大将戦④
それはとある日のこと……。
「なぁ安堂ヒナ?」
「なぁに?フミオちゃん」
家主はかねてからの疑問を解消するために、リビングでくつろいでいる居候の隣に座った。
「前々から訊きたかったんだが、アンラ・マンユでどうやって三大マフィアのボスを倒すつもりだったんだ?」
「どうって……フミオちゃんならわかるでしょ?」
「反重力装置を使った機動で撹乱、フィンガービームで牽制しつつ……」
「隙を見てステルスケイル発動、こっそり近づいてフリーズブレスで敵を動けなくしてから……」
「最大火力のヒートアイ、もしくは完全適合できていたら悪の華をぶちこむ」
「やっぱわかってんじゃん」
そう言うとテーブルの上に置いてあったマグカップを手に取り、冷めたココアを啜った。
「あんまり相手の能力を意識し過ぎた結果、汎用性がなくなるようなことは避けたかったからね。どんな相手でもそれなりに戦える武装をチョイスしたつもり。もしドゥルジやタローマティの情報を知っていたらもう少しわかりやすい特効武器を積んだかもしれないけど。凄いレーダーとか、反射能力を無効にする装置とか」
「大方予想通りの答えだな」
「なら、何でそんな質問したの?」
「今の話で、一つだけ出て来なかった武装があるよな?ヴェノムニードル」
ヒナはその単語を聞いた途端、顔をしかめた。
「あれはなんか敵を生け捕りしたい時とか、怪我した時に痛み止めしたい時に役に立つんじゃないかって。あとザリチュの蔦に撃ち込んで、本体にも効いたらいいなとか思っちゃったり。そもそも特級に通用するかはわからなかったんだけどね」
「そんな不確定な効果の武装を積んだのか?」
「何が言いたいの?」
「お前はピースプレイヤーの専門家だから知っているだろ……覚脳鬼のことを」
「……うん、もちろん」
「なら、あの武装も本来そう使うものなんじゃないか?」
「だとしたらどうするの?もし何の危険性もなく、胸を張って使ってくれって言えるものなら、とっくの昔に説明してるはず……とか思わない?」
「わかっている。お前がそれを隠したいにはそれ相応の理由があることくらい」
「だったら……」
「だとしても私には更なる力が必要だ。こういう生き方しかできない私にはな。リスクなど……いくらでも背負ってやるさ」
過去の木原は不敵に微笑んだ。
そして現在……。
「ああは言ったものの本当に使う日なんて来て欲しくなかったんだがな」
今の木原は苦味ばしった顔で、自分の生き方とやらを自嘲していた。
『ここに来てアーリマンも新たな手を打ってきた!!チャンピオンが酒なら自分は薬!!これぞ無法者の頂上決戦ですね!!』
『同意を求められても困るのですが……まぁ、何はともあれあの感じだと、ダメージは問題ないようですね。また激しいバトルが見れることは嬉しいです。きっとチャンピオンも同じ気持ちでしょう』
「いいね……あんたも中々のエンターテイナーだな」
解説の声はヤクザーンには届いていなかった。彼は目の前に現れたご馳走にただただ夢中だ。
「俺は別に誰かを楽しませたいとは思っていない」
「なら、何を望む?」
「当然……頂点だ!!」
『アーリマン行ったぁぁぁッ!!』
高揚したアンラ・マンユは地面を抉れるほど蹴り出すと、一瞬でアエーシュマの前に。そして勢いそのままに拳を振り下ろす!
「速いね~」
「ウオラァッ!!」
「だけど……」
ヒュッ!!
「オレには当たらないよ」
アエーシュマは軽々と回避!さらに……。
「お返し!!」
ガンガン!!
反撃のコンビネーション!紫の悪魔は容赦なく殴られ、苦痛で……。
「はっ……なんだそりゃ!!」
ドゴッ!!
「――がっ!!?」
苦痛など感じてないぞと言わんばかりに反撃のナックル!逆にヤクザーンが苦悶の表情を浮かべる。
『アーリマン反撃!!チャンピオンの連携攻撃がきれいに決まったのに、全くものともしてない!!』
『どうやら痛覚が麻痺しているようですね。でなければあれだけの攻撃を食らって、平気な顔で反撃なんてできないですよ』
「オレも痛みを感じ難くなっているが、完全オフかい……!!」
「あぁ!そんなものは俺には必要ない!!」
「この世に必要ないものなんてないんだよ!!」
ガンガンガンガン!!
