悪の円卓会議
アーリマンこと木原史生とアルティーリョファミリーの新たなボス、プリニオが再会した次の日の夜、「close」の看板が出ているBarランビリズマの前に三体の異形のピースプレイヤーが立っていた。
「約束を果たしに来たぞ、プリニオ」
一体は当然アーリマン、正式名称アンラ・マンユ。プリニオとまた会えることを心の片隅で祈りながら、再びここに足を運んだ。
「またここに来ることになるとは……次来る時は警察官としてガサ入れって決めてたのに……ここにいるだけで頭がまたずきずきしてきた」
紫の悪魔の隣で肩を落とし、頭をさするのはこれまたご存知アカ・マナフことフレデリック・カーンズ。職業的にはもちろん過去の嫌な思い出から、本当なら彼はこの場所にはもう二度と来たくはなかった。
「へぇ~、ここがフミ、じゃなくて、アーリマンがチャンピオンに勝って、トップバッターを任されたフレ、じゃなくて、アカちゃん?マナちゃん?がボロ負けしたっていう噂のBarランビリズマ」
楽しそうにフレデリックのトラウマを抉るのは安堂ヒナ。ただ今回は一見するとかわいらしい女性の姿を、禍々しいタローマティというピースプレイヤーで隠している。
「ヒ、じゃなくてタローマティ、一応言っておきますけど善戦した上での負けですから。どっちが勝つかわからないギリギリの名勝負だったんですから。ねぇアーリマン」
「そうだな」
「ほら~」
フレデリックは胸を張って、自らの戦績を誇った……が。
「だが、負けは負けだ。お前が勝っていれば、色々と楽になったのに……反省しろ」
「で、ですよね……」
木原にあっさり手のひら返されて、すぐさま落ち込みモードに逆戻りした。
「愚かな敗北者に分をわからせたところで、さっさと中に入ろうか」
「そこまで言わなくても……」
「まぁまぁ、あれだったらお酒飲んで、嫌なことパーッと忘れよう」
「中にいるのが、プリニオさんならそうします。だけど本当に……」
場の空気が一気に重くなる。特にアンラ・マンユはあからさまに気を落としているように見えた。
「アーリマン、アタシなら答えがわかるけど……どうする?」
紫の悪魔は振り返らずに首を横に振った。
「答えはこの目で確かめるさ。望まぬ結果になろうともな」
アンラ・マンユは意を決してランビリズマに入った。彼の真っ赤な目が捉えた答えとは……。
「来たか」
「残念無念……望まぬ再会だな、アーリマン」
彼を待ち構えていたのは笑顔のプリニオではなく、神妙な面持ちで丸いテーブルを囲んで座っている二人の強者、ヴラドレンとエシェックであった。
つまりプリニオは……。
「そうか……やはり駄目だったか」
「あぁ、今の今まで連絡がない。どうやらボスは敵さんに捕まったかもしくは……」
「その先は言わんでいい。ここで私達が話してもどうにもならんからな」
「アーリマンの言う通りだ。我らが話し合うべきは今後の対応について。とりあえずせっかくのバーなんだから突っ立ってないで、腰を下ろして、落ち着いて話し合おうじゃないか。もちろんお連れの方も含めて」
「そうだな、そうしよう」
「では、お言葉に甘えて」
「どもども」
ヴラドレンに促され、三体のピースプレイヤーも席に着いた。お行儀よく円卓を囲む異形のマシンはどこか滑稽に見える。
「それではまずは……自己紹介だな。初めての者もいるし」
「アタシのことだね。本名はNGなんで、このマシンの名前、タローマティって呼んで」
「では、自分も。アーリマンから聞いていると思うが……」
「ヴラちゃんでしょ。で、そっちがエシェちゃん」
「ヴラちゃん?」
「エシェちゃんだと……」
全く予想していないフランクさに、百戦錬磨の戦士達は思わず呆気に取られた。
「あれ?違った?」
「いや、間違っていないが……」
「おいアーリマン、この女大丈夫なのか?つーか、女なんかこんな危ない場所に連れて来るなよ!」
「エシェちゃん、それって男女差別~!優しさは嬉しいけど差別~!」
「気持ちはわかりますけど、そういう発言は控えた方が……」
「うぐっ!?おれ、こいつ苦手かもしれん……」
「安心しろ、私も苦手だ」
「ひどい!アーリマン!!」
「だが、こいつは役に立つ。見せてやれ、お前の力を」
「はいよ」
威勢よく返事をすると、タローマティは耳元に手を当て、何かをし始めた。
「うーん」
「何してるんだ、この女は?」
「調べているんだ……プリニオの愛機の場所をな」
