副将戦③
形勢は一変した……。
「シャア!」
「シャシャッ!!」
「シャアァァァァッ!!」
バシュッ!バシュッ!バシュッ!!
「ぐあっ!!?」
全方位から飛んでくる高圧水流にサルワはなんとか急所を守ることで精一杯、いつの間にか全身は傷だらけになっていた。
『この展開を誰が予想したでしょうか……序盤と打って変わって、相柳圧倒的優勢!!蛇頭に囲まれたサルワは防戦一方で、びちゃびちゃのドロドロのボロボロです!!』
『あらゆる方向から襲いかかる攻撃に全て対応しろなんて、無理な話です。まぁ、それでもどうにかこうにかやらないと勝ち目はないんですけど……』
『さぁ!逆転の一手はあるのかサルワ!!それともこのまま勝負を決めるのか相柳!!』
「ははっ!!」
「くっ……!!」
「“囲んでボコる”……原初にして現在でも基本にして最強とされる戦法の一つだ」
「最強ねぇ……対抗する術はないか?」
「一番シンプルなやり方は、それらをまとめて吹き飛ばす広範囲攻撃だろうな。今回の場合、自分を中心に発動する奴ならベストだ」
「そんな真似、サルワには……」
「できるだろ。かつてサルワは全身に薄く風の衣を纏って敵の攻撃を防いでいた……それを拡張すればいい。身体中から風を吹き出せば、破壊までいかなくともあの厄介な頭の動きをまとめて阻害できる」
「きっと出来るんだろうね……武斉なら」
「あぁ……そこまでの風のコントロールを今のエシェックに求めるのは酷だろう。完全適合まで到達しただけで上出来なんだから」
「下手にやり過ぎて、バリア破壊しちゃっても反則取られるしね……」
「別に相性自体は悪くなかった。確かに相柳の能力は強力だが、サルワもスピードや風をもっと上手く操れてれば、どうにでも戦えた」
「やはり練度の差が出たか……なんか都合のいい逆転の一手とかないわけ?」
「ある」
「あるのかよ!!」
「あるさ。ただ都合は良くはない……あいつに求められるのはプライドを捨てるか、命を懸けるかの究極の選択。その上であの仇孝が本物だったらその覚悟ごと踏みにじられる可能性が高い。中堅戦に続いて、分の悪い博打だ」
マスクの下で木原は嘆息を溢した。
(戦い方を選んでる場合じゃないか……)
木原が苦肉の策を頭に思い浮かべたと同時に、エシェックは覚悟を決めていた。
(こんなやり方は趣味じゃないが、仕方ない!!)
『おおっと!!サルワ、スピードアップ!!どこに向かうの……か!?』
「へぇ……」
サルワはバトルフィールドの端、バリアの前で制止した。
それに対し、相柳も蛇頭の動きをピタリと止める。
『これは……バリアを背にすることで、背後からの攻撃を防ごうということでしょうか』
『はい、攻撃を受ける方向を狭めるというのが一つ目の狙いでしょうね』
『一つ目?』
『ええ、一つ目です。この行動にはもう一つ意味が、いえこちらが本当のエシェック選手の狙いなのでしょう』
『それは一体……』
『もしこのポジションで高圧水流を発射したら、下手すると、バリアを貫通……観客に被害が出ます』
『な、な、なんと!?まさかエシェック選手は観客を盾にしているのか!!?』
『ええ、攻撃して来ないなら、このまま地道に蛇の頭を不可視の刃で潰すことに専念。攻撃してきたら、回避して、バリアを貫通させ、観客を犠牲に……この場合、仇孝選手の反則負けが適用されます』
『卑怯!外道!セコい!本当にこんな勝ち方でいいのかエシェック選手!!』
(いいわけないだろ……!!)
サルワの仮面の下のエシェックの顔は情けなさと自分への怒りで醜く歪んでいた。
(おれだってこんな卑怯な真似をしたくない……だが、こいつに勝つにはこれしか……)
エシェックは目を疑った。視界一面に広がる蛇頭がみんな大口を開けて、水を溜めていたのだ。
「え?」
「発射」
バシュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
八本の水流が重なり合い、一筋の巨大な激流となった!相柳は観客などお構い無しに渾身の一撃を撃って来たのだ!
「避け……ることはできない!!シールドウインド!!全開だぁぁぁっ!!」
サルワは持てる全ての力を使い、前面に風の盾を生成!それで……。
バシュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
高圧水流を受け止める!
「ぐうぅ……!!」
『風によって毒を含んだ水が雨となって、振り注ぐ!レフェリーの古沢さん!気をつけてください!!』
『火事場の馬鹿力という奴でしょうか、サルワは良く持ちこたえています』
「さすが!!そうこなくっちゃっ!!」
躊躇するどころかさらに相柳は感情エネルギーを注ぎ込み、水流を強める!
