過去からの襲撃者①
「ふぃ~、いい汗かいた~」
エルザにあるとあるジムから出てきたのは、Barランビリズマの地下で行われている違法賭博格闘試合のスター選手の一人、リンジー・マカパイン。シャワーを浴びて火照った身体で冷たい夜風を受け止めるように、両手を上げ、背筋を伸ばした。
「あぁ、いつにもまして充実したトレーニングだった」
彼の後に続いて出て来たのは、同じく地下格闘の選手であり、ついこないだまで負け知らずだった最強のチャンピオン、ヤクザーン。
戦いにおいて強さとエンターテイメント性を求める彼らは意気投合し、時折こうして一緒になってトレーニングをしていた。
「また強くなったな、リンジー」
「偉大なるチャンピオンに褒めていただき光栄です」
肩を並べながら人気のない夜道を歩いていた二人だったが、王者の言葉にリンジーは立ち止まり、冗談交じりにお辞儀をした。
「ふざけてないで、早く行くぞ」
「はいはい」
「そもそも今のワタシはチャンピオンじゃないしな」
「あのボス決定戦はエキシビションみたいなもんでしょ?おれを含めてみんな、今もあなたがチャンピオンであると思っている」
「気持ちは嬉しいが、ワタシとしてはやはり納得いかないんだよな~」
「そんなんじゃ、またすぐに負けることになりますよ。あの戦いから、どいつもこいつも触発されて鍛え直してんですから」
「ランビリズマのレベルが上がるに越したことはない。ワタシがさらに強くなるためには、もっと強い敵が必要だ」
「今、まともにチャンピオンとやり合えるのおれとイレールしかいないですもんね」
「一緒に支配人チームとして戦った二人はもう参加しないのか?確か……」
「塩谷と仇考」
「そいつらだ。あいつらもう試合に出ないのか?」
「仇考はともかく、塩谷の奴は痛い思いをして殴り合いするなんて心底バカにしてそうでしたしね。暴走ザリチュのこともトラウマになってるだろうし、個人としては勝利して支配人からたんまり報酬を貰っているだろうから、ランビリズマにはもう……下手したらエルザからも出て行くんじゃないですか?」
「それは残念だな。才能はピカイチだったのに」
「仇考の方は戦うことは好きみたいですけど、おれ達みたいに強い奴とギリギリの試合をしたいというより、いい感じに勝てる相手をビビらせながら、一方的に蹂躙したい……そんな感じですから。チャンピオンを満足させるのは無理かと。どちらかというとアルティーリョの用心棒とかになった方が向いているんじゃないですかね」
「そりゃまた残念。奴も光るものを持っていた。興行を盛り上げるには、ヒールも必要だし、あれはあれで人気が出ると思うんだけどな」
「おれも人間としては奴らに思うところがありますが、二人とも格闘畑から来たおれには思いつかないような戦い方をするんで、一回ぐらい手合わせして見たかったです」
「どうにかならんかな……ところで話が変わるが、何でイレールはワタシ達の誘いをいつも断るのだろう?」
「本当に急に変わりますね……あいつは職人気質なところがありますから、特訓とかは一人でやりたいタイプなんでしょう。まぁ、単純に人見知りの可能性もありますが……」
「新しい発見があるかもしれんし、一回ぐらい付き合ってくれてもいいのに……特に今日一緒に来てくれれば、このバカどもの相手が少しだけ楽になった……!!」
「ですね……せっかくシャワーを浴びたのによ……!!」
いつの間にか誰もいない夜の公園に来ていた二人は背中合わせになり、周囲を睨み付けた。
「ずっとつけていたのはわかっている!敵意がないというなら姿を現せ!!」
「おれ達のファンっていうならサインでもビンタでもしてやるからよ!!とっとと出て来いや!!」
二人の声が響き渡ると、木や遊具の影から柄の悪い男達が次々とその姿を現した。
「……九人か」
「ストーカーの気配の数と一致しますね」
