過去からの襲撃者③
(どういうことだ……?何でプリニオ・オルバネスがオレ達を狙う!?そんなことをして何の得が……)
「フッ……」
「…………いや、違う」
不敵に笑う男の顔を見た瞬間、ヤクザーンは自分が大きな勘違いをしていることに気づいた。
「何が違うって?」
「あんたがワタシの知っている男と違うと言ったんだ。よく見ると全然違う。彼にはある気品をあんたには感じない。見るから品性下劣って感じだもんな」
「……手厳しいね」
僅かに男の眉尻がピクピクと痙攣した。
「その程度の判別もできないなんて……どうやら予想以上に参っているようだな」
対して、少しでも頭を冷やそうと深呼吸をし、アエーシュマは額をグリグリと揉む。皮肉が滲み出る言葉から、さらに相手に苛立ちを募らせたいという意図もあるのだろう。
「君が勘違いしたって言うのは、アルティーリョの新しいボスのことだね?」
「大きな括りで言うと、オレ達のボスでもある。で、何であんたは我らが大将と瓜二つなんだ?」
「今、するべき質問はそれでいいのかな?」
男は顎に人差し指を当て、小首を傾げた。あからさまにおちょくっている。
(やはり品がないな)
だが、目論見は外れ、その挑発のおかげで逆にヤクザーンの頭は冷え、さらに冷静さを取り戻した。精神面ではさすがのチャンピオンが圧倒している。
「……そうだな。まずすべき質問は……何故ワタシ達を狙った?その顔が理由か?」
「ワタシにそっくりな男の配下だから……ってのは間違いじゃないんだけど、別に私怨でやっているわけではない」
「私怨じゃない?この行為にまさか大義があるだなんて言わないよな?」
「それがあるんだよ、大義。今のエルザは間違っている。簒奪者を排除し、あるべき者の手に戻さないと」
そう言って、男は豪勢な腕輪のついた腕を顔の前に翳し、その手にありとあらゆるものを収めるように力強く拳を握った。
「なるほど……イカれているのか」
「この街がね」
「会話すらままならないとは末期だな」
「本当、チャンピオンは辛辣だね~」
下らない会話を続けながら、ヤクザーンはボスと名乗る男とその両隣にいる自称幹部二人を観察した。
(三人ともかなりの手練。今のワタシではとてもじゃないが、敵わない。逃げるのも至難の技……虚を突いて、とにかく一人だけでも潰せれば、なんとか振り切れるか?かなり希望的観測が入っているが、選択肢はそれしかないか……狙うは当然……)
「どうしたチャンピオン?ボーッとしちゃって心ここにあらずって感じだけど……もしかして具合が悪い?」
「おかげさまでね。立っているのもやっと……身体が重くて仕方ない」
「それはお気の毒様」
「どうしてこんなに重いのか……あぁ、これ持ってるからか」
ポイッ
「ぐへっ!?」
「!!?」
あろうことかアエーシュマは仲間である瀕死のリンジーを雑に投げ捨てた!
刹那、ボスと呼ばれる男の注意が反射的にそちらに向く!
(今だ!!)
待ってましたと言わんばかりに、残った力を振り絞り、突撃するアエーシュマ!最短最速でボスの首に一直線!
「しまっ!?」
(リンジー!君が捨て身で作ってくれた隙、絶対に無駄にはしない!!)
アエーシュマは友の想いを乗せた拳を撃ち込んだ!
「『悪路王』」
バシッ!!
