隣にいる悪①
エルザスタジアム、この街の新たなランドマークとなり、ライブや試合が行われ、数々の熱狂の渦を生み出す予定である場所ではあるが、当然まだ完成しておらず、しかも真夜中となると人影一つ見当たらない静かなものだった。
そんな場所に不思議な組み合わせの男が四人、二人は刑事、一人は聖職者、一人は今はアーリマンと呼ばれている名も無き悪……。
四人は正門前まで来ると、立ち止まり、最後の確認をする。
「この先にフリーダ・クラルヴァインがいる……覚悟はいいか?」
デズモンドは他の三人の顔を見回した。
「もちろん……!!」
フレデリックは力強く返事をした。
「フン……言われなくとも、私はいつだって覚悟できている」
アンラ・マンユも下らないことを聞くなと思いつつも、言葉を返した。
「あの~、ちょっとその前にトイレ……」
ジーモンはお手洗いに行く振りをして、逃げようとした。
「行かんでいい、臆病者」
「――うぐっ!?」
だが、紫の悪魔に首根っこを捕まれ、逃走はあっさりと失敗してしまった。
「も、漏らしてもいいって言うんですか?」
「私が人生で聞いた中で一番情けない脅し文句だな。別に構わんよ、その時はその時だ」
「ううっ……!」
「ここで逃げたら、今の恐怖が一生続くことになるんだぞ。なぜそれがわからん」
「デズモンド……!!」
今の高圧的な態度への怒りに加え、積年の恨みつらみを乗せて、ジーモンはデズモンドを睨み付けた。
「わたしが憎いか?」
「あぁ……お前はあぁだこうだうるさかったからな……!」
「それだけ貴様の能力を危険視していたってことだ。下手に野放しにすると、マフィア以上にこのエルザシティに災厄をもたらすことになるだろうと危惧していた」
「それがお前なりの正義、いや贖罪だったというわけか……?」
「そうだ。そしてその最後にして総決算を今から行おうとしている」
「仮にうまくいったとして、許されると思っているのか?」
「……思ってないさ」
デズモンドは悲しげに首を横に振った。
「それでもやらなくてはならない。それがクラルヴァインの悪事に加担してきたわたし達の使命だ」
「デズモンド……わたくしはあなたのようには……」
「できますよ!シュパーマーさん!!」
「カーンズ刑事?」
声のした方に視線を動かすと、フレデリックが力強く、それでいてどこか優しい……そんな眼差しでこちらを見ていた。
「シュパーマーさんにだってできますよ!嫌々ながらもここまでついて来てくれたんですから!」
「それはアーリマンに脅されて……」
「だとしても、心のどこかに長年自分を苦しめてきた罪悪感から解放されたいって思いがあったはずです!」
「それは……」
ジーモンは自らの胸に手を当てた。
「もしクラルヴァイン市長を止め、自ら罪を素直に認めたら、きっとあなたを信じてくれた信者達は許してくれます。そしたらきっとその胸の重しも取れるはず」
「……ずいぶんと都合のいい未来予想だな」
「ゴールに喜びがないと、人間は進めないですから。多少はね」
「そうか……そうだな……!怯えながら暮らすのはもうごめんだ!これからぐっすり眠るためにも今日ここで決着をつける!!」
ジーモンの顔に生気が戻り、目に光が宿った。
「覚悟は決まったようだな、ジーモン・シュパーマー」
「あぁ、お節介刑事さんのおかげでね」
「シュパーマーさん……」
「準備ができたなら、とっとと行くぞ」
「あっ!待ってくださいよ、アーリマンさん!!」
アンラ・マンユは一人すたすたとスタジアムの中に入っていき、他の三人もそれに続いた。
「クラルヴァインはどこで待っているんだ?」
「スタジアムのど真ん中さ」
「さすがの目立ちたがりっぷりだな」
真っ暗な施設内を進んでいき、また外へ。
観客席に囲まれた陸上トラック、それに囲まれたフットボールフィールド、そのセンターサークル付近に彼女はいた。
「遅かったわね」
カッ!!
