ボスの秘密と覚悟
エルザシティ郊外にある山奥に三大マフィアの一角、奏月が所有する豪勢な別荘があった……そう、過去形である。
勘違いして襲撃して来たアルティーリョと佐利羽組連合、対抗する奏月の組員、その争いを誘発させた紫の悪魔の介入、そして奏月のトップであり、この建物の所有者である武斉と愛機サルワの暴走によって別荘は文字通り見る影もなくなり、ただの瓦礫置き場と化していた。
そこに当事者の一人であり、先日めでたくアルティーリョファミリーの新たなボスに襲名したプリニオ・オルバネスが一人佇んでいた。
「……来てくれたか」
プリニオが空を見上げると、それは月をバックに颯爽と現れた。彼のボスの仇でもあり、彼のボス襲名の立役者でもあるアーリマンことアンラ・マンユだ。
「何の用だ。またこんなもんを書き込んで」
若干苛立ちながらアンラ・マンユはスマホを取り出して、プリニオに見せる。
画面には「緊急事態だアーリマン!すごい試合の情報が手に入った!今すぐこの興奮を君と共有したい!だから君と再会したあの思い出の場所に来てくれ!」と、表示されていた。
「オレだってこんな方法使いたくないよ。だけどあんたが連絡先を教えてくれないから……直接やりとりできるなら、ランビリズマあたりで待ち合わせしたのに」
「教えたらそこから私の居場所を探ろうとするだろ」
「まぁ、そうだね」
「なら、教えられないし、連絡用のデバイスなんかも受け取らんぞ」
「じゃあ、これからもあんたと会いたい時はこの方法、この場所だな」
「そんなホイホイ呼ぶな。こう見えて私は忙しい」
「もしかして……“Q”のこと調べてる?」
「………」
アンラ・マンユの言葉がピタリと止まった。その沈黙こそが何よりも明白な答えである。
「やっぱりね」
「その口ぶりだと、君も調べていたのか?」
「調べるというか、知っているというか、予測していたというか……」
「予測?」
「ボス決定戦のメンバー集めの時に少し話したけど、三大マフィア以前にこの街の裏社会を取り仕切っていたのが“クイントン・ファミリー”って奴らで、多分そいつらが戻って来た」
「もしやと思ったが、やはりそいつらか」
「ちゃんと目星をつけてたなんて、さすがだね。で、そいつらが……そいつらが……」
「プリニオ……?」
いつも飄々としていて冷静な男が口ごもった。
アンラ・マンユの前で言語化してしまうと、目を背けたい、耳を塞ぎたい事実が、いよいよ現実に起きたことだと確定してしまうように思え、躊躇したのだ。
けれど、どんなに嫌でも言葉にしなければならない。前に進むため、そして……なんとしても勝つために。
「……ヤクザーンとリンジーが奴らに襲われ、重傷だ」
「――ッ!?」
アンラ・マンユは声を荒げそうになったが、ギリギリで堪えた。
「……冗談ではないよな?」
「こんな趣味の悪いジョーク言うほど、センス終わってねぇよ」
「にわかには信じられない。あの二人がやられるなんて……」
脳裏に甦る勇ましい獣人の華麗なるアカ・マナフのKOシーン、そして自分に敗北を覚悟させた絶対王者の圧倒的なプレッシャーと妙技……改めて考えても彼らが誰かに倒されるなど信じられなかった。
「クイントンの動向を探るために成訓の奴に街を巡回してもらっていたんだ。で、彼が普段は人気のない公園の近くを通りかかったところ爆発音が聞こえ、急行したら……」
「二人が戦闘中だったという訳か」
「正確には、成訓が到着した時点でリンジーはまともに立てる状態じゃなく、アエーシュマが一人奮戦していたらしい。まぁ、あと一押しで殺されてるくらいチャンピオンの方もギリギリだったらしいが」
「二人から話は?」
「いや、追手が来ないと安心した後、気を失って、今も起きていない。はぁ……」
プリニオは心底残念そうに、ため息をついた。
「成訓の方はなんと言ってる?敵の数は?」
「ヴァレンボロス製のマシンが十体ほど」
「その程度、あの二人なら問題ないだろう。例え相討ち覚悟で囲んで来ても難なく対処できる」
「実際、それのほとんどが公園が転がってたらしいからね。そいつらは返り討ちにしてやったっぽい」
「では、別の奴が……」
「黒い特級ピースプレイヤーとアエーシュマが戦っていたらしい。きっとそいつが……!」
プリニオは思わず拳を握りしめた。