「く!?」
痛みを堪えて、アエーシュマのラッシュ!今回も見事に全弾命中だ!
『王者は怯まない!!変幻自在の酔拳はまだまだキレキレだ!!』
『ええ、こちらもダメージを感じさせない素晴らしいパフォーマンスですね。それにチャンピオンは早くもアーリマンが痛覚を失ったことによるデメリットを早くも見破ったみたいです』
『デメリット?』
『多分、アーリマンはもう攻撃を受け流すことができない……そうヤクザーン選手は思っているのでしょう』
『え?どうしてそんな風に?』
『チャンピオンも攻撃を受け流すことに長けています。その技の肝はタイミングだということも理解しているはず。だからこそ痛覚というか、肌感覚が鈍ることで、そのタイミングが計りづらくなると……』
『攻撃を受け流せない!!』
『はい。全ての感覚を総動員して行われる神業は今のアーリマンは無理だと踏んだんでしょう』
「攻撃を受け流せないなら、躊躇う必要はない!!撃って撃って撃ちまくる!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
『攻める攻める攻める!!チャンピオン、このまま押しきるつもり――』
ゴォン!!
『――か!!?』
「がはっ!!?」
『チャンピオン悶絶ッ!!ボディーに深々と拳が突き刺さり、“く”の字に曲がる!!』
「技の見せ合いも、心理戦もするつもりはない……ただ純粋なスピードとパワーで圧殺する!!」
見事にカウンターを決めた紫色の悪魔は更なる追撃のため、拳を振りかぶった!
『ヤバいぞ!チャンピオン!これを食らってしまったら!!』
(なんとか受け流――)
ドゴォッ!!
「――ッ!?」
青と赤で鮮やかに彩られた身体が、同じ色の破片を撒き散らしながら、宙を舞う。そして、地面に背中から落下した。
『ダ、ダウーーーン!!チャンピオンが、あの絶対王者が!!大の字になって倒れた!!』
『レフェリーも信じられなかったのか、一瞬呆然としていましたね……私もですが』
『さぁ、カウントが始まる!!起き上がれるかチャンピオン!!』
「ワ――」
「必要ない!!」
「――ン!!?」
アエーシュマはレフェリーを制止しながら、飛び起きた。
「ヤクザーン、本当に……?」
「問題ない!!むしろ……絶好調だ!!」
そしてすぐさまアンラ・マンユに突撃!また……。
「はいなぁッ!!」
ガンガンガンガンガンガン!!
猛然とラッシュを仕掛け……。
「ウオラァッ!!」
ドゴォッ!!
「――がはっ!!?」
そして時折カウンターを食らう。
それを延々と繰り返す……。
『激しい打ち合いになりましたね』
『ええ……真っ向からの力勝負です』
『一つ疑問があるのですけど』
『チャンピオンが何故攻撃を受け流さないのかですね?』
『お見通しですか、さすが』
『あれだけ華麗に攻撃をいなしていたのに、突然しなくなったら、誰だって不思議に思いますよ』
『ええ、というかチャンピオンはアーリマンがドーピングしてからは初撃以外避けられていませんよね?』
『最初の一撃は相手の出方を伺うために本気で打ってなかったからですよ。それ以降の攻撃、アーリマンの本気は……チャンピオンでも対応できないほど速くて強い……!!』
『え?では、本当にゴリ押しでチャンピオンの技を攻略したんですか!!?』
『いえ、それに加え、もっとも動きづらいタイミングで攻撃を放っているんですよ。相手が攻撃している途中……つまり相打ち上等で反撃を繰り出しているから、防御行動が取れない』
『痛みを感じないからこその最高にイカれた戦法ですね……では、勝負の行方はアーリマンの言った通り、技や心理戦ではなく、純粋にどちらが身体的にタフかどうかってことで決まるってことでしょうか?』
『いえ、ああ言ってましたけど、この状態になっているのは、アーリマンがチャンピオンの精神を理解し、利用してるから他ならないですよ……』
「はい!はい!はいッ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
ボロボロになりながらも、全身に激痛が走っていても、アエーシュマは攻撃の手を緩めなかった。
もっといいやり方があることを知りながら……。
(勝ちにこだわるなら、正面からの殴り合いになんて付き合うべきじゃない。酔いが冷めるように、アーリマンのドーピングだっていずれ効果を失う。そしてこれだけのパワーアップ、長く持つはずがないんだ。痛みは感じなくても、ダメージは蓄積しているんだから、尚更。逃げに徹して、持久戦に持ち込むのが、勝つためにはベスト……それはわかっているんだがな)
アエーシュマはチラリとアンラ・マンユ越しに観客席を見た。
「行けぇ!!負けるな!チャンピオン!!」
「アーリマンも頑張れ!!」
「最高の試合だ!!見に来て良かったぞ!!」
熱狂する観客の顔を見ると、自然と仮面の下で口角が上がった。
(だよな!せっかくこんなに盛り上がってるのに、ここで退くとかあり得ないよな!!最高にエキサイティングなのは、相手の思惑に乗った上で叩き潰すこと!!オレがそう考えると思って、お前もこんな無茶仕掛けてんだろ!)
