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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の落花狼藉
182/194

極限峠バトル②

「クイントン……だと?」

 愛車を壊された怒りでオーバーヒート寸前だった頭がその単語を聞いた瞬間、急速に冷えていく。むしろ背筋が凍ると形容した方が適切だろうか……。

 芝を始め、この世代の悪童達にとって、その名前は恐怖の代名詞のようなものなのだ。

「へぇ、余所者のおれにとっては内心半信半疑だったが、本当にこの街ではそれなりに知名度があるみたいね、クイントンファミリー」

「あぁ、悪名が轟いているぜ」

「悪名?今のこの街のマフィアのトップに言われたら、本物だな」

 とても楽しそうに笑うチャルレス。その顔は実際のところ何一つ理解してないように見えて、芝にとっては不快極まりなかった。

「……お前がどういう経緯で、クイントンに付いたのかはわからんが……奴らの一員ならば容赦はしない。この街のためにも、ここで逆に俺が取っ捕まえて、知ってること洗いざらい話してもらう」

 そう言ってザリチュはポキポキと拳を鳴らした。

「車を壊された私怨ではなく、この街の秩序を守る組のトップとしての使命としておれと相対するか」

「尊敬してくれて構わないぞ」

「はっ!気持ち悪すぎて吐き気がするつーの!」

 チャルレスは腕輪を顔の前に翳した!そして……。

「餌の時間だ!『マンティコア』!!」

 愛機の名を呼び、真の姿を解放する!

 腕輪は光を放ちながら、青い機械鎧に変化し、チャルレスの全身に装着!

 柄の悪いチンピラは鋼の装甲を持った青い獣へと姿を変えた。

「……特級か」

「特級だ。ビビったか?」

「別にこの街じゃ珍しくない。俺の知ってる奴の中には対峙しただけで、ぶるっちまう威圧感を放つもんもいる……そいつに比べれば全然だ」

「それってもしかして地下格のチャンピオンのマシン、アエーシュマ?」

「な!?何でてめえがその名前を!?」

「その偉大な王者様がすでにクイントンの餌食になってるって言ったら……どうする?」

「……嘘をつくにしても、もっとリアリティーのある嘘をつけよ……!あのチャンピオンがお前らなんかにやられるわけ……」

「だったらお友達のプリニオくんにでも聞いてみたら、意気消沈しながら、あんたにとって最悪の真実を教えてくれるよ」

(こいつ、マジで……)

 声色に一切の揺らぎのないチャルレスに、芝は信憑性を感じ始めていた。否定したいが、そのための材料が今の自分にはあまりにも少ない……なんてことを思っていたら、突然頭の中に助手席で震えるスマホの姿がフラッシュバックした。

(……まさかさっきの着信、浜野はこのことを伝えようとしてたのか!?つーか、しばらくチェックしてないから、プリニオの奴から連絡が来てるかもしれない……だとしたら俺、凡ミス過ぎるだろ!!あのヤクザーンがやられるような事態だと知っていたなら、もっと慎重に動いていた!そしたら俺のガナドールも……)

「敵の前で考え事なんてしてるんじゃねぇよ」

「――!!?」

 一瞬の隙……というには長過ぎる気がするが、とにかく芝の隙を突いて、マンティコアは一気に目の前まで迫って来ていた!

「それでも組織のトップかよ」

「くそ!舐めるな!!」

 ザリチュは咄嗟に拳を繰り出した!しかし……。


ブゥン!


 獣には当たらず虚しく空を切る。

「マンティコアをそんな破れかぶれの攻撃で仕留められると思ってんなら……そっちこそ舐めるな!!」


ガァン!!


 逆にマンティコアの拳がザリチュの顔面にヒット!さらに……。

「でりゃあッ!!」


ゴォン!!


 ミドルキック炸裂!さらにさらに……。

「まだまだ!!」


ガギィン!!


 くるりと背を向けたと思ったら、回転の勢いを乗せた裏拳!また頭部にヒット!さらにさらにさらに……。

「どんどんいくぜぇ!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


 ジャブジャブストレート!キックキックストレート!右肘左肘からの膝!おまけのボディー二発!小気味いいリズムで次々と打撃を繰り出す青い獣!

 対するザリチュは全く動かず、打たれっぱなしだ。

「はっ!大したことねぇな!佐利羽組ってのは!!これならクイントンに駆逐された方が……いいだろ!!」


ガアァァァァン!!


