四人目
「ほほう。そいつがちょい悪の二代目アーリマンか……そんな訳ねえだろ!!」
「芝ちゃん!ステイ!!」
芝は顔を真っ赤にして、目の前でふてぶてしい態度を取っているアンラ・マンユに殴りかかろうとしたが、プリニオが全力で止めた。
翌日、エルザシティ郊外の廃工場で行われた三者会談はものの見事に速攻で崩壊したのだ。
「芝ちゃん!落ち着いて、話を聞いて!!」
「そうだそうだ。落ち着け、バカ」
「てめえ!!殺す!!」
「お前なんかに私が殺せる訳ないだろ。雑魚ヤクザ」
「絶対に殺す!なんとしても殺す!!」
「語彙力がない。見た目通りの頭の悪さだな」
「この野郎!!」
「ばーかばーか」
「アーリマン!これ以上煽るな!!あとあんたの語彙力も大概だぞ!!」
罵詈雑言が飛び交い、プリニオと芝がくんずほぐれつをして五分、ようやく三人は落ち着きを取り戻した……というより、疲れて止まった。
「はあ……はあ……芝ちゃん、マジで話を聞いて、お願いだからマジで……」
「はあ……いいだろう……息が整うまでは……聞いてやる……」
「じゃあ、早速……ふぅ……」
プリニオは膝から手を離し、背筋を伸ばし、一回深呼吸をすると、何事もなかったように真面目な顔で話し始める。
「言うまでもなくアルティーリョも佐利羽も偉大なる創業者が突然居なくなって、日に日に求心力を失っている」
「あぁ……悔しいが、毎日のように組から抜ける奴が後を絶たない」
「うちもだ。この状況を打破するためには、オレ達が固い絆で繋がっていることをアピールするのが一番だ」
「腐っても三大マフィアと呼ばれたうちの二つが手を組むんだ……おいそれと対抗できるようなもんじゃねぇわな」
「そうだ。この同盟には新興勢力の抑止にもなる。いや、むしろオレ的にはそれが本命か。闇には闇の流儀があることをわかってないチンピラ風情やボス達が健在だった頃はビビって手を出して来なかったエルザの外の連中への牽制として、一刻も早く手を打ちたい」
「俺んとこの組長も、お前んとこのボスも裏と表の線引きはきっちりしていたからな」
「あの『クイントンファミリー』暴れっぷりを見ていたら、そうなるさ……!」
クイントンファミリー……その単語を口にしただけで、プリニオの顔は強い不快感で醜く歪んだ。
「クイントン……確か三大マフィア以前にエルザの闇社会を支配していた組織だな?」
「あぁ、あんたも名前くらいは知っているか」
「名前と君達のボスと前市長達が共謀して排除したことくらいはな。それ以外は最近越して来た私にはわからない。そんなに酷かったのか?」
「酷いなんてもんじゃないさ。クイントンの初代ボスは全て暴力で解決できると思い込んでいるクズの中のクズだった。あいつがエルザの裏社会を牛耳っていた時が、エルザで最も血が流れた時代だ」
「まっ、結果として恨みを買い過ぎて、馴染みのレストランを出たところを、囲まれて殺されちまうんだけどよ。死体は顔が判別できないくらいぐちゃぐちゃにされていたから、死んだのは実は影武者で、本物は今も裏でエルザを操っている……ってのが、この街の定番の都市伝説」
「悪党に相応しい最期だが、だとすると前市長と争ったのは二代目か?」
「そう……息子の『オスニエル・クイントン』、こいつは初代に輪をかけたようなクズだ……!!」
さらに顔が歪むプリニオ。その鬼気迫る表情に木原さえも気圧された。
「いつも飄々としている君がそんな顔をするとは……」
「あぁ、ちょっとな……オスニエル・クイントンは元々器の小さい男だったが、父親が無惨に殺されたことでさらに猜疑心を強くし、臆病になった……そしてその結果、自分より弱い子供達をターゲットに悪逆無道を働いた」
「子供の血が流れた量は初代よりも遥かに多い。そういう俺も両親を亡くし、身寄りもなかったから、組長に拾われなかったら、良くて使い捨ての鉄砲玉、悪ければ内臓抜き取られて、殺されてただろうな……」
芝は佐利羽秀樹との出会いを思い出し、目を細めた。
「ならわかるだろ?今、この街に第二のクイントンファミリーがいつ生まれてもおかしくない状況だ。それを防ぐにはオレ達が同盟を組むべきだ」
「……理屈はわかった。お前のことも信用している。俺なんかより頭も回るし、アルティーリョのボスにはお前しかいないと思う」
「じゃあ……」
「だが、頭じゃ了承しても、心じゃ拒絶する!こいつと組むことだけはな!!」
芝はアンラ・マンユを指差し、睨み付けた。
「感情を制御できないか……そんな体たらくでは、マフィアのボスは務まらんぞ」
「それもわかってる……だから、俺と戦え!一騎討ちだ!」
「どうしてそうなる?」
「お前の言う通り、俺がバカだからだよ……!もう一回お前と戦わないと、気持ちが整理できない……お前が勝ったら、この話を受けてやる!!いや、俺が勝ってもOKだ!!自分を殺せる奴なんて要らんだろうがな!!」
「そう言ってるけど、どうする?」
「はあ……それで気が済むならお好きにどうぞ」
プリニオは苦笑いを浮かべながら、後退した。
「お許しが出たようだ」
「なら……刃風!!」
芝は愛機を装着すると、勢いそのままに刀で斬りかかった!
