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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の華編
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咲き誇る悪③

 紫色の悪魔はゆっくりと、そして堂々と歩き始めた。地面の感触を確かめるように、生まれ変わった自分の力を馴染ませるように……。

「この土壇場で完全適合まで到達するなんて……つくづくあなたには驚かされるわ、アーリマン……!!」

 白き仮面の下で、今日一番フリーダの顔が醜く歪む。

「自分でも驚いている……なんというか……すっきりした」

 対照的に木原の顔はとても穏やかだった。彼はついに向き合ったのだ、自分と。

「完全適合して、ヒートアイをヒートアイで相殺しただけで……アホみたいにはしゃいで、みっともないわね」

「そうじゃない。俺がこんな気分になっているのは、ここにきて漸く自分自身の本質を理解できたからだ」

「本質?そういうのは自己啓発セミナーでやって欲しいわね。そもそもちょっと気分が晴れたくらいで、戦いの勝敗は……」

「そう思うなら、なぜ後退する?」

「……え?」

 ホワイトは無意識に二歩三歩と後ずさりしていた。頭ではなく、本能が身体を勝手に動かしたのだ。

「ワタシが……怯えている?」

「さすがの危機管理能力だな、市長様。ただの政治家であるあんたが余裕を持ってられたのは、自分だけ完全適合というジョーカーを持っていたからだ。それを相手も持っているとなると……気が気じゃないよな?」

 アンラ・マンユは立ち止まると、煽るようにホワイトを指差した。

「フン!何かの間違いよ!こっちだって同じマシンを使って、同じく完全適合しているのだから何を恐れることがあるの!」

「わからないか?なら……」


ヒュッ!


「!!?」

「その身体に刻み込んでやる!!」


ガアァァァン!!


「……がっ!?」

 アンラ・マンユは目にも止まらぬスピードで接近し、ホワイトの顔面に右拳を叩き込んだ!そのまま一回転してしまうのではないかと思うほど、首が捻れる!

「もう一発!!」

「まず……」

 更なる攻撃の意図を感知したホワイトは咄嗟に防御態勢を取ろうとした。しかし……。


ガアァァァン!!


「――いあぁっ!!?」

 撃ち下ろした右拳を、今度は振り上げる!裏拳が先ほどとは逆の頬を叩き、視界は180度移動する!

(ワ、ワタシが反応できなかった?市長式防御術を使えないほどのスピード……そんなのあり得ない……!)

「でりゃあぁぁぁぁぁっ!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」

 滅多撃ちのフルボッコ!ホワイトは何もできずに殴る蹴るの暴行を受け続ける! 「この!?」

 なんとか反撃を試みようと拳を出しても……。

「遅い!!」


バシッ!!


 軽く払いのけられ……。

「オラァッ!!」


ゴォン!!


「――がぁ!?」

 反撃のアッパーカットを食らう!背骨が引っこ抜けるのではないかと錯覚するほど跳ね上げられた頭の前で、雪のように砕けた自身の白い装甲が舞う。

 その光景が、フリーダに冷静さを取り戻させた。

(やはりおかしい……確かに同じマシン、同じ完全適合、しかし単純なパワーとスピードはワタシのプロトタイプの方が上のはず。しかも、奴が受けたダメージ自体は回復していない……)

 二体の悪魔、どちらもボロボロだったが、誰が見てもより深刻な方は紫だった。その姿は先ほどの立つのがやっとの状態から何ら変わっていない。

(だとしたら、この差は奴が形振り構ってないだけ!体力を温存する気がないだけ!いえ、そうせざるをないのよ!早く決着をつけなければ、もう身体がもたない……つまり依然戦況はワタシの方が有利!!)

「おまけだ!もってけ!!」


ブゥン!!


「――!?」

「いらないわよ!!」


ガァン!!


「――ッ!?」

 自分が決して不利ではないと確信したフリーダの想いが、ホワイトに伝わり、力に変わる!アンラ・マンユのパンチを避け、彼の左側に回り込むと、お返しのパンチを叩き込んだ!

(相手の体力はまさに風前の灯火!ワタシはただそれを安全なところから削っていけばいい!使い物にならない左腕側からね!!)


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「ぐうぅ!?」

 攻守逆転!左から攻撃すれば、一方的に殴り放題だと気づいたホワイトは容赦なく、躊躇なく攻め立てた!

「相手の弱っているところを攻めるなど……」

「卑怯だとでも言うつもり?相手の嫌がるところをつくのがセオリーでしょ!戦闘も政治も!!」

「……だな」


ガギィン!!