「だが、まだ新手が隠れている可能性も十分ある」
「というか、今まさにこちらに向かっているのかも」
「だったらこの第一陣をさっさと片付けるか……あちらさんも辛坊たまらんらしいようだし」
男達は腕輪を嵌めた手を顔の前に翳した。
「「「ルードゥハウンド」」」
「「「ペリグロソアンギーラ」」」
「「「ダーティピジョン」」」
光の中で男達は三人ずつ、見るからに獰猛な見た目のハウンド、流線形で両手に鞭を持ったアンギーラ、翼を持ち、宙に浮いているピジョンをそれぞれ装着した。
「ふん!マシンに関しては中々上等なものを使っているじゃないか」
「だが……」
「おれ達の敵ではない!!」
リンジーが気合を入れると、みるみる彼の肉体は変化していき、あっという間に別物、古代にいたガゼルを彷彿とさせるものへと変わった。
「暴れるぞ、アエーシュマ……!!」
続いてチャンピオンヤクザーンも戦闘形態に。
ネックレスから変形したマシンは、赤と青で彩られた派手でありながら、造形は余計なものを削ぎ落としており、むしろそれが洗練されたチャンピオンの技術を表現しているかのようで、見る者を萎縮させる。
二大スターの夢の共演。ランビリズマの常連なら拍手喝采、声を上げて歓喜したことだろう。
しかしこの不審者達は……。
「てぇーーッ!!」
バババババババババババババババッ!!
手を叩くでもなく、歓喜の声を上げるでもなく、けたたましい弾丸の発射音と上空から降り注ぐ光の爆弾の爆発音で二人を包み込んだ。
土煙が天まで届くかと錯覚してしまうほど立ち昇り、気高き王者の姿も、勇猛なる獣人の姿を隠してしまう……。
「止め!!」
一体のハウンドがそう叫ぶと、マシンガンを乱射していた同種と、空から爆撃していたピジョン達が一斉にピタリと攻撃を止めた。
これだけやれば普通はもう十分なのだから、ここでこのハウンドが攻撃を中止させたことを責めることはできない。ただ相手が悪かったのだ。さらに言えば、仮に攻撃を続けても結果は変わらないので、悔やむべきは彼らに勝負を挑んだことを悔やむべきなのだ。
「やったか……」
「何をだ?」
「!!?」
ゴォン!!
攻撃中止を呼びかけたハウンドが見た最後の光景は、土煙からこちらに向かって飛び出す青赤の機械鎧。それが一瞬だけ見えたと思ったら、すぐに視界が真っ暗に覆われた……肘鉄が顔面にめり込んだのだ。彼はそのまま意識を失い、しばらく真っ暗闇以外は見れそうにない。
「まずは一人……お次は」
「ひっ!?来るなぁ!!」
バババババババババババババババッ!!
二体目のハウンドはリーダーと思われる男が簡単にあしらわれたのを目の当たりにし、恐慌状態に陥った。何の考えも無しに後退しながら、ひたすらマシンガンを乱射する。
「ふん」
「なっ!!?」
けれどもチャンピオンには通じず。アエーシュマは弾丸を全て避けながら、逃げるハウンドをぴったりと追いかけた。
「お前は一体……!?」
「何をそんなに恐れているんだ?これだけ撃っても一発も当たらないことか?自慢の足でも振り切れないことか?総じてこのワタシが……怖いのか?」
「ひいぃっ!!?」
絶対王者と呼ばれた男と視線が交差した瞬間、ハウンドは訳もわからずマシンガンを投げ捨て、新たにナイフを召喚、それで突きを放っていた。
「恐怖を克服できていない奴の攻撃など」
ヒュッ!ガッ!!
「……へ?」
ハウンドの視界が突然横になる。チャンピオンがナイフをしゃがんで躱すと同時に、足払い、その結果宙に寝そべるような姿勢に強制的にされたのだ。さらに……。
「貴様もあっちに行け」
ドゴッ!!
「――がっ!!?」
さらに下から突き上げるように膝蹴り!ハウンドは脇腹を頂点に“へ”の字のような形になり、そのみっともない姿勢のまま地面に落下、当然意識はどこかに飛んでしまっている。
「残る犬は一匹……」
ドゴッ!ドゴッ!!