 とどめのハイキック!マンティコアの脚が鞭のようにしなり、ザリチュの側頭部を見事に捉えた!

「どうやらこの街で注意すべきだったのは、あのチャンピオンと、奴に勝ったというアーリマンとやらだけらしいな」

「……まだそんな戯れ言を言ってんのか?」


ガシッ!!


「!!?」

 腹の底から響かせるような低い声が聞こえると、マンティコアの足が掴まれた。当然掴んだのはサンドバック状態で打たれっぱなしだったザリチュだ。

 いや、ザリチュは、芝は打たせていたのだ!いくら打たれてもなんともないから!

「これだけ打って、ザリチュの装甲に傷一つつけられない奴がチャンピオンを倒せるわけねぇ……!仮に倒されていたとしても卑怯な手を使ったか、てめえ以外の誰かだろ……?だったらよ……大口叩いてんじゃねぇよ!!」


ブゥン!!


 ザリチュは力任せに足を掴んだマンティコアを振り上げ、宙に浮かせた!そしてそのまま地面に叩き……。

「させるか!!」


グルン!!


「ッ!?」

 しかし、下に振り下ろそうとした瞬間、マンティコアは高速回転!こちらもまた力任せにザリチュの手を振り払い、着地するとこれまた体操選手のようにくるくるとバク転しながら距離を取った。

「ふぅ……危ない危ない。さすがに舐め過ぎたか」

「そうだ、あんまりペロペロすんな。今の動き、ちょっとばかし格闘技をかじってるらしいが、その程度でどうにかできるほど俺もザリチュも甘くねぇ」

「そのようだな。んじゃ、ふざけてないで本気を出しますか……!!」

 マンティコアの手の甲と足から鋭い爪が飛び出し、今までより低い姿勢で構えを取った。

「この雰囲気……完全適合か」

「そういうこと。クイントンの情報網では、あんたはそのレベルまで達してないって話だったから、チャンピオンを嵌めた卑怯な罠を使うわけでもなく、最強戦力を差し向けるわけでもなく、こうしておれがお迎えに上がったわけよ」

「結局、舐めてるじゃねぇか……!!」

「完全適合できなきゃ、特級使う理由なんてないからな。今のあんたは……絶賛宝の持ち腐れ中なんだよ!!」

 月光を爪に反射させながら、飛びかかるマンティコア!

「全くどいつこいつも完全適合しやがって……!!」

 迫る獣の姿を見つめながら芝は、あの時の、ランビリズマで目を覚ました時のことを思い出した。



「ん……んんッ!?」

「気がついたか」

「今さらかよ」

「あんた達は確かヴラドレンとエシェック……」

 医務室で目覚めた芝が出迎えたのは、見るからにボロボロのこの日限りの戦友の顔であった。

「その顔……もしかして負けたのか?」

「冗談。負けたのはあんたアカ・マナフとかいう奴だけだよ」

「二連敗からの三連勝で、自分達プリニオ軍の勝利だ」

「だ」

 二人は無表情でピースをして勝利を報告する。致命的に似合ってない。

「そうか……勝ったのか。つーか、やっぱり俺負けたんだな」

「記憶にないか」

「なら後で録画した映像見せてもらうといいよ」

「敗北を噛み締めろってか」

「それもあるけど、あんた暴走したんだよ」

「暴走……暴走って、サルワがなったアレか!!?」

「なんだエシェック、お前さんも暴走したのか?」

「してないよ。暴走したのはおれの前にサルワを所有していた奴。おれも詳細は知らないから、詳しく知りたいならプリニオさんに訊いて」

「そんなことよりも俺が暴走したって!!?」

「あんたが今しがた思い浮かべた暴走サルワみたいになったってこと。プリニオさんとアーリマンが止めてなかったら、対戦相手や観客を殺した上で、自分自身もザリチュに喰われて、こうしておしゃべりできてないだろうね」

「危険を顧みず助けに入った二人に感謝するんだな」

「そうか……本当に俺はあの二人に……よりによってあの二人に……!」

 芝は両手で顔を覆って、天を仰いだ。絶対に借りを作りたくなかった者達に助けられた彼の胸は悔しさと情けなさで支配されている。

(って、落ち込んでる場合じゃないか……)

