三人目
「私の知り合いをメンバーに入れたい」
「……え?なんて?」
全く予期せぬ言葉だったのであろう、プリニオはそのまま聞き返した。
「だからボス決定戦のメンバー五人の中に私の知り合いを入れて欲しいんだ」
「つまりあんたのお仲間がオレをボスにするために戦ってくれるってこと?」
「そう言っている」
「だよね……ちょっとタイム」
落ち着きを取り戻したプリニオは腕を組み、夜空を見上げ、思案を巡らせた。
「……さっきも言ったが、オレの陣営はかなり弱体化しているから、強い奴が仲間になってくれるなら、正直嬉しい」
「強さは保証する。奴は絶好調時なら私さえ凌駕する」
「あんたよりもね~。そいつに会うことは?」
「できない。きっと面倒なことになるから、君と相対するのは本番当日だけだ」
「会わせられない奴を信じろと言われてもな。ぶっちゃけあんたの強さはともかく言葉に関しては……信用してない」
「今までの経緯からしてそういう考えになるのも当然だろう。ならば一つだけそいつの情報を開示してやる」
「情報一つでオレが心変わりするわけ――」
「そいつは君達のボスが使っていたマシンの新たな適合者だ」
「――!!?」
たった一つの情報、たった一つの事実……それだけでプリニオの心を決めさせるには十分だった。
「お気に召したかな?」
「あぁ、これ以上ない強さの証明だ……最高にムカつくがな……!!」
冷静な若頭の目は怒りで血走っていた。彼にとって木原の言葉は最も頼もしくもあり、最も許し難いものだったのだ。
「尊敬する人の愛用品をどこの馬の骨かもわからん奴に渡したことに怒る気持ちはわかる」
「オレにはそうは見えんがな……そもそもあんた人を尊敬したことがあるのか?」
「……どうだろうな。かつて私の野望を打ち砕いた者達には一定の敬意を持っていると思う。それ以上に今のお前のように憤怒の心が強いが」
「そうかい……あんたにもそんな感情を抱かせる相手がいるってことが、心の底から嬉しいよ」
「フ……言ってくれる。で、返事はどうなんだ?君は感情と理性を切り離せる人間だと思っているのだが……このまま感情に流され、私の提案を否定するか?」
その問いかけにプリニオは……首を横に振った。
「いいや、あんたの言う通り心よりも実利を取らせてもらう。答えはイエスだ。そいつの、アカ・マナフの力を借りたい」
「それでいい。きっと奴はいい働きをする」
「そうでないと困る」
「へっくしゅん!!……風邪引いたかな?それとも誰かぼくの噂してる?」
のんきに自宅でくつろいでいたフレデリック・カーンズ刑事!知らぬ間に憎むべき反社会的組織に協力すること決定!
「とにかくこれでメンバー五人揃ったな」
満足そうに腰に手を当て、アンラ・マンユは呟いた……が。
「……ん?五人?アカ・マナフを入れてもまだ三人しか決まってないぞ?」
「……え?」
プリニオの言葉で仮面の下の顔は一気に間抜けなものに。彼はとても大きな勘違いをしていた。
「もしかしてオレやさっきまであんたを狙っていた成訓もメンバーに入っていると思ってた?」
「思ってたが……違うのか?」
「違うよ。今回の戦いはオレとクローチェどちらが新しいボスになるか決めるものだが、その当事者であるオレ達は戦いには参加できない」
「道理に合わないんじゃないか?」
「オレもそう思うが、仮にクローチェ自身が参戦したら、あっちの一敗が確定するからな。奴はそれがわかっているから、トップの資質は自分ではなく、力を貸してくれる取り巻きの強さだのなんだの言って、幹部会に自分達が戦わないルールを了承させた。そこそこ強いオレを封じられるし、奴にとっては一石二鳥 だ」
「ふむ……それで組員達が納得するとは思えんが……自分の手を汚さぬ者になどついていかんだろ?」
「きっと奴の配下の戦士の戦いを見たら、誰も何も言えなくなると踏んでいるんだろうさ。そいつらも別にクローチェのことを心から信頼して協力してるわけでもなく、裏切られる可能性もあるってのに……浅はかなんだよ、あいつ」
言っていて、やはり大切なアルティーリョは任せられないとプリニオは決意を新たにした。
「まぁ、決まってしまったものは仕方ない。それにそのルールが採用されたってことは、幹部や組員達は君の強さに関しては今さら見る必要ないと思っている。つまり強さは認めていることの裏返しとも取れるしな」
「そうだといいんだがね」
「だが、成訓を出さないのはどうしてだ?奴はかなりの実力者だろ?」
「あぁ、だから必死こいて誘った」
「なら……」
「単純に今回の戦いとの相性の問題さ。スナイパーであるあいつは閉鎖空間で、敵に認識されている状態では真価を発揮できないと思った。まだ義手にも慣れていないっていう不安要素もあるしな」
「言われてみればそうか。私もクローチェに負けず劣らず浅はかだな……」
本当に反省しているのだろう、木原は仮面の下で口を尖らせ、その考えに至らなかったことを悔しがった。
「ただ相性や義手のことを考慮しても、成訓以上の手駒がオレにないのも事実。メンバーが揃わなかった時用の補欠だと思ってくれて構わない」
「奴以上の手駒はない?じゃあ、その後ろに隠れている奴は二番手か?」
「やはりこちらも気づいていたか……『エシェック』、出て来ていいぞ」
プリニオの背後にある瓦礫からニット帽を深々と被った男、いや女か?とにかく浮き世離れした美しい顔をした者が出てきた。
「こいつはエシェック、最近拾った」
「そんなモノみたいな言い方……」
「別に悪気はなかったんだが、気分を害したなら謝るよ」
「ずいぶん素直だな」
「オレは部下に気を使える上司の鑑だぜ。それにボス決定戦にはこいつの力が必要になる。格闘戦ではオレや成訓よりも上だ」
「そうか……」
アンラ・マンユは真っ赤な目を上から下に、そしてまた上に動かし、エシェックを観察した。
(パッと見強そうには見えないが……というより、今まで遭遇したことのないな、この感じ。こいつ本当に……人間か?)
