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No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
16/194

暗殺者追跡 その①

 シュアリーの首都ベルミヤの道路を一台の車が走っている。車は黒塗りでいかにも高級そうな見た目、というか実際に庶民では一生懸けても手に入らないトップクラスのハイグレードなモデルだ。

 そんな普通の人では手の届かない車に乗っているのは三人。

 一人は運転手。品の良い中年の男性で見た目通りの穏やかな運転をしている。

 一人はこの車の主であり、暗殺者に狙われている的場叶絵議員。つば広の帽子にサングラスとマスクを付けた完全装備で後部座席に座っている。一見するととても怪しい人物だ。

 最後の一人は的場議員のボディーガードであり、今回の暗殺者を捕まえることに並々ならぬ執念を燃やしているシュヴァンツの副長、我那覇空也。彼は議員の隣で窓の外を見ていた。もちろん景色を楽しんでいるのではなく、襲撃を警戒しているのだ。

「ふぅ……ふぅ……」

 的場議員は緊張しているのか、息が荒い。座り心地抜群のシートにも浅く腰をかけているだけだ。

「あんたは落ち着いて、ドンと構えていればいい。俺の考えた作戦と栗田女史の技術は完璧だ」

 見かねたボディーガードが声をかける。彼の声は自信に満ち溢れているが、その分冷たくも聞こえてしまう。

「もっと、親身に優しく寄り添うような言葉をかけるべきじゃありませんか?」

「暗殺者を捕まえるのが俺の仕事だ。あんたのご機嫌を取るのは業務内容には入っていない」

「こいつ……!」

 我那覇は文句を突っぱねる。彼が大切にしているのは結果であり、過程ではない。保護対象に嫌われようがどうでもいいのだ。

「まぁまぁお二人とも……我那覇さんの仕事が暗殺者を捕まえることなら、私の仕事は乗っている人達を気分よく目的地まで連れて行くことです。だからできれば仲良くしてください」

 険悪な雰囲気の後部座席を見かねて運転手が宥める。仕事に対するプロ意識を持ち出されると我那覇も弱い。

「済まなかった。俺も緊張しているのかもな」

「いえいえ」

 我那覇は素直に謝ったが、自分の本当の心は言わなかった。

 彼の気を立たせているのは、緊張とか使命感ではなく、行き場を失っていた怒りだ。その怒りをぶつけられる相手とようやく再会できるかもしれないという興奮だ。

(焦るな、我那覇空也……まだ決まったわけじゃない。だが、もし本当に暗殺者が奴だとしたら俺は……!!)

 待ちに待った瞬間が近づいているかと思うと逸る気持ちを抑えられない。いつもは冷静沈着という言葉の例として上げられるような彼にとって傷のある男というのはそれだけの相手なのだ。

「はぁ……まぁ、今回ばかりは仕方ありませんね。私としては納得のいかないドライブでしたが、終わりです。目的地に着きましたよ」

 結局、車の中の空気は改善しないまま、目的地に到着した。数多くのビルが建ち並ぶビジネス街だ。

「改めて悪かったな」

「いえいえ、お気をつけて我那覇さん」

 道路脇に止まった車の後ろのドアが開き、我那覇が外に出る。

「ありがとうございました」

「はい。どうかお気をつけて」

 続いて的場議員も外に。

 その光景を遠くのビルの屋上から見下ろしている影があった。



『予定通りだな』

 全身黒い装甲で覆われたそれは、ターゲットの存在を確認すると手に持っていたライフルを構えた。

 長い銃身をゆっくりと繊細にターゲットに向け、スコープを覗く。

『目標捕捉……誤差修正』

 ターゲットサイトにつば広の帽子が収まる。そして……。

『ファイア』


バァン!!


 迷うことなく引き金を引くと、弾丸が大気を切り裂きながら真っ直ぐ飛び出して行く。ビルの隙間を抜け、向かう先は的場議員の頭蓋骨。


ガァン!!


 弾丸は見事にターゲットに命中した……命中はした。

「い………たあぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 ターゲットは弾丸が着弾した頭を押さえ、うずくまった。そう動いている。生きているのだ!