 だが、そのまま打ちひしがれていても仕方ないと、気を取り直し口を開く。

「なぁ、恥を忍んで訊くけど……完全適合ってどうやるんだ?」

「どうやると言われても……ぶっちゃけ困るな」

「感情や意志がキーとなる技術というか、境地だからな。それこそ感覚的なものだし、マシンによってどういう心に反応するかも異なる。だから申し訳ないが、教えろと言われて、教えられるもんじゃない」

「そうか……そうだよな」

 さっきの気持ちはどこへやら、芝はあからさまに落ち込んだ。

「そんな顔するなよ。おれ達がいじめてるみたいじゃねぇか」

「いや、つい……短い期間の中で最大限やれることはやったつもりだったのに、この体たらくじゃな。もし俺がザリチュと完全適合できていたら塩谷になんか遅れも取らないし、暴走もしなかったのにと思うと、どうにもやるせなくてな」

「逆だぞ」

「え?」

「暴走っていうのは、ある程度の適合率がないと起こらない。完全適合できるくらいな」

「追い詰められたことにより、生存本能が活性化してブーストかかった面もあるだろうが、暴走したってことは君は完全適合できるまであと一歩のところまで来ているということだ」

「え?そうなの?」

「「そうだよ」」

 エシェックとヴラドレンは二人仲良く相槌を打った。

「だからあんま思い詰めることないと思うぜ。そういう迷いや劣等感が完全適合を阻害してる場合もあるし」

「うむ、エシェックの言う通りだ。成長の仕方は人それぞれ。退っ引きならない事情があるならともかく今回の件でエルザの裏社会はしばらくは安定するだろう。他人と比べて焦る必要なんてないさ。ゆっくりと自分のペースで進めば、いずれザリチュは応えてくれる」

「自分のペースで……」



「ウラァッ!!」

 マンティコアはザリチュの眼前まで迫ると、自慢の爪を振り下ろした……が。


パシッ!!


「……何?」

 ザリチュはあっさりと手首をはたいて、攻撃を防いだ。

「どうした?思ったよりパワーアップしてないな」

「ちっ!一回くらい攻撃を防いだくらいで!!」

 苛立ちながらもう一発!しかし……。


パシッ!!


「――な!?」

 しかし結果は先ほどの再放送。ザリチュに爪は掠りもしない。

「俺は塩谷に負け、ヴラドレン達と話した後、完全適合について考えるのはやめた。まずは自分自身を見つめ直すべきだと思ったんだ。身体の動かし方、攻撃の防ぎ方、パンチの打ち方から学び直したんだ。お手本としてあの日の全試合を繰り返し見た。特に……歯を食いしばって……アーリマンとアエーシュマの試合をな……!!」

「だからおれの攻撃は怖くないって言うのかよ!!」

「あぁ……そう言ってんだよ!!」

「この……おこぼれ組長が!!」


ガンガンパシッ!ガンパシッ!パシッ!!


 マンティコアは感情のままに次々と攻撃を繰り出した。けれど、ジャブや蹴りは当たるのだが、肝心の爪による攻撃だけは的確に捌かれてしまう。

「基礎をある程度学び直した後はザリチュの特性について考えた……あえて組長の記憶を消して。ずっと組長が使うザリチュの影を追いかけて来たが、俺と組長じゃ体格もバトルスタイルも違い過ぎる。真似したところでろくなことにならない……そんな簡単なことに気づくのに偉い時間がかかっちまった」

 芝は自分はなんて頭も勘も悪いのだろうと、逆に感心しそうにさえなりながら、自嘲した。

「その結果が……攻撃の選別か!?」

「そうだ。さっき攻撃を払った時に確信した。お前の打撃ではザリチュの装甲は抜けないと。だとしたら気をつけるべきなのは爪を使ったものだけ。そこだけ注意してれば、俺でもなんとか捌ききれる」

「だが、いくら捌いたところで!!」

「そうだな。じゃあそろそろ……反撃といこうか!!」

 いつもの如くザリチュは大きく腕を振りかぶり、力任せに撃ち下ろす……のではなく、リラックスしつつ僅かに拳を引き、それを足や腰の回転を利用して……撃ち込んだ!


ドゴッ!!


