蝕まれる心
((これで最低でも一人……!!))
一足先に夜明けが来たのか錯覚するような眩い熱線の光を見て、放ったアンラ・マンユとまんま射線上に敵の首魁を誘導したアカ・マナフは作戦の成功を確信した。
「……ちっ!もう少し隠しておきたかったが、仕方ない。遮れ悪路王」
しかし、熱線が漆黒の鎧武者を溶かそうとしたその瞬間、叶の想いが悪路王の全身隅々まで行き渡り、その周辺の空間を歪める。そして……。
ボシュ!!
「「……は?」」
熱線はどこかに消えた。そうとしか形容できないほど突然に、唐突に消失したのだ。
あり得ない光景にアンラ・マンユ、アカ・マナフともに自らの目を疑った。
「どうやら小細工を弄していたようだが、残念だったな。他の奴ならともかく我が最強の手駒には通じない!!」
ゴォン!!
「――ッ!?」
呆然とするアカ・マナフにモロクの剛腕が撃ち込まれる!咄嗟にガードしたが、威力を殺し切れずに吹き飛ばされてしまう。
それをさらに追撃しようと走る暴牛の姿を肩越しに見て、黒いマスクの下で叶道彦は笑った。
「これだけ離れれば、我が雇い主は貴様の毒牙にかかることはないな。あぁ、そう言えば、選べとかなんとか言っていたな。俺が選んだのは、“自分も雇い主も両方助ける”……だ。満足いただける答えだったかな?アーリマン」
「ちっ!」
勝ち誇ったように語る悪路王に、木原はただ舌打ちするしかなかった。
「今のがその特級の能力か?」
「今さら隠し立てしても意味はないか……その通りだ。悪路王はその名の通り、あらゆる攻撃の道をねじ曲げ、衝撃をどこかに消し飛ばしてしまう」
「ずいぶんと曖昧だな」
「大切なのはどういう原理でこの能力が発動するのかではない。どう使って、敵を屠るかだ」
「……違いない」
「お前やチャンピオンのような技術ではなく、完全に攻撃を無力化できる悪路王に死角はない。諦めてその首を差し出せ」
「ふん。少し私の想像を上回ったくらいでいい気になりおって、この世に完全も完璧もない。俺はそれを身をもって知っている」
渾身の策を破られても、アンラ・マンユの闘志は衰えず。姿勢を低くし、両足に力を込め……。
ガクッ!
「……は?」
急に力が抜け、アンラ・マンユが膝をついた!
「こ、これは一体……!?」
さらに追い打ちをかけるように全身を襲う倦怠感、頭も朦朧とし、まるでタチの悪い風邪を引いたよう……あの時のヤクザーンやプリニオと同じ症状だ。
「ようやく効果が出てきたか。早めに仕掛けたと言っていたが、人数が多い分、時間がかかったようだな」
「何を……!?というか人数だと……!?」
「あぁ、周りを見てみろよ。お友達も仲良くグロッキーだぞ」
「ぐうぅ……!?」
「アカ・マナフ!!」
「何これ、気持ち悪……」
「タローマティ!!」
悪路王の言葉に従ったわけではないが、周囲に見回すと、残りの敵を抑えろと命令していた二人の仲間入りが同じく膝をついていた。
(やはり特級に影響を及ぼす攻撃……だとしたら……!)