「あっ!来た!ドゥルジは……っていうかザリチュも一緒だね。予想通り、旧クイントン邸にあるみたい」
「芝もか……あいつはバカだから、忘れているか遅刻しているかもと、淡い希望を抱いていたんだがな」
「頭はともかく約束ごとについては、しっかりしてる方だろ。ボス決定戦の時に少し話しただけの印象でしかないと言えば、その通りなのだが」
「ずいぶん落ち着いているが、もしかして知っていたのか?」
「成訓から佐利羽が今朝から騒がしいと連絡があった」
「ということは、芝に何かあったのはプリニオと同じく昨晩ということになるが……ところで、君達はどうしたんだ?そんなに青ざめて」
アンラ・マンユの指摘通り、エシェックとアカ・マナフのマスクの下のフレデリックの顔は真っ青に青ざめ、小刻みに震えていた。
「どうしたじゃねぇよ……!!」
「ドゥルジとザリチュの居場所がわかるってことはもしかして……いや、もしかしなくてもぼくのアカ・マナフの位置も!!」
「おれのサルワの位置も調べようと思えばすぐにわかるのか!?」
「うん」
「「うん、じゃないよ!!」」
二人は勢いよく同時に立ち上がり、その反動で椅子が倒れた。そしてそのまま飄々としているタローマティに詰め寄る。
「そんな悪びれもせず……!!」
「おれ達のことをずっと監視していたのか!?」
「ずっとじゃないよ。もしもの時って言ったでしょ?アタシにも道徳とか倫理観が備わっているからね。大体週に一度壊れてないか確認するためと、マジで何もやることない暇な時以外はちゃんとオフにしてる」
「暇潰しで、プライベートを覗かないでください!!」
「この変態が!!」
「美少女を捕まえて変態はひどいな~。っていうか、アルティーリョの代表に選ばれるくらいの戦士なんだから、気づきなよ。プリちゃんやヴラちゃんみたいにさ」
「「え?」」
二人の視線が火の粉がかからないように、必死に気配を消していた老兵に集中した。
「ヴラドレン、あんた監視されていること、気づいてたのか?」
「気づいてはいない。ただそういう可能性もあるかと思って、それなりの対応をしていた」
「ドゥルジとタルウィはいつ見ても同じ位置から動かないんだよね。必要な時以外は、自宅に置きっぱなしにしてたんでしょ?」
「あぁ、美味しい話には裏がある……この言葉が真実を述べていると、長い傭兵生活で幸か不幸か嫌というほど学んだからな」
「と、人生の先輩のありがたいお言葉をちょうだいしました。つまり、気づかない君達が悪い」
「「そうはならんだろ(でしょ)」」
「誤魔化し失敗!さすがにそこまで間抜けじゃなかったか!!」
「てめえ……!!」
「エシェック!気持ちはわかるが後にしろ」
「……ちっ!」
今にも殴りかかりそうなエシェックをアーリマンが一喝すると、美少年はその美しい顔を歪めながらも、しぶしぶと椅子に座り直した。
それを見て、空気を読んだアカ・マナフもひっそりと続く。
「色々言いたいことがあるだろうが、この状況だ、少しでも戦力が欲しい。こいつは性格はくそだが、頭は回るし、特級も使える。今は必要だ」
「わかってるよ……おれ達が想像以上切羽詰まってるってことは」
「流れ的にボス決定戦で名前を売った我らがいつターゲットになってもおかしくない」
「特に表でもダークヒーロー的な扱いを受けてるてめえはな」
「だから早急に対策を考えなければ」
「対策って言っても、相手の戦力の程が全くわからないからな。なんとも……」
「ヤクザーンとかいう凄い強いチャンピオンがやられたってのが、怖いよね。それともリング以外ではそうでもないとか?」
「いや、奴の強さは場所を選ばん。とてもじゃないが、正攻法で勝てる奴など早々いない」
「つまり正攻法ではない方法をクイントンは使ってきた……と」
「成訓が言うには、外部より内部からのダメージ……というか、かなり不調を感じていたようだ」
「不調ねぇ……特級ピースプレイヤーの力を削ぐなら、“乱気の地”に誘き寄せるとかあるが」
「乱気の地?」
一人だけピンと来てないアカ・マナフが小首を傾げた。
「アカちゃん、“龍穴”って知ってる?」
「恥ずかしながらそれも……」
「龍穴というのは、その場所だと特級ピースプレイヤーやストーンソーサラーがパワーアップする場所のことだ」
