咲き誇る悪②
(……俺は……今“誰”だ……?)
気だるくもどこか気持ちのいい浮遊感に包まれた身体、モヤがかかったようにはっきりとしない頭……。
(……俺は……戦っていたんだ……誰と?)
ぼやける視界、かろうじてこちらを見下ろす者の輪郭だけがわかった……白いピースプレイヤーの輪郭だけが。
(そうだ……俺はこいつと戦っていたんだ……こいつを倒せば、俺の長年の計画が……)
白い影はゆっくりと足を上げた。ゆっくりと……名も無き悪の頭の上に。
「終わりよ、アーリマン」
(!!?)
その単語を聞いた瞬間、視界がくっきりと鮮明になり、頭の中のモヤが吹き飛んだ!
(違う!今の俺は……!!俺が戦っているのは……!!)
ドゴオォォン!!
「………ちっ」
ホワイトは舌打ちをした。踏みつけで頭蓋骨を砕いてこの戦いは終わるはずだったのに、敵はしぶとく、ギリギリのところで意識を取り戻し、地面を転がって、今もこちらを睨み付けているからだ。
「危うく自分が誰なのか、今何をしているのかさえわからないまま死ぬところだったよ……!」
冷静を装い、アンラ・マンユはなんとか立ち上がった。しかし、鼓動は激しく、四肢にはまだ違和感が残っている。
「……それで……何でだ?」
「……完全適合はしたくなかったのよ。疲れるし、妙に攻撃的になるし、何より武斉のあんな姿を見ちゃったらね」
「俺が聞きたいのは、完全適合を今まで使わなかったことじゃない。なぜ私の奇襲を避けられたかだ」
「そっちの話ね。なぜも何も完全適合でパワーアップしたからよ」
「完全適合で能力を上げただけでは、あそこまで完璧に回避はできん。俺に、俺のアンラ・マンユが透明になれることを事前に知ってなければ、できない芸当だ」
「前の戦いでまんまとワタシの目を掻い潜り逃げ仰せたことと、ムージュン刑務所に潜入できたことを考えれば、なんとなくそっちのアンラ・マンユにそういう機能が備わっていることは予想できた。安堂ヒナの父親、安堂クニヒロが造ったドゥルジも透明になれたしね」
「そうか……どうやら俺の見立てが甘かったようだな……!」
アンラ・マンユは悔しさから拳を握り……たかったが、まだ力が入らなかった。
(ちっ!もう少し必要か……)
「ん?どうしたの?」
「いや、何でも……」
「ワタシはてっきり……せっかく下らない長話をして、回復までの時間を作ったのに、まだ身体が言うことを聞いてくれなくて、苛立っているのかと」
「貴様……!!」
「市長からの最後のサービスタイム終了よ!!」
ビシュウッ!ビシュウッ!!ジュウッ!!
「ぐっ!?威力もスピードも上がっている!?」
ホワイトは右手の人差し指からビームを連射!
自分の知っているものと別物になったそれをアンラ・マンユは上半身だけ器用に動かして、なんとか回避した。
「上は動くようね……じゃあ下は!!」
ビシュウッ!ビシュウッ!ジュッ!!
「くそ!?」
なんとか一発目は避けられたが、二発目は躱し切れず、太腿を掠めた。
「脚の感覚は!」
「戻ってないよ!だから……俺は飛ぶ!!」
ブオッ!!
アンラ・マンユは反重力浮遊装置を発動させ、空中に逃げた。これなら脚力を使わずに一定の機動力を発揮できると考えたからだ。しかし……。
「浅はかね!!」
ビュン!!
「な!?」
ホワイトも飛翔!そしてほんの一瞬で、アンラ・マンユの上を取った!
「空中戦になれば、余計に完全適合によるエネルギーの差が現れるだけよ!」
「ぐうぅ……!!」
「だから地面に這いつくばっていなさい!虫けらが!!」
ドゴオォォ!!ドスウゥゥン!!
