決闘は凄惨①
高級ホテルか博物館、もしくはかつての大貴族の社交場か……初代とその息子である二代目が居住していたお屋敷は間違いなく、エルザシティで最も大きな家であろう。
公園と見間違うほどの庭には、一年中彩りの花が咲き、内部はまさに絢爛豪華、世界中から集められた最高級のインテリアと名だたる画家の絵がところ狭しとひしめきあっていた。
だが、これも全て武斉の別荘と同じく過去の話である。
今のクイントン邸は壁はひび割れ、手入れがされてない庭には花など一輪も咲かずに名も無き雑草が覆い、インテリアや家具は押収され、中は小型のオリジンズが我が物顔で歩き回っている……典型的な廃墟と化していた。
こんな所に来るのは、怪談好きか炎上上等の動画配信者くらいなもんだが、今日に限ってはクイントンに代わって、エルザの裏社会を支配していた三大マフィアの一角、その新しいボスが訪ねて来ていた。
「ドゥルジ……からの、イミテーションドレス」
プリニオは愛機を呼び、どこかアンラ・マンユに似た毒々しくおぞましく不気味なピースプレイヤーを装着したと思ったら、その姿は景色に溶け込み、全く視認できなくなった。
「あらよっと」
透明になったドゥルジは近くの大木の枝に跳び乗り、遠くに見える実の父の建てた城を目を細め、じっくりと観察した。
(明かりが見える……行き場のないやんちゃな奴らがたむろしてるわけじゃないなら、我が弟くんの一味だろうね。警備が見当たらないのが、気になるな。オレ達がまだ攻めに転じるわけないと高を括っているか、そんな必要ないのか……もう少し近くで見てみないと判断できんな)
そうと決まったら善は急げ。ドゥルジは透明状態を維持したまま、音を立てないように少しずつ旧クイントン邸に近づいた。
(ドゥルジの透明化は周りに霧を薄い皮膜のようにして纏い、それを周りの風景をリアルタイムで投影するスクリーンとして使うことで実現している。もしその“タネ”を敵が知っているなら、真っ先に思いつく対策はサーモグラフィーと音感センサー。前者はうまいこと霧の温度と厚みを調整すれば、ものによっては誤魔化せる。後者も『HIDAKA』製のマシンほどではないが、静音性には優れているから注意すれば大丈夫……多分だけど)
そんなドゥルジの特性を頭の中で復習している間に、塀の側までたどり着いていた。
(ここを飛び超えるのは簡単だけど、その前に……ドゥルジサーチ)
ドゥルジのカメラがサーチモードに移行すると、マスク裏のディスプレイも専用のものへと切り変わった。
(虚偽と不浄を司るドゥルジ相手に……騙し合いを挑もうなんて無謀だぞっと)
プリニオの自信が本物であると証明するように、ドゥルジの眼は塀の上に張り巡らされた赤外線レーザーの存在を暴いた。
(ビンゴ。だけどどうしよう?これは霧でうまいことできないかね?つーか、この程度の高さなら、それなりのピースプレイヤーなら飛び超せると思うんだけど……誘っているのか?それとも備え付けのシステムを無理矢理復旧したから残念なことになってるのか?まぁ……跳び越せるなら、跳び越しますか!!)
ドゥルジは軽く助走をしてから大ジャンプ!塀を越え、その上にハードルのように並んでいる赤外線も越え、見事にクイントン邸に侵入した。
(順調順調。もしや着地したところに重量センサーなり、地雷なり埋めてあるかもと跳んだ後に過ったけど……セーフ!)
汗を拭うようなジェスチャーをすると、ドゥルジは改めてクイントン邸を見上げる。
(これがオレの実の親父が暮らしていた家か……だだっ広くて掃除が大変そうだな。そりゃマフィアの持ち家だったってことを差し引いても買い手が現れないわな。絶対住みにくいもん。結局マフィアになってるから親父似なのかなって思うこともあったが、この家を見て確信した。根本的にクイントンの奴らと趣味が合わん。よく言えば合理的、悪く言えばケチなオレはお袋似だ)
心の底から軽蔑する父親との違いを感じ、満足したプリニオは気持ちも新たに一歩踏み出した。
(それじゃあ行きますか)
「敵襲だ!敵襲!!」
「!!?」
「曲者を捕らえろ!いや、殺せ!!」
瞬間、自分の存在を認識したと思われる敵の声が響き渡った。
(マジかよ!?イミテーションドレスが見破られた!?くそ!ドゥルジの武装の中で唯一好きな武器だったのに……いや、まだオレがバレたとは限らないか。オリジンズか何かをドローンとかと勘違いしたとかかもしれない!そうであって欲しい!!)