「そんな奴、どこにいるんですか?」
人をおもいっきり鈍器で殴るような鈍く不快な音が二回聞こえたと思ったら、リンジー獣人態の足元に最後のハウンドが転がっていた。
「フッ……たまには誰かと肩を並べて戦うというのもいいものだな」
「いつもはひとりぼっちですからね、おれら」
「まぁ、かといって……」
「こうやって徒党を組んで、リンチ仕掛けるのはどうかと思いますよね」
「この!!」
「うるせぇんだよ!!」
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!!
あからさまな挑発に乗ったアンギーラ軍団は両手の鞭を全力で振るった。全方位から襲いかかる音速を超える鞭の猛攻にターゲットは為す術無し……となるはずなのだが。
「徒党を組んでこれか……」
「どうしようもないな、あんたら」
一流の戦士である二人にとっては、この程度全力を出すまでもなく、まるでダンスを踊っているかのような華麗な動きでいとも簡単に回避し続けた。
(くそ!!なんなんだこいつら!?こうなったら叩くのではなく、捕まえて電流を流すか?いや、これだけやって掠りもしてないのに、捕まえられる訳ない……だったら、どうすれば……うーむ)
刹那、追い詰められたチンピラの足りない頭に天啓が降りて来る。
(そうだ!こちらが捕まえられないなら、あっちから掴ませればいいんだ!相手が攻撃を見切ったといい気になったところで電気ビリビリ……完璧な作戦だ!!)
脳内で自画自賛しながら、アンギーラは鞭の動きを緩めた。
(掴め掴め掴め掴め掴め掴め!!)
「ふん」
ガシッ!!
「よし掴んだ!!」
計画通りに事が運んだことを心の底から喜びながら、アンギーラは鞭に電流を流そうと……。
「はっ!」
グイッ!!
「……え?」
電流を流す前に、アエーシュマが鞭を引っ張り、無理矢理自分のところまでアンギーラを引き寄せた!
「作戦自体は悪くないが、やるならもっと上手くやれ。あんなあからさまに攻撃を緩めれば、わざと掴ませて電流で仕留めようとしているのがバレバレだ」
「な!!?」
「地下格の選手なんて、鍛えることと金を稼ぐことしか考えていないと思っていたか?」
「思ってました……」
「残念」
ドゴッ!!
「――ッ!!?」
「それも間違っていないが、勝つために流通しているピースプレイヤーの特性ぐらい把握してるさ」
引き寄せられながら叩き込まれたパンチはアンギーラのマスクを粉々に破砕し、意識も深い闇の底に叩き落とした。
「魚は残り……」
「だからどこにいるんです……かっ!!」
ゴツウンッ!!
「――がっ!?」「――ぎっ!?」
リンジーもまた鞭を掴んでいた……二人分。
片手で一人ずつ鞭を掴んだリンジーはブラッドビーストの筋力を総動員し、アエーシュマのように敵を二体まとめて引っ張り、それを衝突させることによって、同時にKOしたのだ。
「これで撃墜スコアは並びましたね」
「勝負だったのか?これ」
「そうでもしないとつまらないでしょ。こんな雑魚相手」
「まぁ、そうかもしれんが……」
「ふざけるなぁ!!」
ボボボボボボボボボボボボボボボッ!!
ピジョン怒りの大爆撃!公園を更地に変える勢いでエネルギーボムを投下する!例によって二人には当たっていないのだが。
「ちっ!!ちょこまかと!!」
「この野郎が!!」
「焦るな!有利なのは……」
「空中にいる自分達の方だと思っているのか?」
「「「!!?」」」
「アエーシュマのことをどれだけ調べたのかはわからんが、殴り合いだけしかできないと思っているなら……とんだ勘違いだ」
ヤクザーンの静かな闘志がアエーシュマに浸透すると、まるで新鮮な血液のような、もしくは上物のワインのような真っ赤な液体が手のひらから滲み出た。
「酒血」
バシャ!ビチャビチャ!!
