表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
17/194

暗殺者追跡 その②

「大失敗だな……」

 狙撃地点から少し離れたカフェのオープンテラスで顔をマスクで隠し、フードを被った男がノートパソコンの真っ黒な画面の真ん中に“Error”と書かれているのを見て、ため息まじりにそっと呟いた。

(まさか『プロン・マリオネット』まで失うことになるとは……大損害だ。ここまでこてんぱんにやられると、この依頼自体がおれをはめるものだと疑わないとな……!)

 冷静を装っているが、内心は穏やかじゃない。あまりにも敵の手際が良すぎて、はじめから全てが自分を陥れるためのものだったのではないのかと疑念を深める。

(それを確かめるためにも、まずはここから逃げないと……)

 男はノートパソコンを閉じ、カフェを後にする。カップには半分以上コーヒーが残っていた。

 すぐに人の多い大通りから離れ、狭いビルの間に入っていく。

(ここら辺でいいか……)

 端から見ると何がいいのかわからない行き止まりの前で、男はポケットから手帳のようなものを取り出……。

「こんなところで何やってるの、お兄さん?」

「!?」

 突然、後ろから女が声をかけてきた。男が振り返ってみると、女は仁王立ちになって、来た道を塞いでいるように見えた。

「……ちょっと気分が悪くなって……」

 男は誤魔化し、女から逃げようとする。

「あら、それは大変。病院に連れて行ってあげましょうか?」

 女は食い下がる。この段階ではただの善意の可能性もあるので、男も下手に行動を起こせない。

「いえ、もう大丈夫です。少し風に当たったら良くなりましたから」

「そう、それは良かった……というか、お兄さん、中々いい声ね」

「ありがとうございます……」

「スタイルもいいし」

「はぁ……」

「ワタシ、かなりタイプかも」

「そう言ってもらえるのは光栄ですけど、おれなんか大したことないですよ……」

「そう?良かったら、マスクを取って顔を見せてくださらない?」

「顔を……」

「ええ、顔もワタシ好みな気がするの……ワタシ好みのスカーフェイス……!」

「………」

 決まりだ。この女は自分を捕まえに来たんだと、男は確信する。

 そうと分かればと、意識を戦闘モードに移行し、間合いを測る。

 女の方も正体を隠す必要がなくなったので、抑えていたプレッシャーを解き放ち、臨戦態勢で相手の隙を伺う。

「どうしたの?こんな美人に話しかけられて緊張しちゃった?」

「生憎だが、おれはあんたみたいな女はタイプじゃない。あんたみたいに戦場でしか生きられない女はな……!」

「同族嫌悪ってやつ?」

「そうかもな……」

「………」

「………」

 二人の間に重苦しい沈黙が流れる。お互いにタイミングを待っている。仕掛けるタイミングを……。

「って……だらだら睨み合っても、不利になるのはおれの方だよな……どうせ他に仲間もいるんだろうし……」

「そうかもね」

「だったら……下らない駆け引きは無しだ!!」

 男はこのまま時間が過ぎることは自分にとってリスクになると判断し、先に仕掛けることにした。

 手に持っていたノートパソコンを女に向かって投げ捨て、代わりに手帳のようなもの、待機状態のピースプレイヤーを取り出す。

「『ダーティピジョン』!!」

 灰色の装甲が男の身を包む。そして、間髪入れずに女の方へと向かっていく。

「そういうわかりやすいところもタイプかもね……ルシャットⅡ!!」

 声をかけてきた女、シュヴァンツの隊長神代藤美も本人の性格に反して品格溢れる白と藤色をした愛機を装着すると、ノートパソコンを払い除けながら、向かってくる暗殺者に拳を撃ち込む。

「てやぁ!」

「そんな攻撃など!」

 しかし、暗殺者は拳をしゃがむことで難なく避ける。それだけでは飽き足らず、そのまま一回転しながら足払いを敢行する。

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

 フジミも跳躍であっさりと暗殺者の攻撃を回避する。そして、彼女も空中で一回転、後ろ回し蹴りを放った。

「うりゃあッ!!」


ガァン!!