プリニオは心の中で強く祈った。
「塀の近くだ!!」
「透明になってるからな!気をつけろよ!!」
「うげっ!!?」
祈りは通じず。ハウンドにアンギーラにピジョンが二体ずつ迷うことなく、真っ直ぐこちらに向かって来る。
(やっぱりオレかよ!チキショーめ!!だが、ドゥルジの情報が漏れている可能性は覚悟していた!そっちがやる気なら……)
「こっちもやってやるぞ!オラァ!!」
周囲を薄い皮膜のように覆っていた霧を霧散させ、ドゥルジは透明化を解除!
「「「いっ!!?」」」
わかっていても実際に何もないところから、不審者が現れて驚いたのか、はたまた今現在アルティーリョファミリー、ひいてはエルザの裏社会のトップに立っていると言っても過言ではないプリニオ・オルバネスの気迫に臆したのか、クイントンの警備隊はみんな仲良く急ブレーキ!一斉に歩みを止めた。
「あれ?来ないのか?そんな体たらくじゃボスから大目玉食らわない?」
「く!?」
「舐めやがって!!」
まんまと挑発に乗っかったハウンドはマシンガンを召喚!躊躇することなく、引き金を引く。
バババババババババババババッ!!
「はっ!」
けれどドゥルジはそれを易々と回避。弾丸の雨を軽やかに掻い潜り、発生源に近づくと……。
「不浄の弓!ていっ!!」
ザシュ!!
「――がっ!?」
弓を召喚しながらスライディング!すれ違い様に近接攻撃用に装着された刃で太腿を切りつけた!
「こういうのもいいけどやっぱり弓は……矢を撃たないと!」
振り返りながら弦を引き、意識を集中すると、どこからか毒々しい紫の液体が湧き、それが矢の形へと形成され、弓に装填された。
「恨むんなら、つく奴を間違えた自分を恨みな」
バシュッ!!
後方に飛びながらの引き撃ち!激しく動いていながらも狙いは全くずれることなく、ドゥルジの視線をトレースするように、夜の闇を切り裂き、そして……。
ズシュウッ!!
「――ぐあっ!!?」
ハウンドの腹に穴を開けた!
事情を聞きたいかどうか、相手の素性を理解しているかどうかの差もあるだろうが、生かしたまま制圧しようとしたヤクザーン達とは違い、プリニオは敵を殺すことに躊躇がない。ただ勘違いして欲しくないのは、普段の彼ならヤクザーンらと同じく、できるだけ死人を出さないように振る舞っているはずだ。
彼がここまで冷酷になっているのはひとえに……キレているからだ。
「うちのもんに手を出しておいて、生きていられると思うなよ……!このプリニオ・オルバネス、アルティーリョを預かる身として、しっかりとてめえら全員に落とし前をつけさしてやる!!」
ザン!ザン!ザンッ!!
「なっ!?」
着地際を狙って、鞭で攻撃を仕掛けたアンギーラだったが、ドゥルジにはお見通しだったようで、弓についた刃であっさりと鞭を細切れにされた。そして当然……。
「この程度しかできない雑魚が……戦場に出てくるなよ!」
バシュッ!ズシュウッ!!
「――がっ!?」
紫の毒の矢で一閃!心臓があった場所がぽっかりと空洞になり、身体から力と血液が抜けたアンギーラは仰向けに倒れ、二度と起き上がることはなかった。
「この!!」
仲間の犠牲を無駄にしないためにも……などと殊勝な心がけではないだろうが、間髪入れずにもう一体のハウンドがナイフで強襲した……が。
「ふん」
ヒュッ!!
「――な!?」
ナイフは何もない空間に炸裂した……ドゥルジはそれをあろうことか宙返りで回避したのだ。
さらにハウンドの頭上を飛び越し、逆さまになりながらも弦を引き、矢を装填、狙いをつける。
「good-bye」
バシュッ!ズシュウゥゥゥゥッ!!
「……へ!?」
脳天から侵入した矢は、そのまま頭蓋骨を貫き、身体に侵入、射線上の臓器をズタズタに引き裂いて、股の間から出ると、最終的に地面に突き刺さった。
言うまでもなく、ハウンドの中の人は絶命している。
「猟犬が狩られるとは……皮肉だな。ついでだし、雑魚も狩っておくか」
曲芸射撃はまだまだ続く。空中で身体を器用に動かし、体勢を立て直しながら弓を引いたドゥルジが視界に捉えたのは、もう一体のアンギーラ!この時点で彼の人生は終了したも同然……。
「ひいっ!?勝てない……この化け物には勝てないぃぃぃぃっ!!?」
それを察したのか、最後の抵抗か、僅かな望みにすがってか、何も考えずに持って生まれた生物の生存本能に支配されてか、アンギーラは武器を捨て、ドゥルジから背を向け、まさに形振り構わずで逃げ出した。しかし……
「今になって後悔しても……遅いんだよ……!!」
バシュッ!!ズシュウッ!!