「うおっ!!?」
腕を目にも止まらぬスピードで振るうとまるで弾丸のようにその深紅の液体は発射され、一体のピジョンの装甲を濡らした。
「な、なんだ!?赤い……水?嫌がらせのつもり――」
ボオォォォォォッ!!
「――かっ!?」
赤い水滴が突然発火!ピジョンの全身に一瞬で火が回り、翼ももちろん火だるま!炎で一筋の線を描きながら墜落した。
「ワタシを見下ろしたいなら、サルワのように風で酒血を吹き飛ばせるようになるのだな。さて残りは……と、またか」
「はあっ!!」
「ひっ!?」
リンジーは人間を遥かに超えたバネを存分に使い、頭上にいたピジョンのさらに上まで跳躍した!
「まずは一人!!」
ガァン!!
「――ぐがっ!?」
一体目のピジョンを踏み台代わりにしながら撃破!さらに加速して二体目に飛んで行く!
「く、来るなぁ!!」
ピジョンは破れかぶれで手を出す……が。
ヒュッ!ガシッ!!
あっさり避けられ、さらには頭を掴まれ、頭上で逆立ちされる。
「こ、これは……!?」
「知っているのか?そうだ、貴様のようなチンピラにはもったいない技だ……A.S.ブレイカーは!!」
ドゴォ!!
「――がっ!!?」
頭上から半月を描き、獣人の膝がピジョンの顔面に勢い良く叩き込まれる。
獣人は空中でピジョンを離すと、優雅に足から着地。一方、意識混濁状態の哀れな鳩は頭から墜落した。
「これで……5対4!おれの勝ちですね!!」
リンジーは腰に手を当て、誇らしげに胸を張った。
一方、仮面の下のヤクザーンの顔には陰がかかっていた。
「ん?どうしたんですかチャンピオン?やっぱり負けると、悔しいですか」
「いや、勝ち負けとかじゃなく、今気づいたんだが……」
「え?何に?」
「こいつらの目的を探るために一人ぐらいKOしないでおくべきだったんじゃないか?」
「……あ」
気づいたところでもう遅い。二人の周りは死屍累々。とても話が訊けるような奴はいなかった。
「なんたる初歩的なミステイク……」
「まぁ、死んではいないから、リーダー的な奴だけランビリズマに連れ帰るか」
「そうですね」
「おいおいもう帰るのかよ、スーパースター」
「「!!?」」
突然声のした方を向くと、今しゃべったであろうチンピラのお手本のような男と、もう一人仏頂面の男、さらに今倒したばかりのハウンド、アンギーラ、ピジョンが二体ずつ、計七人の新たな不審者が立っていた。
(できるな……生身の二人。特に黙っている方)
ヤクザーンは本能と経験則で一目でその実力を看破、気を引き締め直す。
「……貴様がこいつらのボスか?」
「いや、おれは言うなれば幹部だな。金で雇われているだけさ。ついでに言うとこいつらも」
「では、貴様らのボスはどこにいる」
「なんかちょっと街を見たいつってお散歩中。そのうち来るだろ」
「そうか……では、その前に貴様らに知っていることを洗いざらい話してもらおう。大人しく従ってくれるなら、悪いようにはしないぞ」
「チャンピオンは慈悲深いね~。だ・け・ど……ちょっと状況が見えてないんじゃない?」
「貴様こそ何もわかってないんじゃないか?この惨状を見れば、幹部である貴様ら以外では我らをどうにもできないことぐらいわかるだろ。そして幹部である貴様ら二人もワタシとリンジーが力を合わせれば……」
「それが何もわかってないってことだよ。おたくの相棒、そんな状態で戦えると本気で思ってるの?」
「何……!?」
慌ててリンジーの方を振り返る。するとそこには……。
「ぜぇ……ぜぇ……」
さっきまでの元気な姿は見る影も無し。リンジーは四つん這いになって、息をするのもやっとの状態になっていた。
「リンジー!?貴様ら何をした!?」
「本当、何もわかってないね、あんた。何かしたって……そいつだけなわけないじゃん」
ガクッ!!
「!!?」
突然、突然に身体から力が抜け、絶対王者と呼ばれた男は地面に膝をついた。