「ぐあっ!?」
「サルワ!!?」
サルワという特級ピースプレイヤーの能力を知っているものなら誰しもが、その名前を聞けば、風を纏い、空を自らの庭のように悠々と駆け抜ける姿を思い浮かべる。
ヴラドレン・ルベンチェンコもそうだ。
だからこそ目の前でうめき声を上げながら、地面に這いつくばっているサルワの姿が現実のものだと信じられなかった、信じたくなかった。
片や彼らに今の今までメタメタにやられていたクイントンの下っぱどもは……。
「な、なんだかよくわからんが、弱ってるっぽいぞ!!」
「これならなんとか倒せるかも……!!」
「よっしゃ!テンション上がってきた!!ここから奇跡の大逆転劇を見せてやろうぜ!!」
クイントンの構成員はさっきまでの醜態など忘れたかのように、士気を高揚させる。強い相手には弱いが、弱った相手には目一杯強気でいけるのだ、クズの中のクズだから。
「まずいな……勢いを取り戻しおった」
「何……ちょっとおれが平気なところを見せればすぐにまたビビり散らかすさ」
立ち上がるサルワ。しかし、身体は小刻みに震え、肩で息をするその姿にさっきまでの見ただけで殺されるような、圧倒的な迫力はない。
「戦えるのか?」
「当然!そっちこそなんともないのか?」
「あぁ、どうやらやはり特級にしか効果のない攻撃らしいな」
「じゃあ、役割チェンジだ。あんたはおれが相手していた鳩野郎とドローンを撃ち落としてくれ。おれは地上のワンコとにょろにょろをやる」
「もう飛べないのか……?」
「風も出せない……だが、今だけだ。きっとアーリマン達が、原因を排除してくれる。そのための一斉突撃だろ……」
「そうだな……彼らを信じよう。まっ、なるようになるさ」
「なってくれなきゃ、おれ達みんな地獄行きだ……!!」
「ぐっ……!!」
アンラ・マンユもまたサルワと同様にフラフラになりながら立ち上がった。
「この期に及んでまだやるつもりか?」
「こうして貴様とお喋りできている間はな……」
「その意気や良し……と褒めてやりたいところだが、往生際が悪いと断じるしかできないな。こうなってしまっては、貴様らにもう勝ち目はない」
「この状態をどうにかすればいいだけの話だろ……簡単さ」
「それこそ原因も理屈もわかってないだろうに。そんなものをどうすると……」
「思念です!別の誰かが!屋敷の中にいる誰かの思念がぼくらの心に入り込んで、適合率が上がるのを阻害しています!!」
「「「!!?」」」
悪路王を始め、クイントンが誇る三大特級ピースプレイヤー全員が驚愕しながら声のした方、アカ・マナフに視線を集中させる。
アカ・マナフは剣を杖代わりにして、やっと立っているような状態だったが、どこか油断ならぬ雰囲気を纏っていた。
まるで今の状況が想定通りだと言わんばかりに……。
「こいつ、急に何を……!?カマをかけているのか……!?」
「いやジョナス、多分そいつは確信をもって言っている」
「何?」
「アカ・マナフの能力は感覚・認知能力の強化、きっとそれで俺達や他の特級どもには感じられないバルナビの存在を感知したのだろう」
「なるほどね。さすがにチャンピオンとボスを立て続けにやられてんのに、考え無しの特攻なんてするのかと思ったが……」
「攻撃を食らうことが目的であり作戦だった。アカ・マナフなら原因を特定できると信じて……」
「大正解……!!」
紫のマスクの下で、火傷跡の上に脂汗を伝わらせながら、木原は勝ち誇ったように嗤った。
「ふん!不調の原因とその発生源がわかったところでなんだと言うんだ!行動を起こす前に殺せばいいだけだろ!!」
モロクは眼前のアカ・マナフに対して、拳を……。
「フィンガービーム!!」
ビシュウッ!ビシュウッ!!
「ッ!?」
攻撃態勢に入ったモロクをアンラ・マンユの指から発射された光線が強襲する!
その分厚く強固な装甲には傷一つつけられなかったが、ターゲットであるアカ・マナフからわずかに注意を逸らすことには成功した。
「今だ!アカ・マナフ!根性で走れ!!タローマティを連れて、屋敷にいるこのくそみたいな状況を作り出している奴をぶっ倒して来い!!」
「はい!!」
言われた通り、すぐにでも横になりたい絶不調の身体に鞭を打ち、アカ・マナフは屋敷に向かって全力疾走した。
そしてタローマティも……。
「というわけで、アタシもこの辺で!!」
タローマティもマンティコアに背を向けると、猛然とダッシュする!