「……え?」

 アンラ・マンユはホワイトのパンチを左腕でガードした。折れて使い物にならないはずの左腕でガードしたのだ!

 あり得ない光景にフリーダの思考は一時的に停止する。木原の狙い通りに……。

「うお……りゃあッ!!」


ガアァァァン!!


「――がっ!?」

 さらにあろうことかその左腕で殴る!生粋の政治家であるフリーダには絶対に理解できない一撃であった。

「あり得ない……ここで無茶したら左腕が本当にもう二度と使えなくなるのかもしれないのよ?」

「死んだら、腕もくそもないだろ。そんなこともわからない奴が戦場に出るんじゃないよ」

「だとしても!理屈はそうだとしても!実行できる人間なんて!?」

「俺は知ってるぞ……」

 木原史生の脳裏に甦ったのは、この街に来て最初のピンチ、片腕を失っても闘志衰えることなく戦い続けたザリチュと佐利羽秀樹との最終局面のことだった。

「覚えておけ、フリーダ・クラルヴァイン……このアーリマン、左腕一本失うくらい恐れやしない!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「ぐぎゃあぁぁっ!?」

 四肢を全て使っての全力ラッシュ!紫の拳が!肘が!膝が!脚が!白い装甲を抉り、砕き、削り取っていく!

「痛いか?痛いよな?痛くなるようにやってるからな!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「俺はわかった!自分の本心が!自分の原点が!俺は強者に搾取されるだけ弱者どもが嫌いだった!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「そしてそんな社会が当然だと、それがこの世の摂理だとしたり顔で語る強者がもっと嫌いだった!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「だから俺は頂点に立つ!誰にもこの命を!意志を!搾取され、利用され、支配されないように!俺が頂点に立ち、俺以外の愚民どもを支配する!それが名も無き悪として生まれた俺の望みだ!!俺の意志は俺だけのものなんだ!!」


ガギィィィィン!!


「ぐがあぁぁぁぁっ!!?」

 渾身の左ストレート炸裂!ホワイトを大きく吹き飛ばし、ダウンを奪った!

「ぐ、愚民どもを支配するのが望み……違う!それはあなたではなく、ワタシの役目よ!!頂点に立つべきはこのフリーダ・クラルヴァインなのよ!!」

 満身創痍の身体を立たせたのは、狂気にも似た高いプライドであった。フリーダの闘争心はまだ折れてはいない。彼女の心は……。

「いや、お前はそんな器じゃない。この街の市長になれたのもたまたまだ」

「ふざけるな!ワタシのことなど何もわかっていないくせに!!」

「お前こそわかっていない……お前はもう自分の身体さえ支配できていない」

「何を……!」


ガクッ!


「!!?」

 突如、ホワイトが膝から崩れ落ちた!装着者であるフリーダの心に反して、身体が痺れて動かなくなったのだ!

「どうして!?ワタシの身体に何が!?」

「よく見てみろ。そのボロボロの身体に何が突き刺さっているのかを」

「突き刺さ……な!!?」

 言われた通り、自らの身体を凝視すると、亀裂が入り、抉れ、砕けた白い装甲に、細い針がいくつも刺さっていた。

「これは……!?」

「ヴェノムニードル。拳を撃ち込むと同時に身体を痺れさせる効果を持った針も一緒にお見舞いしていた。あんたが俺に糸をくっつけた時のようにな」

「痺れ薬!?中身であるワタシに撃ち込むならまだしも、ピースプレイヤーの装甲に刺さっただけで効果を発揮するわけない!!」

「上級以下ならその通りだが、俺とお前のアンラ・マンユは特級、そして完全適合に至っている。繋がりが深い分、強い力も発揮するが、こういう悪い効果もその繋がりゆえに影響を受けることになる」

「そんな……」

「高みに昇るとは、決していいことばかりじゃない。そんなことも理解できていないお前はトップに立つ器じゃないんだよ」

「ワタシは勝ち続けてきた!勝ち続けてきたのよ!今までずっと!なのに……あなたなんかに……!!」

「俺もそうだ。勝ち続けてきた。だが……俺は負けた、お前のような白いピースプレイヤーを纏った女にこてんぱんにな。その腸煮えくりかえるような経験が俺をさらに強くしたんだ。敗北を知っているか否か……この戦いの勝敗を決したのは、その差だ」

「なっ!?」

 その一言は余計だった。フリーダの中の怒りの炎に限界まで油を注ぎ、再び身体を支配する力を与えた!