「私的にはそれでも……いくら強くとも特級一体くらいで、あの二人を攻略できるとは思えないんだが……他にはいなかったのか?」
「生身の男が二人いたらしい。片方はオレに似てたらしいから、オレの弟だろうな。で、そいつが今のクイントン・ファミリーのボス」
「そうか……もしかしたら君の弟が何か……ん?」
「ん?」
「んん!!?」
仮面の下で木原は目を見開き、首を左右に動かした。彼は明らかに困惑していた。
「どうした?あんたがそこまで取り乱すなんて珍しい」
「それはそうだろ……なんか急にさらりとそんな重要情報を聞かされたら……」
「オレの母親は、前のクイントンのボス、オスニエル・クイントンの元カノだったんだよ。オレができたのと、ちょうど時を同じくして、クイントン内でなんか政略結婚的な話が出て、オスニエルは母を捨てて、そっちを取った。つまり今回ヤクザーンを襲ったジョナスは腹違いの弟ってことになる」
「なるほど……腑に落ちたよ。今まで君に感じていた違和感の正体はこれか」
「違和感?」
「マフィアに身を置きながら、マフィアを誰よりも憎悪している……私にはそう見えた」
裏社会について語るプリニオの顔はいつも嫌悪感に満ちていた。少なくとも木原の記憶の中ではいつも燃え上がるような怒りを必死に堪えているようだった。
「まぁ、複雑な感情を抱いているのは、否定せんが……勘違いするなよ。母親が捨てられたことについては何とも思っていない。街を牛耳るマフィアの跡取りなんかと、何の取り柄もない女がくっつける訳ない。そもそもマフィアなんかと付き合うのが言語道断。女手一つでオレを育ててくれたことは感謝しているが、そこに関しては擁護しようのない愚かな女だよ、マイマザーは」
「では、お前から聞いた話から察するに……クイントンを憎んでいるのは、裏の人間が表までしゃしゃり出たこと、そしてか弱い子供達を食い物にしたことか?」
プリニオは目を細め、悲しそうに夜空を見上げた。
「……オレの知り合いも何人も犠牲になった。詐欺の手伝いをさせられるくらいなら上等。いまだに行方がわからない奴もいる」
「そいつらはきっと……」
「あぁ……だから実の親父をボス……先代達の謀略で殺されても、ざまぁ見ろとしか思わなかったよ」
「先代との出会いは?」
「ちょうどクイントン排除に動いていた時だ。どこからかオレがオスニエルの息子だと聞いて、人質にでもしようと思ったんだろうな」
「でも、そうしなかった」
「あぁ、あいつにとってオレはゴミのように扱っているガキどもと変わらん。人質としての価値はない。それにそんな真似をしたらあいつと同じレベルまで落ちたってことだからな。先代はすぐに考えを改め直したよ」
「そんな彼に君は惚れ込んだ」
「そういうこったな。最初は警察官にでもなろうと思ったんだが、この街を守るには、法に縛られない立ち位置にいた方がいいかと考えていたところに、まさに渡りに船だったよ。クイントン亡き後、必死に頼み込んでファミリーに入れてもらって、先代と共に乱れた裏社会の秩序を取り戻そうと粉骨砕身していた訳よ」
「それをどっかの誰かさんがぶち壊した」
「……あんたって本当に……」
プリニオは呆れながら、ジトーと紫の悪魔を睨み付けた。
「……まぁ、今さら言っても先代は戻って来ないし、何より今はここで争っている場合じゃないしな」
「だな。話を戻そう。弟くんとは面識は?」
プリニオは首を横に振った。
「あいつはオスニエルの指示で、母親と一緒に生まれる前にエルザを出たからな。自分は数え切れないほどの親子を泣かせながら、自分の妻子には遠くで安全安心に暮らして欲しかったらしい、あのくそ野郎は」
「家族を住ませたくないと思うような街にするなと言いたいね」
「まったくだ。で、面識はないが、言っても血の繋がった弟だからな……気にはなる」
「情報は集めていたのか」
「イエス。どうやらジョナスはじいさんの豪胆さと父親の冷酷さを見事に受け継いじまったらしい。クイントンの残党を集め、かなり強引な方法で大きくしていることは掴んでいた」
「そいつらを引き連れて、いずれこのエルザに帰って来ると予期していたわけか」
「正直、最初はあんたのことも奴の手先だと疑っていた」
「そうなのか?」
「だが、三大マフィアと真正面から戦うなんてあいつらしくないと思って、考えを改めた。そして直接話してみて……こいつは誰かに飼い慣らされるような奴じゃないなって」
