咲き誇る悪①
「音が止んだのに、戻って来ない……」
フリーダははぁ~と大きなため息をついた。
「プロウライトのバカ、やられたわね」
「フレデリックも帰って来ないってことは相討ちかな?」
「もうどうでもいいわ。少しでもあいつに期待したワタシがバカだった。強欲で腕っぷしが強いだけの刑事をトップまで引き上げてやったのに……!」
続いてちっ!と舌打ち。フリーダにとってデズモンドは生きているか心配するほどの価値もなければ、死んだことを悲しむ必要もない程度のしょうもない人間なのだ。
「まぁ、とにかく前座は終わった……メインイベントと行こうか……!」
アンラ・マンユはそう言うと、コンディションを整えるようにその場で軽くジャンプした。
「結局こうなるのよね。いっつも最後の最後は自分自身の手で……そういう性分なのか運命なのか……それがフリーダ・クラルヴァインの生き方よ」
フリーダは指輪を嵌めた手を顔の前に翳した。そして……。
「蹂躙しろ、アンラ・マンユ」
呼び掛けに応じ、指輪は光の粒子、白い機械鎧へと変化し、フリーダの全身を包んでいった。
エルザスタジアムでついにまた二体のアンラ・マンユが相対したのだ。
「また会えたな、ホワイト……!」
「ホワイト?ワタシのアンラ・マンユのこと?単純なニックネームを付けたもんね。別に呼び名なんてどうでもいいけど」
「中身が市長様だと、わかっていたら、もっと仰々しい名前にしていたんだがな」
「それはダメよ。選挙には親しみやすさも大事なんだから。威圧感のある名前はダメ」
「そうなのか……一つ勉強になったよ」
「それにわざわざ区別する必要なんてないでしょ?」
「だな。どうせすぐに……」
「そう、すぐに……」
「「アンラ・マンユはこの世でたった一つになる!!」」
二体の悪魔はまるで鏡のように右手の人差し指と中指を目の前にいる色ちがいの兄弟に向けた!
「「フィンガービーム!!」」
ビシュウッ!!
同時に放たれた光線を、これまた同時に避け、一気に間合いを詰めていく!
「でりゃあ!!」
「はあっ!!」
ドゴオォォォォォン!!
勢いそのままにパンチ!両者の拳がぶつかり合い、そこから放たれた衝撃波がスタジアム全体を揺らした。そして……。
「ぐっ!?」
紫の悪魔の拳だけが弾かれた!
(やはりパワーは奴が上か……!)
(あの時と変わらない手応え……これならワタシの勝ちは揺るがない!)
一気に決着をつけるため、ホワイトは追撃のパンチを撃ち出す!
「砕けろ!バイオレット!!」
バシッ!
「……え?」
しかし、白い拳は紫の手刀に払い落とされ、何もない空間に炸裂した。
「どうした?私を砕くんじゃないのか、ホワイト?」
「くっ!?パンチ一回防いだくらいで、いい気になるんじゃないよ!!」
ホワイトはならばと今度は連続でパンチを放つ……が。
バシッ!バシッ!バシッ!バシィッ!!
「な……に!?」
また紫のアンラ・マンユの手刀によって、あっさりと全て捌かれてしまった。
「どうやら前回の戦いは……まぐれだったみたいだな」
「だから……生意気な口を利くなぁ!!」
バシッ!バシッ!バシッ!バシィッ!!
怒ったところで、結果は変わらず。ホワイトの拳がアンラ・マンユを捉えることはなかった。
(やはりパワーはホワイトが上……だが、万全の状態の私なら技量で十分にカバーできるレベルの差だ)
アンラ・マンユはここしかないというタイミングでホワイトの腕に打撃を加え、軌道を強制的に変更していた。戦士として積み重ねてきた経験が為せる妙技であった。
「くそぉ……!!」
「これが本来の私とお前の差だ。ダメージがなく、完全にブランクを取り戻した私に……」
バシッ!
「くっ!?」
「敵はいない!!」
防御に徹していたアンラ・マンユが遂に反撃に転じる!拳を弾いて、がら空きになった脇腹に蹴りを繰り出す!
ゴッ!ブォン!!
「!!?」
手応え、いや足応えがなかった……なかったのに、ホワイトは凄まじい勢いで空中を回転した。
「敵はいない?調子に乗るのもいい加減にしなさい!」
ゴォン!
「――ッ!?」
回転の勢いを利用して蹴る!これには紫の悪魔も捌くのではなく、正面からガードするだけで精一杯だった。
「効きこそしなかったけど、ワタシを足蹴にしたことは許さない……市長であるワタシをよくも蹴ってくれたわね!!」
着地と同時に跳躍!飛び膝蹴りだ!
「市長の膝で昇天しなさい!!」
ゴッ!ブォン!!
