暗殺者追跡 その③
「まさかバイクが飛ぶとは……あれも例のメカニックの仕業か……?余計なものを作りやがって……!」
先ほどまでアンナの技術に敬意を示していた暗殺者だったが、ここまでしつこく自分の邪魔をしてくるとさすがに苛立ちの方が強くなっていった。
「だが、本来地上を走るためのバイクを無理矢理飛ばしたところで、最初から飛行するために設計されたこのダーティピジョンには届かない!!」
怒りをかき消すように暗殺者も加速をする。風を切り裂き、街並みが後方に吹っ飛んでいく。すぐにトップスピードに到達し、追跡を振り切る……はずだった。
「……何……!?あのバイク……近づいて来ている……!?」
追跡者の姿は小さくなるどころか、逆に大きくなっていた。それは何故か……ナーキッドが速いからだ!
「凄いな!このマシン!飛行用のピースプレイヤーに負けてないどころか、勝ってるわよ!」
「あぁ、どうやらトップスピードはこちらが上のようだ」
「そうか……なら!とっととぶっちぎっちゃいなさい!!」
「いや、ぶっちぎってどうする……俺達はレースをしているんじゃないぞ……」
「あっ……」
フジミはスピードに酔って、目的を見失いそうになったが、優秀な部下のおかげで事なきを得た。
「ええと……今の無しで。改めて……とっとと捕まえちゃいなさい!!」
「ふん。それが正解だ!」
ナーキッドはみるみる暗殺者との距離を縮めていった。我那覇の推測通り、最高速度ではダーティピジョンを凌駕しているのだ。
「ちっ!?予想よりも遥かに速い!ダーティピジョンが負けている!奴らのメカニックの優秀さは本物らしいな……!」
暗殺者は先ほどよりも大きくなったナーキッドの姿を見て、さらに苛立ちを募らせた。きっとこのままでは数秒もしたら、追い付かれるであろう。このままなら……。
「不愉快極まりないが、スピード勝負はお前達の勝ちだ……だが!だからといって、おれを捕まえることはできないんだよ!!」
ダーティピジョンは翼を羽ばたかせると下降した。広大な空が広がるビルの上方からせせこましいビルの間に移動したのだ。
(やはり……簡単にはいかないか……!)
暗殺者の意図を察した我那覇はマスクの下で「チッ」と舌打ちをしながらも、暗殺者の後に続いた。
「なんだあいつ、急に……?けど、ナーキッドのスピードの前では無意味だ!」
一方、フジミはやはりスピードに魅了されているようで、暗殺者の行動に一切の脅威など感じていない。
「無駄な足掻きだと教えてやれ、我那覇!」
「残念だが、無駄じゃない……地の利は奴にある」
「はぁ!?スピードはこっちが上だろ?だったら……」
「最高速度だけで勝負が決まるなら、レースは興行として成り立たないさ」
「………どういう意味?」
「すぐにわかるさ」
我那覇がそう呟くと、その声を聞いていたかのように、前方の暗殺者が急旋回、ビルの影に消えた。
「あいつ!曲がったぞ!」
「言われなくても見えている!やはりそう来るか!!」
我那覇はハンドルを切る。すると当然、ナーキッドは曲がり始める……が。
「ぐうぅ……!!」
「おい!これ!?このままじゃビルに突っ込むんじゃないのか!?」
「あんたと心中する気は……ないって言ってるだろ!!」
ガァン!
