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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の百花繚乱
164/194

忠告

(ちょっとした暇つぶしのつもりだったが、こんな大変な思いをするとは……)

 ギリギリの戦いを終えて、気も抜けたのか、タルウィはのんきに背筋など伸ばしてみせた。

『試合後のストレッチですか。大分追い詰められていると思っていましたが、案外ヴラドレン選手には余裕があったのかな?』

『そんなことはないですよ。むしろ二連敗からの最悪の状況での戦い、相当の重圧を感じていたと思います。肩の荷が降りてほっとしているんでしょう』

(本当にその通り……自分のせいで、プリニオ氏の敗北が決定しなくて良かった良かった)

『確かに思い返してみても終始劣勢でしたもんね』

『よくひっくり返しました』

『その逆転劇の始まり、というか勝負を決定づけたのは、エタンセルをワイヤーで絡め取ったことだと思うんですが』

『間違いないと思います』

『あれはどういうからくりだったんでしょうか?今までかろうじて避けられてたイレール選手のあの突きを、突然見事に捉えるなんて、わたしには不思議でありません』

『ヴラドレン選手が普通の人では気づかない情報を察知して、攻撃に対応しているという話をしましたよね?』

『はい。自分でも言語化できないような経験則のおかげで生き長らえてると』

『彼は情報をさらに増やしたのですよ』

『情報を増やした……?』

『フィールドを漂う煙と、身体についた埃です。その動きを見て、ヴラドレン選手は突きのタイミングを計ろうとしたのです』

『では、視界を覆ったり、足元を荒らしたりしたのはブラフだったということですか?』

『いえ、本人も言ってましたが、あわよくば少しでもスピードダウンなり、動きが乱れてくれればとは考えていたでしょう。イレール選手の戦いぶりを見て、きっとそうはならないと嫌な確信はあったと思いますが、やるだけタダですから』

『なるほど……』

『一方で、その浅はかな考えをイレール選手なら見透かしてくれることが次の布石になっていたのです』

『え?どういうことでしょうか?』

『すぐにバレるしょうもない手を打ったのも、これ見よがしにワイヤーを見せたのも、あの逸らされた一撃と同じコースに突きを撃ってもらうためです』

『つまり挑発ですか?』

『はい。平気な顔をしているが、プライドの高いイレール選手は自身の攻撃があそこまできれいに防がれ、あまつさえ剣を折られたことを気にしてないわけがない。できることなら、同じコースでフィニッシュを決めたいと思っている。で、実際に撃たせるために、ヴラドレン選手は行動していたのです。もちろんエタンセルを絡め取るためにね』

『それにまんまとイレール選手は乗ってしまったと』

『もしかしたらコースを絞りたいという意図には気づいていたかもしれません。しかし、気づいた上で自分の技量と愛剣のエタンセルなら凌駕できると踏んだのでしょう』

『けれど、それは勘違いだった』

『最後の最後で若さが出てしまいましたね。ですが、ヴラドレン選手のやったことは、煙の揺らぎや埃の動きで本当にタイミングを計れるのか、想定しているコースにイレール選手が突きを放ってくれるのか、コンマ何秒かの間に繊細なワイヤーコントロールができるのか、捕らえたところでワイヤーが耐えられるのか、そして駄目押しに剣を奪って自分の土俵である殴り合いに持ち込んだところで、ダメージ蓄積の不利があるのに、本当に打ち勝てるのか……不確定要素が多過ぎて、策とも呼べない大博打、そうとしか形容できないひどい代物であり、イレール選手の判断に特別落ち度があったとは私は思えませんね』

(まぁ、そう言われても仕方ないわな)

 マスクの下で老兵は目尻にびっしりとシワを刻み、苦笑した。

『奇跡を幾重にも重ねた薄氷の勝利というわけですか』

『はい。きっと同じことをやれと言われても二度とできないでしょうね』

「べっぴんの女神様に土下座されても、絶対にやらないわ」

「それが賢明だ。同じシチュエーションなったら、次は僕が勝つ」

 声のした方、タルウィは背後を振り返ると、ピースプレイヤーを脱ぎ、拾ったエタンセルを鞘に戻しているイレールの姿があった。

「もう起きて来るとは、さすがに若いな」

「その若さに足下を掬われたけどね。自尊心に抗えなかったよ」

 イレールは思わず自嘲した。

「……きっとこの戦いを見た観客はやれフェンシングに拘り過ぎだ、やれ突きに特化なぞやめて、トータルバランスを考えたマシンカスタマイズをしろなどとまくし立てるのだろうな」