「……がはっ!?」
踵落としで、強制的に元いた場所に戻される!地面に叩きつけられると、その破壊力を物語るように、スタジアムに大きなクレーターを作り、アンラ・マンユの全身に亀裂が入った!
(ヤバい……この速度の攻撃は、俺の技術では受け流せない……!!)
「まだ生きているの?しぶとさだけは一流ね!!」
ドゴオォォォォォン!!
空中から急降下!ホワイトの追撃の蹴りはさらにクレーターを大きくし、土煙を立ち上らせた!
「あんたはしつこいな!!」
だが、アンラ・マンユには命中せず。反重力浮遊装置を全開にし、なんとか退避した。けれど……。
ビシュ!!ビタッ!!
「……え?」
土煙を突っ切り、何かが飛んできた。紫の悪魔は反応できずにそれを胴体に食らう。
それは粘着性を持った白い糸だった。
「なんだこれは……?」
「市長式サプライズ成功」
糸を辿っていくと、それは土煙の中に佇むホワイトの手首に繋がっていた。今までの激闘の最中では気づかなかったが、手首の部分が微妙に紫とは異なった形になっていたのだ。
「さっき言ったでしょ?あなたが透明になる可能性があると、ワタシは思っていたと。だから、突貫工事でその対策となる武装を取り付けたのよ!!こういう判断できてこそ市長ってもんでしょ!!」
グイッ!
「――ッ!?」
ホワイトは力任せに糸を引っ張り、またアンラ・マンユを宙に浮かせた……と思ったら!
「落ちろ!!そして潰れろ!アーリマン!!」
ドゴオォォォォォン!!
「――がっ!!?」
これまた力任せに地面に叩きつける!背中から伝わる衝撃が、肺から酸素を追い出し、全身の骨を軋ませた!
「まだまだ!!」
グイッ!ドゴオォォォォォン!!
「ぐあっ!!?」
そして休むことなくもう一回!
「よいしょ!!」
グイッ!ドゴオォォォォォン!!
「ぐっ!?」
さらにもう一回!
さらにさらにさらに……!
ドゴオォ!ドゴオォ!ドゴオォォォン!!
ホワイトは糸を振り回し、右に左にと何度も何度も何度も!
「これよ!これこそがワタシの求めた力!!テクニックとか読み合いに命懸ける者達を嘲笑うかのような圧倒的なパワー!それがエルザシティの市長に必要なもの!!」
「……欺瞞と強欲に溺れたただの俗物だろ、あんたは!!」
ブオォォォッ!!パキン!!
アンラ・マンユは冷却ガスを糸に吹きかけ、凍らせ……。
バギィィィィン!!
そして砕いて、ようやく最悪の拷問処刑から脱出した。
「ちっ!猪口才な……!」
「ぐうぅ……」
しかし、ダメージは大きく……。
(まずい……ダメージを回復させるどころかむしろ上乗せされた……このままでは……)
「どうしたの?」
「くっ!?」
「このままじゃワタシ……勝っちゃうわよ!!」
チッ……!!
「野郎……!!」
休憩など与えないと言わんばかりの追い討ちパンチ!しかし、これは微かに装甲をかすっただけで失敗に……いや。
「捕まえた」
ライトを反射し、キラキラと糸が光った。あの悪夢のような白い糸が再びホワイトとアンラ・マンユを繋いでいた。
「――ッ!?しまった!?」
市長の狙いはパンチではなく、再び糸をくっつけることであった。僅かに紫の装甲に触れた瞬間に付着させたそれをまた……。
「ていっ!!」
グイッ!!
「ぐあっ!?」
強引に引っ張り……。
「あんたのせいでフィールドを直さなくちゃいけなくなったけど……こうなったら!!」
ドゴオォォォォォン!!
「――ぐはっ!?」
「観客席もついでに新調しましょうか……!!」
アンラ・マンユを観客席に投げ飛ばした!粉々になって舞い散る椅子の破片を眺めながら、紫の悪魔は全身に走る更なる痛みに、思わず発狂しそうになる。
だが、まだそれでも、そんなに痛めつけてもまだ彼女の攻撃は終わっていない……まだ二人を繋ぐ糸は健在なのだから!