ナーキッドはそのスピードのせいでコーナリングが膨らみ、ビルに衝突しそうになった。しかし、我那覇ドレイクが壁面を蹴って、なんとかかなり無理矢理で無茶なやり方だが曲がることに成功する。
「ふっ……予想が当たったな」
追跡者のみっともない姿に暗殺者は自身の考えの正しさを確信し、不敵に笑った。彼はこの瞬間、自身の勝利を確信したのだ。
「我那覇!これって……!」
鈍感なフジミでもさすがに気付いた。自分達と暗殺者の違い、ナーキッドの長所と短所に。
「あぁ……最高速はこちらが上回っているが、小回りは向こうが上だ。そして、ここは見ての通り、ビルが建ち並んで入り組んでいる……レースで言うなら、超テクニカルコースだ……!」
「俄然、あっちが有利ってわけね……!」
再び天秤は暗殺者の方に傾いた。そもそもこういう事態を見越して、この場所とピースプレイヤーを選んだのではないかという気持ちになってくる。
けれど、状況が不利になったからといって、「はい、そうですか。ワタシ達の負けです」と諦めていい理由にはならない。ここで足掻くのがシュヴァンツというチームだ。
「神代!少し無茶なドライビングをするぞ!」
「了解!ワタシのことは気にするな!」
「その言葉……甘えさせてもらう!」
先ほどのコーナリングのトラウマなどないと言い張るように、我那覇は再びスピードを上げていく。
「まだやる気か……いいだろう!お前達の心かマシンか!どちらが先に砕けるのかとくと見せて貰おうか!!」
暗殺者はそんな我那覇達の覚悟を嘲笑うかのように、グネグネとビルの間を蛇行しながら飛行する。
ナーキッドは必死にそれに追い縋るが、健闘むなしくコーナーの度に離されていった。
「ちっ!?どんどん奴の背中が小さくなっていく!!」
「ねぇ!上に戻った方がいいんじゃない!?障害物のない上空ならナーキッドのスピードを生かせるし!?」
フジミが顔を我那覇の耳元に近づけ、提案した。けれども、我那覇は首を小さく横に振って、却下する。
「いや、駄目だ。上からだと建物が死角になって奴を見失う可能性が高まる。というより、奴なら必ず利用してくるだろうさ」
「そうか……だったら、なんとか離れずについて行って、後ろからプレッシャーをかけつつあいつがミスを犯すのを待つしかないか……」
「悪くない策だが、それも無理だろうな」
「えっ!?何で!?」
「これを見てみろ」
「ん?」
我那覇に促されるまま、フジミはさらに顔を前に出し、ナーキッドのハンドルの中心を見た。そこには様々なメーターが取り付けられていた。
「何だ……?ただのスピードメーターじゃないか?」
「違う。その隣だ。“E”って書いてあるやつだ」
「あぁ、これか……Eってことはエネルギーだよね……って!もう残量20%切ってるじゃん!?うおっ!?」
興奮のあまりフジミは身を乗り出した!そのせいでナーキッドがバランスを崩す。
「ぐっ!?このぉ!!」
なんとか我那覇が上手いこと立て直し、地面に熱烈なキッスすることは免れた。
「おい!こっちがミスしてどうする!?」
「ご、ごめん……つい……」
「つい……じゃない!お前のせいで、ギリギリだってのに、余計なエネルギーを使っちまったじゃないか!」
エネルギーメーターは19%になっていた。これにはフジミも本当に反省する。
「悪かったよ……けど、今はこんな言い争いをしていることが一番無駄じゃない?」
「話を逸らすか……!」
「違う!違う!本当に反省してるってば!
