エピローグ:悪の華
エルザスタジアムでの戦いから三ヶ月後……。
「わたしの無実が証明され、こうして市長になれたのも皆さんのおかげです!今日はその感謝を込めて……楽しんでいってください!乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
チン!
ベンジャミン・マクナルティ新市長の言葉を合図にパーティー会場にグラスをぶつける音が鳴り響いた。
その広い会場の片隅にいる場違いな二人も……。
「乾杯、ヒナさん」
「乾杯乾杯、フレちゃん」
チン!
グラスを合わせ、中に入っているシャンパンで喉を潤した。
「ぷはっ!美味しいね、これ!パーティーなんて柄じゃないって、行かないつもりだったけど、一念発起して来て良かったよ」
「ぼくもです。本当、マクナルティさんが新市長なんて……感極まっちゃいますね!ようやくこの街にまともな市長が……!!」
どこかの有力者らしい人と談笑するマクナルティの姿を見て、フレデリックは目を潤ませた。
「アタシとしてはクラルヴァインとそこまで変わらないと思うんだけどな……」
「どこがですか!!」
「だってあの人、アタシ達がした違法行為を平気な顔で見逃してるし……根っこは一緒じゃない?」
「全然!クラルヴァインは自分の欲のために法を犯すけど、マクナルティ市長はこの街を蝕んで来た悪を排除し、正義を為すために仕方なくです!正しいことをするためには、泥を被ることも時として必要なんですよ!!」
「相変わらず揺るぎないね……」
ヒナは呆れながら、シャンパンに口をつけた。
「……で、そのこの街の悪である前市長の悪行の捜査の方は?」
「それはもう……バッチリです!!」
フレデリックは満面の笑みで、ピースサインをした。
「プロウライトが隠していた捜査資料がごっそり見つかったので、前市長も署長も、ついでに刑務所長も、ありとあらゆる罪で起訴できますよ」
「まぁ、起訴しようにも当の本人達が行方不明じゃねぇ……」
「世間じゃもう死んでるって噂が出てますね」
「噂じゃなくて事実なのよね、それ」
「そうなんですよね……」
ヒナとフレデリックはお互いの顔を見合せ、苦笑いした。
「多分、何年後かにドキュメンタリー映画になるね」
「ぼくもインタビューとかされちゃうんでしょうか?」
「されるんじゃない。アーリマンについて知っていますか?……とか」
「それはないですよ。アーリマンの名前は裏の世界にしか轟いてないですから」
「ところが……表にも出てきているんだな、これが」
ヒナがスマホをフレデリックの眼前に突き出す。画面には『ダークヒーロー?アーリマンの謎を追う!!』というネット記事が映し出されていた。
「……なんですか、これ?」
「見ての通り、アーリマンの知名度が少しずつ上がっている証拠だよ」
「こんな記事、誰が……」
「フミオちゃんが適当なゴシップ記者に情報を垂れ流して、書かせるように仕向けたんだよ」
「木原さんが自分で……ええ!!?」
フレデリックは思わず会場中に響き渡る叫び声を上げ、注目を一身に浴びた。
「あの~……この子、こういうところがあるんです。すいません」
「ぼ、ぼく、こういうところあるんですよ。すいません……」
二人はペコペコとパーティー客達に頭を下げて、なんだか残念な二人という評価が下され、事なきを得た。
「もうフレちゃん、びっくりし過ぎ」
「驚くでしょ!なんでそんな真似……」
「さぁ?アタシがフミオちゃんの思考を理解できるわけない。まぁ、ろくなことを考えていないのは確かだろうけど」
「そこは間違いないです……」
フレデリックはこれから起こるであろうトラブルに思いを馳せ、辟易した。
そうして肩を落として飄々としたヒナの横顔を見ていると、ふと心の奥底に仕舞っていた疑問が噴き出した。
「……あの」
「何?まだフミオちゃんのことで訊きたいことがあるの?」
「いえ、ヒナさんのことでちょっと……」
「どんなに訊かれてもスリーサイズは教えないよ」
「違いますよ!流行っているんですか、それ?ぼくはただ……ずっと気になっていたことが……」
「ん?言ってみなさい。今日は機嫌がいいから、答えられる質問には答えてあげるよ」
「じゃあ……ヒナさん、お父さんが殺されたこと気にしてないって言ってましたけど、あれ嘘なんじゃないですか?本当はクラルヴァインに協力したのも、アンラ・マンユを流出させたのも、お父さんの仇を皆殺しにするため……」
「………」
ヒナは何も答えなかった。ただ……女神のように、優しく微笑み返した……。
「ふん……のんきなものだ」
木原史生は、アンラ・マンユは近くにあるビルの屋上からパーティー会場を見下ろし、吐き捨てるように呟いた。
「マクナルティ……今はお前にこの街の舵取りを任せるが、最終的に支配するのはこの私だ」
会場に背を向け、悪魔はゆっくりと満月に歩き始める。
「表からになるか、裏からになるかはわからんが、その時までしっかりと職務を全うするんだな。そしてエルザ市民よ、創造の前には破壊が不可欠……精々好き勝手暴れて、私好みの街を作るための地ならしをするがいい」
ビルの端まで来ると、アンラ・マンユは月に向かって跳躍し、そのまま闇夜を飛翔した。
「崇めろ!称えろ!頭を垂れて、許しを乞え!私がアーリマン!この街の頂点に立つ者だ!!」
悪魔の言葉は漆黒の闇に飲み込まれ、人々の耳には届かなかった。
だが、彼は確実にこの街にいる。
そして、虎視眈々とこの街を手中に収めるために、今も牙を研ぎ続けている。
名も無き悪はあなたの隣にいるかもしれないことを忘れてはいけない。
もしあなたがまともな生活を送りたいと願うなら、その深淵に決して近づいてはいけないのだ……。