まさかの延長戦
「はっはっ!ビクトリー!!」
ソルティースペシャルは両腕を広げて、勝利を殊更にアピールした。特に佐利羽組の連中に対して……。
『佐利羽組の中には涙ぐんでいる人もいます。悔しくてたまらないのでしょう』
『ええ、何度も勝つチャンスはありましたからね、芝選手』
『では、少しだけ試合を振り返って見ましょうか』
『はい』
『わたしが気になったのは、ザリチュが蔦を鞭のように使い出した時、ダルトンさんがなんというか……』
『残念がっているように見えましたか?』
『はい。あれはどういうことだったのでしょうか?』
『蔦を鞭のように振るう……それって鎖に変えたら、ずっとソルティースペシャルがやっていたことですよね?』
『あっ!言われて見れば……』
『きつい言い方をすると、付け焼き刃の猿真似が、長年修練を重ねて来た本物に通じるわけないんです。塩谷選手からしたら、一番対処のし易い行動を、最悪の方法を芝選手は取ってしまった』
(その通り。単調で隙だらけ……見れたもんじゃなかった)
『では、芝選手はどうすれば良かったんでしょうか?』
『あくまで私の個人的見解でそれで勝敗が覆るかはわかりませんが……守りに徹するべきだったかと』
『守り?防御を固めるんですか?』
『はい。ソルティーの絞め技を引き剥がしながら、投げられる蔦ですからパワーも丈夫さも申し分ない。私だったら網のような形にして前面に展開します。鎖で攻撃して来たら、それで受け止め、あわよくば絡め取り、最後のソルティーがやったラッシュのように、こちらに引き付けて攻撃……なんてできたら最高ですね』
『慎重を期して、攻撃して来なかったら?元佐利羽でザリチュの恐ろしさを知っていて、その片鱗を見せつけられた塩谷選手なら、そういう選択を取るのも十分あり得るんではないですか?』
『その時は回復に努めればいい。時間が経てばザリチュがさらに馴染んで、蔦をコントロールできるようになったり、もっと生やせるようになる可能性もありますし、攻めてこないならそれはそれでいいんです』
『今の話を聞くと確かに……芝選手は勝負を急ぎ過ぎていたのかもしれませんね』
『ダメージ自体はかなりのものでしたから、急ぐ気持ちもわかるんですけど……けれど、彼は“選ぶ”のではなく、塩谷選手に“選ばせる”べきだったんですよ。正解のわからない選択肢を突きつけて、迷わせ、精神を攻めるべきでした』
(全く持ってその通り。防御に蔦が使われていたら、きっと躊躇して動けなくなっていた。だが芝さん、あんたはやらなかった。いや、あんたはそれが出来ない人だ)
ソルティーはいまだにへたり込んで動かないザリチュを見下ろした。
(あんたは頭が悪いわけではない。合理的な判断もできる。だけど最後はそれらをすっぽかして自分の感情に従ってしまう。世の中にはそれでうまくいく奴もいるんだろうが、あんたは違う。理性を信じ切れず、野生に身を委ね切ることもできない……あんたは何から何まで中途半端なのさ)
「何をやってるんだ、バカどもが」
アーリマンは思わず舌打ちをした。
「まさかまさかの二連敗とはね。もちろん最悪のパターンとして頭の片隅にはあったけど、どっかでそれはないと思ってた。ここまで来ると逆に楽しくなってきたよ」
プリニオの顔は確かに笑顔だったが、歪にひきつっていて、全然楽しそうには見えない。
「まぁ、そう思うのは当然だろう。私だってそうさ。さっき言ったようにこのルールでザリチュは最強だと考えていたし、アカ・マナフの相性も悪くない」
「元々は我らがボスの愛機だからね」
「爆弾テロが失敗していたり、先に佐利羽や奏月とやり合って、私のことを警戒していたら、こうして君と喋っていられなかったかもしれない。アカ・マナフと初戦でぶつかれたのは本当にラッキーだった」
「ラッキーって……よくオレの前で言えるね……」
冷たい視線が後ろから突き刺さるので、アンラ・マンユは振り向けなかった。
「……とにかくこの二体であわよくば二勝、最低でもどちらかが勝ってくれるだろうと計算していた」
「とんだ大誤算だね」
「芝は焦り過ぎ、アカ・マナフはのんき過ぎなんだ。相手が予想を超える猛者だったのは認めるが、それでも十分勝てたはず」
「まぁ、愚痴っても結果が変わるわけじゃない。今は立派に戦った戦士を労ってやろ……ん?」