お説教したいなら、あとからいくらでも受けてあげるから!ねっ!」
「ちっ!調子のいい……!」
腹が立つがフジミの言っていることも間違っていないので、我那覇は怒りの矛を収めることにした。腹は立つが。
「で、話を戻すけどエネルギーがないから、あいつには追い付けないってこと?」
「そうだ。安全面を考えると、ナーキッドが飛んでいられる時間はもう長くはない。一方、あいつはまだ余裕があるだろうな」
「飛行を前提に作られたマシンと、力業で飛んでいるバイクじゃスタミナが違うってわけね」
「あぁ、ピースプレイヤーが飛ぶのにも大量のエネルギーがいるが、こちらよりは遥かにマシだろう。しかも基本一人乗りのところを二人で乗っているからな。あいつもそのことをわかっているから余裕がある。ミスなんてしないさ」
「だね……ん?」
フジミは我那覇のある言葉に引っかかった。冷静かつ合理的な彼の口から出たとは思えない言葉を今、発したのだ。
「一人乗り?ナーキッドって一人乗りなの?」
「基本的にはな。二人で乗ればバランスを取るのも難しくなるし、エネルギーの消費も上がる」
「じゃあ!何でワタシを拾ったの!?あんた一人で追った方が良かったんじゃないの!?」
フジミの疑問は最もだ。今の話を聞いてそう思うのが普通だし、この状況の原因が自分にあるのではないかと不安になるのも当然だ。
しかし、我那覇の行動にはきちんとした理由がある。あくまで彼は合理的に最も任務の成功率が高い方法を選んでいるに過ぎないのだ。
「神代、後ろを見ろ」
「後ろ?」
「お前の背後に置いてある物をな」
「背後にって……あっ!」
フジミが言われた通り、背後を確認するとナーキッドにある物がくくりつけられていた。
「これは銃!?折り畳み式のライフルか!」
「その通り」
フジミはそのままライフルを手に取り、銃身を展開した。
「敵が狙撃でくることがわかっていたからな。こちらも対抗できる武器を用意しておいた」
「さすがシュヴァンツ副長!気が利くね!さっき路地裏で戦った時には、結構な至近距離でも簡単に銃撃が避けられたから、もっと近づかないと駄目だと思ってたけど……これなら!」
太陽の光を反射する長いバレルを見上げると、フジミの心は自然と昂った。このライフルなら憎き暗殺者を撃ち落とせると、自分の手でこの任務を終わらせられると。しかし……。
「というわけでチェンジだ、神代」
「……えっ?」
「だからチェンジ、交代だ」
我那覇は親指と人差し指を立てながら手首を回した。それを見てもフジミは何を言っているのかわからなかった。
「何をおっしゃっているのですか、あなた様は……?」
「お前が運転しろって言ってるんだ!ライフルの弾丸は六発しかないんだから、無駄撃ちできないんだよ!だったら、シュヴァンツで一番射撃の腕が立つ俺がやるのが筋ってもんだろ!!」
我那覇がフジミをわざわざ拾ったのは彼女にナーキッドを任せて、自分がライフルで暗殺者を仕留めるためだったのだ。
我那覇の言っていることはまたまた正しかった。正しかったが……。
「えっ、ワタシ、嫌なんだけど……」
フジミはあっさりと拒絶した。
「ふざけてる場合か!こうしている間にもエネルギーが減っていってるんだぞ!?」
「ふざけてないわよ!あんた、ワタシがいきなり空飛ぶバイクなんて運転できるわけないでしょ!自慢じゃないけど、運転って呼ばれるものはてんで駄目なのよ!」
「そう言えば頑なに車を運転しなかったな……」
「そうよ!マジで駄目駄目なんだから!!」
「なんで少し誇らしげなんだ!?」
「それに……」
「何だ!他にもあるのか!?」
「い、いや!とにかくワタシは運転しないぞ!!」
フジミはごねにごねた。彼女が運転に自信がないのは事実であり、ナーキッドなんて特殊なマシンを使うことに不安を覚えるのも当然のことだった。
けれど、彼女が本当に避けたかったのは、我那覇にライフルを使わせることであった。そして、その理由を彼に言えば、なんだかんだでうまくやっていたと言えるこの関係に亀裂が入ることは確実だったため、どうしても口にすることができなかった。
「ちっ!なら三発だ!三発までは撃たせてやる!それが俺のできる最大の譲歩だ!」
「それでいい!運転は駄目だけど、射撃に関してはあんたに負けないぐらい得意なんだから!!」
決して強がりやハッタリで言っているのではない。神代藤美は自分に向かって投げられた爆弾を空中で撃ち落とすほどの銃の腕前を持っている。我那覇もそのことを知っているからこそ、渋々とはいえ彼女の意見に従ったのだ。
「そうと決まれば……神代藤美の一世一代の超絶スナイプを見せてあげるわ!」
フジミルシャットはシートから腰を浮かせ、長大なライフルを構えた。