「はい、そうですか……って、ならねぇよ!!」
黙って見過ごすわけもなく、マンティコアは追跡を開始!
「去る者は追わずだ!けだものが!フィンガービーム!」
ビシュウッ!ビシュウッ!!
それを阻止するためにアンラ・マンユは再び指から光線を放つ。
光はあっという間に青い野獣の背中に……。
「それもそうだな」
「!!?」
マンティコア反転!からの開口!大口を開けて、ビームを……。
ガブシュ!!
「な!!?」
一気に飲み込んだ!
「悪路王と違って、あまりに火力の強い攻撃は食えないが、その代わり食えたらパワーアップするぜ、マンティコアは……!!」
「くっ……!!」
フィンガービームを吸収したことで、青い野獣から放たれる威圧感が急激に強くなり、木原は思わず生唾を飲み込むほど気圧された。
「わざわざバルナビの野郎を助けに行く必要ないだろ。あいつ中々強いし、そもそも指揮官であり、心の支えであるアーリマンを倒せば、敵の士気がた落ちでどうやったって立て直せない。でしょ?ボス」
「……そうだな。それが一番効率的か」
「つまり再び三対一」
また同じ構図、アンラ・マンユは青、赤、黒の特級ピースプレイヤー三体に囲まれた。
「「アーリマン!!」」
いじめとも思える不平等な光景に、胸を押し潰されそうになったアカ・マナフとタローマティは屋敷のドアの前で立ち止まり、仲間の名前を叫んだ……が。
「何をしている!速く行け!!バカが!!」
「「いっ!!?」」
叱られてしまった。っていうか心配してあげたのにバカ呼ばわりされた。
「で、でも!いくらなんでもその状態で三人相手なんて……」
「そうだよ!せめてアタシは残った方が……」
「お前だって、今にも倒れそうなんだろ!そんな奴に加勢されても足手纏いになるだけだ!!」
「それはそうだけど……」
「俺はお前達の命を救った!お前達は俺に恩返しすべきだ!命を救われた恩は命を救うことで返せ!!」
「アーリマン……」
「……お言葉だけど、結構もう返してない?あんたのためにアタシ達、結構というか十分働いてない?」
「ぼくもそう思います。渡りたくもない危ない橋を無理矢理渡らされて……恩はとっくに返し終えてますよ」
思いの外、木原の言葉は二人には響かなかった。
「くっ!?……わかったよ!もうなんでもいいから早く行け!このまま死んだら、俺は地獄から這い出て来て、貴様らが二度とそんな軽口を叩けないように、喉笛噛み千切ってやるからな!!そうなりたくなかったら、今できることを必死にやれ!!」
「そこまで言われたら……」
「まじで化けて出そうだしね、あの人」
二人は後ろ髪を引かれながらも、しぶしぶと中に入って行く。
こうして庭に残ったのは今度こそ本当にアンラ・マンユとクイントンの三大特級ピースプレイヤーだけになった。
「なんか今生の別れになるかもしれないのに、締まらねぇな」
「私達らしいと言えば、らしいさ。それに別れたつもりはない。お前達を倒して、この後、しっかり文句の一つや二つ言うつもりだ」
「それは地獄でするんだな。すぐに奴らも、兄さんもお前の後を追わせてやる」
「腐れボンボンには無理だ」
「ふん。減らず口では一生お前には勝てんかもな。なので腕っぷしで勝負させてもらうぞ」
「これだから野蛮人は……仕方ない、そっちがその気ならこのアーリマン、やるだけやってやろう」
「本気で俺たち三人相手になんとかなると思っているのか?」
「あぁ、なるようになる……そう無理矢理自分に言い聞かせて進まなきゃいけない時があるんだよ、人生にはな……!!」
アンラ・マンユはまた笑みを浮かべ、小さな希望を大事に握り締めるように、拳を固めた……。