襲いかかる悪の化身
不敵に笑うジョナスの顔は特にプリニオによく似ているように見えた。しかし、同時にプリニオにはない滲み出る醜悪さを三人は感じ取った。
「似ていると思ったが……そうでもないか」
「君もか、アーリマン。チャンピオンのヤクザーンもワタシの顔を見て、違うと呟いたよ。兄には品があり、対してワタシは下劣だと宣った」
「さすがだな、ヤクザーン。端的に兄弟の見分け方を言語化できている。私も全く同意見、貴様には上に立つべき者が持つ品格が備わっていない。精々バカなチンピラを札束ではたいて、よいしょしてもらうのが関の山だ」
「ほう……」
僅かにジョナスの眉尻がピクピクと痙攣する。
大物ぶっているが、木原とヤクザーンが指摘したようにその正体は矮小な心しか持ち合わせていない小物である。ただの戯れ言だと聞き流せる器量はないのだ。
そんな人間のやることなど相場が決まっている。
「どうやらこの街の人間は総じて見る目がないようだ。審美眼というのは、しっかりとした教養という土台がなくては、身に付かないものだからな、仕方ない」
「急に自己紹介を始めて、どうした?ヤバい薬でもキメてるのか?それとも元からちょっとアレなのか?多分後者だな。私にはわかるんだ」
「もういい。もしワタシに忠誠を誓うなら、重用してやってもいいと思ったが……新たなるクイントンファミリーにお前のような礼儀知らずの席はない!!」
「そもそも新たなクイントンファミリーってのが夢幻だ。それが実現することは永遠に来ない」
「抜かせ!我らの力を持ってすれば不可能なことなどない!やるぞ!叶道彦!チャルレス・コロナード!」
「ふん」
「ボスの仰せのままにってか?」
怒りで爆発寸前のジョナスとそんなボスの様子に苦笑いを浮かべるチャルレスは腕輪を、対照的に叶道彦はポーカーフェイスを維持したまま数珠を自らの胸の前に突き出した。
「啜れ!浴びろ!まみれろ!モロク!!」
「希望の道を立ち斬れ、悪路王」
「餌の時間だ!マンティコア!!」
光と共にジョナスは真紅の暴牛、叶は漆黒の鎧武者、チャルレスは紺碧の野獣へと姿を変える。そして……。
「さぁ、エルザ取りの総仕上げだ!!金が欲しいなら、奴の首をその手で取れ!!」
「言われなくとも」
「そのつもり~!!」
クイントンが誇る三体の特級ピースプレイヤーはアンラ・マンユ一体に一斉に襲いかかった!
「アーリマン!!」
「お前らは大人しく観戦していろ!まずは私がこの手で……力量を測る!!」
対する紫の悪魔は一人で迎え撃つ算段!どこで覚えたのか、反社的存在らしからぬ基本的かつ実戦的、そして何より見とれてしまうほど美しい構えを取り、敵の出方を伺う。
(これは……ジョナスではちょっと荷が重いか)
一目見ただけで、アンラ・マンユが油断ならぬ相手だと察したのは漆黒の悪路王!大切な金づるを守るために一歩前に出る!
「俺が仕掛ける。二人は……」
「了解した」
「そのまま倒してくれても、おれは構わないぜ」
「見た目に反して素直なのが、あんた達のいいところだ……な!!」
さらに加速して、悪魔を射程内に!そしてそのまま腰の刀を引き抜き、横薙ぎ一閃!
ブゥン!!
けれど、アンラ・マンユは半歩、斬撃を避けるのに最小限必要な半歩だけ後退し、初撃を躱す。
「惜しかったな」
回避に成功したアンラ・マンユはストップ&ゴー!鍛え抜かれたふくらはぎの筋力を存分に使い、推進力を後ろから前に!そしてジャブを……。
「喰ら――」
「喰らえ」
ブゥン!!
「――ッ!!?」
悪魔が最速の打撃であるジャブを放つ前に、悪路王が手首の力で強引に二の太刀!
アンラ・マンユは慌てて腕を引っ込め、また後退した。
「落ち着きのない男は嫌われるぞ」
「生憎、人に好かれようと思ったことはない」
上から下!下から上!左右斜めに突き!ありとあらゆる角度で攻撃を振るい攻め立てる悪路王!
ブンブンブンブンブンブンブンブゥン!!
その全てを紙一重のギリギリでアンラ・マンユは躱し続ける!
(いい太刀筋だ。やはり最初の直感通り、この黒色が頭一つ抜けてるな。不調とはいえヤクザーンを下したその実力は本物、しかもまだ余力を隠している……はてさてどうするか。ジャブさえ差し込めない猛攻に、この感じだと防御できる切れ味でもなさそうだし……参ったな)
(あのヤクザーンに勝ったというのは、本当のようだな。俺の刀をここまで避けられるとは、いつぶりだろうか。まだまだ様子見してるようだが、いつ攻めに回る?いや……攻めさせないで、一気に潰すが吉か!!)