 弾丸が頭蓋骨を貫く直前に、全身を鈍い銀色の分厚い装甲が覆い、弾き返したためだ。

「大丈夫か……?って、それだけ叫べるなら大丈夫に決まっているよな」

「我那覇……あんた、もうちょっとさ……気遣いとか労いの言葉とか!」

「生きているんだから、それでいいだろ“神代”」

 銀色の装甲に包まれているのは、超スピードの弾丸を頭にぶつけられたのは的場議員ではなく、我らがシュヴァンツの隊長、神代藤美であった。

 彼女は的場議員の身代わりとして、暗殺者を誘きだす“餌”になったのだ。



「暗殺を阻止するんじゃなく、敢えて実行させる」

「……はぁ?」

 メルから任務を言い渡されたあの日、我那覇が語った言葉をフジミは理解できなかった。

「暗殺を実行?敢えて?何を言っているのかね、君は?」

「俺は本気だ。気持ち悪いしゃべり方はやめろ。上司だろうが女だろうが容赦なく殴るぞ」

「いや!パンチよりも説明をちょうだい!!」

「言われなくてもするさ。狙撃なら的場議員の予定を見れば、だいたいどこで仕掛けてくるか、俺なら推測できる」

 自信過剰にも思える言葉だったが、誰も我那覇を疑うことはなかった。彼の銃の腕前はシュヴァンツ全員が知っているし、その彼が言うのだから本当のことなのだろうと信じられた。

 けれど、だからといって、じゃあそれでとはならない。

「それで敢えて撃たせて、暗殺者の居場所を特定するっていうの?」

「そうだ」

「そうだ……じゃないよ!狙撃場所を絞り込めるなら、そんな危ない真似しないで、最初から全部に人員を配置して……」

「それだと、いつまでも捕まえられない。相手がプロなら危険を察知したら、動かないだろうからな。根本的な解決を望むなら、暗殺を決行させないと」

 この話も納得できた。我那覇の言っていることには筋が通っている。しかし、一番大事な部分が蔑ろにされていた。

「あんたの意見はわかった……わかったけど、的場議員はどうするのよ?ターゲットを殺されたら元も子もないじゃない」

「それについては栗田女史次第だ」

「あたし?そう言えば、力を借りたいとか言ってたね」

「あぁ、あなたには俺が絞り込んだ狙撃場所から放たれる弾丸に反応して自動的にターゲットにピースプレイヤーが装着されるようにして欲しい。できるだろうか?」

「できるよ」

「軽ッ!?」

 突っ込むマルを尻目に、アンナは顔の横で小さくピースサインを作った。

「そりゃあたしは優秀だからね、テッシー。弾丸が通るであろう軌道上にあらかじめセンサーを設置して、保護対象に持たせたピースプレイヤーとリンクさせておけばいい。あっ、元々ある監視カメラも使えるか」

「決まりだな。俺の案でいこう」

「いやいや!やっぱり駄目よ!!」

 話が決まりかけたが、フジミがストップをかけた。

「不満でもあるのか?」

「あるよ!確かにその方法なら暗殺者を見つけられるかもしれない……けど、その為に的場議員を危険に晒すのは……アンナのことは信じてるけど万が一のことを考えるとシュヴァンツの隊長として認めるわけにはいかない……!」

 その言葉には確固たる意志が感じられた。僅かでも守るべき存在が傷つく可能性があるなら、隊長として、プロフェッショナルとしてフジミは首を縦には振れないのだ。

「そうだな……あんたの言う通り、覚悟のない人を使うのはな……」

 我那覇はそう呟いたが、その仕草が妙に芝居がかっているというか、意地悪そうだった。彼はこうなることを最初から想定していたのだ。もちろんその後のことも考えている。

「こうなったらターゲットの身代わりになる人物を探さないと……議員と同じ女性で、覚悟があって、“不死身”なんて大層な異名を持っている人物をな」

「我那覇……あんた、はじめからこうするつもりで……」

 我那覇は不敵に笑った。



「我那覇……後で覚えておきなさいよ……!」

「文句ならいくらでも聞いてやるさ。だが、それよりもきっちりと弾丸を捕捉するセンサー、その情報をコンマ一秒もかからずに受け取り、これまた一瞬のうちにターゲットに装着されるピースプレイヤーを仕上げてくれた栗田女史に感謝するんだな」

「もちろんしてるわ……念のためにわざわざ防御力を強化した特注品を作ってくれたアンナには足を向けて寝られないよ……ノーマルのままだとヤバかったかも……」

 特に分厚く装甲が盛られた頭部を撫でながら、フジミはシュヴァンツのメカニックがアンナだったことを我那覇に言われたからではなく、自発的に心の底から感謝していた。

「『ルシャットⅢ・撒き餌カスタム』……ネーミングはともかくいいマシンだな。そして、作戦の第一段階は終了だ」

「あぁ、後は……あいつらが頑張る番だ……!」



『失敗か……』

 暗殺者は自分を嘲笑うかのようにギラギラと太陽の光を反射する装甲に包まれたターゲットが立ち上がるのを確認すると、依頼の失敗を悟った。

『おれとしたことが……いや、あれだけの準備ができているということは情報が漏れていたってことだ。依頼人のミスか……!』

 あくまで自分のせいではないと、自己弁護をする。見苦しくも思えるが、今回に関しては間違っていない。事前に存在を知られていなければ、間違いなく的場議員の額に穴を開けていたはずなのだから。