「……何……!?」
手応え、いや膝応えがなかった。顔面に膝を食らった瞬間、アンラ・マンユは凄まじい勢いで回転し、そのまま入れ替わるようにホワイトの背後を取った。
「インパクトの瞬間、全身から力を抜きつつ、反重力浮遊装置を全開……そうすることであらゆる打撃を受け流す……だろ?」
(こいつ……前の戦いで少し見ただけで、ワタシが編み出した防御術を完全に理解し、会得したというの……!?)
「その様子だと……大当たりみたいだな!!」
ブゥン!
「くっ!!」
背後からの蹴りをしゃがみ込むことで躱す。だが……。
「もう一丁!!」
ドゴッ!!
「ちっ!?」
「くそ!?」
踵落としで追撃!けれど、これもホワイトは地面を転がりながら無様だが、かろうじて回避した。
(前回の戦いでも片腕を凍らされて、痛い目を見た。挙げ句仕留め損ねて……悔しいけど、認めるしかないようね。装着者の強さではあっちが圧倒的に勝っている……!)
相手を格上だと認めたことで、フリーダの心からは雑念が消え去り、ただ目の前にいる敵をいかにして屠るかだけを考えることにエネルギーを使うように変化した。
(奴はワタシの防御術を会得したというなら弱点にも気づいているはず。あの性格の悪さなら、必ずそれをついてくる)
「市長様はお疲れか!ならばとっととお休みになるといい!!」
アンラ・マンユは一気に懐まで踏み込むと、再び蹴りを繰り出した……が。
ゴッ!ブォン!!
ホワイトはまた脱力とマシンの能力の併用によって、全ての力を受け流す!
だが、それはアンラ・マンユも織り込み済み。
(実際にやってみてわかった……あの技は連発できない!だから回避終わりを狙えば……!!)
脚を僅かに引いたかと思ったら、力任せにもう一蹴り!狙い通り動き終わったホワイトの胴体を……。
ゴッ!ブォン!!
「なにぃ!?」
なんとまた不発!間髪入れずに連発できないはずの防御術を発動させたのだ!
「やはり回避直後を狙ってきたわね。だけど残念……攻撃はともかく生き残るための術に関しては必死に磨き続けてきた!市長式防御術をワタシは最小限のインターバルで再発動できるのよ!!」
ゴォン!!
「ぐっ!?」
お返しのキック!アンラ・マンユは受け流すことができずに吹き飛ばされた!
(私よりアンラ・マンユとの付き合いが長いだけあるか。武装が少ない分、一つ一つの練度が高いってのもあるかもな。だが、それならそれでやりようはある!!)
紫の悪魔は足が地面につくや否や再突撃!勢いそのままにパンチを放つ!
「無駄だということがわからないの!!」
ゴッ!ブォン!!
しかし、それもまた受け流されてしまう……が。
「この世界に無駄なことなんてない!!」
ゴッ!ブォン!ゴッ!ブォン!ゴッ!ブォン!!
そんなの関係ねぇ!と言わんばかりのラッシュ!ただひたすらにがむしゃらに拳を撃ち込み続ける!
「自棄になった……わけないわよね。まったく……」
カァン……
「くっ!?」
「ずいぶんとセコい手を使うじゃない……!」
ホワイトはパンチを受け流すことなく、ガードをした。するとそれはあまりに弱々しく、小突かれた程度の衝撃しか感じなかった。
「反重力浮遊装置を使うからね……市長式防御術は軽やかな見た目に反して、エネルギーの消費が大きい。だから空撃ちさせて、エネルギー切れを狙う……自分は省エネの弱い攻撃でワタシを欺きながら」
「ご名答……」
「あんたって本当に……性格が悪い!!」
「お前にだけは言われたくない!」
カァン!ゴッ!ブォン!バシッ!ブォン!ガァン!!
至近距離でお互い殴る!蹴る!それをまたお互いに捌き、耐え、避ける!
二体のアンラ・マンユの戦いはさらに過激に、そして苛烈さを増していく!
(防御を磨いてきたってのは、はったりではないようだな。フェイクには引っかからず、本気で仕留めにいった攻撃にしか市長式防御術とやらを使わなくなった……小賢しい!!)
(ワタシのプロトタイプアンラ・マンユのパワーとスピードに対応している……これが天賦の才というものなの……!?)
(だが、この状況が続くなら……)
(ヤバい、このままいくと……)
(私に天秤が傾く!)
(ワタシの方が分が悪い……!)
両者激しい攻防の中で同時に思い出したのは、前回の戦い、白の悪魔の腕が紫の悪魔の吐いた息によって凍らされた場面であった。
(フリーズブレスのことを思い出したな。警戒して顔面を狙って来なくなった。顔に注意を割かなくていいなら、ずいぶんと楽できる)
(こいつ、ワタシが顔への攻撃を躊躇していることを見透かしている……!ならば裏をかいて、顔面に一度パンチを……いや、それこそが奴の狙いかもしれない!またあの時の再現をしようと、虎視眈々と……)
フリーダは疑心暗鬼に陥っていた。自分の行動がどこまで読まれているのか、対処しようと動いたら、それが裏目に出てしまうのではないか……。
そんな迷いが彼女の動きを鈍らせる。
そしてそれを木原史生という男は見逃さない。
「もらった!」
「しまっ……」
ガァン!!