決意を固めた悪路王はさらに深く踏み込み、刀を振り下ろした!
「ふん」
ブゥン!!
しかし、これまたアンラ・マンユはバックステップで回避……。
「ジョナス!!」
「おう!!」
「!!?」
逃げた先にモロク!その幾人もの血に染まった真っ赤な剛腕が新たな血を求めて唸りを上げる!
「はあっ!!」
「反重力浮遊装置」
ボッ!!グルン!!
「――なっ!?」
暴牛の腕が新たな血を吸うことはなかった。アンラ・マンユが毎度お馴染みの防御術でその圧倒的なパワーの全てを受け流したのだ。さらに……。
「でしゃばるな、腐れボンボン」
ゴォン!!
「――ぐっ!?」
立派な角が二本も生えた頭を足蹴にして、その自慢の腕が届かぬ場所まで離脱する。
(強く、そして硬いな。基本スペックは黒より赤の方が上か。こういうシンプルに強いタイプは……)
「お邪魔します!!」
「!!?」
青の獣強襲!また回避直後の隙を狙い、殴りかかる。
ガァン!!
しかしこれもアンラ・マンユには通じず。今回は回避するのではなく、腕でガードして凌ぐ。
「鬱陶しいな」
「お気を悪くしないで、退散しますから」
奇襲が不発に終わるとわかるや否や、マンティコアは悪あがきせずにあっさりと退避する。
(青は基礎スペックも据え置き、中身も高めに見積もって上の下ってところ、特別怖い感じがしない……それが不気味だ。この手のタイプは何か特殊な能力を持っている場合が多い。油断はできない。つまり……)
黒、赤、青と三体の特級ピースプレイヤーと手を合わせた木原は経験と本能から勝率と、今後取るべき行動を即座に弾き出した。
(この三体に連携を取られたら、まず負ける。できることならあいつらの力は借りたくなかったのだが……背に腹は変えられん)
「アカ・マナフ!」
「は、はい!!」
「お前は赤い角つき!プリニオのバカ弟を抑えろ!!」
「はい!了解しました!!」
「タローマティ!お前は青いチンピラの方だ!!」
「え!?アタシもやるの!?か弱い美少女のアタシが!?」
「死にたくなかったらな!!私が黒いのを始末する少しの間だけ時間を稼いでくれればいい!!」
「じゃあ、早く終わらせて助けに来てよね!!」
指示に従い、アカ・マナフはモロク、タローマティはマンティコアの下へと駆け出す。そしてアンラ・マンユは……。
「というわけで、とっとと倒されてくれないか、黒いの」
「悪路王だ。お前を殺すピースプレイヤーの名だ……しっかり覚えておけ!!」
アンラ・マンユが悪路王へと勢いよく突っ込むと、斬撃で迎えられた……が。
ヒュッ!ゴッ!!
それを避け、逆にパンチをお見舞い……しようとしたが、ガードされてしまった。
「誰が誰を殺すって?寝言は寝て言え、黒いの」
「攻撃をガードされているのに、カッコつけても滑稽なだけだぞ」
「ふむ……確かに。では、お前を八つ裂きにした後に改めてカッコつけようか!!」
アンラ・マンユと悪路王が火花を散らす横で、この場に一番そぐわないか弱い美少女の戦いも始まろうとしていた。
「はっはー!!おれの相手はお嬢ちゃんか!!嬉しいね!!」
「初めてなんだ。お手柔らかに頼むよ」
「はっ!加減して欲しい女のセリフじゃねぇな、それ!!」
マンティコアは全く力を緩めることなく、拳を繰り出した!しかし……。
「よっ!」
ヒュッ!!
それは思いの外あっさりと回避されてしまう。
「へぇ~やるじゃない」
「あんたは見かけ倒しみたいだね」
「いいねいいね!生意気な女ほど嬲り甲斐がある!!」
続いては蹴り!その野獣のような見た目に違わぬしなやかなバネを持った脚を鞭のようにしならせ、強力かつ高速の蹴りを放つ!放ったのだが……。
ガン!!
