大将戦②
『ついに戦いの火蓋が切って落とされた大将戦!!両者まずはどう動くか!!?』
「………」
「………」
アンラ・マンユとアエーシュマは一定の間合いを取り、お互いを正面に捉えながら、ジリジリと円を描くようにゆっくり移動した。
『思いのほか地味な立ち上がりというか……なんか既視感がある展開……』
『先鋒戦と同じですね』
『あぁ……あの時と同じ空回り感……』
『リンジー選手はチャンピオンを強くリスペクトしていますし、アカ・マナフ選手はアーリマン選手が連れて来てらしいですから、思考回路が似ているんでしょうね』
『つまりあの時と同じくまずは様子見ってことですね』
『はい。まぁ、すぐ終わるでしょうが』
(どうしたものか……隙が見当たらない。とりあえず軽く一発撃ってみて、反応を伺う……)
「得策じゃないよな?」
「……え?」
「後手に回るのは得策じゃない!!」
『行った!アーリマン!!先制は話題のダークヒーローだ!!』
アンラ・マンユは一気に踏み込むと、勢いそのままにストレートを放った。
ヒュッ!!
それをアエーシュマはあっさりと身体を軽く仰け反らしながら回避……しつつ、反撃のアッパー!
ヒュッ!!
しかし、それを読んでいた紫の悪魔も容易く回避……からの、もう一発振り下ろしのパンチ!
パシッ!!
それまたあっさり払いのけるチャンピオン!当然、またお返しだとハイキック!
ブゥン!!
結局それもアンラ・マンユを捉えられず、虚しく空を切る。
そこからまたアンラ・マンユ、捌いてアエーシュマ、それを防いでまたアンラ・マンユからのアエーシュマ……ひたすら撃ち合い、防ぎ合いが続く。
その一進一退の攻防にそれを見る全ての人が息をするのさえ忘れて、見入った。
『……弾けたように始まった攻防ですが……なんというか苛烈なんですけど、とても流麗で……見とれてしまいますね』
『はい。まるでお互い息を合わせて演舞をしているかと錯覚するほどに……美しい』
『本当、格闘技のお手本を見せられてる気分になります』
『実際、全格闘家はこれをお手本とすべきですよ。圧倒的かつ破天荒な経歴を持つ両者ですが、その強さを支えているのは、見るものを魅力するほど完成された基礎……結局、最終的にはそこが一番大事だと背中で教えてくれているようです』
『そうですね……意外というとアレですが、二人とも今のところオーソドックスな動きに徹していますよね?このままこれがしばらく続くのでしょうか?』
『奇策を打ってくるかどうかはわかりませんが、そろそろ“差”が出てくる頃だと思いますよ』
『差……実力差ですか?』
『いえ、実力は伯仲しています。差なんてほとんどありませんよ』
『では、ダルトンさんの言う“差”とは……』
『知らないか、知っているかの差です』
(静かだ……観客が集中している証だな)
青赤の仮面の下で思わず笑みが溢れた。
(だが、そろそろ変化が欲しい頃、均衡が決壊するのを待ち望んでいるはず。今度こそ仕掛けるか……それとも)
瞬間、ヤクザーンの脳裏に暴走ザリチュと戦うアンラ・マンユの姿がフラッシュバックした。
(いや、迂闊に攻めるのは危け――)
「来ないのか?」
「!!?」
「ならばまたお先に……ギアを上げさせてもらうぞ!!」
アンラ・マンユは首筋に向かってチョップを繰り出した!
「この!!」
ガァン!!
しかし、それをアエーシュマは腕でガード!……したのだが。
「はあっ!!」
紫の悪魔は手刀を引いたと思ったら、ガードを上げたことでがら空きになった脇腹にミドルキックを放つ!
ガギン!!
「――ッ!!?」
だが、かろうじて脚によるガードが間に合った!
