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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の華編
133/194

テーブルを囲んで

「コ、コーヒーお待ちしました……」

 フレデリック・カーンズは淹れたてのコーヒーをテーブルの上に置いていく。

 一つは未だ完全武装状態のアンラ・マンユの前に、一つはそのアンラ・マンユを作った女科学者安堂ヒナの前に、そして一つは政治家ベンジャミン・マクナルティの前に……。

「ありがとう」

「いえいえ……」

 マクナルティと会釈し合いながら、フレデリックも自分のコーヒーを持って席に。

 こうして本来、交じり合うはずのない四人が一つのテーブルを囲んで座った。

「では、まずは……改めて自己紹介とお礼を。ベンジャミン・マクナルティだ。助けてくれてありがとう」

「いよっ!!脱走犯!!」

「安堂さん!?」

 空気の読めないヒナの合いの手にフレデリックは困惑し、マクナルティは苦笑いを浮かべた。

「まぁ、そう言われても仕方ない立場なのだが、わたしは無罪だ。汚職などしていない」

「フリーダ・クラルヴァイン現市長に嵌められたと言いたいんだな?」

「あぁ、その通りだ」

 アンラ・マンユの問いかけに、何ら恥じることはしてないと真っ直ぐな目で見つめ返し、力強く頷いた。

「わたしはむしろ彼女の悪事を白日の下に晒すために調べていたんだ。だが、結果はこの通り……」

「逆に言えば、あんたにそこまでしなければいけないほど奴は追い詰められてたってことだな」

「それについては……彼女の方が詳しいんじゃないか?」

「ん?」

 コーヒーをのんきに啜っているヒナに視線が集中すると、彼女はゆっくりとカップを置き、三人を見回した。

「皆さん、アタシにかなりご期待しているようだね~」

「ムカつくがその通りだ。とっとと知っていることを洗いざらい話せ」

「もちろんそのつもりだよ。だけど、その前にアン……じゃなくて、アーリマン、君に訊きたいことが」

「何だ?スリーサイズと年齢はNGだぞ」

「違うよ。アタシが訊きたいのは、なんであんたはフリーダ・クラルヴァインを疑っていたのってこと」

「あっ!ぼくも気になってました」

「わたしも知りたいな」

 視線は移動し、あぐらをかいている紫の悪魔に。木原は正直面倒くさいと思ったが、ここでごねても無駄に時間がかかり、余計面倒になるだけだと考え、口を開いた。

「なんてことはない。あの三大マフィアに上から、もしくは対等に接することができる人間なんてこの街には限られている。市長か警察のトップ、エルザ・インダストリーズの社長、あとグナーデ教会のジーモン・シュパーマーぐらいのもんだろう」

「元社員から言わせてもらえば、エルザ・インダストリーズの社長はないよ。あの人絶対に危ない橋を渡らないもん」

「私もインダストリーズの社長は真っ先に可能性を切り捨てた」

「何ゆえそう思ったのかね、アーリマン?」

「十年前の前市長暗殺との接点が見当たらなかったからさ」

「な!?」

「やはり……」

「ふーん」

 アーリマンの言葉を聞いて、三者三様のリアクションを取る。特にフレデリックの驚きぶりは凄まじいものであった。

「き……アーリマン、それってつまり……」

 震えるフレデリックの言葉にアンラ・マンユはコクリと頷き、肯定した。

「おそらく前市長を暗殺したのは、現市長フリーダ・クラルヴァインだろう。そして彼女に協力したのが市警トップのデズモンド・プロウライトと三大マフィアのボス達。全員その事件の後に躍進を遂げている」

「た、確かにそうですけど……」

「まぁ、ここからはお前の方が詳しく知っているだろ……安堂ヒナ」

 話のバトンを渡された女科学者はコーヒーをまた口に含み、喉を潤した。

「正確にはその五人と情報収集役の当時はただの占い師だったシュパーマー教祖と、これまた平の看守だったメルカド、そして彼らの武器を調達……というか開発したアタシの父親の仕業だよ」

