副将戦②
「ははっ!!」
ザンッ!!
相柳はその見た目に似合わぬ軽やかさで身を翻し、風の刃を回避。ターゲットを通りすぎた不可視の攻撃は地面に傷を刻みつけることで、虚しく儚い存在をアピールした。
『なんだぁぁぁッ!!?何が起こったぁぁぁッ!!?』
『かの戦いに参加したアルティーリョの人達から聞いた風の刃ですね。視認できない遠距離斬撃』
『だから、相柳の後ろの地面があんなことに……っていうか、なんて実況泣かせの攻撃なんでしょう!!観客泣かせでもあります!!見えないと面白くない!!』
『一番は対戦相手泣かせですけどね。見えない攻撃というのは、言うまでもなく厄介ですから』
『その割にあっさりと仇孝選手は回避してましたが……』
『彼の話が真実なら、サルワの能力は知っているはずですし、シミュレーションも当然しているでしょう。それに不可視と言っても、発動するための動き自体は大振りですから対応もイレール選手の突きなんかと比べると簡単な方……あくまで超一流の選手の中での話ですが』
「あぁ……頭の中で何回もその技を受けたからね……タイミングはばっちりさ」
「他に趣味とかないのか?」
「これ以上に楽しいことを知らないからね!さぁ、命のやり取りをしよう!!私に死を感じさせてくれ!!」
『相柳行ったぁぁぁッ!!』
突撃を敢行する異形のマシン!しかし……。
「ふん」
サルワはバックステップで距離を取る。さらに……。
フワッ……
『サルワ飛んだぁぁぁ!接近戦はするつもりはないという意思表示か!?相柳から離れる!そして見下ろす!!』
「実況が泣こうが、観客が泣こうがどうでもいい。つまらない試合と罵るなら罵れ。おれは……最も合理的な手段を取らせてもらう」
サルワは風を纏う両腕を縦へ横へと忙しなく動かす!その結果起こる事象は……。
ザン!ザン!ザン!ザン!ザンッ!!
『安全圏からの不可視の刃乱れ打ち!!相柳は為す術なく、ひたすら回避に徹する!!』
『エンターテイメント性は皆無ですが、確かにサルワを使うならまずはこれといった戦法ですね』
『このまま高みから地を這う獣を駆逐するのか!?エシェック選手、一気に決めるつもりのようです!!』
「風をきちんと操れている……どうやら完全適合までたどり着いていたらしいな」
「さすがだ!エシェック!!それでこそオレが見込んだ戦士!!」
プリニオは両腕をブンブンと振って、喜びを露にした。
「気持ちはわかるが、まだ同じステージに立ったってだけだ。勝負はまだわからん」
「わかってるよ。ここからは純粋に装着者の実力と、そのマシンに対する練度が試されるんだろ?」
「あと相手との相性だ。そしてそれがこの戦いで勝利するための一番の決め手になる」
「練度に関しては、どうしようもないからね。むしろこの短期間でエシェックはよくやってる」
「サルワの風が相柳の能力に対して優位を取れるならいいんだが……」
「奴がサルワとの戦いを想定していたってのが、引っかかるな。奴が本当の狂人で勝てない戦いに挑むアホだと助かるけど……」
「もしきちんと勝利の道筋を作ってから、挑むタイプなら、長年鍛え上げた武斉サルワに対して、勝機を見いだしていたのなら……付け焼き刃感が拭えないエシェックサルワでは相当きつい……」
「おっと!危ない!」
相柳は二人の会話の間も回避に専念していて、戦況は膠着していた。
『これは……仇孝選手は本当に手も足も出ないってことなんでしょうか?』
『回避にずいぶんと余裕があるみたいですし、何かを狙っているのかもしれませんね。例えばスタミナ、エネルギー切れとか?』
『ですが、サルワの勢いは全く変わりませんし、むしろ先にガス欠するのは相柳な気もしますが……』
『うーん……本当に何なんでしょうね……』
(裏なんかないさ。見たまんま打つ手がないんだよ)
エシェックは実況と解説を鼻で笑った。
(所詮はチンピラ。戦うために生まれ、育てられたおれの敵ではない!!)
サルワは一際大きく手を横薙ぎに払った!それに比例し、不可視の刃も巨大かつ鋭いものが形成され、相柳の頭上に襲いかかる!
「それを待ってた」
異形の頭だらけのマシンは急速方向転換!地面を抉るほど蹴り出し、凄まじいスピードで後退した!
ザンッ!!
不可視の刃は地面に大激突!衝撃で土埃が、巻き上がった!