「あまりじろじろ見るなよ、ダークヒーロー」
「これまた失敬。共に戦う仲間に礼を欠いたな」
「一時的なものだ。おれ達の間に信頼関係はいらない」
「まぁ、そう言うなって」
アンラ・マンユはそっと手を差し出し……。
ブゥン!!
差し出すと見せかけてパンチ!エシェックの顔面に拳を繰り出す……寸止めだが。
エシェックはそれに対して微動だにしなかったどころか、瞬きすらせずにアンラ・マンユを睨み続けていた。
「大した胆力だな。私の拳にたじろぎ一つしないとは」
「殺気を感じなかったからな。当てるつもりはないだろうなと」
「だとしても、目測を誤る可能性だってあったし、生物として反射的に身体が動くこともあるだろうに……お前、本当に人間か?」
「おれはおれさ。エシェック以外の何者でもない」
二人の視線が交差する。プリニオはその中間点で火花が散っているように見えて、気が気じゃなかった。
「ふん!面白い奴だ」
だが、それは取り越し苦労に終わった。エシェックの態度に満足したアンラ・マンユが拳を下ろしたのだ。
「この私でも力を測りかねる存在……いい拾い物をしたな、プリニオ。こいつが三人目で決まりだ」
紫の悪魔は拳を開くと、そのまま労うようにプリニオの肩を叩いた。
「気に入ってくれて何より……だけど、あくまでメンバーの決定権はオレだからね。そこまであんたに委ねてないからね」
「わかっているさ。基本的にこの戦いは君の意見に従う」
「そうしてくれると助かるよ。エシェックも仲間なんだから仲良くしろよ」
「プリニオさん、あんたには世話になっているから必ずボスにしてやる……だが、そのために素顔を晒さないような奴と馴れ合うつもりはない」
そう言って、エシェックはその場から去って行った。
「嫌われたもんだな」
「あんな横暴な振る舞いをすればそれはねえ。だけど、オレを置いて行ったってことは、それなりに信頼してるって証拠だと思うぜ。あいつ、成訓で十分だって言ったのに、無理矢理ボディーガードとしてついて来たんだから」
「大切な主と二人っきりにしてもいい……それ以上の信頼の証はないな」
「とにかくこれで三人は決定だ」
「四人目と五人目の目星はついているのか?」
「ぶっちゃけると、五人目はまだ……だけど、四人目は佐利羽組の芝ちゃんに助っ人を頼もうと思う」
「……は?」
マスク越しでもわかるくらいに、木原は呆気に取られ、何か訴えるような目でプリニオを見つめた。
「言いたいことはわかるよ。敵対組織に協力を要請するなんて正気の沙汰じゃない」
「わかっているなら、何故そんなバカな真似を……?」
「お互い弱体化著しい組織を率いる身、同盟を組んだ縁もあるし、これからは仲良くやっていきたいなって。このボス決定戦がそのきっかけになったらいいなって」
「仲良くするのはいいが、もし君が芝のおかげでボスになったら、パワーバランスでかなり不利にならないか?この恩はデカいぞ」
「普通の相手だったらそうなるね。でも、芝ちゃんは恩着せがましいタイプじゃないし、あんたに受けたダメージは佐利羽の方が大きい。そこで上手く帳尻が取れると思う」
「きちんと状況が見えていることは感心する……しかし、私のことはどうする?恩着せがましくないが、恨みは忘れないタイプだぞ、あれは。私の存在を知った瞬間、協力や損得勘定など頭から抜け落ちるだろう」
「だね。でも、それもわかっている。オレに秘策がある」
プリニオは親指を立てて、ウインクした。
「……その妙な自信が余計に不安を駆り立てるのだが、秘策ってのは?」
「アーリマン、あんたの素顔はオレはもちろん芝ちゃんにも割れてないんだろ?」
「あぁ、奴と会ったのは、ピースプレイヤーを装着している時だけだ」
「なら、うちや佐利羽を襲ったのは“悪の初代アーリマン”ってことにして、今のあんたはそいつを討ち取って、ピースプレイヤーを奪った“ちょい悪の二代目”ってことにすればいい。そうすれば因縁なんか、ほら!なくなった!」
満面の笑みでとんでもない秘策を語るプリニオに、アンラ・マンユは思わず頭を抱えた。
「……芝は短絡的なところはあるが、そんな酷い嘘を信じるほどバカじゃないだろ……」
「そうかもしれないけど、あれやこれやで芝ちゃんも大人になったし、今は組の立て直しを最優先してるはずだから、きっとオレの提案を飲んでくれるよ」
「楽観的な……」
「あんたが悲観的過ぎるんだよ。なるようになるって」