「え!?」

「何!?」

「……そうだったのか……」

 先ほどとは違う三人がまたそれぞれの反応を見せる。アンラ・マンユは得心がいったと頷きながら口元を撫でた。

「フリーダが前市長を殺した動機はわからない。ただ折り合いが悪くなったのか、はたまた野心が暴走したのか……とにかくそれが実行され、その罪は当時裏社会を支配していたマフィアに擦り付けられ、その組織は壊滅、代わりにアルティーリョ、佐利羽、奏月が台頭した」

「そしてその捜査の指揮を取っていたデズモンド・プロウライトは出世し、警察のトップにまで昇り詰めた」

「くっ!署長……!!」

 フレデリックは思わず目を伏せ、正座している太腿の上の拳を握りしめ、怒りと悔しさでプルプルと震えた。

「メルカドはそれから暫くして、デズモンドの計らいでムージュン刑務所の最年少所長にジーモン・シュパーマーはその時の報酬を利用して、グナーデ教会を起こし、市長と警察署長がお仲間であることをいいことに、かなり無茶なやり方で勢力を大きくしていった」

「わたしはクラルヴァインとグナーデの繋がりを探っていたんだ。やはり奴らは……わたしがもっと上手くやっていれば……!!」

 ベンジャミンは思わず憤怒と悔恨から顔をしかめ、握った拳をワナワナと震わせた。

「それで残るはお前の父親だけだが……」

「ぼくの調べではお亡くなりに……」

「うん。用済みになったから、あいつらに殺されちゃったっぽいね」

「え!?」

「どうしたの?流れでだいたい想像つくでしょ?」

「いやでも、自分の父親が殺されたのを、そんなあっけらかんと」

「今さら悲しんだところでなんともならないし、父が悪の片棒を担いで、その結果この十年、ひどい目に会った人もたくさんいるから。っていうか、それこそマクナルティさんがまさにその一人だし」

「それはそうだが……」

「だから個人的には悲しい気持ちもあるけど、それを表に出すべきじゃないというか、娘に誇りに思われるべき人じゃないと思うんだよね」

「ヒナさん……」

 そう言うと、感情を奥に押し込めるようにまたコーヒーを飲んだ。

「……話を戻して、アタシの父は必要ないと判断されて殺されたわけなんだけど、フリーダは最近になって、それを後悔し始めた」

「え?どうして急に……」

「三大マフィアのボスの動きがどこか怪しいって感じていたみたい。それが彼女の疑心暗鬼なのか事実なのかはアタシにはわからないけど」

「奴らも年を取って、自分亡き後の後継者や組織の運営を考え始めたのを、自分へ反旗を翻そうとしていると勘違いしたのかもな。これも私の推測でしかないが」

「なんにせよフリーダは彼らに対抗する力を求めた。アタシの父が作ったピースプレイヤーを超えるマシンを手に入れようとした」

「そして白羽の矢が立ったのが……」

「その通り!娘のアタシってわけさ!!」

 ヒナは仰け反るほど胸を張った。

「ええと……ヒナさんはお父さんを殺した人に協力することに抵抗はなかったんですか?」

「フリーダ曰く、あの三人が勝手に暴走してやったことらしいし、仕事に物足りなさを感じていた頃だったから……いいかなって」

「ええ……」

「お父上のように自分の発明品がエルザシティに悪影響を与えるかもとか考えなかったのか?」

「ほら、太陽って地上に影響を与えようとか考えて、輝いているわけじゃないでしょ。地上の人が勝手に被害や恩恵を受けているだけで……真の才能ってそういうもんじゃない?」


ベチン!!