それを見て、VIP席のアレッシオ・クローチェは……。
「だから嫌だったんだ!あいつを使うのは!!」
頭を抱えた。
(なんか突然地下格に参加させてくれとか言いに来るし!ヤバめな雰囲気醸し出してるから断れないし!試験として戦わせた有望株を再起不能にするし!あとから奏月ににいたとか告白するし!追い出したら逆恨みされそうだから怖くてできないし!で、挙げ句の果てにこれか!!観客を平気な顔で危険に晒す選手を使ったとあっては、支配人としてのわたしの評価も駄々下がりじゃないかぁぁぁっ!!)
髪をかき乱し、足をどたばたと動かし、悶え苦しむ。けれど、どんだけ悔やんでも過去は変えられない。やってしまったことはどうしようもないのだ。
(こうなったらせめて勝って、わたしをボスにしてくれ!!頼むからこれ以上お前と関わったことを後悔させないでおくれよ!!)
「………」
そんな支配人様を仇孝はわずかに顔を逸らし、肩越しに確認した。
「………」
続けて、必死になって観客を守ろうとするサルワを観察。
「ふふっ……よく頑張ったね」
そして敵への労いの言葉を呟くと、文字通り蛇口から放射された水を止める。
『水流が中断!拮抗状態だった水の槍と、風の盾の対決、先に音を上げたのは、水使い相柳だ!!』
『いえ、あれは……』
「くそ……!!」
『もう続ける必要がなくなったからやめただけです』
ドサッ!!
『サルワ墜落ぅぅぅぅっ!!』
全身から力が抜け、周囲に纏っていた風も霧散したサルワは受け身も取らずに頭から落下した。
そこにレフェリーが駆け寄り、手を上げ……。
「1!!」
非情にもカウントを始めた……。
『カウントが始まりましたが……これはもう』
『満身創痍の身体に鞭打ち、観客を守るためにあれだけの暴風を起こしたのですからね』
『それにしても……あのポジションで相柳は良く攻撃できましたね?観客の被害はもちろん反則負けになるかもしれないのに……』
『単純に試合の勝敗に拘ってないか、仮にサルワを貫いた場合、威力は当然減衰するので、バリアは耐えられるだろうと考えたのか……私には見当がつきませんが、あの状況に陥ったのはエシェック選手自身の責任でもありますし、一概に仇孝選手を責めるのも違うのかなと』
『ええ、最初に観客を利用して心理戦を仕掛けたのは間違いなくエシェ……おおっと!!』
「まだ……まだやれる!!」
サルワはふらふらになりながらも立ち上がり、レフェリーのカウントを制止した。
『見かけによらずというと失礼な気もしますが、エシェック選手は想像以上にタフですね』
『ええ、驚嘆に値します。けれど、立ったところで打開策がなければ……』
「解説さんの言う通りだよ。寝ていれば、少なくとも命は助かったのに」
死に体が無駄に根性を見せているだけと、仇孝は鼻で笑った。それを……。
「はっ!なんだ……死を感じたいんじゃなかったのか?」
エシェックは笑い返した。
「そうだ……私は死を感じたい。命懸けの激闘の末に、死の恐怖とやらを感じたいんだ!!」
「なら、おれがそれを味わわせてやるよ……かかってきな」
サルワは小刻みに震える手で、なんとか人差し指をちょいちょいと動かし、敵を挑発した。
「君も私と同類……死を感じたい人間だったのか?」
「貴様のような変態と一緒にするな……おれはそんなもの感じたくない……感じたくなかった」
瞬間、エシェックの脳裏に過去の記憶がフラッシュバックした。
「お前達は人間よりも遥かに優れている……ただその分、寿命が……」
「おれの隣に“死”はいつもいた。逃れたくて、逃げてきたが、いまだに健気にくっついてくる……」
「……何を言っている?」
「おれはお前なんかよりずっと強くて怖い奴と戦ってきた……だから貴様がどんだけサイコぶっても怖くねぇんだよ!!おれを止めたいなら、パフォーマンスじゃなくて、力づくで止めてみろ!!」
「私の言動がパフォーマンスだと……?」
相柳の全身から今までとは違う禍々しく、刺々しいオーラが醸し出される。エシェックの言葉は仇孝の逆鱗に触れたのだ。
「愛しのサルワに会わせてくれたお礼に、命だけは……って思ってたのに」
「そういう気遣いができる時点でただのパフォーマンスだって言うんだ。本当の狂人は敵のことなんて気にしない。そして観客のことも……さっきの攻撃もおれが防ぐとわかってたんだろ?だから撃った」
「わざわざなんでそんなことを……」
「ここに、ランビリズマに居続けるためだよ。勝とうが負けようが、観客に被害出したら、ここにはいられない……お前はそういう計算ができる男だ」
「私は本当に死を感じたいだけだ!!」
「だからごちゃごちゃ言ってないで、かかって来いって!!お望み通り、命懸けのバトルしようぜ!!」
「そうか……わかったよ……お望み通り死ぬがいい!!口だけのクズが!!」
「「「シャアァァァァァァッ!!」」」
相柳が怒りに身を任せて手を振ると、それに呼応し、八つの蛇頭がサルワに襲いかかった。
ガブッ!!