「――ッ!?」

 暗殺者はなんとかガードには成功するが、威力は殺し切れず、僅かに後退する。

「まだまだぁ!ルシャットピストル!!」


バン!バン!バァン!!


 ルシャットは暗殺者の足元に銃を連射するが、態勢を立て直した男は軽快にステップを踏むように全てを避けた……が。

「ちっ!?」

 背中が壁に触れる。行き止まりに追い詰められてしまった。

「逃げ場はないみたいだけど、どうするアサシンさん……?」

 ルシャットは銃を突き付ける。今度は足元ではなく、頭に照準を合わせて。

「……一つだけ、聞いていいか?」

「駄目に決まってるでしょ!……って、他の人なら言うんだろうけど……いいわ。ブタ箱に入る前に美人と話す素敵な思い出をあげる」

「フッ……では、お言葉に甘えて……どうしておれの居場所が、おれが暗殺者だとわかったんだ?」

 散々失敗続きの任務だったが、さすがに自分の正体までバレるようなポカはやらかしてないと暗殺者は思っていた。けれど、現実にはこうして追い詰められている。

 自分自身、間抜けで惨めな質問だと感じていても、聞かずにはいられなかった。

「P.P.ドロイドを使うのは良くやったと思うけど、自律型じゃなくて“遠隔操作型”を使ったのはまずかったわね。コントロール電波を逆にたどって行けば、あんたの居場所なんて丸わかりよ」

「この短時間で、おれが仕掛けたフェイクやプロテクトを全てくぐり抜けてか……!?」

「うちの優秀なメカニックなら造作もないことよ」

「………そうか」

 不思議と悔しさはなかった。むしろそこまでやられたら仕方ない、感心さえするという清々しさが強かった。

「そのメカニックとやらに伝えておいてくれ……あんたは一流だってな」

「自分で伝えればいいじゃない。鉄格子を挟んでね」

「生憎、おれは狭いところが嫌いだ」

「じゃあ、今のこの状況も辛いでしょ?」

「あぁ……だから、この場から離れさせてもらうよ」

「ワタシが許すと思ってるの?そもそも壁に囲まれて、逃げ場所なんてないでしょうに」

「あるさ……“上”だ!!」

「!!?」

 ダーティピジョンの背中から翼が生える。そして、一瞬で上空へと飛んで行く。

「しまった!?あいつ、飛べるの!?くそ!?」


バン!バァン!!


 銃で撃ち落とそうとするが、ピジョンには当たらない。まるで背中に目がついているかのように、軽々と弾丸を避けて天に向かって上昇していく。

「逃がしてたまるか!」

 狙撃を諦めたルシャットは向かい合ったビルを交互に蹴って、登っていく。

 追跡されているピジョンはというと、もう既にルシャットの視界から消えている。

「ッ!どこだ!どこに……!」

 屋上にたどり着いたルシャットは頭を忙しなく動かし、暗殺者の姿を探す。

「見つけた!ちっ!?もうあんなに遠くに……!!」

 暗殺者の姿は遥か遠くにあった。フジミの目にはもう豆粒のようにしか見えない。

「待てってば!!」

 ビルを飛び移りながら、全速力で追うが、一向に距離は縮まらない。

「くっ!?駄目だ……ルシャットじゃ、ワタシじゃ……!」

 嘲笑うかのような優雅なフライトを堪能する暗殺者の背中に、フジミの心も折れ……。

「神代!!」


ブロオォォォォォォォン!!!