「――ぐぎゃ!?」

 アンラ・マンユは反射的に手が出た。気づいたらまたビンタしていた。

「すまん、つい」

「“つい”で人の頬を叩かないでよ!!」

「いや、今のは仕方ない」

「はい、殴られて当然だと思います」

 マクナルティとフレデリックはウンウンと悪魔の所業を肯定した。

「この人達ひどい……」

「ひどくてもひどくなくてもいいから、早く続きを話せ。お前は奴の庇護の下、アーリマンを作ったんだろ?」

「そうだよ……特級オリジンズの素材を渡されてね」

 ヒナは頬を擦りながら、姿勢を正した。

「まず始めに雛型としてプロトタイプのアーリマン、君達の言うところのホワイトを作った。どれだけの出力が出せるのか見るために、最低限の武器だけ積んで、基本スペック全振りで」

「やはり純粋なパワーはあちらに分があったか」

「んで、そのデータを元にアカ・マナフ、ザリチュ、サルワの三体に有効そうな武装を積んだ今、あなたが装着している完成型のアーリマンの製作に取りかかった」

「話の流れ的にプロウライトやシュパーマーもピースプレイヤーを持っている気がするのが……」

「持ってるよ、マクナルティさん。確か名前はデズモンドのが『ドゥルジ』、ジーモンのが『タローマティ』だったと思う。あとメルカドのタルウィも名前は聞いていた」

「名前以外は?」

 ヒナは首を横に振った。

「教えてくれなかったよ。フリーダ的にはその三人は自分を裏切らないと思っているのか、それとも裏切られたところで、どうにでもなると思っていたのか」

「アナクレト・メルカドについては後者だろうな。タルウィ自体はいいマシンだったが、使いこなしている感じではなかった。あれならいくらでも対処できる方法がある」

「メルカドが雑魚かクソかはともかく、アタシは紫のアーリマンを完成させて、それを適当なチンピラに横流しした」

「へぇ……え?」

 フレデリックは間抜けに開いた目と口をヒナに向け、もう一度言ってくれと、訴えた。

「だからチンピラに横流ししたんだってば」

「な、何のために?」

「命を守るためさ。フリーダは自分は関与してないって言っていたけど、父は全て終わったら死んだ」

「自分もそうなると?」

「うん。ただでさえ猜疑心の塊みたいになってるし、裏切りが起きないように、前市長暗殺の証拠を含めてみんなの悪事を七つに分割して渡したのも後悔してたっぽいし」

「七つに分割って……」

「このペンダントの中のデータカードのことだな」

 アンラ・マンユは傍らにあった四つのペンダントをテーブルの上に置いた。

「それぞれがそれぞれの弱味を握っていれば、裏切ることはないと思ってたみたいだけど、自分を終わらせる力を誰かが持っているっていうのは、きつかったんだろうね。疑い深くなったのも長年の精神的疲労の蓄積のせいなのかなと」

「で、同じ轍を踏まないように、自分のことを確実に始末するだろうと考えたのか」

「イエス。それで完成したアーリマンを盗まれたと言って、世界に解き放ったのさ。そんなことすれば疑い深い彼女はアタシが嘘をついて隠すなり、誰かに渡しただろうと考える。そしてその情報を聞き出すために監禁するはず……賢いアタシは自分が監禁されるであろう場所には見当がついていた」

「あの地下空間か」

「あそこは元々、表に出せないような訳あり囚人を監禁拷問するような場所だったけど、ホワイトのテストに都合が良かったから使わせてもらったんだ。メルカド所長にガルーベルを装着してもらって、フリーダに使い方をレクチャーしたこともあった。きっとアタシを閉じ込めるならそこ……だからメッセージとマップをアーリマンに仕込んでおいたのさ」

「話はわかりましたけど……いくらなんでも適当過ぎませんか?どういう人物に渡るかは運次第でしょ?」

「優れた道具っていうのは、使い手を選ぶもんなんだよ。だからアタシの最高傑作であるアーリマンちゃんも必ず強くて、野心溢れる装着者を選んでアタシの下に連れて来てくれると信じていた。仮にちょっと物足りない人物でも段階を踏んで成長できるようにしていたしね」

