決闘は凄惨②
兄弟の間に一迅の冷たい夜風が吹いた。まるで彼らの関係を象徴するように……。
「……最初の奴らは捨て駒、本命は最後のクイエートか」
「ええ、あの程度の輩が束になっても兄さんには敵わないってわかってましたから。仕留めるチャンスは一息ついた時……まぁ、結果は結局この通り、大失敗に終わりましたけど」
苦笑いを浮かべるジョナス。プリニオ本人はわかっていないだろうが、その顔は、その仕草は彼にそっくりだった。
「オレも所詮マフィアだ……卑怯だのセコいだの責める気はない」
「そりゃどうも」
「むしろ下卑た策略が失敗して、恥ずかしくて普通はオレに顔向けなんてできないはずなのに、こうして姿を現したことも褒めてやる」
「光栄至極」
「だから、もしお前が……」
「ワタシが?」
「お前がこの場で腹を切って詫びるなら、部下は見逃してやってもいいぞ」
「はっ!!」
ジョナスはさらに口角を上げ、目も見開き、大いに喜んだ。
「さすがだよ!兄さん!!血の繋がった弟にも容赦なしだね!!」
「逆だ。弟だから……血が繋がっているからこそ厳格に対応しないと、下のもんに示しがつかない。そういうマフィアの流儀はお前の方がガキの頃から仕込まれてんだろ?三代目」
「あぁ、兄さんがのんきに友達と遊び回っている間もワタシはマフィアのボスとはどうあるべきかを教え込まれて来た」
「なら、けじめのつけ方も知ってるはずだ。うちのシマでここまで好き勝手やっておいて、てめえ一人の命で済むなら、安いもんだろ?」
「想像しているよりずっとアルティーリョのボスが板についてるね。そうだね、あなたの言っていることは概ね正しいよ……だけど、一つだけ間違っている……その提案をするのは、力が上の者だよ。下の、劣っている奴が言ったところで、耳障りでしかない」
「間違っているのはお前の方だ。クイントンはアルティーリョに負けた過去の亡霊、すでに地獄の底の底まで落ちた存在、お前がすべきはかつての栄華を求め、この街に戻って来ることではなく、どこかオレの目の届かないところで、心を入れ替え、普通に暮らすことだったんだよ」
「ワタシはただエルザを正しい姿に戻したいだけだ」
「何をもって正しいかはわからんが、今も昔もエルザの民は貴様ら下劣なクイントンに支配されることなど願っていない」
「民の気持ちなどどうでもいい!クイントンこそエルザ裏社会の頂点に立つべき血統だ!!民は我らの為に存在し、我らの為に血を流すべきなのだ!!それがこの街のあるべき形なんだよ!兄さん!!」
そう語るジョナスの眼に一点の曇りもなかった。そんな狂気と妄執に取りつかれた弟の姿を見て、兄は……笑った。
「良かったよ……思った通りの、いや想像を下回るくそ野郎で!!お前を手にかけることにオレは一切の躊躇はない!!」
決別を宣言すると、ドゥルジは弓を構え、臨戦態勢に移行する。
「ワタシもだ!!実の父を殺し、クイントンを没落させたファミリーに身を寄せ、あまつさえそこのボスにまでなる恥知らずに慈悲など与えるつもりは毛頭ない!!貴様には最上級の苦痛を味わってもらうぞ!プリニオ・オルバネス!!」
ジョナスは手を、正確には手首に嵌めた腕輪を力強く突き出した!
「啜れ!浴びろ!まみれろ!『モロク』!!」
腕輪が光の粒子に分解、そこから機械鎧に再構築、そしてジョナスの全身に装着される。
モロクと呼ばれたピースプレイヤーは大柄で、血を浴びたように真っ赤なボディー、頭に巨大な二本の角を携えた逞しくもおぞましいマシンであった。
「モロク……」
「意外かい兄さん?自分の弟ならもっとスマートなマシンを選ぶと思っていたかい?」
「いや、確かに思っていた感じと違うが……冷静に考えてみれば、お前にぴったりかもしれない」
「クイントンの強大な力を、この屈強なボディーで体現しているから?」
「違げぇよ……外側だけ取り繕って、中身が空っぽだからだよ!!」
先手を取ったのは兄のマシン、ドゥルジ!間合いに踏み込むと、宣言通り、躊躇うことなく弟の首を刎ねようと、刃を横に薙ぎ払った!
「フッ……」
即座に反応する弟のマシン、モロク!僅かにしゃがみ込み……。
ガギィン!!ガァン!!
「――ッ!?」
ご立派な角で刃を受け止め、弾いた!ドゥルジのガードががら空きになる!