「――!?我那覇!?」

 フジミの背後から部下、そしてエンジン音が聞こえた。

 振り向くとバイクに跨がり、こちらに向かってくる青いドレイクの姿があった。

「乗れ!奴を追うぞ!!」

「あ、あぁ!!い……よっと!!」

 バイクが自分を追い抜こうとする瞬間、フジミは我那覇ドレイクの後ろに飛び乗った。

「悪いな、こいつを取りに行っていて、遅れた」

「別にいいわ、来てくれたんだからね!それよりもあいつを追うよ!」

「言われなくても!」

 バイクは二人を乗せているとは思えないスピードで走り、屋上を飛び移り、暗殺者に迫っていった。

「まだ付いてくるのか……まぁ、おれをここまで追い詰める連中なら当然といえば当然か」

 暗殺者はちらりと肩越し、翼越しに追跡者の姿を確認した。この程度は今までの苦い経験で彼も想定している。

「ならば、これはどうだ」

 暗殺者は突如として方向転換をした。狙撃のために、この辺りの地形は全て頭に入れた。そんな彼が気まぐれで動いているなんてこと勿論ない。

「あいつ、急に……」

 フジミの本能が危険を訴える。しかし、落ち着いて考えている時間など彼女達にはない。

「問題ない。奴の考えていることなど、だいたいわかる」

 我那覇の方はというと至って冷静だ。暗殺者と同じく地形を把握している彼にはこの先待っている“罠”のことが推察できた。

「だいたいわかるって、何がよ?」

「言っている間に見えて来たぞ」

「だから、見えて来たって……いぃッ!?」

 フジミの目の前に現れたのは“空間”、何もない空間が彼女の前に広がっていたのだ。

「ビルがない!?あいつ、これを狙って!!」

「そういうことだ」

「そういうことだ……じゃないよ!このままじゃ、ワタシ達二人ともバイクでダイブよ!?地獄にダイブよ!?」

「問題ない」

 取り乱すフジミを尻目に、我那覇はさらにアクセルを開いた。ぐんぐんとスピードを上げ、あっという間に屋上の端にたどり着いた。

「うおぉぉぉぉっ!?止まれって!お願い!止まって我那覇くん!?」

「問題ないって……言ってるだろうが!」

「あっ……」

 バイクは屋上から飛び出した。前には果てしない青空が広がっている。

「あぁ……本当にやっちゃったよ、この人……」

 星の引力を感じながら、フジミはそっと呟いた。ここまでされると怒る気にもなれない。というか死を感じて悟りの境地に達したのかも。

「人をヤバい人間みたいに言うな。俺はお前と心中する気など更々ない」

 一方の我那覇は淡々とハンドルに付いているスイッチを押す。するとバイクからダーティピジョンのように翼が生えた。

「えっ……?羽……?」

「だから言ってるだろうが、問題ないと。しっかり掴まってろよ。ここで振り落とされたら、元も子もないからな!」


ブオォォォォォォォン!!


「うええっ!?と、飛んでる!?」

 バイクは我那覇とフジミを乗せて、飛んだ……飛んだのだ!エキゾーストパイプから火を吹き、翼で風に乗ってバイクが空中を飛んでいる!

「えっ!?これ、バイクじゃないの!?」

「栗田女史曰く、全地形対応スーパースペシャルバイク『ナーキッド』……というらしい。水中にも潜れる彼女の自信作だとさ」

 栗田杏奈は趣味として色々なものを作っている。このナーキッドもその一つだった。彼女がシュヴァンツに召集されるにあたり、役に立つかもと倉庫から引っ張り出し、メンバーの中で一番使いこなしてくれそうな我那覇空也に託していたのだ。

「それならそうと早く言ってくれればいいのに……」

 フジミは我那覇のこういうところが嫌いだった。コミュニケーション不足で済ますにはいくら何でもひど過ぎると思っている。

「こうして助かったんだから、いいだろ。それより集中しろ。まだ何も終わってないぞ」

 我那覇はというと悪いとは一切思ってないらしく、フジミの抗議など意に介さない。むしろ逆にフジミを集中力がないと断じる。

「あんたって人は……あぁ!もういい!このナーキッドとやらの力をあの暗殺者に見せつけてあげて!!」

「ふん……最初からそのつもりだ!」

 部下とのあれやこれやを全て暗殺者にぶつけると決めたフジミの指示で、我那覇がアクセルを捻ると、さらに吹き出す炎は大きくなり、ナーキッドは速度を上げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