中を進んで行った。そしてたどり着いたのは……。
「ここです……」
「ホームパーティーとかする大広間らしいね。戦い易そう」
「つまり向こうもやる気満々ってことでしょうね」
「だね。特殊能力特化で直接戦闘はからっきしであって欲しかったんだけど……残念!!」
「予想と現実がどうであろうとやるべきことは変わらない……相手がどんな奴でもやるしかない!」
「おう!アタシ達二人で!」
「ぶちかましましょう!!」
ドゴッ!!
豪華なドアをおもいっきり蹴破る!
するとだだっ広い部屋のど真ん中に佇んでいる背中から翅、額から触角を生やした異形が視界に入って来た。
「あなたがぼく達を苦しめる原因ですね……!」
「イエス。わたしはバルナビ・プランタン。あなた達と顔を合わせることはないと思っていたのですが……人生とはうまくいかないものですね」
そう言うとバルナビは一際目立つ複雑な模様の描かれた翅をわずかに羽ばたかせた。
「エヴォリストの仕業かと思ったら、もしかしてブラッドビースト?」
「よく間違われるけど違うよ。わたし正真正銘のエヴォリスト……ジョナス・クイントンによって作られたね」
「作られた?好きに作れるようなもんじゃないでしょうに……」
「いやアカちゃん、作ろうと思えば作れるよ」
「え?」
「大量の犠牲が出ることに目を瞑ればね……」
全てを悟り、ドン引きするタローマティを見て、バルナビは苦笑いを浮かべた。
「普通はそういう反応になるよね。効率的じゃないもん」
「じゃあ本当に……」
「ジョナス・クイントンは不良少年を集めていた。腕っぷしが強い奴は、組の戦力増強のために構成員に。強くはないが、健康な奴はバラして、臓器を売り、資金に。そしてわたしのように強くもなく、不健康で臓器も売れない奴はオリジンズと戦わせた……エヴォリストに覚醒させるために」
「戦わせるって……まさかそんな無茶苦茶な方法で……」
「あぁ、無茶苦茶だ、狂気の沙汰と言っていい。実際、元々身体が弱い連中だ、みんな食い殺されたよ」
「だけどあんたは違った」
「そうだ!他の奴らが二度と目を覚まさない中で、わたしだけ再び目覚めた!この新しい力を手にしてね!!いいことのない人生だったが、あの時初めて生きていることが楽しいと思ったよ!!」
「まさかそのことに感謝しているから、自分を一時的に死の淵まで追いやったバカブラザーに従ってるわけじゃないよね?」
「フッ!恨みこそすれ、感謝などするもんか。だが、奴個人はともかく奴の組織は使える。この力を使い、奴を殺して乗っ取ることも考えたが、今の段階ではあのアホがいなくなったら瓦解する烏合の衆でしかないからな。もうしばらく奴に忠誠を誓ったふりをして、様子を見ることにした。だからわたしを味方に引き込もうとしても無駄だよ」
「それが平和的で、最善の展開だったんだけどねぇ……」
「だろうな。我が思念波を受けて、貴様らと特級のリンクはぐちゃぐちゃ。能力特化で、直接戦闘能力はそこまで高くないわたしでも余裕で嬲り殺せるほど弱っている」
バルナビはもう一度翅を羽ばたかせると、キラキラとした鱗粉を巻き散らした。
「さらにこの鱗粉をくっ付ければ、もっと弱体化させられるしね」
「そうか……それが受信機なんだね。見えていないけどアタシ達のマシンにもそれが……」
「ドゥルジを感知できたのも、そのせいか……」
「手品の種明かしはここまで。今はジョナスに媚びを売っておくターン!君達にはわたしの手柄になってもらうよ!!」
もう一度羽ばたくと、バルナビ覚醒態は飛翔!そして弱り切ったアカ・マナフに突撃する!
「くっ!?」
アカ・マナフは盾を構えて防御しようとするが、腕がどうしても持ち上がらなかった。
「アカちゃんはやらせない!!」
そんな彼を助けるために、タローマティがカットイン!背教の盾でバルナビの拳を……。
ガァン!!
「ぐうぅ……!!」
受け止める!弾くことはできずに受け止めたので、拳と盾が押し合う形になり、向かい合う両者の視線が交差した。
「ほう。聞いていた以上に硬いな」
「噂なんてあてにならないってことだね……!」
「我が思念波を受けてもまだそこまで口が回るか」
「思ってるより大したことないんじゃない、あんた。せっかく生き残って手に入れたのが、そんなくそ雑魚能力で残念だね」
「その言葉そっくりそのまま返すよ。わたしの思念波の影響をあまり受けていないということは、それだけ適合率が低いということだ。君、完全適合まで行ってないだろ?」
「うげっ!?バレた!!」
「バレバレだ!!」
ドゴッ!!