「アーリマン!!」
ヒュッ!!
「!!?」
拳が空を切った。アンラ・マンユがドーピング後初めて明確な回避行動を取り、そして成功させたのだ。
「俺以外のことを考えているからだ」
「てめえ……!」
「戦士としてあるまじき行為……反省しろ!!」
ゴォン!!
「――がっ!!?」
『痛恨の極み!!チャンピオン、お手本のようなカウンターをもらってしまった!!』
よろよろと後退りするアエーシュマ。
そんな無様を晒す王者に容赦なく、アンラ・マンユは拳を撃ち下ろす!
「終わりだ」
ゴッ!グルン!!
「!!?」
拳を触れた瞬間、薄皮一枚触れた瞬間、アエーシュマは勢い良く縦に回転した。
『こ、ここに来て!土壇場で攻撃を受け流したぁぁぁ!!』
『それでこそ……それでこそチャンピオンです!!』
「酔王!暴流脚!!」
ドゴォッ!!
「――ッ!?」
相手の力を利用した渾身の回転蹴りが、アンラ・マンユの頭部に炸裂した。
そして、ついさっきとは逆によろめく悪魔に、体勢を立て直した王者の拳が迫る!
「これでフィナーレだ!アーリマン!!」
ゴッ!ブゥン!!
「!!?」
『な!!?』
パンチは顔に当たった……当たったが、アンラ・マンユはそれを受け流し、まるでバレエダンサーのようにその場で回転した。
刹那、実況解説、そして観客は息を飲み、王者は全てを悟った。
「オレも負けん気が強い方だが、お前も大概だな」
「ダウンのお返し……やられたらやり返すのがアーリマン流だ」
「ったく、何が心理戦をするつもりはないだよ……騙しやがって」
「俺は生粋の悪党だからなチャンピオン……魔王式カウンターブロー」
ドゴォッ!!
「――ッ!?」
アエーシュマのパンチを利用した回転からのカウンターの裏拳!
見事に青赤のマスクに直撃し、ヤクザーンの意識を混濁状態に陥れ……倒す。
『ダ、ダウーーーンッ!ダウンダウンダウーーン!!アーリマンの華麗なるカウンターを食らい、チャンピオン倒れたぁぁぁッ!!』
『最初にダウンを取られた時の意趣返し、誰もが攻撃を受け流せないと信じ込ませてからの完全に意表を突いた一撃……これは……』
「ヤクザーン!!」
レフェリーが倒れる王者に駆け寄り、状態を確認する。
公平な立場でいなければいけないのだが、やはりずっと戦いを見続けたヤクザーンの方に内心どうしても肩入れしてしまい、彼は仮面の下で顔をしかめた。
けれども、審判としての矜持を貫くことが、この偉大なるチャンピオンへの一番の敬意になると思い、両手を空中でクロスさせた。
『決着ーーーーッ!!死力を尽くしたまさに手に汗握る決戦を制したのはアーリマン!!絶対王者を下し、勝利をもぎ取った!!』
『そしてこれでボス決定戦の方も決着しましたね』
『はい!絶体絶命の二連敗からの怒涛の三連勝!!ボス決定戦を制したのはプリニオ軍!!つまり……アルティーリョファミリーの新たなボスはプリニオ・オルバネスに決定ーーーッ!!』