「原理としては地下に眠る特級オリジンズの死骸やコアストーンが長い間をかけて、その上に住む人々の感情を溜め込んだ結果、感情や意志を操る特級ピースプレイヤーやストーンソーサラーに影響を与える……ってことらしい」
「へぇ~、そうなんですか。で、その龍穴とやらは乱気の地と何か関係が?」
「察しが悪いな、お前。その逆の現象が起きるのが、“乱気の地”なんだよ。原理的には龍穴と同じはずだが、そこでは何故か心の力を物理的エネルギーに変換することがうまくできなくなるんだ。だろ?タローマティさんよ」
エシェックが視線を送ると、タローマティは首を縦に振って、肯定した。
「今、言った通り理屈はてんでわからないけど、完全適合も無理になるからね。特級はかなりの弱体化しちゃうはず」
「じゃあ、チャンピオンが襲われたのは、その乱気の地……」
「ではないな。そんな場所がエルザにあるなら、今お前が身に着けているアカ・マナフの前の持ち主、先代アルティーリョのボスが調べて、プリニオ辺りには伝えているはずだ」
「あぁ~、確かに」
「私自身、ヤクザーンが戦った公園や、プリニオが捕まったと思われる旧クイントン邸にこの姿で行ったことがあるが、何ら悪影響を受けた記憶はない」
「ある日突然、何の変哲もない場所が乱気の地に様変わりする可能性は?」
「なきにしもあらずだね。何度も言うように、どういう理屈でそうなっているのかわからないから、可能性としては否定できない」
「なら……」
「いやいや。都合よくクイントンが現れるとそんなことが同時に起こるなんて、いくらなんでも都合が良すぎねぇか?それともあんたは奴らは乱気の地を作る方法を奴らが見つけたとか思ってるのか?」
「いや、それは……」
「そもそも成訓の話では、相手も特級ピースプレイヤーを使っていたんだろ?」
「あぁ、そうだ。見間違いでなければ、特級のアエーシュマを追い詰めたのは、同じく特級の鎧武者型のマシンらしい」
「なら、乱気の地の線は消えた。あれは相手を選んで発動するようなもんではない」
「ブラッドビーストのリンジーも影響を受けていたらしいしな」
「完全適合できなくなるように、スーパー化できないみたいな話も聞いたことがあるようなないようなって感じだけど、ブラッドビーストが立てなくなるほどの不調をきたすなんてのは、聞いたことないね」
「結局何もわからず仕舞いですか。はぁ……」
アカ・マナフは思わず大きなため息をついた。
「そうでもないさ」
「うむ。少なくとも相手の攻撃には指向性があることはわかったからな」
「となると、乱気の地と同じような効果を敵にだけ与える最新の装置、もしくはアーティファクト……」
「それか精神攻撃系のエヴォリストだね」
「それを見つけて、破壊もしくは殺害するのが第一目標と言ったところか」
「簡単に言うが、おれ達全員特級使いだぜ?その仮定が正しかった場合、みんな仲良く餌食になる」
「敵は今のところ各個撃破を狙って動いてる。セオリー通りと言えばセオリー通りだけど、もしかしたら敵に悪影響を及ぼす能力は複数相手には使用不可能ないし、数が増えれば増えるほど効果が薄まる……ってのは、少し希望的観測が過ぎるかな?」
「いや、可能性としては十分ありえる。考慮にいれるべきだろう」
「それがとんだ勘違いで、やっぱりまとめて一網打尽にできる可能性も……」
「当然」
「理解している」
「さすがプリニオさんに指揮を任されただけある。できることなら、それはない、お前の考え過ぎって否定して欲しかったけどな」
エシェックは苦笑いまじりに、自虐的に皮肉を言った。
「今までの話を聞いていると、八方塞がりな気がするんですが……」
「気じゃなくて、紛ごうこと無き八方塞がりだね」
「それじゃあ僕達は……あっ!」
「おっ、何か名案思いついた?」
「特級に効く精神攻撃の類いは上級以下の普通のピースプレイヤーには通じないんですよね?だったら、今のマシンに拘らず、それぞれ新しいピースプレイヤーで戦えばいいんじゃないですか?」
まさしく名案を閃いたと思っているアカ・マナフは興奮気味に鼻息を荒くした……が。
「並みのピースプレイヤーを使ったとして……ヤクザーンを倒した特級に勝てるのかよ」
「……あ」
「百歩譲って、相手が黒い鎧武者一体だけなら、上級以下でもこの五人で力を合わせれば倒せるかもしれんが、最初に言った通り敵の総数がわからん上に、成訓の報告だとプリニオ氏の腹違いの弟ともう一人柄の悪いチンピラもかなりの実力者のようだと」