「――がはっ!?」
「タローマティ!!」
蹴りを脇腹に入れられ、吹っ飛ぶ背教の女教皇!壁に叩きつけられ、大きなクレーターを作る。
「そのマシンの能力は知っている。攻撃を吸収、反射する能力……知らなければ脅威だが、知っていればなんてことはない。まぁ、そもそも使えないんじゃ、警戒する必要もないがな!!」
バルナビは手を開くと、そこにエネルギーを集中させた。
「生まれ変わったら、もっと強くなれるように祈るんだね」
バシュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
それを一気に解放!光の奔流がタローマティを照らし、飲み込む!
ドゴオォォォォォン!!
「……がっ!?」
壁に穴を開け、タローマティは裏庭に放り出された。しかし攻撃は盾で全て防いだようで、外傷は見られず、命に別状はないみたいだ。
「驚いた。吸収・反射ができなければ、なんてことない思っていたが、単純な頑丈さも凄まじいな、その盾」
「ぐっ……ぐうぅ……!!」
「できることなら女を殺す感触など知りたくなかったのだが、こうなったら仕方ない。盾を持てないように両腕を折ってから締め殺すとしよう」
「させるか!!」
アカ・マナフ奮起!タローマティをやられたことで更に怒りの炎を燃やすアカ・マナフが横から斬りかかった……が。
カチャ……
「!!?」
剣はたった指二本だけであっさりと摘まれ、受け止められてしまった。
「子供でももっと強く打ち込めるぞ」
「くっ!まだぁ!!」
力ずくで押し込もうとしたが、やはりびくともしない。
「無理だよ無理。立ってるのもやっとだろうに、このわたしを倒そうなんて……」
「うっ!?」
「絶対に無理だ」
ヒョイ!!ガァン!!
「がっ!?があぁっ!?」
首を掴んで、持ち上げて落とす!床に叩きつけられたアカ・マナフは強制的に肺の中の空気を排出され、痛みと苦しさでのたうち回った。
「無様な。まるで虫けらだな。え?それはお前の方だろって?ひどいことを言うな!!」
ドゴッ!!
「――がっ!?」
腹を容赦なく踏みつけ!あまりの衝撃にフレデリックは口から内臓が飛び出たと錯覚した。
「このまま踏み潰してやろう、虫けらのようにね」
「くそ!!」
ゴォン!!
「おっ」
アカ・マナフはバルナビが踏みつけのタイミングを見計らい、転がって脱出!
立ち上がるとよろよろとふらつきながら少しでも距離を取ろうと、後退する。
「はぁ……はぁ……」
「ふん、無駄な足掻きを。時間が経てば経つほど自慢のピースプレイヤーに我が鱗粉が付着し、より苦しみは強くなるだけなのに」
「だとしても……ぼくは最後まで諦めない……」
「仲間のためか?正義のためか?」
「どっちもだ……!」
「立派な心意気だが、どちらも幻想でしかない。どちらも本当に大変な時には助けてくれない。そして最後には必ず裏切る」
「仮にそうでも、ぼくからは裏切らない……最後の最後まで信じ続けてみせる……!」
「ならばその下らない幻を抱きながら逝くといい……行き止まりだ」
ゴッ!ガシャ!!
「!!?」
背中が窓に触れ、ガラスを揺らした。いつの間にか壁際まで追い詰められていたのだ。
「さぁ、どう料理してくれようか……」
「ぼくは、ぼく達は負けない……!」
「うん、決めた。その目が気に入らない。まずは目玉を潰してやろう!!」
殺意を固めたバルナビは意識が朦朧としているアカ・マナフに手を伸ばした!
「うっ……!?」
瞬間、ターゲットが膝からくずれ落ち、へたり込む。
(わたしが手を下す前に限界が来たか。むしろ特級のくせに、この鱗粉が充満した部屋でよくここまでもったものだと……)
アカ・マナフが遮っていた窓の外に月明かりで輝く白い何かを見た。
その白い何かはさらに煌めく何かを手に持っていた。
それはとても細い棒のようで、だが棒というには鋭くて、まるで獣の角のように見えた。
それはランビリズマの地下格闘技ファンなら誰もが知っているこの世で最も硬い剣!“エタンセル”だ!
「はあっ!!」
バリィン!ザシュウッ!!
「――がっ!?ぐきゃあぁぁぁっ!!?」
神憑り的なスピードで繰り出されたエタンセルは窓ガラスを突き破り、さらにバルナビの右腕を貫いた!
不意に腕に穴を開けられた異形は傷口を抑え、惨めな悲鳴を上げながら後退。
そして彼をそんな目に合わせた張本人はアカ・マナフの前に華麗に着地すると、毎度お馴染みの見惚れてしまうような美しいフェンシングの構えを取った。
「ナイスタイミング……」
「お前が窓際まで誘導してくれたおかげで、僕らしくないエンタメ性溢れる登場の仕方をしてしまった」
「意外と似合ってますよ……」
「ならば、今日のところはヤクザーンやリンジーに倣って、不必要にカッコつけさせてもらおうか……イレール・コルネイユ!助太刀に参った!……なんてね」
純白のマスクの下、イレールは不敵に微笑んだ。