「その声に従うのか?」

 イレールは小さく首を横に振る。

「スタイルに拘らなくなったら、それはイレール・コルネイユではない。僕は僕の美学に殉じる」

「それでいい。進み方は人それぞれだ。スタイルを捨てるのも、拘るのも君の好きにしたらいい」

「それが正解かどうかは結果が出てみないとわからない……か」

「結局、人間は自分が納得し、信じられる道を歩くしかないってことさ」

「そうだな……」

 そう言い終わると同時にどこか朗らかだったイレールの表情が険しくなった。

「どうした?怖い顔して」

「恥を忍んで忠告させてもらう。あんた達はもう十二分に頑張った……だから次の戦いは棄権しろ」

「……何?」

 こちらもマスクの下で一変、眉間に深いシワが寄る。

「先の二戦、負けはしたが実力を見せつけた。今の戦いは言わずもがな。何より暴走ザリチュをミスタープリニオ自身が身体を張って、止めたのがデカい。アルティーリョはもちろん佐利羽からの信頼を得た彼を蔑ろになんてできやしない」

「だから棄権して、アレッシオとやらの軍門に降れと?」

「そうだ。支配人は器は小さいが、一方で人の力を見極める目は確かかつそれに対してきちんとリスペクトできる人間だ。忠誠心を見せれば、悪いようにしないはず。今言ったように対外的にもそれができない状況に追い込まれているから、プリニオ氏はボスになれなくとも一定以上の立場にいられる」

「そんな惨めな真似をしなくとも、残り二回勝てばボスとして全て手に入れることができる」

「それが無理だと言っているんだ。次にうちから出てくる奴は……僕を含めて、今までの奴とは……別物だ」

「別物……?」

「少し顔を合わせただけだが、きっとあんた見ればわかる。とてもじゃないがまともな戦いにならない……行われるのは凄惨な虐殺ショーだ」

「そこまでか……」

 ヴラドレンは思わず息を飲んだ。

「仮に……仮にそいつに反則かなんかで勝ったとしても、きっとおたくの副将は良くて後遺症が残るほどのダメージ、悪くて命を落とす。そしてその次の大将はうちの絶対王者ヤクザーンに負けて、その犠牲は無駄に帰す」

「つまり自分達はもう詰んでいると言いたいのか?」

「そう言ってる」

「そうか……」

 タルウィはイレールに背を向けた。

「忠告はありがたいが、生憎自分はこのチームの中でも外様なのでな……やめるやめないだのを決める立場にないのだよ。それに……」

 そしてVIP席からこちらを見下ろすプリニオとアーリマンを見上げる。

「多分、今の話を聞いてもあの二人が止まることはあり得ん。副将もな」

「……ならば何も言うまい。できる限り血が流れない結果になることを祈っているよ」

「自分もそうしよう。仲間のために祈るなど、いつぶりだろうか」

『素晴らしい戦いを見せてくれた二人が退場します!!皆さん拍手で見送ってください!!』

「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」

「いい試合だったぞ!!」

「次は勝つところ見せてくれ!イレール!!」

 歓声を全身に浴びながら、両者は入場口に消えて行った。

『フィールドを整備するので、しばしお待ちを』



「ふぅ……やっと一勝か……」

「喜びよりもホッとしたって感じだな、プリニオ」

「そりゃあ三連敗はあんまりだもん、アーリマン」

「だが、戦況は依然不利」

「追い詰められていることには変わりはないからな」

「次で決まるかそれとも私に繋ぐか……全てはあいつ次第だ」

「強いは強いんだろうけど、何を考えてるかわかりにくい奴だからな……ぶっちゃけ不安」



『さぁ!お待たせしました!フィールド整備が終わったようなので、早速副将戦へと参りましょうか!!』

「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」

「とっとと始めろ!!」

『だから始めるつーの!中堅戦で一矢報いたヴラドレン選手に続けるか!?プリニオ軍!副将はこいつだぁぁぁッ!!』

 噴射されるスモークを突き破り出て来たのは、帽子を深々と被った美しい顔をした生き物だった。

『甘いマスクの下にどんな牙を隠し持っているのか!こちらも詳細不明のミステリアスファイター!プリニオ陣営副将!エシェックゥゥゥゥッ!!』

「おれがこの不毛な戦いを終わらせてやる……!!」

『ボス決定戦を次で終わらせるということは、エシェック選手が敗北するってことなんですが、わかっているのか!!?』

『ちょっと先行き不安ですね』

 アーリマンとプリニオも首を全力で上下させて、同意した。


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