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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の華編
138/194

決戦の地は……

「というわけで明後日の夜、プロウライト署長がクラルヴァイン市長を建設中のエルザスタジアムに呼び出してくれるそうです」

 自分の家でお構い無しにくつろぐ二人に、とても晴れやかな顔でフレデリックはそう言い放った。

「………は?」

 彼の言葉を聞いた木原の腕は自然と上がり、攻撃準備を完了させる。

「ビンタですか!?」

「ビンタだな」

「何で!?」

「何でも何も当然だろ」

「当然なわけないでしょ!!ねぇ、ヒナさん」

「いやいや、フミオちゃんが怒るのも当然だよ、これは殴られても仕方ない……だからとっととビンタされちゃいなよ、フレちゃん」

 アイスを食べていた安堂ヒナは、呆れながらフレデリックの言葉を否定、木原の行動を肯定した。

「えぇ!?ヒナさんまでそんな……」

「普通に考えたら、みんなそういう感想になるんだよ、お前の暴挙には」

「木原さん……!」

「というわけで……!!」

「うう……」

 木原はさらに腕を振りかぶると、フレデリックの顔がひきつる。

(痛いんだよな、あれ。さすがにちょっと可哀想だな……)

 その顔を見ていたヒナはトラウマが呼び起こされた。

「フミオちゃん、ビンタはいつでもできるし、もう少し詳しく話を聞いてみてもいいんじゃない?」

「……助け船を出すか、安堂ヒナ」

「事態が急展開している今、仲間割れしている場合じゃないって思っただけだよ」

「そうです!そうです!ぼく達はこの街の悪を一掃するために戦う一蓮托生の仲間じゃないですか!!」

「私はそんなつもりで動いたことはないのだが……まぁ、確かに話ぐらいは聞いてやってもいいか」

「ふぅ……助かった」

 木原が腕を下げると、フレデリックも胸を撫で下ろした。

「で、どうしてプロウライトが市長を人気のない建設中のスタジアムに呼び出してくれることになったんだ?」

「それはですね……」



「わたしは君のような人間が出てくるのを待っていた!」

「……はい?」

 予想だにしない署長の歓迎の言葉を、フレデリックは理解できず、小首を傾げた。

「えーと……ぼくのような人間を待っていたってどういうことですか?」

「言葉の通りだよ。わたしはフリーダ・クラルヴァインの悪事に気付き、行動する人間が出てくるのを待ち続けていたんだよ」

「え?え?」

 改めて聞いてもわからず新人刑事の頭の上には大量の?マークが浮かび上がった。

「混乱するのも無理はない。君からしたら、わたしは彼女の仲間、前市長暗殺の共犯者なのだからな」

「……そうです……!あなたはぼくやこの街の人を欺き続けてきた……!!」

 フレデリックの顔が一変、眉間に深いシワを寄せ、怒りに満ちた険しい顔で目の前の男を睨み付ける。

「そうだ……わたしはそういう視線を向けられるべき人間だ……」

 それに対し、デズモンドは悲しそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべ、目を伏せた。

「その顔……罪悪感を感じる心は残っているみたいですね」

「むしろ罪悪感しかないよ。わたしはあまりに多くの罪を重ねてきた……」

「わかっているなら、何で!何でフリーダ・クラルヴァインなんかに協力したんですか!!」

 フレデリックが我慢の限界を迎え、声を荒げると、デズモンドは顔を上げ、真っ直ぐ見つめ返し、口を開いた。

「それはそのフリーダ・クラルヴァインを倒すためだ」

「……え?市長を倒す……?」

 フレデリックはまたその一言で混乱の渦の中に巻き込まれた。怒り以上に戸惑いの色が顔を塗りつぶし、最早自分が何をしゃべっているのか、何としゃべっているのかもわからなくなっていた。