「人の中身を問う前に、自分の中身をさらけ出して見ろよ!!」
こちらも躊躇うことなく、角の先をドゥルジに向けて、突進!串刺しにする気だ!
「はっ!お前にだけは見せるつもりは……ない!!」
ガッ!!
「ちっ!!」
けれどドゥルジは蹴りを角の間、つまりモロクの脳天に繰り出し、その反動で宙に舞う。
そのまま少し離れたところに着地すると、目を見張る高速の攻防から一転、両者は距離を取り、様子を伺った。
「感動の再会を果たしたばかりの弟の頭を足蹴にするとは、なんてひどい兄なんだ」
「それを言うなら、いきなり角で串刺しにしようとする弟とか、目眩がしてくるぜ」
「目眩?それよりも足の痺れでしょ、兄さん?」
「……嫌だねぇ~、そういう目敏いところは、ちょっとオレに似てるよ……!」
指摘された通り、脱出の為に蹴りを入れた足がジンジンと痺れていた。見かけ倒しではなかったのだ、モロクの力は。
(接近戦は奴が)
(ワタシが上だ)
(だとすると、オレがすべき行動は……)
(奴の次の行動は……)
((これだ!!))
兄弟で示し合わせたかのように同時に動く!しかし向かう方向は全く逆!ドゥルジは後ろに、モロクは前に駆け出す!
「やはり距離を取ろうとするか!!」
「当然!得意レンジを維持することが、勝負の鉄則よ!!」
これまた逃げるような身体とは真逆に、プリニオの闘争心は強く昂った。それに呼応し、弓に新たな毒矢が装填され……。
「遅い!!」
「な!?」
モロク急加速!毒矢が完成する前に、射程内に踏み込んだ!
「足も速いんだよ!このモロクは!!」
「くっ!?」
「さらばだ!兄さん!!父や祖父に地獄で謝ってくるといい!!」
勢いそのままに血染めの暴牛は豪腕を振り下ろした!
ファサ……
「!!?」
腕が触れた瞬間、ドゥルジは霧となって夜の闇に消えた。
「噂の分身か……」
「「「イエス」」」
「!!?」
声が三方向から同時に聞こえた。それは錯覚でも何でもなく、ドゥルジが三体に分かれて、それぞれが話していたのだった。
「良かったな、弟よ」
「お兄ちゃんがいっぱいだぞ」
「嬉しくて声も出ないか」
「声が出ないのは……気色悪くてだよ!!」
モロクは一番近くのドゥルジに近づき、拳を撃ち込んだ!
ファサ!
しかし、これも外れ。霧散するドゥルジ、そして……背後から迫るドゥルジ!
「でりゃあッ!!」
「鬱陶しいわ!!」
ファサ……
まとわりつく羽虫を払うように繰り出した裏拳はドゥルジの刃が届く前に彼を両断したが、これまたただのガスの塊だったようだ。視界一面真っ白なモヤがかかる。
(また分身……そして、このガスのカーテン……なら本命は……)
瞬間、モロクは地面を転がった。
バシュッ!!バシュッ!!
「ちっ!」
ガスを突き抜け、矢が飛び出て来る!もしモロクがその場にとどまっていたら、その矢の餌食になっていただろうが、直前で移動していたので、事無きを得た。
「兄弟だからね……やろうとすることはわかるよ」
「血の繋がりってのは厄介だな」
「まぁ、今日でそれも綺麗さっぱりなくなるんだがな」
「弟であるお前を仕留めるまで、お兄ちゃんは無限増殖を止めない」
再び三方向からの兄の声。ドゥルジはまた分身し、数を増やしていた。
「好意を持ってる人間でも、これだけいると気持ち悪いのに、嫌悪感しかない身内となると、さもありなん」
「反抗期の弟に」
「お灸を据えるのも」
「兄の役目かね」
三体のドゥルジは同時に弓を構え、そしてそのまますぐに……発射した!
バシュッ!バシュッ!バシュッ!!
「ちっ!」
しかし今回もまたモロクは地面をゴロゴロと転がりながら、矢を全て回避した。さらに避けながら、地面の土を掬い、驚異的な握力で押し固める。
「触れてわかった。分身相手には……これで十分だ!!」
ブゥン!ファサ!!
「「何!?」」
投擲されたのは、超握力で圧縮された泥団子!弾丸と見間違えるほど硬化した特製の泥団子である。とはいえ、ただの泥団子には変わらないので、ピースプレイヤー相手に致命傷どころか、傷一つつけることはできないだろう。
しかし分身ドゥルジ相手なら話は別、見事に貫き、ガスへと逆戻りさせた。
「やはり防御力は下級ピースプレイヤー以下。そして敏捷性もまた下級以下だ」
ブゥン!ファサ!!