「――がっ!?」

 反応すらできずにパンチをもらってしまったマンティコアは悶絶し、腹を抑えながらよろよろと後退した。

「この速度……このパワー……話と違うじゃねぇか……!」

「パンチの打ち方も学び直したって言ったろ。今まではとにかく力を込めて打っていたが、むしろ威力や速度を出したいなら、適度に力を抜き、打ち出すフォームを大切にした方がいいと、今さらながら知った。パワーに優れるザリチュを装着してるなら尚更だ。気持ち物足りなく感じるくらいで打っても……ほら、この通り」

「てめえ……」

 勝ち誇るザリチュは殴った腕とは逆の腕を悔しがるマンティコアに向ける。

「実はな、怪我の功名とでも言うべきか、暴走を経たことで、多少時間が必要だが、こんなことができるようになった……存分に生い茂れ」


ザバァァァァァァッ!!


「な!!?」

 つき出したザリチュの腕から大量の蔦が生える!それはあっという間に青い獣の視界は緑色に覆い……。


シュルシュルシュル!!


「――がっ!?」

 マンティコアの腕に、足に、胴体に、首に巻き付いた!

「ぐうぅ……!!」

「無駄だ。お前の力じゃ引きちぎれない。腕と足も押さえたから、爪で切り裂くのも無理。つまり……詰みだ」

 蔦はさらにマンティコアに絡みついていき、どんどんと青色の部分を見えなくしていく。そしてついに……。

「ザリチュ大球」

 緑色の巨大な球になった。

「このまま絞め落とさせてもらうぜ、チンピラ。話を訊くのはまた場所を改めて」

 そう言うと、ザリチュは腕から蔦を切り離し、背を向けると、見るも無惨な姿になった愛車に目を向けた。

「……どうやって帰ろう。とりあえずスマホで浜野に連絡を……」

「帰り道の心配するにはまだ早いんじゃねぇか」

「!!?」


ガブシュ!!


「何!?」

 緑色の球をマンティコアは食い千切って脱出した!鋭い牙の生えた大口で、蔦を食べて窮地から脱したのだ!

「ザリチュの蔦を食ったのか!?」

「あぁ!あんまり美味くはねぇな!!」

「ちっ!なら、今度は顎を砕いてから、絞め落としてやる!!」

 ザリチュは懲りずに突っ込んで来るマンティコアにカウンターを繰り出し……。

「はっ!」


ブゥン!!


「は、速い!!?」

 ザリチュの拳を何もない空間に炸裂した!

 驚きのあまり動きが乱れたわけではない……それだったらどんなに良かったことか。

 単純にスピード差によって躱されたのだ!

(こいつさっきよりもずっと……!?)

「さぁ、反撃……いや、これで終わりだ!!」

 放たれたのはボディーブロー!これもさっきまでよりも遥かに速くなっている!

(避けられない!!だが、何度受けても奴のパンチはザリチュには……)


ドゴオッ!!


「……がはっ!!?」

 今まで何度打っても傷一つつけられなかったマンティコアのボディーブローがザリチュの装甲に亀裂を入れて、深々と突き刺さる!

 強制的に肺から空気を押し出されたザリチュは先ほど青い獣が目の前でやったように腹を抑えて、たじろいだ。

「どうだい?さっきまでと一味違うだろ」

「何をした……!?こんな急にパワーとスピードが上がるなんて……!?」

「何って……今さっき見ただろ?つーか、そのザリチュとかいうマシンを使ってるなら、見当つかない?」

「なんだと?……まさか!?」

 頭も勘も悪いと自負している芝だったが、そこまでヒントを出されれば否が応でもわかってしまった。

 マンティコアはザリチュと同じく……。

「エネルギーを吸収できるのか……?」

「ピンポーン!大正解!当たったところで商品はないけどな」

「ザリチュ大球を食ったから、俺の力を吸収したから、ここまで……」

「あんたはよくやったよ。ぶっちゃけマンティコアの能力を使うことになるとは思ってみなかったもん。つーか、うまいこと口を塞がれていたら、負けていただろうしな」

「詰めを誤ったか……!!」

 芝は悔しさで震えた。もしまったく得体のしれない能力だったら、諦めがついたかもしれない。だが、この状況を作り出したのは、自分の愛機と類する能力……十分予想ができたし、気をつけるべきだった。そう思うと、ただただやるせなかった。

「本当によくやったよ、おたく。よくやり過ぎて、ちょっと加減が効かないかもな」

「くそ……!!」

「あんたの自慢のザリチュの力を吸収したマンティコアは……強いぞ!!」


ドゴッ!!


 そう言いながら拳を繰り出すマンティコアの姿と鈍い音を聞き届けたところで、芝の意識は途絶えた……。


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