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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の落花狼藉
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プロローグ:落花狼藉

 『ヘヌリ・モルテンソン』は元グナーデ協会の幹部である。

 誰よりも信心深く、誰よりも献身的に協会を支え、信仰を広めることだけを考えてきた。

 それが彼にとって何より幸せだった。

 しかし、彼の人生はある日一変する。

 教会内で、信者達が大量に殺され、教祖ジーモン・シュパーマーも突然、姿を消した。

 そしてしばらく後に……偉大なる教祖様は遺体となって見つかったのだ。

 信者達はおおいに悲しんだ。ヘヌリ達幹部ももちろん悲しんだ……最初だけは。

 すぐにこの教会をどう維持するのか、そのために新たに舵取りするのは誰なのかと醜い跡目争いが始まった。そこに悲しみに暮れる信者のことや教祖様への敬意は微塵もない。ただ金と権力の魔力に取りつかれた俗物達の足の引っ張り合い。

 ヘヌリはほとほと嫌気が差した。

 だからヘヌリは幹部の地位を捨て、愛するグナーデ教会から去ることを決めた。

 新たに選んだ職業は何の変哲もないスーパーのバイト。レジはどんどん自動化されているので、主な仕事は商品の陳列である。

 これも近いうちにAIによる完全自動化が実現するのだろうと思うと、他の仕事を探さなければとか、そもそもそこまで技術が発展したら人間が労働する必要があるのか、雇用がどうとか言ってないで、人間が仕事をしなくても暮らせる社会構造を考える段階に入っているのではないかとか余計なことを考えてしまうが……。

「おじちゃん」

「ん?どうしたの?」

「そこの上にあるお菓子取って~」

「これ?はい、どうぞ」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 なんだかんだ結構やりがいを感じ、充実した毎日を送っていた。

 決して高いとは言えない給料で働き、くたくたになって家に帰ったら心の底から敬愛するジーモン・シュパーマー教祖の言葉と、彼が見せてくれた神聖なる鎧、タローマティの姿を思い出しながら、祈りを捧げる……そんな他人からするとつまらないと笑われそうな毎日に彼は幹部として高給をもらっていた時よりも幸せを感じている。

 ある日、無断欠席したことのない真面目なヘヌリが店に来なかった。

 三日経っても、連絡がつかないことを不審に思った店長は警察に通報しようとした矢先、その警察が突然店を訪ねてきた。

 音信不通だったヘヌリは最悪の形で、河川敷で惨殺死体となって見つかった。

 彼の死体には“Q”と書かれたカードが添えられていた……。



 『ハロルド・アルドリッジ』は元警官である。

 ただ彼は真面目で清廉潔白な正義の味方ではなく、エルザシティの警官らしく金と欲望を満たすために法律など平気で無視する汚職警官だった。

 最初は犯罪者を賄賂で見逃すだけだったが、徐々にエスカレートしていき、押収品などをくすね始める。

 そんなことを続けていると、ある日署長であるデズモンド・プロウライトに呼び出される。

(バレたか?だとしたら万事休す、ゲームオーバーか……)

 妙に達観している彼は人生の終わりをあっさりと受け入れる。しかし、彼を待っていたのは、汚職警官としてより高いステージであった。

 その日から彼は犯罪者から賄賂を受け取ることも、押収品をちょろまかすこともなくなった。デズモンド・プロウライトの指示の下、彼を探る不埒な輩を密告するだけで、その何倍ものお金が貰えたからだ。

 時には下らない正義感に毒された同僚にあえて近づき、情報を流し、デズモンドとその背後にいる者に敵意を持たせ、ターゲットに仕立て、それを密告し、自らの手で始末し、報酬を得るというお手本のようなマッチポンプを行うこともあった。

 また時にはデズモンドがドゥルジという特級ピースプレイヤーを纏い、自らの手を下すためにターゲットを誘き出す役目を担うこともあった。

 彼はこれが自分の天職などと感じていた。

 この悪辣な職務を全うしていれば、いつまでも人よりいい暮らしができると、心の底から喜んでいた。

 けれど、それは突然終わりを迎える。デズモンド・プロウライトが死に、その悪行が白日の下に晒されたのだ。

 表向きは真面目な刑事であったハロルドの悪事も露呈すると、彼は追う側から追われる側となった。

 自分達の一番側で、平気な顔で裏切り、警察という存在を貶めたハロルドに対する元同僚達の怒りは凄まじく、家も口座を押さえられ、影で豪遊していた彼はホームレスとなって、その日の食料を求めてさ迷うこととなった。

(くそ!!こんなはずじゃ!!だが、まだだ!また俺は必ず成り上がってやる!!)

 豪勢な暮らしは、達観していた彼の性格をねじ曲げていた。野心に支配された男はゴミを漁りながらも、その眼のぎらつきは失われない。

(本当ならマフィアの奴らとお近づきになりたいんだが、アルティーリョも佐利羽も今のトップは裏社会の秩序の番人を気取ってやがるからな。俺なんかを助けないだろう……)

「ハロルド・アルドリッジさんですね?」

「!!?」

 久しぶりに名前を呼ばれ、ハロルドは慌てて振り返った。そこにいたのは……。

「少しお話を聞けませんか?付き合ってくれたら、そんな腐臭にまみれた残飯じゃなくて、美味しいご飯をご馳走しますよ」

「お前は何で……!?いや、お前は……あいつじゃないのか?」

 男は邪悪な笑みを浮かべた。

 その三日後、ハロルドは路地裏のゴミ捨て場で惨殺死体となって見つかった。

 彼の死体には“Q”と書かれたカードが添えられていた……。


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