『これは!……命中したのでしょうか?土煙が邪魔して、相柳の様子が確認できません!』
『その答えは……どうやらすぐにわかりそうです』
「ふぅ……ちょっとだけ死を感じたよ」
煙から出て来た相柳は一見多少汚れているくらいで、特にダメージを受けている様子はなかった。
『無傷だ!!相柳、見事に多分特大の風の刃を避けていた』
「ふん!小癪……」
ほんの少しだけ遅れて、エシェックが違和感を感じる。
そしてそこからまた数コンマ遅れて、実況と解説が相柳の異変に気づいた。
『あれ!?相柳の身体についていた頭が一つ減っている!!』
『サルワによって斬り落とされたんでしょうか!?それとも……』
「私はこう見えて、とてもサービス精神が旺盛なんだ……観客があっと驚く、一番派手な能力の発表をさせてもらうよ!!」
「シャアァァァァァァッ!!」
「!!?」
突然の奇声に反射的に振り返るサルワ!その目が捉えたのは……鋭い牙を剥き出しにし、大口を開けてこちらに飛んでくる消えたはずの相柳の蛇頭であった。
「くっ!?」
ガリッ!!
「――ッ!!?」
とっさに周囲の風を操り、回避を試みたサルワだったが、残念ながら間に合わず。牙によって装甲が抉れ……。
ジュウッ……
「――!?何!?」
牙で裂かれた部分がさらに煙を上げ、ドロリと痛々しく溶けると、マスクの下のエシェックは目を点にして、驚愕した。
『まさかのあの不気味な頭部を切り離して飛ばせるとは!!』
『しかも牙に毒があるみたいですね、装甲を溶かす毒が』
『これは当たるわけにはいかない!!どうするサルワ!!』
「くそ……!!」
「感じているのか死を?私にも感じさせてくれよ!!」
ガキン!
相柳はさらにもう一つ頭を切り離した。当然、それを……。
「行け、相柳コヘッド」
「シャアァァァァァァッ!!」
空中の想い人にけしかける!
「同じ手に……かかるかよ!!」
ザンッ!!
もちろん黙って見ているわけではないサルワは風の刃で迎撃を試みる……が。
「シャアッ!!」
『避けた!この生首!アジリティー半端じゃないぞ!!』
「なら!!」
「シャアァァァァァァッ!!」
ヒュッ!!
『そしてこちらも避ける!!一回攻撃を見ただけで、全て見切ったのかサルワ!!』
「同じ手を喰うほど間抜けじゃない……!!」
「そうでしょうね……それでこそ私が望んだサルワだ!!」
「シャッ!!」
「!!?」
蛇頭は口を開けたまま急停止からの高速反転!こちらを向けた口の中、牙の奥に水が溜まっているのを、サルワは見た。
「バン」
「シャッ!!」
バシュッ!!
水の玉が一筋の線に引き伸ばされる!蛇頭が凄まじい勢いで水を噴射したのだ!
(これは……避けられない!!)
エシェックの判断は早かった。回避できないと悟ると、空中で姿勢を固定し、両腕にありったけの風を纏わせ、大きく広げた。
「シールドウインド!!」
ブオォォォォォォォォッ!!
両腕をクロスさせるように振るうと、纏っていた風が幾重にもなって前面に展開!言葉通り、サルワを守る盾の風が形成された!
(これなら……!!)
バシュッ!!
「なっ!!?」
けれど悲しいかな、それはいとも簡単に突破されてしまった。
ジュウッ!!
「――ぐあっ!!?」
水流は太腿の外側に命中!サルワは思わず痛みで体勢を崩しそうになったが、根性で堪えた。
『サルワ防げず!!蛇頭から放たれた高圧水流の餌食になったぁぁぁ!!』
『傷口から見るに、どうやらあれにも溶解能力が附加されているようですね。言うなれば毒水流……!』
『ネーミングはさておき恐ろしい攻撃だ!!マジでどうするサルワ!!?』
「ありゃりゃ……胴体に穴を開けるつもりだったのに。風で狙いがずらされちゃったのかな?」
「はっ!残念だったな……!!」
「ははっ!!まだ心は折れてないみたいみたいだね!!」
「当然……!!」
「じゃあこちらも遠慮なく……攻撃続行だ!!」
「シャッ!!」
バシュッ!!
再度放たれる高圧水流!しかしこれは……。
「ふん!」
あっさりと回避した。
『さすがです!宣言通り同じ手は喰わない!!』
『ええ……ですが』
「凄い凄い!だけどさ……相柳コヘッドはもう一つあること忘れてない?」
「!!?」
「シャッ!!」
仇孝の言葉で思い出し、そして慌てて探し出した最初に切り離された蛇頭は……すでに発射態勢を取っていた。
「シールド!!」
「遅い」
バシュッ!!ジュウッ!!ドスウゥン!!
「――うっ!?」
毒の水流は今度は肩口にヒット!それによって体勢を崩したサルワは久しぶりに地面に落ちた。
「くっ!このおれがここまで……!!」
身体に痛みはあれど、心は屈辱にまみれてもエシェックは折れず。すぐに立ち上がり、相柳を睨み付け……。
「なっ!!?」
それは絶望的な光景だった。
相柳は残りも切り離し、周囲に八つの頭を浮かばせていた。
「大体の人は一つ、できる人でも二つで仕留められるんだけど……やっぱりサルワは凄いね!!コヘッド全展開なんて、いつぶりだろうか!!」
「ッ!?」
相柳のマスクの下で不気味かつ不愉快な笑みを浮かべる仇孝の顔が透けて見えた気がした。思わずエシェックは身震いしてしまった。