ブゥン!!
しかし、アンラ・マンユには当たらず。簡単にバックステップで避けられてしまった。
「その程度か?」
「ふざけるなあぁぁぁっ!!」
ブンブンブンブンブンブンブンブン!!
だが、それに懲りずに斬る!斬る!斬る!
けれども、やはり紫の悪魔の肌を掠めることはなかった。
「威勢良く吠えても結果は変わらんよ」
「うるせぇ!!手も足も出せない癖に!!」
「出して欲しいのか?では……ご期待に応えよう!!」
ゴンゴンゴォン!!
「――ッ!!?」
電光石火!目にも止まらぬスピードでアンラ・マンユは三発のパンチを放った!
刃風の顎の先を掠めたそれの衝撃は芝の脳ミソまで伝播し、一瞬で彼の意識を断ち切った。
「これで終わり……でもいいんだが」
勝負は決した。しかしアンラ・マンユは崩れ落ちる挑戦者に勢いよく背を向け、追撃を繰り出した!
「これが私とお前の差だ」
ドゴオォォォン!!
後ろ回し蹴り炸裂!無意識の状態で食らった刃風は全身に亀裂を走らせながら吹っ飛び、壁に叩きつけられ、待機状態に戻った。
「ちょっと……やり過ぎじゃないの」
唯一の観戦者であったプリニオは小走りで芝に駆け寄り、抱きかかえた。
「おーい、芝ちゃん!意識はありますか……」
「……あぁ……最悪な気分だがな……ぐっ!!」
目を覚ました芝はプリニオの腕を振り払うと、身体に鞭打ち、立ち上がった。
「もう少し寝ていればいいのに」
「お前に見下ろされるのはごめんだ……」
「まだ強がるか」
「いや……さすがにここまでやられたとあっちゃ、認めざるを得ない……今、意地張ってお前と敵対しても、佐利羽に得はない。今は、今だけはお前らと組むことにするよ……昔の俺みたいな頼るもののない子供が犠牲になる街にもしたくないしな」
「芝ちゃん……」
「………」
ボロボロになりながら、そう語る芝の姿はアーリマンこと木原史生には輝いて見えた。
「……自分のエゴを通せないというのはなんと惨めで哀れ……弱さとは罪だな」
「てめえ……!!」
「アーリマン!!」
「けれども、その弱さに向き合い、屈辱にまみれながらも、前に進もうとする姿勢は……悪くない」
「……お前……褒めてんのか?」
「そんなんじゃないさ。ただやはり弱いと何も得ることはできない。だから力をくれてやる」
「うおっ!?」
アンラ・マンユは芝に何かを投げ渡してきた。
手のひらを開き、確認するとそれは見覚えのある指輪であった。
「これって……まさか!?」
「ザリチュ……貴様の敬愛する組長様のマシンだ」
「くれてやるって……元々俺らのもんじゃねぇか!!」
「ならば、返してやると言い直そう」
「てめえ……!マジでいいのかよ……?」
「あぁ……」
木原の脳裏にとある日の安堂ヒナとの会話の記憶が再生された……。
「フミオちゃんフミオちゃん」
「何だ?プリンを勝手に食べたことは謝っただろ」
「それはもういいから。良くないけどいいから」
「なら、何の用だ?」
「実は前々から言おうと思ってたんだけど……父さんが作った特級ピースプレイヤー、フレちゃんやアタシみたいに適合する人がいたら渡して欲しいな……って」
「……父の傑作が物置で埃を被っているのは、耐えられんか」
「親子というより技術者としてだね。あの六体は素晴らしい機体だよ。是非今後とも活躍して欲しい」
「私にとってメリットがない」
「だけどデメリットも特になくない?仮に敵対することになっても一度倒した相手だし。今のフミオちゃんなら一捻りでしょ?」
「私のことを自信家だと思って煽てているようだが……覚えておくといい、自信家と臆病者という属性は両立することを。一度下した相手に後れを取るとは更々思わんが、だからといって無駄なリスクは背負いたくない」
「そうか……そういう考えができるから、あの戦いを勝ち抜いたんだね。わかった!今の話は忘れて」
「ずいぶんと諦めが早いな。普段の君ならもっと粘るだろうに」
「父さんのマシンを渡すという選択肢を提示できれば十分だよ。フミオちゃんは自分のこと自信家で臆病者って言ったけど、アタシからしたらそれ以上に感情的で、好奇心が旺盛な人間だよ」