「仮に二体以上、完全適合まで到達した特級ピースプレイヤーがいたら、どう足掻いても特級無しのこの面子じゃ勝てんな」
「仮にじゃなくて、特級が二体以上いるのは、ほぼ確定してると思うよ。プリちゃんと芝ちゃんが同じような時間帯にやられたっていうんなら」
「さらに千歩譲って、仮に相手が何体いようが、私達が万全ならどうにかなるんだとしても、ヤクザーン達を不調にした攻撃が上級以下のピースプレイヤーに作用する可能性だってゼロじゃない」
「成訓の機仙は、敵の前に立っても特に問題なかったらしいが、すぐにその場から離れたから効果が出る前にうまいこと逃げられただけかもしれんしな」
「というわけで、あんたの妙案はおれ達にとって起死回生の一手にはどうやったってなり得ない」
「そんな~いい案だと思ったんだけどな~」
アカ・マナフは気落ちし、肩をすくめて、小さくなった。
「まぁ、一応相手の能力の対象を図るためにも、ヴラドレンにはエクラタン・ソルダ改を使ってもらうつもりだが」
「つもりだがって、もしかしなくても全員で攻め込む気か?」
「そのつもりだ。情報が足りないし、勝算も見当たらないが、これ以上後手後手に回るのは、さらに状況を悪化させると、私は考える」
「自分も同意見だ。それこそぐだぐたしている間に各個撃破されたら、ゼロに近い勝率が、本当にゼロになりかねん。何よりもしプリニオ氏と芝氏が生きて捕まっているなら、一刻も早く救出しないと」
「そっか……気が変わっていつ処刑されるかもわからないもんな……」
「だとしても、もっとなんていうか作戦的なものはないんですか?プリニオさん達の奪還にぼくらが動くことも、相手は読んでいるだろうし……」
「だろうな」
「だったら正面からじゃなく、敵の不意を突くような……」
「アカちゃん、アカちゃん」
「何ですか?今、真面目な話をしてるのに」
「アタシも真面目に提言するつもりだよ。アカちゃん、あんだけ苦しめられたのに忘れてない?ドゥルジの能力」
「もちろん忘れてませんよ。ドゥルジの能力は……あ」
フレデリックの脳裏に甦ったのは、故デズモンド・プロウライト署長が装着したドゥルジとの激闘の記憶であった。
あの時彼は姑息にも透明になって姿を隠して戦っていた……。
「ドゥルジが負けたってことは、透明化能力が見破られたってことか……」
「そゆこと。先代署長の汚職を引き受けていた元刑事も尋問されて、殺されたっていうし、多分透明化対策はばっちり」
「つまり私のステルスケイルも通じない可能性が高い」
「アタシのことを知られていなけりゃ、注意を引き付けてもらっている間に、別行動でコソコソっとできたんだけどね。グナーデ協会の幹部も殺されてるから、タローマティのこともきっと知っているはず。アタシが姿を見せなかったら、警戒するだろうな」
「なら、あえてお嬢ちゃんを連れて行かないで、注意を割かせるってのはどうだ?多少なりとも効果はあるだろ」
「悪くないんじゃない。タローマティの能力的にプレッシャーはかけられると思うよ」
「あぁ、悪くない。だがクイントン邸突入はこの五人全員で行く」
「そこまで言い切るということは、君には何か考えがあるのか?アーリマン」
「ちょっとした小細工は考えてあるが、あくまで五人揃っていた方がいいと思う理由は……勘だ。なんとなくそっちの方がいいかな……と」
「「「勘って……」」」
他の四人は怪訝な顔をして、不信感を露にした。
「まぁ、なるようになるだろ。一応、小細工の他にも私にはタローマティに付けてもらったばかりの新装備と、地下格闘技では使わなかった、というより使えなかった大技もある。奴らには知られていないな」
「作ったアタシが言うのもなんだけど、あの必殺兵器はともかく新装備の方は戦局を左右するような代物じゃないと思うけど」
「持っているカードの強弱が大切なのは否定しない。しかし、一番重要なのは相手が知っているか知らないか、そしていつ切るかだ。私ならこちらにとって最善の、あちらにとって最悪のタイミングで切れる。そう自負している」
「そこまで言うなら、何も言わないけど……」
「んで、タイミングを計るのに自信がおありのアーリマン様は、いつ攻めに転じるおつもりですか?」
エシェックの言葉を合図に一斉に四人、計八つの目が紫の悪魔に向いた。
一身に注目を浴びたアーリマンこと木原史生はマスクの下で満面の笑みを浮かべる。
「そんなもん今からに決まってるだろ」