「――ぐっ!?おでぐぁ、だだ……」
無慈悲にも放たれた毒矢はアンギーラの首を後ろから貫いた。最後まで自分勝手な言い訳を呟きながら、アンギーラは膝から崩れ落ち、骸を包むスクラップへと成り変わる。
「これで地上戦力は片付いた。お次は……」
「はぁッ!!」
「くたばれぇッ!!」
空中から二体のピジョンが強襲!しかし……。
「やだね」
「ちっ!」
ドゥルジはいとも容易くそれを回避し、空に戻るピジョンを見送る。
「わざわざ突っ込んで来なくても、空を飛べるならそのアドバンテージを最大限に生かして安全な空中から距離を取って爆撃してくればいいのに……とか、安易な考えに走らなかったことは褒めてやる。今までの仲間の殺られっぷりを見ていたら、下手に離れた方が矢に射抜かれ易くて危険だからな。二人がかりでヒット&アウェイに徹するのが、今できるベストだ」
「偉そうに講釈垂れてんじゃねぇ!!」
「お前なんかに褒められても嬉しくないんだよ!!」
「褒める?オレはベストな選択をしたところで結果は変わらないってことを伝えたいだけだよ」
そう言うと、ドゥルジは上空のピジョンに向かって、弓を構えた。
「虚偽と不浄の魔王の前に立った時点で、貴様らに待っているのは無惨な死だけだ」
バシュッ!!
放たれた矢は真っ直ぐ離れて行くピジョンの背に向かう。真っ直ぐと。
(馬鹿が焦ったな!その程度のスピードなら、トップスピードまで加速しているピジョンなら避けられる!!頭が切れ、腕も立つマフィアのボスって聞いていたが……噂に尾ひれがついているだけだったようだな!)
ピジョンは身体を傾け、矢の射線上から逃げ……。
「弾けろ」
バシャン!!
「!!?」
突然、ピジョンの後方斜め横で矢が弾け、文字通り溶解液の雨となり、ピジョンの片翼を、半身を濡らした。
ジュウッ……
「なに!?」
濡れた部分から白い煙が立ち昇り、ぐずぐずと装甲溶かしていく。あっという間に飛行能力は失われ……。
「ぐあぁぁぁっ!!?」
ドゴオォォォン!!
頭から墜落した。
「くっ……くそ……がっ!?」
それでもなんとかすぐに起き上がったピジョンであったが、そんな彼が最後に目にしたのは、こちらに向かってギリギリと弦を引くドゥルジの姿……いや、弦を放すドゥルジの姿であった。
バシュッ!ズシュウッ!!
「――ッ!?」
眼を貫かれ、即死。つまりこれで……。
「残るは一匹……」
「ひいっ!?」
下からドゥルジに凄まれると、最後のピジョンは先ほど逃げ惑ったアンギーラのように正気を失った。
「く、来るなぁ!!」
ボボボボボボボボボボボボボボボッ!!
翼からエネルギーボムを投下して、大爆撃!周囲は炎と煙に包まれた。
「だからそれは悪手だって」
けれど悲しいかな、肝心のターゲットであるドゥルジは涼しい顔で爆心地から離脱していた。
「人の話を聞いて……ん?もしかして爆撃して来なかったのは、単純にこの廃墟をさらに荒らさないためだったりした?だとしたら、過大評価し過ぎたな。結局、チンピラはどこまで行ってもチンピラのままか」
敵と自分に呆れながら、再び弓を引く。
今までで一番ゆっくりと、悠々と、まるでフォームを確認するように穏やかに、対照的に荒れ狂う鳩に狙いを定めると……。
「これがラストシューティング」
バシュッ!バシャッ!!
発射された矢はある程度進むと弾け、溶解液の散弾となった。
「当たるかぁぁぁぁぁっ!!」
ボボボボボボボボボボボボボボボッ!!
ピジョンはありったけのエネルギーボムを放出し、溶解液を迎撃しようとした。そしてそれは成功し、一滴たりとも彼に溶解液がかかることはなかった。
溶解液は……。
「やった……!」
バシュッ!!ズシュウッ!!
「……え?」
爆煙を突き抜け、飛び出て来る毒矢!窮地を脱したと愚かにも勘違いしていたピジョンには当然避けられず、胸を貫かれる。
何が起きたかも理解できずに、逆さまになって落ちる鳩が最後に見たのは、弓を下ろす狩人の姿であった。
「ラストって言ったが、あれは嘘だ。こちとら反社なんでね……息をするように嘘をついちゃうのよ」
そう言うとドゥルジは……。
ザシュッ!!
「――な!?」
背後に忍び寄っていた黒いピースプレイヤーを弓で突き刺した。
「噂をすればなんとやらだな。HIDAKAの『クイエート』か。どうりで静かなはずだ」
「な、なんで……!?」
「今言ったろ?反社だからだよ。マフィアの手口なんて大体想像がつく……相手が血の繋がった弟なら尚更な」
クイエートから弓を抜いて、倒れる遺体を避けながら、くるりと振り返るとそこには自分の面影と重なる男が立っていた。
「会いたかったぜ、ジョナス」
「ワタシもだよ、兄さん。ずっと会って……殺してやりたいと思っていたよ……!!」