「フッ……その通りだ」
「だが、はからずもあんたはあいつに利する行為している」
「君とジョナスの父親を陥れ、殺した者をまとめて排除した」
「そうだ。慎重なあいつは父親を殺した三大マフィアと前市長が生存している時は、エルザには手を出さなかったんだが、そいつらがきれいさっぱりいなくなったなら……そりゃこうなる」
「だからこの事態には私にも責任があると」
「あぁ、だからきっちり働いてもらうぞ……オレがダメだった場合はな」
「プリニオ、君は……」
マフィアのボスはその肩書きには似つかわしくないとても優しい顔で微笑んだ。
「明日の夜、ランビリズマに来てくれ。もしそこにオレがいたら勝利の一杯を奢ってくれればいい」
「君がいなかったら」
「その時はエシェック、ヴラドレン、あと返信が来てないけど、多分芝ちゃんがいるはず。彼らにはあんたの指示に従うように言ってあるから、そこからは好きにしてくれればいい」
「もし私が行かなかったら?」
「そん時は一応ヴラドレンがリーダーとして振る舞うことになってる。芝ちゃんはやる気を出させるモチベータータイプのトップだからね。こういう時は年の功ってことで。まっ、あんたが来ないってことはあり得ないと思うけどな……だろ?」
今度は少し意地悪そうな笑みを浮かべながら、答えのわかっている質問を問いかけた。
「……クイントンを調子に乗らせた云々は知ったこっちゃないが、エルザを手に入れるつもりなら、間違いなく私の首も狙ってくるだろうからな」
「あんたの大暴れっぷりを知ってれば、知ってるほど、あんたを殺した奴になんて怖くて絶対に逆らえないもん……そうなることをジョナスは狙っている」
「ヤクザーンも似た理由で襲われたんだろう。奴の強さは裏の奴なら誰でも知っている」
「それでも、まだチャンピオンは懐柔できるかもとか淡い期待を抱いているから、見逃した。だけどあんたは……いや、きっとオレと芝ちゃんとも……お目こぼしなんてしてくれないよな~」
「だろうな。きっとできるだけ惨たらしく殺し、それをエルザの裏社会に吹聴する……それがわかっていて、一人で行くつもりなのか?」
「みんなで行って一網打尽にされたらそれこそゲームオーバーだし……面識はないが、オレはあの馬鹿のお兄ちゃんだからね。弟のやらかしは兄であるオレが落とし前をつけないと」
「ヤクザーン達が正攻法で来る相手に遅れを取るとは思えん。何か姑息な手を使ったに決まっている」
「承知の上さ」
「“Q”のカードが添えられた遺体の一人に元警察官がいた」
「前の署長プロウライトの悪事を手伝っていた奴ね。そいつがどうしたの?」
「奴からドゥルジの情報は漏れている。前に説明したが、今の君の愛機はかつてプロウライトが使っていたものだからな」
「へぇ~、そうだったんだ……そうだったの!?」
プリニオは目を見開いて、驚愕した。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!!汚職にまみれていたとはいえ警察署長のピースプレイヤーを今はマフィアのボスが使っているとか、凄い皮肉な状況になっていることなんて聞いてないよ!!」
「きっとアカ・マナフのことを聞いたらもっと驚くぞ。皮肉なんてもんじゃない」
いつもは平静を崩さないプリニオが取り乱しているのが面白かったのか、アンラ・マンユは肩を揺らして、喜んだ。
「……ったく、せっかく気合が入ってたのに、あんたの楽しそうな姿を見ていたら、力が抜けちゃったよ」
「それは何より。失敗とは得てして、力や気持ちが入り過ぎている時に起こるもんだ」
「じゃあ、お礼を言っておきますか。ありがとうアーリマン。そして……もしもの時はエルザを頼んだぞ」
真っ直ぐこちらを見つめるプリニオの瞳は真剣そのもので、木原は思わずたじろぎそうになった。
「……いずれはエルザの全てを支配するのもいいかもしれん……けれど、それは今ではない。今のエルザの裏社会の舵取りをすべきなのは君だ。だから……明日、君に奢れることを願っている」
「そうか……そうだな。ネガティブはいけない。なるようになるだ」
そう言って、もう一度アンラ・マンユに優しく微笑みかけると、プリニオは手を振ってその場を後にした。強い覚悟を胸に秘めながら……。