「アーリマン、もうあなたなら気づいていると思うけど、この糸はザリチュの能力にヒントを得たものなの。だとしたらあなたには、このあとのワタシの行動もわかるんじゃない?」
「貴様……まさか……!?」
グイッ!!
ホワイトはまたまた糸を力一杯引っ張った。けれど、今までと違うのは自分にアンラ・マンユに向かってくるようにしたこと。
刹那、木原の頭にザリチュとの苦い思い出が甦り、反射的に身体に防御態勢を取らせる。
(耐えられるか、俺!?)
「食らいなさい!弾劾の市長キック!!」
バギィッ!バギバギィッ!!
(――ッ!?骨が!?)
こちらに向かってくる勢いを利用して、威力を倍加させた蹴りはいとも容易くガードを貫通し、木原の左腕と肋骨を粉砕した。
ドゴオォォォォォン!!
そしてそのまま糸を引き千切りながら、スタジアムの壁に紫の悪魔を蹴り込み、叩きつけた!
(これは……ヤバいな……)
意地で倒れることは拒否したアンラ・マンユだったが、その身体はボロボロと崩れ、全身に力は入っておらず、立っているのがやっとの状態だった。
(脇腹が痛い……痛いだけマシか。左腕はもう痛いのかどうかすらわからない……こんな状態で何をすればいい?……とりあえずヴェノムニードルで痛み止めをしておこうかな……)
「……そんな暇はないか……」
ゆっくりと顔を上げると、真紅の二つの眼が最悪の光景を捉えた。
ホワイトが目を真っ赤に輝かせて、こちらを見つめているのだ。
「執念深いな……かつてとどめを刺し損ねた相手を、わざわざ刺し損ねた武器で葬ろうとするなんて……」
「だからこそ市長になれたのよ。決して人生に汚点は残さない。過ちはどんな手を使っても払拭する!勝って勝って、圧倒的に勝ち続ける!それがフリーダ・クラルヴァインの生き方よ」
「フッ……どうりで……」
仮面の下で木原は鼻で笑った。
「何がおかしいの?」
「いや、あんたがどうしても気に食わない理由がわかったからさ……ただの同族嫌悪だ……」
「なるほど……確かにあなたとワタシに通じるところがあるかもね。だけど決して同じではない!ワタシは勝って、この街を支配し続ける!!あなたはここで誰にも知られず歴史の闇に消えるのよ!!アーリマン!!」
フリーダの感情が極限まで高まり、それは発射された。
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥッ!!
(あぁ……結局、俺は何も成し遂げられないのか……)
視界一面を覆い、迫る真紅の熱線を見ながら木原は……いや、彼の目は赤の前に白が、かつて意地と意地をぶつけ合った白いピースプレイヤーの幻影を見ていた。
(君はこのことを知ったらどう思うだろう?学習しないわねと笑うか?いつまでそんなことをしているのと怒るか?それとも……)
「自分と向き合った先にしか、“幸せ”はない!!!」
「!!!」
その時、紫色の悪魔の目も爛々と輝いた!
ドシュウゥゥゥゥッ!ドゴオォォォン!!
「――!!?何!?」
突然の爆発!爆炎と白煙がスタジアム中を覆うと、ホワイトは熱線の放射を止め、構えを取った。
いや、爆発どうこうではなく、その奥にいる者、真の力に目覚めた悪魔の気配を敏感に察知したのだ……。
「これは……この感覚は……!!」
同じマシンだからこそ伝わった。奴も自分と同じ領域に来たことに、戦いはまだ終わっていないことに……。
「ご機嫌だな……」
白煙の中から、それは現れた。
姿形は何も変わっていないが、それは間違いなく別物になっていた。
「あなた……何で……!?」
「どうやら俺も……“不死身”だったらしい……!!」
アンラ・マンユ、完全適合!