『だとしたらギャラはしっかり貰わないとな。その権利はおれにはあるはずだ。依頼を続けるかどうかは、その後の交渉次第だ』

 漆黒の暗殺者は踵を返し、その場を後に……。


「待ちやがれぇぇぇぇぇッ!!!」


『!!?』

 声に反応して再び振り返ると、ビルの屋上をぴょんぴょんと飛び移りながら、こちらに向かってくる“赤い竜”が見えた。

 ご存知シュヴァンツの勅使河原丸雄その人である。


「お前らは狙撃がされるまで、隠れて待機だ。場所がわかったら全力で向かって暗殺者をとっ捕まえろ」


「ちっ!我那覇の野郎、偉そうに!だが、姐さんが命を張ったんだ!だったらおれも全力を尽くす!足も完全に治ったし……今度こそ手柄を立ててやる!!」

 あっという間にマルは暗殺者のいたビルまでたどり着き、その壁面を背中のスラスターを吹かしながら、垂直に駆け上がる。

「御用だぜ!暗殺……」


バン!


 屋上まで登ったマルを待っていたのは銃弾という手厳しい洗礼だった。

「……ったく、危ねぇな……!!」

『ちっ!?』

 だが、その程度の不意打ちでどうにかできるほど勅使河原丸雄はやわな人間じゃない。

 ライフルの弾丸は赤の装甲を抉りはすれど、貫くことは敵わず、青空に飲み込まれていった。

「大人しく投降するなら、優しくしてやろうと思ってたのによ!そっちがその気なら!!」

 着地したマルはそのまま暗殺者に突進していく。

 暗殺者は迎え撃とうとライフルを向ける……が。

「そんな野暮なもの持ち出すなよな!」


ザンッ!


『くっ!?』

 マルドレイクはナイフでライフルを真っ二つに切り裂いた。使い物にならなくなった得物を投げ捨て、暗殺者は拳を繰り出す。

『くら……』

「遅い!!」


ガァン!!


『!!?』

 しかし拳は空を切り、逆に拳を叩き込まれる。

「でやぁぁぁぁぁっ!!」


ガンガンガンガンガンガン!!


 懐に入ると好き放題できた。マルからしたらサンドバッグを相手にしているように暗殺者を一方的に殴り続ける。

『ぐうぅ……!?鬱陶しい!!』

 たまらず暗殺者は後退した。けれども、悲しいかなこの屋上には彼の安息の地はない。

「今回はきちんと決めようぜ!飯山!!」

「押ぉぉぉぉ忍ッ!!」


ガゴオォン!!!


『!!?』

 空から落ちてきた黄色の竜が暗殺者の首根っこと腕を掴み、地面に叩きつける!

 そのまま完全に抑え込まれ、暗殺者は沈黙した。

「やったな、飯山。ザッハーク戦のリベンジ達成だ」

「はい、マルさんが上手く注意を引き付けてくれたおかげです」

 親指を立てるマルに両手が塞がっているリキは頷くことで返事した。

「後はこいつをボス達の下に……」


パキッ……


「えっ……?」

 リキに掴まれていた暗殺者の首と腕が外れた。戸惑う彼の隙を突いて、本体はするすると拘束から抜け出し、残った拳を振り上げた。

「しまっ……!?」


バン!バン!バァン!!


『!!?』

 拳がリキに振り下ろされることはなかった。その前にマルが銃で暗殺者の身体に風穴を開けたからだ。

 首と腕のない暗殺者はそのまま力を失い、倒れた。

「マルさん、助かりました……」

「気にするな、仲間だろ。それよりも……あ~あ~、せっかく上手くいったと思ったのに……」

「宝石強盗の時と同じ……P.P.ドロイドですね……」

 リキは分離した頭と腕の断面を見る。そこにはびっしりと機械が詰め込まれていた。

「ちっ!せっかく姐さんが命を張ってくれたのに、収穫なしか……!」

「地道にこのドロイドの製造元からたどっていくしかないですね……」

「それで見つけられるなら苦労しないけどな」

「ええ……多分、暗殺者はもう……」

 先ほどまでと一転、暗い空気が二人を包……。

『多分、大丈夫。これなら暗殺者を見つけられると思うよ』

「「!?」」

 耳に届いた明るい声が嫌な雰囲気を吹き飛ばした。今回の作戦の中心を担ったと言っても過言ではない我らが天才美少女メカニック栗田杏奈の声だ。

「本当ですか、アンナさん!?」

「今は冗談聞いてられる余裕はないぜ」

『うん。本当、本当。君達の活躍は無駄じゃなかったってことだよ、リッキー、テッシー。このP.P.ドロイドは……』


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