「――ッ!?」
「うっ!?」
「眩し!?」
「…………」
彼女が一言発すると、それに呼応するようにスタジアムの照明がついた。ずっと暗いところにいたデズモンド達は思わず目を瞑り、顔を逸らす。対照的に完全武装状態のアーリマンは微動だもせず、ずっと追い求めてきた敵の顔から視線を外さなかった。
「では、まずは初対面の方もいることですし、改めて自己紹介でもしましょうか。ワタシはフリーダ・クラルヴァイン、このエルザシティのトップ、市長よ」
「この人は……!!」
悪びれることなく自分を市長と語るフリーダの姿に純粋な新人刑事は激しい嫌悪感を抱き、顔をしかめた。
「ずいぶんと嫌われたものね」
「少し前までは尊敬していましたよ」
「それは残念。良かったら、どうすれば好感度回復できるか、教えてくれるかしら?」
「そんなもの決まっているでしょ!前市長暗殺を含めた今まであなたが行った悪事を市民の前で告白し、しかるべき罰を受けてください!!」
「それは嫌」
「なっ!!?」
あまりに横暴で傲慢過ぎる態度にフレデリックはたじろいだ。曲がりなりにも自分の故郷のトップに立っている者がここまで勝手なのかと目眩がしたのだ。
「どこまであなたは……!!」
「これぐらいじゃないと、この腐り切った街の市長なんてできないわよ」
「それをどうにかするための市長でしょ!なのにむしろ増長させるようなことをして!!」
「青いわね。理想を抱き、それが実現できると心の底から信じている」
「落ちぶれることに理由をつけて、正当化する人よりはマシだと思いますが」
「口も中々に達者、そういうところが気に食わない……あなたもそういう人よね?」
「……え?」
フリーダの視線が自分の背後に移動し、そこにいる誰かに話しかけると、フレデリックは反射的につられて振り返った。その時……。
バンッ!バンッ!!
二回、発砲音が二回スタジアムに響き渡った!
「フン」
「……アーリマンさん!?」
一つ目の音と共にフレデリックに放たれた弾丸はアーリマンが盾になって防いだ。
もう一つは……。
「……がはっ!!?」
ジーモンの心臓を見事に貫いていた。
「シュパーマーさん!!?ぐっ!?」
力を失い崩れ落ちる教祖様を新人刑事はスライディングで抱き止める。
「シュパーマーさん!シュパーマーさん!!」
「やっぱこうなるか……分不相応の富と名声を手に入れた報いだな……」
「シュパーマーさん!気をしっかり!諦めないで!!」
「もういいんだよ……わたくしの罪は贖うことはできない……許されることなど……」
「シュパーマーさん?シュパーマーさん!!」
グナーデ教会の教祖ジーモン・シュパーマー、多くの信者に崇められた彼の最後を見送ったのは、たったの四人と寂しいものであった。
「どうして……どうして、こんなことをするんですか!プロウライト署長!!」
フレデリックはジーモンを芝生に寝かせると、彼を撃った犯人、ガルーベルを装着したデズモンドを問いただした!しかし……。
「どうしてって……邪魔だったからかな?」
「な!?」
デズモンドはまるで他人事のようにそう言い放った。
「あなたは最初からそのつもりで……!?」
「当然だろ。こんないい思いをしているのに、それを自ら手放すなんて……バカのすることだよ」
「署長……!?」
「アーリマンとかいう謎のテロリストに唆され、カルト宗教の教祖様を誘拐し、さらに殺害した新人刑事を涙ながらに断罪する署長の鑑デズモンド・プロウライト!中々、いいシナリオだろ?」
「あなたって人は……」
フレデリックはデズモンドの豹変っぷりに怒りよりも恐怖を覚えた。
「……アーリマンさんは気づいていたんですか、奴の本性に、奴の裏切りに……」
「気づくも何も私は最初から信用していない。奴も倒す気でここに来た」
「……そうですか。間抜けはぼくだけだったみたいですね」
そう言うとフレデリックは懐からデバイスを取り出し……。
「ガルーベル……!!」
その真の姿を解放、臨戦態勢へと移行した。
「こうなった責任は……シュパーマーさんが死んだのはぼくのせいです。署長、いやプロウライトとはぼくが決着をつけます」
「ほう……君が、わたしとね」
デズモンドガルーベルはチラリとフリーダにアイコンタクトを送った。
「……しょうがない男ね。好きにしなさい」
極悪市長から了承を得た悪徳署長は仮面の下で満面の笑みを浮かべると、くるりとターンし、元部下に背を向けた。
「逃げるのか、プロウライト!!」