「つまり君はいずれ私が今の言葉に反して、誰かにザリチュ達を渡すと思っているのか?」
「うん。そして多分、実際にそうなるよ」
ヒナは不敵に微笑みかけた。
「悔しいが、あいつの言う通りになったな……」
これには木原も笑うしかなかった。だが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
「よくわかんねぇが、組長の形見が取り戻せたのはありがたい。遠慮なく頂戴する」
「お前がザリチュに選ばれることを祈ってるよ」
「ふん!」
「なぁ……」
「ん?何だプリニオ?不満でもあるのか?」
「いや、もし良かったら、オレもあんたが持っているであろうピースプレイヤーを一体譲ってもらいたいんだが……」
「昨日も言ったがアカ・マナフなら、もう別の奴のものだぞ」
「オレが欲しいのはサルワだよ。武斉のマシン」
「サルワだって……」
芝は思わず顔をしかめた。その名前から想起する思い出は最悪と呼べるものしかないので当然だ。
「あんなもん欲しがるなんて、イカれてんな」
「私も同意見だ」
「オレもだよ。欲しがったのはエシェックだ」
「あいつか……」
「前にサルワの話をした時、凄い食いついてきたんだ。なんかここに来る前は飛行能力のあるピースプレイヤーを愛用していたから、飛べるマシンを用意してくれってねだられてたし、アーリマンが持っているならちょうどいいかなって」
「奴がサルワを……」
想像してみると違和感を感じなかった。エシェックとサルワの組み合わせはしっくり来ると木原の直感と本能は判断したのだ。
「いいだろう。サルワを渡す」
「よっしゃ!」
「ついでにこの際だから残りも全部くれてやる」
「残り?」
アーリマンはプリニオに三つの指輪を手渡した。
「サルワにタルウィにドゥルジ、どれも特級ピースプレイヤーだ。君の好きに使うといい」
「使うといいって……特級に適合する奴なんて早々見つから……」
言ってる側からドゥルジの指輪が淡い光を放ち始めた。
「見つかったな。どうやらドゥルジは君を新たな主に選んだらしい」
「なんとまぁ都合のいい……」
「それが運命というものさ。導かれるように巡り合う」
「なら、タルウィってマシンはまだ見ぬ五人目に適合して欲しいもんだね」
「そう言えば、最後の一人は決まってないんだよな?」
「大変残念ながらね」
「なら、うちの浜野を使ってくれないか?」
「「……え?」」
プリニオとアーリマンはあからさまに嫌そうな顔をした。
「そんなに嫌か浜野……」
「だってそれこそサルワにやられてたじゃん……」
「相手が悪かっただけだろ!」
「私は奴がひ弱そうな男に締め落とされたのを見た」
「ぐっ!?あれ見てたのかよ……!」
「見てた見てた。典型的なかませ犬だろ、あいつ」
「言っていいことと悪いことがあんぞ!!」
「だが、実際に負け続き……そんな奴をメンバーに入れたくはない」
「うんうん」
プリニオは激しく首を上下させた。
「お前ら……!あいつもな!自分の不甲斐なさをずっと悔やんでんだよ!!だから、一から鍛え直して、今も街の外れの山に住んでいるなんか強い世捨て人のジジイに戦いを挑みに行ってる!!」
「うわぁ~……」
「完全にかませ犬になるフラグだな」
「そんなこと……そんなことないよ!!」
一瞬、芝の頭にも地面に突っ伏す浜野の姿が鮮明に映し出され、言葉が詰まった。
「しかし、その世捨て人のジジイというのは気になるな」
「もしかしたら五人目に相応しい存在かもしれない」
「おい!うちの浜野が負けてる前提で話を進めるな!!」
「とにかく会いに行ってみよう」
「それまで浜野がもってくれるといいが……」
「見たいもんな、そいつの戦うところ」
「てめえら……着いた時には浜野が勝ってるからな!!吠え面をかくことになるからな!!覚えておけよ!!」
こうして三人はまだ見ぬ五人目を求めて、廃工場から出て行った。