何かに気づいたプリニオがガラスに近寄り、バトルフィールドに視線と意識を集中させた。
「……どうした急に?」
「いや……あれ見てみろよ、芝ちゃんを」
「ん?負け犬が何か……んん?」
プリニオの指差すものを見ると、木原は目を細める。
『何はともあれ次鋒戦もいい試合だったと言ってよろしいんじゃないでしょうか』
『ええ、それは間違いないかと』
『次の中堅戦も楽しみですが、その前に選手退場……ん?』
『どうかしましたか?』
『あの~、ザリチュから生えてる蔦増えてません?』
『え?』
「……何?」
ソルティーが改めてザリチュに視線を移すと、実況の言う通り、腕から生えている蔦の数が倍に増えていた。
『これは……どういうことなんでしょう?』
『当たっていて欲しくない予想ですが、これはもしや……』
「ザ……ザ……ザリュウゥゥゥゥゥゥッ!!!」
『特級ピースプレイヤーの暴走ですね、間違いない』
ザリチュは立ち上がると、腕だけではなく身体中から蔦を伸ばし始めた。
『わたしも初めて見ました……できることなら見ないで人生を終えたかったのですが』
『完全に同意します』
『これってどうすればいいんでしょうか?』
『さぁ?その質問に答えられる人がいるなら、きっと世界中から表彰されるでしょうね』
『つまりわたし達には事と成り行きを見守るしかない!!よくわかんないですけど、実況を続けましょう!!』
『はい!!とりあえず塩谷選手とレフェリーは頑張ってください!!』
「他人事だと思って!!」
「ザリュウゥゥゥゥゥゥッ!!」
暴走ザリチュがついに蔦を目の前にいるソルティーに伸ばした!
「せっかくの勝利の余韻が……台無しだ!!」
ヒュッ!ヒュッ!!
しかし、なんとか全て回避し、事なきを得る。
「ザリュウゥゥゥッ!!」
だが、暴走ザリチュは諦めない!さらに蔦を増やし、ソルティーを包囲する!
「くそが!!」
バシッ!バシッ!バシッ!バシィッ!!
けれど、それも両手足の鎖を器用に操り、全て迎撃してみせる……が、弾き飛ばしたそばから新たな蔦が襲いかかって来る!
(ちっ!埒が明かないってのは、このことだな。とっとと逃げ出したいところだが、観客のことを考えて運営はバリアを解かないだろう。ここは自分でなんとかしないとダメなの――)
ザクッ!!
「――かっ!?」
背中に衝撃が走った。ゆっくりと振り返ってみると、地面から生えた赤い根っこが突き刺さっていた。
「これは……まずい!!」
急いで抜き、離れるが、時すでに遅し。
目の前のディスプレイの端に映し出されていたエネルギー残量が凄まじい勢いで減っていく。
(かなりエネルギーが吸われた!!このままだと動けなくなるのも時間の問題だ!!)
結果から言うと、ソルティースペシャルがエネルギー切れで動けなくなることはなかった。
その前に別の要因で動けなくなったから……。
バシンッ!!
「――!!?しまった!?」
一瞬の隙を突かれ、四肢と首に蔦を巻きつけられた!そして……。
「ザリュウゥゥゥゥゥゥッ!!」
グイッ!!
暴走ザリチュはそれを引っ張り、ソルティーを強制的に自分の元へと移動させる……腕にはこれまた蔦を何重にも重ねて、待ち構えながら。
「それって……ザリチュ大拳!!?」
「ザリュウゥッ!!」
ドゴォン!!
「――がっ!!?」
腹部に蔦で巨大化した拳を二つ同時に叩き込まれ、ソルティーは活動限界を迎え、待機状態に。中身の塩谷は意識を絶たれ、地面に転がった。
『一撃KOッ!!暴走ザリチュ!恐るべきパワーです!!』
『ええ……見ているだけで肝が冷えます』
『というか、塩谷選手がやられたらまずくないですか?あとこの状況をどうにかできるのってレフェリーの古沢氏しか……』
白黒のピースプレイヤーはバトルフィールドの端で両腕でバツを作り、凄まじい勢いで首を横に振った。
『あっ、無理そうですね』
『キュリオッサー・ブラベウスは審判用のマシンですからね。武装と呼べる武装はついてませんし、当然ですよね』
『うーん、では一体どうしましょうか……』
「一瞬だけ、バリアを解除しろ」
『……え?』
実況席の上を二体のピースプレイヤーが颯爽と飛び越し、バリアの前に降り立った。
「その一瞬で私達が入ってなんとかする」
「うちの不始末だからね……ケリはオレ達がつける……!!」
「だからとっとと道を開けろ!!このアーリマンと!」
「プリニオ……いや、ドゥルジのな!!」