「君ごときにこのエルザスタジアムはもったいないと思っただけだ。場所を変えよう。ついてこい」
そう言うと、間髪入れずにデズモンドガルーベルはぴょんぴょんとスタジアムの外へ飛んで行ってしまった。
「アーリマンさん!!」
「……私の答えも市長さんと同様だ。好きにしろ」
「はい!好きにします!!」
フレデリックガルーベルは紫の悪魔に謝罪と感謝の敬礼をすると、元上司の足跡をトレースするように飛び跳ねて、その場から去って行った。
「さて……これであの時と同じ二人っきりね、アーリマン」
「フリーダ・クラルヴァイン」
残された両者の脳裏には奏月の別荘で初めて会った時のことが鮮明に甦っていた。
「まさかヒートアイを受けて生きていたなんて……ワタシの確認不足、悔やんでも悔やみきれないわ」
「悔しい思いをしたというなら、私だってそうさ。あんな屈辱、忘れるはずがない」
「お互い後悔してるってことね」
「それを精算しに遥々やって来た」
二人の悪魔の視線が交差すると、周りの空気が張り詰め、息もできないような重い緊張感に包まれる。
「では、始めましょうか」
そんな中、フリーダは指輪を嵌めた手を翳し……。
「待て」
「……ん?」
アンラ・マンユは彼女の動きを制止する。思いがけない言葉にフリーダは反射的に動きを止めた。
「今さら怖じ気づいたの?」
「まさか。貴様とは今日ここで決着をつけるつもりだ」
「なら……」
「だが、それはあいつらの決着を見届けてからでもいいんじゃないか?」
「……もしかしてあのフレデリックとかいう刑事が勝って、加勢に戻ってくると思っているの?」
「今の段階だとむしろ戻ってくるのは、プロウライトの方になる可能性が高いと思っている」
「だったら、やはり今一対一のこの状況で始めた方があなたにとって都合が良くなくて?」
「理屈じゃないんだ。ただ本当に興味があるだけなんだよ、あの二人がどうなるかが」
「にわかには信じられないわね」
訝しむフリーダの顔を見て、マスクの裏で木原は口角を上げた。
「まぁ、あなたの立場からしたら信じられないというのも当然の話だ。けれど、今話したことは私の嘘偽りない本心だし、あなたはそれを受け入れるべきだ。私に貸しがあるのだから」
「……あなたに貸し?身に覚えが全くないのだけど。むしろワタシが発注したアンラ・マンユを奪われて、好き勝手された憎しみしかないわよ、あなたには」
「いやいや、よく考えてみろ。あんたがアンラ・マンユを安堂ヒナに造るように依頼したのは、マフィアのトップどもを葬るためだろ?結果として、アンラ・マンユは見事に果たしたじゃないか」
紫の悪魔は自分の功績を誇示するように両手を広げた。
「……ものは言いようね。確かにあなたのおかげでワタシの目的が果たされたといっても過言じゃないかも」
「だろ。しかもついでにメルカドを処理し、プロウライトに怪しさを感じながらも、シュパーマーをここまで連れて来てやった」
「やはり助けようと思えば、助けられたのね、ジーモンのこと」
「発動条件こそあれだが、奴の能力は結構厄介だからな。私としても消えてくれて方がありがたかった」
「ふーん……」
フリーダは手で口元を隠すと、警戒心を緩めずに、脳ミソをフル回転させ、木原の提案について思考を始めた。
(考え方が少しワタシと似てるわね。前回の戦いから一対一でも圧倒できると踏んでいたけど……プロウライトを待った方が安全かしら。自信満々で送り出したところを見ると、フレデリックとやらにも秘策があるみたいだけど、あの男には絶対に勝てない……!)
「考えが纏まったか?」
「ええ……おかげさまで」
「で、市長のお答えは?」
「あなたの提案に乗りましょう。市長たる者、市民の声を聞かないとね」
「さすがです」
そう言って、アンラ・マンユは拍手をしたが、小馬鹿にしているようにしか見えなかった。
「では、ゆっくりお互いにとって吉報が届けられることを祈りましょうか」
「あぁ、その前に……目障りだな、こいつ」
ブゥン!!
「ワオ」
紫の悪魔は傍らで永遠の眠りについているジーモンを掴むと観客席にぶん投げた。
「たくさんの信者達に崇め、敬われてた教祖様も最期は惨めなもんね」
「市長様もすぐに似たようなことになる」
「……そういう口が利けるのも、今だけだから後悔しないように言えるだけ言っておきなさい」
「……そうはならないさ」
緊迫した空気の中、迸る闘争心を抑え込んだ二人の悪魔は目線を外し、二体のガルーベルが飛んで行った方向に向き直した。