「落ち着きなさい、カーンズ刑事。断罪するのは、わたしの話を聞いてからでも遅くないだろう」

「え?あっ……はい……」

 署長に宥められ、フレデリックの荒れていた心は穏やかさを取り戻した。

「それでいい。君には冷静にわたしの選択について正しかったのか、間違っていたのか考えて欲しい」

「選択?」

「まず君は勘違いしているようだが、わたしは前市長の暗殺には関わっていない。わたしがクラルヴァインの仲間に加わったのは、暗殺が行われた後だ」

「……本当ですか?」

 もう完全に疑心暗鬼状態のフレデリックは当然のように署長の言葉を訝しんだ。

「そういう反応になるわな。だが、事実だよ。わたしがクラルヴァインに初めて会ったのは、捜査のために事情聴取に行った時だ。その時、仲間にならないかと誘われた」

「それであなたは意気揚々と了承したと」

「違うよ、カーンズ刑事……わたしにはそうするしか選択肢はなかったんだ」

「詭弁です」

「そう言いたい気持ちもわかるが、考えてみたまえ、当時、一介の刑事だったわたしが三つの新進気鋭のマフィアがバックについた女の要求を断ることができると思うか?」

「それは……」

 フレデリックの脳裏にアンラ・マンユを圧倒する佐利羽秀樹とザリチュ、そして武斉とサルワの姿がフラッシュバックし、思わず恐怖から身震いした。

「怖いだろ?」

「はい……」

「わたしも怖かった。仲間になることを拒絶したら、どんな恐ろしい拷問を受けて、どんな無惨な殺され方をするのか……想像もしたくなかった……!」

「署長……」

 デズモンドもまた昔を思い出し、小刻みに腕を震わした。

「けれどね、カーンズ刑事……わたしが真に恐ろしかったのは、自分が殺されることではなかったんだよ」

「え?それって一体どういう……」

「ムージュン刑務所のアナクレト・メルカド所長のことは知っていますよね?」

「はい。彼もあなた方の一味だと……」

「奴はわたしより先にクラルヴァインに接触していた。そのことを知らされた時が一番ショックだった……既に公的組織の中にも彼女の協力者が潜り込んでいることに……!!」

 デズモンドは再び震えた。しかし今度は恐怖ではなく、怒りで……。

「もしわたしが奴らの誘いを断っても、きっと別の刑事を引き入れるだけ、下手したら既に警察内部に獅子心中の虫が、それがもしメルカドのように自分の欲望を満たすことしか考えないような奴だったら……」

「考えただけで、ゾッとしますね……」

「あぁ、そうなったらエルザシティはおしまいだ。では、どうすればいい?わたしは考えた。そして出した答えが……奴らの仲間になる“フリ”をして、クラルヴァイン達の行動を監視することだった」

「監視……じゃあ、あなたは!!?」

 デズモンドはコクリと頷いた。

「わたしは待っていた!クラルヴァインの疑心とマフィアの野心が軋轢を生み、綻びができるのを!わたしは待っていた!前市長暗殺に疑問を持ち、真実にたどり着く優秀で勇敢な警官が現れることを!心を押し殺して、待ち続けた!!」