「――たっ!!?」
渾身のストレートが顔面に炸裂!その一撃は肉体のダメージはもちろん、フリーダの心を大きく痛めつけることに成功した。
(ワタシは顔を攻撃できないのに、向こうは平気で狙ってくるなんて理不尽過ぎる……!)
(悔しいだろうな、フリーダ・クラルヴァイン。悔しいならば、ヒートアイを撃ってこい!あれには溜めが必要だってことはわかっている!発射する前に潰してやるよ!!)
(こうなったら、ワタシもヒートアイで奴に顔を攻撃する恐怖心を……いえ、安堂ヒナを連れ去ったのならば、あれを撃つには溜めが必要だってことを理解しているはず……だったら、ワタシはどうすれば……?)
(さぁ、決断しろ市長……それこそがお前の仕事だろ?)
(ワタシは……ワタシの取るべき道は!!)
「ハアァァァァァァッ!!」
ホワイト、まさかのアンラ・マンユの顔面への反撃!拳を捻り込むように撃ち込む!
「フン……」
それに対し、アンラ・マンユは冷静にガードを……。
ピタッ!
パンチ寸止め!顔面への攻撃はフェイントだった!フリーダの狙いはあくまで首の下、腕を上げ、無防備となった紫の胴体に蹴りを放つ!
「……お前なら撃たないと思っていたよ、クラルヴァイン」
ガギィン!!
「――ギャアッ!!?」
自分に放たれた蹴りを、アンラ・マンユは肘と膝で挟み込んだ!この心理戦、読み勝ったのは、木原史生だ!
「戦闘の素人の分際で、背伸びして足りない頭を使おうとするから、痛い目を見るんだ」
「この……!!」
「戦闘に必要な知恵とはこういうものだ」
「くっ!?」
アンラ・マンユの再度の顔面パンチ!ホワイトは反射的にガードを上げる!
「馬鹿め」
パッ!
「!!?」
ガードに命中する寸前、悪魔は拳を開いた。予想外の行動にフリーダの脳ミソは彼女自身も驚くほどのスピードで稼働する!
(パンチではない?掌底?貫手?ビーム?それとも組み技……組み技か!!?)
フリーダの頭の中に自身が投げられ、絡みつかれ、そして腕を折られるビジョンが再生された。
(まずい!!投げや関節技は受け流せない!!手を掴まれないように!あと、射程の外に逃げないと!!)
決断してからは速かった。腕を下ろし、地面を抉れるほど蹴り出し、全速力でホワイトは後退した。
それを見て、紫の仮面の下、木原史生は……嗤った。
「組まれることを読んで反応したのは素晴らしい……素晴らしいが、もう一手先を読むべきだったな」
紫の悪魔は再び拳を握ると……。
「ヴェノムニードル」
毒の針を発射した!
バババババッ!!
「くっ!?こんな武器が!?」
飛んでくる針に対して、反射的にホワイトは目を背け、両手で顔を覆う。
針の威力は大したことなく、装甲や手に弾かれ、ボロボロと足下に落ちていった。けれど……。
「……なんだ?ただのこけおどし……いない!?」
紫の悪魔はほんの僅かに目を離した隙に影も形もなくなっていた。
「しまった!?このショボい針は目眩ましか!?」
手を広げ、頭を忙しなく動かすホワイト。
そんな厳戒態勢の彼女の背後から透明の鱗を解除し、アンラ・マンユが再び姿を現す……二つの眼を真っ赤に輝かせながら!!
(全てはこの一撃のため……お前に勝つために考え抜いた必勝コンボ!ヴェノムニードルからのステルスケイル!そしてステルスケイルからの……)
「ヒートアイ!!」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥッ!!
ゼロ距離からの最大火力による奇襲!真紅の眼から真紅の熱線が容赦なく発射された!
それはアンラ・マンユの特性を活かした素晴らしい連携としか言いようがないだろう。実際これが決まっていれば、さすがのホワイトもただでは済まず、勝敗は決していたはずだ。
決まってさえいれば……。
「……完全適合」
「――な!?」
すぐ横から聞こえるはずのない声!聞こえてはいけない声を木原の耳は認識する。
恐る恐るそちらを振り向くと、無傷のホワイトが拳を振りかぶっていた。
「フリー……!!」
「ウラアァァァァァッ!!」
ドゴオォォォォォン!!
「――ずっ!!?」
パンチは紫色の仮面に見事にヒット。アンラ・マンユはそのまま地面に叩きつけられた。