これまた背教の盾で防がれてしまう。
「つぅ~!手が痺れる!直撃していたらと思うと、ゾッとするね」
「だが、当たらなかった。一度だけならまぐれだが、二度続いたらそれは実力だ。意外とやるなレディ」
「まぁね」
それは木原が市長との決戦を終えてすぐのこと……。
「光栄に思え。私自らお前を鍛えてやる」
「え?藪から棒に何よ?」
「せっかくタローマティと適合したのに、使いこなせなくては勿体ないだろ?だから、最低限動けるようにしてやると言ってんだ」
「確かに今のままだと宝の持ち腐れだけど……素人が少し頑張ったところで、たかが知れてるでしょ?」
「ネガティブだな。もっとポジティブに考えろ。素人だということは伸び代しかない、やればやるだけ成長できると」
「……意外と乗せるのうまいね、フミオちゃん。本当に先生とかになったら?」
「それは無理だ。見込みのない奴に根気よく教えられるほど、私は我慢強くない」
「つまりアタシをこうして鍛えようとしているのは、見込みがあるから」
「イエス」
「本当に挑発だけじゃなく煽てるのも得意なのね……いいよ、天下のアーリマンがそこまで言ってくれるなら、少しくらい付き合ってあげても。ピースプレイヤー開発の役にも立つだろうし」
「そうと決まれば善は急げだ。最強無敵の戦乙女は無理かもしれんが、タローマティの防御力を生かし、それなりの奴を相手にしても、余裕で生き延びられるくらいにはすぐにしてやるさ」
「ウラァ!!」
「ほっ!ほっ!!」
ガンガンガンガン!!
マンティコアの連撃もタローマティは難なく盾で受け止めた。
「防御重視のマシンとは聞いていたが、ここまでとは……」
「“それなりの奴”ってことだね、君は。その程度じゃ鉄壁のタローマティは倒せないよ」
(安堂ヒナはなんとかやれているようだな)
健闘する教え子の姿を見て、木原も胸を撫で下ろした……かったのだが、そんなのんきなことをしている暇はない。
「はあっ!!」
ブンブンブンブンブゥン!!
再び悪魔に襲いかかる悪路王の容赦ない斬撃の嵐!またアンラ・マンユは手も足も出せずに、逃げに徹していた。
「どうした?避けているだけでは勝利は掴めないぞ」
「そんなことは百も承知さ」
「ならば何故攻めて来ない?もしや仲間がモロクやマンティコアを倒して、援軍に来てくれるとか、甘いことを考えているのではないだろうな?」
「ぶっちゃけそうなるのがベストなのだが、無理だろうな」
「言っておくが、仮に俺の雇い主であるジョナスを殺しても、俺はお前を殺すまで戦いをやめるつもりはないぞ」
「金にならない仕事はしないのが傭兵というものではないのか?貴様個人に恨まれるようなこともしてないだろうに」
「わかっているはずだ……俺とお前は同じだと」
「………」
沈黙……それこそが何よりの肯定の証だった。
「やはりお前も感じていたか」
「同じ匂いのする奴には敏感なんでな。だがそれならば余計に戦う理由などないだろ。私達は同じ苦しみを知っている同類なのだから」
「同類でありながら、まだ下らない夢を見てる貴様が理解できず、許せないのだ!いつまでも……ガキじゃあるまいし!!」
淡々と作業のように繰り出されていた刀に強い感情が乗った!速く、鋭い斬撃がついにアンラ・マンユを……。
チッ!グルン!!
「!!?」
刃が薄皮一枚触れた瞬間、反重力浮遊装置を作動させ、斬撃を受け流した!
「我が剣も対処するか!」
「あぁ、そして攻めに転じるタイミングが来たようだ。フリーズブレス!!」
ブオォォォォォォォォォォォッ!!
口から放たれる冷却ガス!食らえばたちまちカチンコチンだが……。
「その攻撃は……知っている」
悪路王はあっさりと横に移動し、回避した。
「まだまだ」
懲りずにアンラ・マンユはすぐさま追撃に移る!その真っ赤な眼をこれ見よがしに輝かせ、鎧武者を睨み付ける!
「ふん!それも知っている。威力は凄まじいが、予備動作が大き過ぎる。不意を突くか動きを止めてからではないと、まず当たらん。少なくともこの俺にはな」
考えが浅いと一笑すると、悪路王はまた回避のために足に力を込め……。
「鬼さん!こちら!!」
「ええい!!ちょこまかと!!」
「!!?」
背後から声が二つ聞こえた。
一つはよく知っている声、もう一つはさっき初めて聞いたばかりの声……。
頭ではなく本能で命の危機を感じ、体感時間が引き伸ばされた悪路王はゆっくりと後ろを振り返る。
すると、自分の背後にアカ・マナフを追いかける真っ赤な猛牛の姿が見えた。
刹那、アンラ・マンユが防戦一方になりながら、ひたすら待ち続けていた理由を全て察する。
「貴様!この時を!!あいつも時間稼ぎではなく、このために!!」
「イエス。さぁ選べ、避けて雇い主が焼かれるのを見るか、身を挺してボスを守るのか……ヒートアイ!!」
ボシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
大気を焦がす熱線が一直線上に並ぶ悪路王とモロクに対して発射された。