「!!?」
逆転への望みを懸けた一手は……不発に終わった。
隣に控えていた仏頂面の男が腰に刀を差した鎧武者のような黒と金のピースプレイヤーを装着し、二人の間にカットイン。アエーシュマの渾身のナックルを軽々と受け止めたのだ。
「惜しかったな、チャンピオン」
「く……くそ!!」
アエーシュマは悪路王の手を振り払い、後退した。
「助かったよ、叶」
「満身創痍と言えど、相手はこのエルザの裏社会に名を轟かせる絶対王者。少しでも隙を見せたら、喉笛を噛み千切られるぞ」
「手負いの獣を相手にする時ほど慎重に……ってなわけね。学ばせてもらったよ」
「では、次からは助けん」
「それでいい。君は好きなようにやってくれて構わない。だけど……」
ボスは反対側で後頭部に手を当てて、のんきにほくそ笑んでるもう一人の幹部を睨み付けた。
「『チャルレス・コロナード』……君は何故動かない?高い報酬を払っているんだ。きっちりと働け」
「すいませんね~。ですけど、道彦くんが動くのが見えたから、むしろおれまで動いたら邪魔かなって」
「君って奴は……」
「まぁまぁ最強の相手は最強ってのが、筋ってもんでしょ。本人もほら、やる気満々だし」
悪路王はさらに体調を悪化させ、肩で息をするアエーシュマの方にゆっくりと歩き、近づいて行った。
「しんどいか?チャンピオン」
「見ればわかるだろ……というか、貴様らの仕業なんだろ、これ」
「あぁ、そうだ」
「そこまでしてワタシ達を仕留めたいか?」
「それがプリニオという男に一番ショックを与えられるからな」
「ふざけやがって……このヤクザーンとアエーシュマをもののついでみたいな理由でどうにかできると思うな……!!」
自らのものとは思えないほど重くなった腕を必死に上げ、チャンピオンは意地で構えを取った。
「この期に及んでまだ戦う気か?」
「そういう生き方しか知らないんでな……!」
「絶対王者と呼ばれるだけのことはある。その誇り高い勇姿に敬意を払い、同じくそういう生き方しかできないこの俺もこの拳で相手をしよう」
そう言うと悪路王は腰に差してあった刀を投げ捨て、鏡のようにアエーシュマと同じフォームを取る。
「敬意を払うなら、全力で来るのが、筋じゃないか?」
「武器を使おうが使うまいが、俺はお前よりも強い……だから些細なことだ」
「へぇ……ここまでコケにされたのは久しぶりだよ!!」
先手を取ったのはアエーシュマ!一気に距離を詰め、パンチを放つ!
パシッ!!
けれどもそれを悪路王はあっさりと捌く!
「この!!」
へこたれることなく、続けてキック!鞭のようにしなる青赤の足が、黒と金の鎧に迫る!
「ふん」
ガァン!!
「――ッ!!?」
だが、これも上から肘鉄を撃ち下ろされ、叩き落とされてしまった。
「素晴らしいキレだ。これならただ暴力を振るうだけのチンピラどもが相手にならないのも頷ける」
「上から目線で……!!」
「そんなつもりはないが……気を悪くしたなら謝る。ついでにこれから痛い目に合うことになるのだが……それも謝っておこう!!」
繰り出されたのはボディーブロー!豪腕が唸りを上げ、アエーシュマに襲いかかる!
(速い!だが、これなら……)
ドゴォ!!
「――がっ!?」
アエーシュマはガードを試みたが、間に合わず。拳は深々と脇腹に突き刺さった。
(くっ……!?思考に身体が追いつかない……いや思考速度もどんどん鈍化している……雑魚はともかくこの男相手は……)
「痛いか?痛いよな?痛くなるようにやったからな」
「貴様……!!」
「だが、これからもっと痛くなる」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「ッ!!?」
悪路王のラッシュ!上から下から右から左から一方的に滅多打ち!アエーシュマは身体を丸めて被弾面積を減らすことしかできない!
(強い……!仮にオレが万全の状態でも、こいつに勝てるかどうかは五分五分といったところだろ。では、今の状況では……いや、何もせずに諦めるなどオレらしくない!やるだけやってみよう!今のアエーシュマでは完璧には打てないが、この逆境を乗り越えられるのは、あれしかない!)
覚悟を決めたアエーシュマは僅かに顎周辺のガードを緩めた。
(この隙をこいつは見逃さない。きっとオレがわざとそうしていることも見透かされているはず。それでもあえて打って来るかどうか!オレに完勝したいかどうかで、勝負は決まる!!)
「何のつもりか知らんが……その思惑ごと叩き潰してやろう!!」
(かかった!!)
ガードの隙間を縫い、斜め下から昇る拳、フック気味のアッパーカット!本来ならそれを視認した時点で、身体が勝手に強ばるところを、ヤクザーンは完全に脱力した。
ゴッ!グルン!!
「!!?」
アッパーを完全にいなし、アエーシュマは空中で回転!相手の力を上乗せして、逆に攻撃直後の無防備な顎に、お返しのアッパーを……打ち込む!
(完璧なタイミング!これならいける!)
