先鋒戦③
『悶絶!リンジー選手悶絶!!このボディーブローは効いたかぁ!!?効いてしまったか!!?』
『効いたのは事実ですけど、彼を終わらせるほどではない』
「その……通りだ!!」
ゴォン!!
「――がっ!?」
『反撃のミドルキックが炸裂!!なんというタフネス!なんという意志の強さ!!』
『これはまだまだ勝負はわかりませんね』
(そうだ……こんな面白い勝負、すぐに終わらせたらもったいねえ!!)
物心がついた時には、どうすれば強くなれるかばかり考えていた。そして頭の作りが単純だから、すぐにとにかく喧嘩をしようとアホみたいな結論を出し、実行に移した。
敵はいなかった。そこら辺のチンピラなんて相手にならない。おれはいつしか誰からも恐れられ、避けられるような存在になっていた。
そんなおれに転機は突然訪れる。
「君、強いらしいね?良かったら、プロの格闘家目指してみない?」
退屈に殺されそうになっていたおれはその誘いに応じた。そしてあっという間にプロ試験に合格し、デビュー戦にこぎつけた。
『勝者は!今日がデビューの新星!リンジー・マカパイン!!』
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」
「はは……!」
プロのリングはおれの退屈を見事に吹き飛ばしてくれた。
ただ人より腕っぷしが強く生まれたことに甘えているだけの不良達とは違う強さのために全てを捧げた鍛え上げられたファイターとの戦いはおれを昂らせた。
個人的にも意外だったのが、観客が喜んでくれるのが嬉しかった。意外と目立ちたがり屋でサービス精神が旺盛なのだと、自覚した。
プロの格闘家こそ自分の天職なのだと、そう思った。
デビューからも順風満帆だった。連戦連勝でファンもつき、ジムのみんなも喜んでくれた。
こんな日々がいつまでも続くと、勘違いし始めた頃、それは起こった。
「何だよ!この記事は!!おれが八百長を持ちかけたなんて、出鱈目にも程がある!!」
「落ち着けよ、リンジー……お前の言う通り、週刊誌の書いた適当な記事なんて誰も信じないさ……きっと」
「会長……あんた」
おれから目を逸らす恩師の姿を見て悟った……この記事は真実なのだと。
協会の調査に会長はおれをどうしてもスターに、チャンピオンにしたいと語っていたが、単純におれの生み出す金に目が眩み、道を踏み外したのだろう。
おれは八百長には関係ないと、処罰は受けなかったが、モチベーションを削がれたおれは表格闘界から去った。
落ちぶれたおれは宛もなくさまよい、流れ流れてエルザシティーの金持ちの用心棒をやっていた。
ある日、「面白いところに連れて行ってやる」と、Barランビリズマにお供することになった。
そこでおれは出会ってしまった。
『勝者は!当然この男!絶対王者!チャンピオン、ヤクザーン!アエーシュマだ!!』
その男はおれの理想そのものだった。
観客を沸かせるカリスマ性、敵を一蹴する圧倒的な強さ、どれもおれがずっと追い求めていたものをそいつは全て持っていたのだ。
おれはその日に用心棒をやめると、自分の理想の戦いをするためにブラッドビーストになり、地下格闘技界に参戦した。
嬉しいことに、マフィアの興行らしく汚いやり取りや台本が用意されていると覚悟もしていたが、ここではそんなことは一切なかった。
「八百長?ガチンコ勝負以上に盛り上がる台本なんてない。そして盛り上がるということは一番金になるということだ。だから少なくともわたしがここを仕切っている間はそんな下らない真似をするつもりは一切ない。まぁ、相手が弱くても瞬殺はしてくれるな、せめて派手に倒してくれないかとお願いぐらいはするかもしれないけどね」
そう語った支配人は実際におれに好きに戦わせてくれた。人としては思うところはあるが地下格闘技を取り仕切るには、優秀かつ誠実な方だと思う。
おれはここが気に入った。この場所こそおれの居場所なのだと。
おれは……ここで理想の戦士になってみせる!
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」
『観客のボルテージも最高潮!先鋒戦、素晴らしい試合になりました!!』
(そうだ!これを望んでいた!!アカ・マナフ!お前は最高だ!お前に敬意を示して、おれも全力を出そう!というか、もう我慢できん!!)
リンジーは拳を大きく振りかぶった!
(モーションが大きい!ダメージと疲労でフォームが崩れたか……これなら!!)
ブゥン!!