そして噛み付く。腕に脚に胴体に首に……サルワの全身、至るところに牙が深々と突き刺さった。
『惨い……なんと惨いことを!!目を覆いたくなるような酷い光景です!!』
「ふん……これだからバカは……」
「……バカはお前だ」
「……え?」
「スラッシュトルネード」
ブオッ!!ザザザザザザザザザザザッ!!
「シャッ!!?」「シャアッ!?」「シャアァァァァァァッ!!?」
「……は?」
一瞬のことだった。ほんの一瞬でサルワに噛みついていた蛇の頭が一つ残らず切り刻まれ、原型を無くした。
『……え?え?ええぇぇぇぇっ!!?何が起こったのでしょう!!?いきなり生首がミキサーにかけられたみたいに!!?』
『どうやらサルワが無数の風の刃を竜巻のように回転させたみたいですね』
『それで八つの頭を一網打尽……もしやエシェック選手が仇孝選手を煽っていたのはこのためですか?』
『そうでしょうね、信じ難いことですが。本来だったら絶対に成功しないはずなんです。普通の人間だったら、あれだけ噛み付かれたら絶命しているはずですから……』
「そうだ……ありえない……こんなことありえるはずが……」
誰よりも現実を信じられない仇孝は狼狽し、たじろいだ。
対してサルワは……。
「賭けは……いや、この勝負はおれの勝ちだ……!!」
ゆっくりだが、力強く取り乱す相柳に近づいていく……まるで嬲るように。
「お、お前は一体……!?」
「貴様の失敗は二つ……おれをただの人間だと勘違いしたこと……」
「ただの人間……じゃないのか……!?」
「まぁ……変身能力のない耐久力だけが取り柄のブラッドビーストのパチもんみたいなもんだ……」
「そんな……」
「だが、これは別に大した問題じゃない……真の失敗は二つ目……とどめに高圧水流を使わなかったこと」
「それは……」
「後ろのバリアを破壊することを恐れたんだろ?必死になって否定していたが、結局お前は観客に被害を出して、ここから追い出されること……いや、アルティーリョを敵に回すことを嫌がった」
「違う!!」
「だったらなぜ噛みつきにした……今のおれでは悔しいが、あの鬱陶しい生首に対応できなかった……噛みつかれるほど接近してくれなきゃ倒せなかった」
「だからそれは命を奪う感覚を味わいたくて……」
「この期に及んでまだイカれたふりをするとは……ある意味本物だな……もう少し見ていたい気もしないでもないが……終わりにしよう」
サルワは立ち止まると、ゆっくり腰を下ろし、四肢に残った力を集中させた。
「最後のギャンブルだ。お前は死を感じたいと嘯きながら、戦いは生首に任せて、決して自らは動こうとしなかった」
「い、命が失われるところをじっくり見たかったから!!別に格闘戦が嫌とかそういうんじゃなくて……」
「その言葉が本当なら、お前の勝ちだ。だがもしただのビビりだったら……おれの勝ちだ!!」
サルワ、最後の力を振り絞り突撃!その指一つ一つに竜巻を纏わせた手を突き出す!
「私はぁぁぁっ!!」
迎え撃つ相柳!身体を捻り、カウンターを撃ち込む!
そして両者の手がぶつかり合った。
「トルネードフィンガー……!!」
バギャアァァァン!!
「――ッ!!?ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
撃ち勝ったのはサルワ!並んだミキサーのような指が相柳の拳を粉々に粉砕!血と肉を撒き散らした!
「どうやら……おれの勝ちのようだな」
さらにサルワは真っ赤にコーティングされた腕を振り上げた!
「やめ!?もう降参!!ギブアップだ!!」
「もう遅い」
「ひっ!!?」
ドゴッ!!
相柳の頭部に炸裂!……ハイキックが。
サルワは必殺の手のひらを脳天に振り下ろすのではなく、ただの蹴りを側頭部に叩き込んだのだ。
「……はへ」
とはいえ威力は十分。装甲では吸収できなかった衝撃が仇孝の脳を揺らし、相柳は朦朧としながら、ふらふらと歩いた後、顔を地面に突っ込むように倒れ、起きることはなかった。
「おれにはサービス精神なんてものはないが、最低限の空気は読める……貴様のようなパチもんの臓物なぞ観客も見たくないだろ」
『決着ーーーッ!!中堅戦に続いて、副将戦も大逆転!エシェック選手の大勝利!!プリニオ陣営、崖っぷちの二連敗からのまさかまさかの二連勝で、イーブンに戻したぁぁぁっ!!勝負は最後の大将戦までもつれ込むこと決定ーーッ!!』
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」
「盛り上がって何より……どうでもいいけど」
割れんばかりの歓声と拍手を背に受けながら、手の一つも上げることなくサルワは淡々と入場口に消えて行った。