「暴流撃!!」
それはまさにパーフェクトだとしか形容できないカウンターであった。
不調のせいで威力こそ万全ではないにしろ、虚を突いた認識外の一撃は当たれば、どんな相手でも一撃で混濁させるであろう。
そして実際にこの会心の一撃は見事に命中することになる。けれど、悲しいかなそれは逆転の一打にはなりえなかった。
何故なら相手が悪路王であったから……。
グワン……
「!!?」
拳は完璧に顎を捉えているのに、悪路王は回避運動も取らずに立ち尽くしているだけなのに、一切の手応えがなかった。
あらゆる衝撃がどこかに消え去り、傍目から見ると、ただ鎧武者の顎に拳をそっとタッチしているだけに見える。
「なんだと……!?」
「残念だったな。最高のカウンターだったが……この悪路王には届かない」
ゴォン!!
「――がはっ!?」
逆に蹴りを入れられて吹き飛ぶアエーシュマ!全身にひびが入り、砂利で汚れながら転がるその姿はとてもじゃないが、絶対王者と呼ばれている男には見えない。
「ぐ、ぐうぅ……!?」
「あんたは強い。それは紛れもない事実……だが、今回ばかりは相手も状況も悪過ぎだ」
「くそ……!!」
限界の身体に鞭を打ち、なんとか立ち上がるアエーシュマ。しかし足は小刻みに震え、もう腕をガードポジションに上げることもできない。
「まだ立ってくるとは……どこまで驚かせてくれる」
悪路王は肩越しに雇い主の顔を確認する。
プリニオ似のボスは冷たい眼差しを向け、無言で頷いた。
「始末しろだとさ。後々のことを考えて、生け捕りにするプランもあったんだが……あんたは少し頑張り過ぎた」
「くっ!!」
「さらばだ、偉大なるチャンピオン!!」
悪路王が一気に懐に飛び込もうとしたその時!
バァン!バァン!!
「!!?」
突然の銃声!突然の狙撃!ギリギリで気づいた悪路王は進路を急遽変更し、後退したことで弾丸を避けた。
そして彼とアエーシュマの間にライフルを持ったピースプレイヤーがどこからともなく降りて来る。
「貴様は……」
「ライフルを持った機仙……確か……アルティーリョの成訓か!!?」
「あぁ、あなたの味方だ、チャンピオン」
「だが、どうしてこんなところに……?」
「話は後だ。逃げるぞ」
そう言うと機仙は腰の後ろから、なにやら球体状のものを取り出し、投げようとした!
「――!!?コロナード!!ジョナスを!!」
「あいよ!!」
咄嗟に悪路王、そしてチャルレスは雇い主であるボス、ジョナスの前に盾になるように立った!
それを見た機仙は球体を……彼らの前の地面に投げつける!
カッ!ボシュウゥゥゥゥゥゥッ!!
「「「――ッ!!?」」」
地面にぶつかった瞬間、球体は眩い光と煙を放ち、悪路王達の視界から、機仙達アルティーリョ組を隠す。
「しまった……!」
「閃光弾か……やられたね」
光も煙も消え去った時には、機仙もアエーシュマもリンジーも案の定跡形もなく、いなくなっていた。
「最後の最後でしてやられたな」
黒い鎧武者は苦笑いを浮かべながら反転、投げ捨てた刀を拾って雇い主の元に戻った。
「すまん……取り逃がした」
「いや、別に絶対に始末しなくてはいけないターゲットってわけでもないからな。別にいい」
「そうか」
「けれど、今から追おうと思えば追えるんじゃないか?」
ジョナスの問いかけに、悪路王は首を横に振った。
「まさか、このまま続けたら負けていたとか言わないよな?」
「あぁ、そんなことを言うつもりはない。仮に奴が万全の状態でも、贔屓目に見て7:3で俺が勝っていた。今の奴なら十中八九、俺の圧勝で終わる」
「大層な自信だが……その言い分だと、万が一があるかもってことだよね?」
「この世に絶対はないからな。この場合、追い詰め過ぎた結果、アエーシュマが暴走したら、俺だけではなくあんたもコロナードも含めて全滅する可能性がある」
「それは勘弁願いたい」
「手負いの獣を相手にする時はいつも以上に慎重にだ。まぁ、あれだけ痛めつけたんだ。集中力が切れたら、しばらく動けない。それで十分だろ……あんたの本来のターゲットはそもそもあいつじゃないんだから」
「あぁ、ワタシの本来の標的はプリニオ・オルバネス、そして……アーリマン。奴らを殺し、必ずやエルザを……!!」
ジョナスは不敵で、醜悪な笑みを浮かべながら、月に手を伸ばした。