『空振り!バックステップで避けられ、リンジー選手、珍しく空振りをして――』
ガァン!!
「――ッ!?」
『まっ!?』
『何ですと!!?』
実況が思わず言葉を止め、解説が荒ぶった。
リンジーは空振りした……と、見せかけて、もう一歩踏み込んで、肘をアカ・マナフの顔面にぶち込んだのだ!
『肘!まさかの肘が!アカ・マナフにヒット!!』
『私達でさえここまで驚く攻撃!アカ・マナフ選手は完全に不意を突かれたことでしょう!』
『これは体勢を立て直すのに時間がかかるか!?もちろんリンジー選手はそんな隙を!!』
「うおらぁぁぁぁぁっ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
『与えない!猛然とラッシュ!!再び攻撃一方通行に!!』
『パワーもスピードも明らかに上昇しています。これこそが私達がよく知るリンジー・マカパインの全力……仕留めるつもりです』
『このまま決めるのかリンジー!それとも逆転の一手を持っているのかアカ・マナフ!!』
(く、くそ……!!このままでは……!!)
実況の推測通り、不意の肘を食らったフレデリックは混乱の中にいた……いたが、それでもなんとか精神を立て直し、勝機を見つけようと脳ミソをフル回転させていた。
(今まで以上のパワーとスピード……これはどうにもできない……避けるのは当然として耐えるのも無理だ……なんとか逆転KOをする方法を早く見つけないと……いや、ある。完全適合なら……!!)
フレデリックはあの夜のことを思い出していた。あの時の全能感を……。
(あの力が引き出せれば、アカ・マナフは無敵だ!誰にも負けない!だけどあれ以来、できてないんだよな。あの夜以上に感情を昂らせることなんてなかったから。この戦いだってぼくは別にやりたくなかった……この人、さっきまで手を抜いて戦ってたのか?)
瞬間、フレデリックの心を冷たくも激しい怒りの炎が灯り、アカ・マナフへと伝わる。そして……。
(なんかムカついて来たぞ。ぼくのことを舐めてたってことだよね?確かに情けないところを見せちゃったけど……やっぱりムカつく!なんか負けたくないぞ!この野郎!!)
二つは一つになる!フレデリックの認知、神経機能を大幅に強化し、それに伴いアカ・マナフはおぞましいオーラを噴出する!
『雰囲気が変わった!!?』
『これは完全適合!!』
(来たか!アカ・マナフ!!)
(あの時と同じ……相手の動きが止まって見える!!)
『これが逆転の一手になるか!!?反撃の狼煙が上がるのか!!?』
「いや、手遅れだ」
アンラ・マンユはそう呟くと、目を伏せた。
(動きは見えている……見えているのに、身体が動かない!?)
「オラァ!!」
ガァン!!
「――ッ!?」
『リンジー選手のフックが炸裂!アカ・マナフの首が捻れる!!』
「この……!!」
身体に力を入れる……入れるが、腕は垂れ下がり、足は小刻みに震えるばかりで決して言うことを聞いてくれない。
なのでフレデリックはゆっくりとこちらに迫る拳や蹴りを眺め、そこから生じる痛みを想像する地獄の時間を味わうことになってしまった。
「見えているのに、見えているのに!!」
「オラ!オラ!オラァ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「――ぐはぁ!!?」
『怒涛のラッシュ再開!!アカ・マナフはサンドバック状態だ!!』
「このまま圧殺してもいいんだが……観客が一番喜ぶのはこれだろ」
リンジーはアカ・マナフの頭を抑えるとそのまま飛び上がり、頭上で逆立ちの状態になった。
『この体勢はリンジー・マカパインの代名詞!彼の最強の必殺技!!』
「A.S.ブレイカー」
ドゴォ!!
「――がっ!!?」
頭上から半月を描き、獣人の膝がアカ・マナフの顔面に勢い良く叩き込まれる。
『オール!スカル!ブレイカー!!発動!そして直撃!!裁きの鉄槌が魔王に下されたぁぁぁぁッ!!』
それはほぼ同時だった。
手を離し、地面に着地するリンジー……。
力を失い仰向けに倒れるアカ・マナフ……。
そして……試合の終わりを告げるレフェリー……。
カンカンカン!!
『レフェリーストォォォップ!!運命のアルティーリョボス決定戦の大切な先鋒戦を制したのは!華麗なる獣戦士ぃッ!!リンジー・マカパインだぁぁぁッ!!』