「ほう……この速度にもついて来るか。さすがだなチャンピオン」
「そう思うなら、上から目線で話しかけるのやめろよ」
「そう思うなら、力ずくで私を貴様の前に這いつくばらせてみろ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「ぐうぅ……!!」
『おおっと!!お互いに交代で技を見せ合う演舞のような先ほどまでと違い、アーリマンが一方的に攻める展開になった!!』
『ついに“差”が出始めましたね』
『これがダルトンさんの言う知らないか、知っているかの差の結果なのですか?いまいちわたしには理解できないのですが……』
『言葉の通りですよ。試合前にも言及しましたが、チャンピオンの本気というものは誰も見たことがない。もちろんアーリマンも知らないでしょう』
『それはそうでしょう』
『だから彼は今、こう考えているはずです』
(相手の能力がわからない……わからないならごちゃごちゃ考えても仕方ない!開き直る!!余計なことを考えずにとにかく攻める!相手が引き出しを開けてきたら、その都度なんとか対応する!もし引き出しを開ける前に倒せたら……それがベスト!!)
『……ってね』
『なるほど。確かに自分で動かないことには始まりませんもんね。最初に攻撃を仕掛けたのもそういうことだったんですか』
『ええ。そして対照的に、アーリマンの情報をアルティーリョから聞いていたり、先ほどの暴走ザリチュの戦いを見ていたチャンピオンは……』
(反撃したいが……奴は口から冷気を出せると聞いている。使わないと思うが、ザリチュ戦で使用した高火力の熱線も目から発射できる……となると頭部への攻撃は軽率にできない。それに暴走状態を一発で静めた拳から発射される針にも気をつけなくては。特級ピースプレイヤーに効くなら、ワタシも一撃でKOされかねん……!!)
『……とか、考えているはずです』
『相手の手の内を知っているからこそ、迂闊に動けないというわけですか』
『はい。これが実力は拮抗しているのに、こうして優勢劣勢ができる原因ですね』
『では、下手したらこのままアーリマンがチャンピオンを一気に叩き潰して、勝利してしまう可能性も……』
『ゼロではありませんが、そう簡単にはいかないと思いますよ。この程度の意識の差でやられるくらいなら……絶対王者だなんて呼ばれることはなかったでしょう』
「はっ!!」
ヒュッ!!
「危ないな!!」
一見するとアンラ・マンユのストレートを文字通りで間一髪で避けるチャンピオン。だが実際には見た目以上に余裕があった。
(アーリマンの強さに当てられたか、ワタシの集中力も、アエーシュマのエンジンも予想よりも大分早く高まっている。今なら!!)
「はあっ!!」
再び放たれる最速で最短距離を通過するパンチ!
パンッ!!
「……お?」
しかし、それを今までで一番の力で弾き返した!そして……。
「さっきのお返し……やられたらやり返すのがヤクザーン流だ!」
がら空きになった脇腹にミドルキック!
(このタイミング……回避は不可能!!)
『これは!!』
『入りま――』
「反重力浮遊装置」
ボッ!!
『――す!!?』
「……な!?」
手応え……いや、足応えがなかった。
まさに暖簾に腕押し、紫の悪魔はキックの威力を完全に殺しながら、まるで綿毛のようにふわりと空中を側転、そして……アエーシュマの背後を取った。
「フリーズブレス」
そのまま口から冷気を吐き出す悪魔!
「させるか!アエーシュマ!!」
対するチャンピオンを超反応で振り返りながら、こちらも口から炎を吐いた!
ボオォォォォォッ!ブシュウゥゥゥッ!!