「敗北を知ったから強くなったなんて、負け犬の戯れ言!!勝ち続ける者こそ一番偉大!ワタシこそが一番なのよ!!」

 まさに意地の一撃!高すぎる彼女のプライドが今一度パンチを撃たせた!拳はアンラ・マンユの顔面に……そう顔面に向かって撃ちまれたのだ。

「バカが……フリーズブレス!」

「――!!?しまっ……」


ガチン!


「ウラァッ!!」


ガギイィィィィィン!!


「――たあぁぁぁぁぁッ!!?」

 冷却ガスを吹きかけられた右腕は一瞬で凍りつき、それをアンラ・マンユは容赦なくカウンターのパンチで砕いた。

「お前は片腕を失っても、戦い続ける覚悟はあるか、クラルヴァイン?」

「ワ、ワタシは……」

 両者の間をキラキラと市長の右腕だったものが舞い散り、その奥で紫の悪魔がおぞましいオーラを立ち上らせている。

 それを見た時、フリーダの闘志の炎も凍り、そして粉々に砕かれた。

「……負けよ」

「え?」

「だから負けよ!ワタシの負け!!ワタシにはそんな覚悟はない!!」

 そう情けない言葉を高らかに宣言すると、ホワイトはどこからかペンダントを取り出した。

「あなたが欲しいのはこれでしょ!あげるからどうか命だけは見逃して!!」

 市長の形振り構わない命乞い。それに対する木原の答えは……。

「いらん、死ね」

 容赦ない拒絶だった。

「……え?いらない?あなたはこのペンダントのために戦い続けてきたんでしょ?ワタシ達の不正の証拠の詰まったこれを!!」

「それが抑止力としての効果を持っていたのは、反逆の意志が強く、それを実現できるだけの器量を持っていたマフィアのボス達が生きている時。そいつらが死んだら、邪魔でしかない。俺なら即処分する。俺に似た考えをするお前も……そうなんだろ?」

「……うっ!?」

 図星を突かれたフリーダはペンダントを落とし、衝撃で蓋が開いたが、その中には何も入っていなかった。

「やっぱりな。俺にそれを手渡す一瞬の隙を突いて逃げる、あわよくば殺すつもりだったのか?本当にしつこい女狐だな」

「この!でも……それをわかっているなら何で!?もうデータカードを廃棄したことをわかっていながら、なぜワタシの誘いに乗って、このスタジアムにノコノコとやって来たの!?」

「色々と勘違いをしているようだな。俺がそいつを集めていたのは、ただの暇潰しだ」

「暇……潰し……?」

「俺としては安堂ヒナに何のため作られたのかを聞いた時点で、もう興味を無くしている」

「じゃあ、ワタシの罪を暴くつもりなんて……」

「ないね。フレデリックはそのつもりらしいがな。それもプロウライトが死んでいるなら達成されたと言っていい。捜査を妨害していた汚職署長がいなくなったら、あとはどうにでもなるだろ」

「じゃあ……」

「俺はただ前回のリベンジがしたかっただけだ。アンラ・マンユが二体存在するってのも、気に食わなかったしな。つまり俺とお前が再会した時点で、どちらかが死ぬしかなかったんだよ、クラルヴァイン」

 マスクの下でニィッと邪悪に口角を上げる木原。それに呼応するように……。


『“ウルトラダークネスダイナマイトフラワーエクスプロージョン”解禁しました』


 耳元に最後の武装の封印が解かれたと電子音声が流れた。

「……ちょうどいい」

 アンラ・マンユは両手のひらを上下に合わせると、それをゆっくりと離していく。


バチ……バチ……バチバチ!


 するとその間にエネルギーが集中していき、小さな紫色の“珠”を作り出した。

「何……それ……!?」

「お前の命を終わらせるものさ」


バシュン!!


「――がっ!?」

 凄まじいスピードで射出された珠はホワイトの腹部にめり込み、そのまま空へと連れ去る。

 そしてスタジアムの遥か上までいくと膨張し、白い悪魔の身体を飲み込んでいった。

「ワ、ワタシは……!!」

「真に価値のあるものの名前はシンプルな方がいい……そうだな……」

「ワタシはフリーダ・クラルヴァイン!生まれついての強者にして勝者!なのに!!」

「よし決めた」

「ワタシはぁぁぁぁぁッ!!」

「“悪の華”」

「しちょうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


バッゴオォォォォォォォォォォン!!


 エルザの空に紫色の大輪の花が咲いた。妖しく、艶やかで、そして美しい……紫の爆炎の花が。

「貴様のような三流市長の葬式に出すには、もったいないきれいな花だな、クラルヴァインよ」


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