続けてもう一体!これで残りは……。
「さすがに泥団子で攻略されるとは、思ってなかった」
「分身とはいえ、こんな惨めな壊され方する自分を見るのは」
「気が滅入る」
「敵をドロドロ溶かす腐食攻撃といい」
「一体一体動かすの凄いめんどい分身といい」
「このドゥルジの戦法ことごとく気にいらないんだけど」
「何で適合したんだろ?理由はわかるかい、弟くん?」
ドゥルジはさらに数を増やし、モロクを取り囲んでいた。これにはジョナスもほとほと嫌気が差す。
「キリがないな。このままどっちが先に根を上げるかのチキンレースをしてもいいが、ワタシとしてもこれ以上、兄の死に様を見たくないので……不愉快なマジックショーはお開きにさせてもらうぞ!!」
そう言うと、モロクは身体中にエネルギーを迸らせた。そして……。
「うらあぁぁぁぁぁぁッ!!」
ボウッ!!ブアサァァァァッ!!
(な!?)
全身から解放!衝撃波となって全方位に放たれたそれは大気を揺らし、草木を震わせ、そして分身ドゥルジを全て破壊した。
「やはり全部分身か……となると」
見通しの良くなった周囲をモロクは大きな角の生えた頭を動かし、兄の姿を探したが、どこにも見当たらなかった。
(やはり出方を伺い、持久戦に持ち込むか?というかそろそろ効果が……いや、あの臆病者のことだ、モロクの情報を知っただけで良しとして、逃げる可能性もある。身体に違和感を感じたら尚更だ。多分、その時透明化も解除されると思うが、もしもということもあるしな。不本意だが、さらに奴の力を借りるとするか)
今後の方針を決めると、モロクはとある人物に通信を繋いだ。
「状況は把握しているよな、『バルナビ・プランタン』」
『ええ、もちろん』
「ならば愚かにも隠れられていると、間抜けな勘違いをしている我が兄の位置を教えろ。当然これも」
『把握していますよ。ジョナス様の左斜め後方、およそ10メートルというところです』
「了解……した!!」
(何!!?)
プリニオは驚愕する!キョロキョロと関係無いところに視線を向けていた暴牛がくるりと突然こちらを向いて、迷うことなく一目散に突っ込んで来たのだから!
「多分そこだな!!当たれぇッ!!」
ガリッ!!
「――くっ!?」
それでも咄嗟に回避運動は取った……ギリギリ間に合わなかったが。
モロクの角はドゥルジを視認できなくしていた薄い皮膜を引き裂き、さらにその奥の装甲、さらにさらにその奥のプリニオ自身の身体に傷をつけた。
「……浅いか」
「ちっ……!!」
姿を現したドゥルジは慌てて距離を取り、両者は再びにらみ合いの形となる。
「ここに入って来たことがバレたのも、今オレの位置を把握したのもどうやったんだ?モロクには高い感知能力が……違うな。だったらもっと速く、もっと正確に攻撃できているはず。どこかにイミテーションドレスを展開したドゥルジさえ捕捉できるレーダーか、それに類する能力を持った仲間がいるんだな?」
「答える義理なんてないね。それに今さら聞いたところで意味ないよ。もうモロクはあんたの血の匂いを覚えたから、今までの方法を使わないでも、あんたを見つけられる」
ジョナスの言葉に応えるように、モロクの角の先に付着していたプリニオの血が染み込んでいった。
「血を取り込んだ者の位置を探る……豪胆な見た目に似合わないずいぶんみみっちい能力だな」
「能力じゃないよ、これは。ただモロクは好物に目がないってだけ」
「好物……?」
「このモロクはね、祖父を殺され、恐怖と猜疑心に蝕まれた父が高い金を払い手に入れた特級オリジンズの素材を、これまた高い金で外部から呼び寄せたピースプレイヤー開発者に造らせたものだ」
「オスニエルが……」
「だが、不思議なことにモロクは完成しても起動してくれなかった。開発した男はすぐに動かすだの、もう少し待ってくれだの必死に父に弁明したが、当時の精神的に参っていた父が聞き入れるわけもなく、癇癪を起こして殺してしまった」
「わかっていたが……どうしようもないな……!」
「けれど、それがまさしく怪我の功名となった。生みの親の血を浴びたモロクが僅かに反応したんだ。だから父はモロクに血を与え続ける事にした」
「――!!?まさか……」
頭の中で点と点が最悪な形で線で繋がり、プリニオは震えた。湧き出る怒りとあまりのおぞましさで、震えたのだ。
そんな兄の姿を見て、弟は……嗤う。そしてさらに苦しめるために、彼の想像が真実だと告げるために口を開く。