『目にも止まらぬ攻防からのぶつかり合う熱と氷!!お互いを相殺し、白い蒸気がバトルフィールドを覆い尽くす!!』
(まさかあちらも口に武装があるとは……けれど、結果オーライ。目眩ましできたのなら……ステルスケイル)
白いカーテンに隠れながら、紫の悪魔は全身の鱗を変化させ、周囲に溶け込んだ。
『いや、なんというかいきなり状況が動きましたね……っていうか、アーリマンが見当たらなくないですか!!?』
『どさくさに紛れて、姿を隠したようですね……どうやったかは全くわかりませんか』
(理屈なんてどうでもいい。これは戦い、ワタシを倒すのが目的なのだから、いずれ攻撃を仕掛けてくる……神経を研ぎ澄まし、その時を待つ!!)
青赤のマスクの下でヤクザーンは目を瞑ると、視角に割いていた意識を他の五感に注ぎ込んだ。
(動かない。諦めたか、それとも……なんにせよ私がすべきことは変わらん!!)
息を潜め、再びチャンピオンの背後に忍び寄っていたアンラ・マンユは手刀を撃ち下ろした!
(喰らえ!!)
「見えた!!」
ヒュッ!!
「何!?」
不可視の攻撃を、アエーシュマは視界以外の他の五感で感知し、回避した!さらに空中で反転しながら、距離を取る!
『おおっと!アーリマンが突然チャンピオンの後ろから現れたぁぁぁッ!!』
『けれど奇襲は失敗したようです』
(この場所でチャンピオンに捉えられないものはないか)
『それでこそ絶対王者!!ここから反撃といくか!!』
「期待に……応えましょうか!!」
着地と同時に突撃!アンラ・マンユに反撃の拳を……。
「ふん」
「!!?」
瞬間、アンラ・マンユの真っ赤な眼が爛々と光を放ち始めた!
『あれは暴走ザリチュ戦で使った超強力な熱線!!間違いなくバリアを貫通する威力があると思われますが!!』
『まさか撃つつもりでしょうか!?』
(もしかしたら奴なら……いや!ハッタリだ!!)
ヤクザーンの判断は正しく、そして速かった。しかしそれでも……。
「ほんの少しでも思案させられれば、十分だ」
ガァン!!
「――ッ!?」
一瞬の迷いですらない思考によって生まれた常人では気付くことさえできないコンマ一秒にも満たない隙を突かれ、王者の拳は捌かれた。そして……。
「はあっ!!」
ドゴッ!!
「……があっ!!?」
反撃のボディーブロー炸裂!さらに……。
「眠れ偉大なるチャンピオンよ……ヴェノムニードル」
バシュ!バシュ!バシュ!!
「――ッ!?」
拳から睡眠効果のある麻酔針を発射!アエーシュマの青赤の装甲を突き刺した!
「く……あ……」
『食らってしまった!暴走ザリチュを沈黙させた致命の針をアエーシュマ食らってしまった!!』
ふらふらと後退する王者の姿に観客の脳裏には“王座陥落”の四文字が浮かび上がる。
(決まったな)
それは対戦相手の木原も同様。
計算通り……とはいかなかったが、最終的に彼の目的であった必殺の毒針を食らわすことができた。
木原史生は勝利を確信していた。
(恥じることはない……この私相手にここまでやったのだから……)
刹那、両者の視線が交差した。
ゾクッ……
「――ッ!!?」
身体が勝手に、反射的にアンラ・マンユは後ろに全速全力で跳躍していた。全くの無意識で気づいたら、そうしていた。
『どうしたのでしょうアーリマン?突然、距離を取って……むしろあんなふらふらの相手には、接近してとどめを刺すべきだと思うのですが……』
『きっと相対した者にしかわからない何かを感じたのでしょう。もしかしたら……』
『もしかしたら……』
『チャンピオンが本気を出したのかも……』
「うぃ~」
アエーシュマのふらつきはいつまでも治まらず、延々と千鳥足でバトルフィールドを歩き回る。
そんな無防備にも見えるチャンピオンに非情な悪魔は攻撃どころか、指一つ動かすのを躊躇していた。
(なんだこの感覚は……)
「来ないのかアーリマン?」
「!!?」
「せっかく酔いが回って……オレ、本気を出せるようになったのによ~!」