「署長……」

「そして遂に時は満ちた!フレデリック・カーンズ刑事!君がわたしの前に現れてくれた!!」

「プロウライト署長!!」

「雌伏の時は終わりだ!我らでフリーダ・クラルヴァインの悪政に終止符を打とうではないか!!」

「はい!!」

 フレデリックとデズモンドは握手を交わした。



「ってなわけで、プロウライト署長は味方だったんですよ~」

「そうか」

 へらへらと語るフレデリックに向けて、木原は再度腕を振り上げた。

「何で!?今の話を聞いていましたか!?」

「あぁ、人生の中でも一二を争うくらい真剣にお行儀よく拝聴させていただきました」

「だったら!!」

「聞いた上でだ!貴様は本当に……もういいや……」

 もう会話を交わすことに辟易した木原は腕を下げた。

「木原さん?」

「予定が狂ったというレベルではないが、今さら過去は変えられないからな。話がシンプルになったとポジティブに考えることにするよ。明後日、エルザスタジアムだな?」

「はい。そこでクラルヴァイン市長に最後通牒を突きつけるそうです。全てを洗いざらい白日の下に晒せと」

「拒絶されたら?」

「その時は署長と木原さん、いえアーリマンの二人がかりで対応すればホワイト相手でも……あっ!ジーモン・シュパーマーを仲間にできたんだったら彼も連れて来てくださいって言ってました。特級三人がかりなら、まず負けないだろうって」

「ジーモンのタローマティも中々強かったからな。三人で協力して戦えたなら、勝率は確かに段違いに上がる」

「はい!絶対に勝てますよ!」

「最後に一つ、アーリマンの正体のことは?」

「もちろん言ってません!言うわけないじゃないですか!!」

 フレデリックはブンブンと首を横に振った。

「それくらいの分別はあるか」

 そう言うと、木原は立ち上がり、玄関まで歩き出した。

「木原さん?お出かけですか?」

「ちょっと頭をクールダウンさせるために夜風に当たってくる。ついでにコンビニに寄ってくるが、何か買ってくるものはあるか?」

「ぼくは別に」

「あたしはね……っていうか、あたしも行く!!」

 ヒナは勢いよく立ち上がると、ドタバタと木原に駆け寄った。

「私は一人になりたいのだが……」

「いいからいいから!!旅はなんちゃら、世はなんちゃらっていうでしょう!」

「おい、そんなうろ覚えの言葉でついて来ようと……」

「いいからいいから!!」

 安堂ヒナは木原の背中を押し、彼を外に出した。

「では、いってきます!」

「気をつけてね~」

 フレデリックは手を振って、二人を見送った。



「……で、何でついて来たんだ?」

 隣を歩くヒナに木原は怪訝な顔で問いかけた。

「まずは自分の安全のため。フレちゃんが市長のことを追ってると知られたんなら、あの部屋は安全じゃない。いつ襲われてもおかしくないからね。それなら戦闘力の高いフミオちゃんの側にいた方がいい」

「少なくとも今のところは襲撃はないと思うぞ。部屋の周りにも、今も嫌な気配を感じない」

「だろうね。もし少しでもヤバいと思ったら、あんなのんきにおしゃべりなんかしてないもんね」

「それがわかっているなら、部屋で待っていればよかっただろうに」

「いや、きちんとフミオちゃんの本心を聞いておきたいと思ってね」

「私の本心?私は何も包み隠さず本心をさらけ出したつもりだが?」

「そういうことを真顔で言える人間は、本物のバカか天性の詐欺師だよ。それで、何でデズモンド・プロウライトの話に乗る気になったの?いくらなんでも簡単に信じ過ぎでしょ」

「理由はいくつがあるが、さっき言った通り、それはそれで話がシンプルになっていいと思ったからだ」

「まぁ、何はともあれターゲットであるクラルヴァイン市長と秘密裏に対面できるわけだからね」

「これ以上追い詰めて、警備を固められたり、雲隠れされると面倒だからな。奴は今私達の存在を恐れて日々を送っているだろうが、私は同じ思いをしたくない」

「政治的に失脚させるにしても、暴力で存在を抹消するにしても、直接会って徹底的にやり込めて、反撃できないようにしないとってことだね」

「そういうことだ。あとは……」

「あとは?」

「この状況、もしかしたらフレデリック・カーンズの真価を引き出してくれるかもと思ってな……!!」

 木原の口角がニタァと上がり、悪魔のような笑みを浮かべた。

「うわぁ……ろくでもないことを考えてる顔だ」

「フッ……なんにせよ決戦の地はエルザスタジアムだ。そこでこの犯罪都市エルザシティの未来が決まる……!!」

 木原が空を見上げると、星一つない漆黒の闇が広がっていた……。


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