「そうだよ、兄さん!モロクが最も強く反応を示したのは若い者の血を与えた時!父さんがエルザで若者達を狙い撃ちにしていたのはこのためだよ!もしかして兄さんのお友達もモロクの犠牲になってるかもね!!」
「貴様はそんなマシンを……!!」
「使うさ!せっかくの力を使わないなんてもったいないじゃない!それに結局、父さんが生きている間はモロクを起動させることはできなかったんだよ」
「何……?」
「死期を悟った父は遺産代わりにモロクをワタシに送って来た。当然、その起動方法も添えてね。とはいえクイントンはかなりの弱体化していたから、不良少年を集めることもままならず……だからワタシはもっと効率的にやることにした」
「効率的ってお前……」
最悪な想像がまた頭を過り、顔がひきつった。そして悲しいかな、今回もまたおぞましい予感は的中してしまった。
「若い奴の血が好みっていうなら、とびきり若いのをくれてやればいい!量こそ少なかったが、無駄に自我が芽生えてる不良どもよりも遥かに効果があった!!」
「赤子を食らったか……外道が……!!」
「そうさ!それがマフィアのあるべき姿だろ!!子の血にまみれ、親の涙でそれを洗い流す!それこそが正しい在り方だ!!」
そう言って悪びれもしないジョナスを見て、プリニオはまだまだ自分の認識が甘かったことを思い知った。
目の前にこいつは、この男は……。
「僅か……ほんの僅かだが、心の片隅でまだ兄弟としての情が残っていた……」
「ん?過去形?」
「過去形だ!!お前はこの世に存在してはいけない人間!!兄弟とかマフィアとか関係なく、貴様はここで葬る!!」
プリニオの迸る感情をエネルギーに変え、ドゥルジは弓に新たな矢を……。
「残念。それは無理だよ……そろそろ時間だ」
ガクッ……
「――ッ!?」
新たな矢は生成できなかった……。
それどころかドゥルジは膝から崩れ落ち、うずくまってしまう。
「こ、これは一体……!?」
全身を襲う倦怠感、さらに頭もくらくら、まるでタチの悪い風邪を引いたよう……あの時のヤクザーンと同じだ。
「時間切れ、ゲームオーバーってことだよ、兄さん」
「ぐうぅ……!チャンピオンやリンジーもこれで……!!」
「予想はついていたはずだ、あれだけ強者が為す術なくやられたのだから。だが、それでも単身乗り込んできたのは、ドゥルジなら無効化できると思ったか?それとも罠に嵌まったとしても、アルティーリョのボスである賢い自分なら乗りこえられると信じていたか?最悪透明になるなり、分身するなりすれば逃げられると高を括っていたのか?ちょっとばかし……驕りが過ぎるんじゃない、兄さん」
「くっ……!!」
肉体的にも心情的にも反論できなかった。それでもプリニオにはまだ希望が……。
「それでも自分が倒されたという事実を元に頼れる仲間達が攻略の糸口を見つけてくれる……か?」
「!!?」
「あんたの考えなんて手に取るようにわかるよ、血を分けた兄弟だからね」
「くっ……!?」
「そしてあんたもワタシの考えがわかるはずだ。それをわかっているなら、どういう行動を取るのか」
「すでに刺客を……」
「イエス。だが、安心しなよ。アーリマンとかいうダークヒーロー気取りの痛い奴の居場所は残念ながらいまだに掴めていないし、何故かあんたに協力しているエシェック、ヴラドレン・ルベンチェンコのバカ二人は、頭はともかく力は認めている。だから不用意には手を出さないさ」
「なら……狙いは芝か……」
「それまたイエス。まだ完全適合に至っていないらしいあいつなら、今のあんたのように弱らせなくても十分生け捕りにできる。そうでなくとも父の仇の組織のトップだしね」
そう言いながら、モロクは立ち上がれずにいるドゥルジに近づき、侮蔑を込めた視線と嘲笑の表情を浮かべながら、恐怖を煽るようにゆっくりと腕を振り上げた。
「ここで兄さんを命を奪うのは簡単、それこそ赤子の手を捻るくらいにね。だけどたった一人の兄弟を見送るのに、ここだと観客が少な過ぎる。いずれエルザの裏社会、いや表も含めて、この街に住むみんなが見ている前で、ド派手に処刑してあげるよ。お友達の芝ちゃんやアーリマンと一緒にね」
「く……そ……!!」
「おやすみ兄さん」
ドゴッ!!
弟の嫌味ったらしい言葉と鈍い音を聞き届けたところで、プリニオの意識はプツリと途絶えた……。