「あのふざけた制限か……!!」

 仮面の下で木原は顔を強張らせた。

「ホワイトと遭遇して流れるのは、緊急事態用の特例措置で、本来は最後の一つを除いて全ての武装が解禁された時にメッセージが流れるようにしていたんだ。確かアーリマンはまだ封印が解けてないのは、残り二つだよね?」

「あぁ……」

 アーリマンは念のために武装欄を仮面の裏のディスプレイに映し出し、改めて確認した。

「その通りだ、残り二つ。“現在使用不可能”なのは二つだ」

「一つは、目から放つ熱線“ヒートアイ”」

「ホワイトが使っていた奴か」

「それが解禁されて、メッセージを受け取ってもらえるのがベストだったんだけどね」

「では、除外された最後の一つは……」

「あなたなら察しがついているでしょ?」

「完全適合に至らないと使えぬ武器か」

「イエ~ス」

 ヒナは指をパチンと鳴らし、悪魔を指差した。

「その最後の武器がアーリマン最強の必殺兵器だよ」

「あの熱線よりも……ヒートアイよりもか?」

「ええ。なんてったって、感情をエネルギーに変換する完全適合の力の全てを集約した大技だもん」

「そんな凄まじい武器が……!」

 フレデリックは思わず生唾を飲み込んだ。

「ふふふ、恐ろしかろう恐ろしかろう」

「確かに恐怖を覚えるな、それが事実だとしたら」

「疑うのかい?“ウルトラダークネスダイナマイトフラワーエクスプロージョン”の威力を」

「………」

 アンラ・マンユはそっと手を振り上げた。

「なんで!?なんでビンタしようとしてるの!?」

「わからないのか……そんなダサくて長い名前が最強武器だと言われた俺の気持ちが……!!」

「そこまで怒ること!?カッコいいじゃんウルトラダークネスダイナマイトフラワーエクスプロージョン!!ねぇ?」

 ヒナは静観しているフレデリックとマクナルティに同意を求めた……が。

「いや全然」

「ダサいかダサくないかと問われたら、ほとんどの奴がダサいと答えると思うぞ」

 あっさりと否定されてしまった。

「ううっ……アタシの天才的頭脳をフル稼働させて考えたのに……」

「それがダメだったんじゃない?」

「他の武装はシンプルでわかりやすくて、意外と気に入っていたのに……最後の最後で訳のわからんことを……!」

「いや、わかりやすいじゃん!敵にエネルギーを撃ち込み、花のような爆炎で包んで倒すから、ウルトラダークネスダイナマイトフラワーエクスプロージョン!!」

「フラワーが入っている意味はわかったけど、爆発について表現したいなら、ダイナマイトかエクスプロージョンのどっちかでよくない?」

「選べなかったんだ……アタシには選べなかった……!!」

 ヒナは消え入るような声でうめきながら、テーブルに突っ伏した。

「……なんか話が脱線したが、この街の裏で何が行われていたかはわかった」

「切り替え早いですね、アーリマン……」

「ここからはスピード勝負になるからな。マクナルティ殿が脱走して、フリーダ・クラルヴァイン一味はかなり混乱しているはず」

「その混乱に乗じて、一網打尽でも狙うつもりですか?」

「フレデリック、君は本当に私のことを戦闘狂だと思っているようだな」

「だってあんだけ穏便にって言っていたのに、結局メルカド所長と戦ったじゃないですか?」

「それは奴が……って、もう死んだ奴の話はいい!私が言いたいのは、アプローチを変える」

「アプローチ?」

「狙うはジーモン・シュパーマー。奴はきっと武斉たちが次々と殺され、それこそ疑心暗鬼に陥っているはずだ」

「なるほど……クラルヴァインが厄介な存在である自分達を抹殺していると、疑っている可能性があるというのだな」

「奴の場合、マクナルティ殿に市長との関係を疑われていたという事実がまた猜疑心を加速させていると思う。そこを狙う」

「仲間に引き入れるつもりか?」

 アーリマンは力強く首を縦に動かした。

「それができたなら、様々な手が取れる。そうでなくとも、更なる情報が手に入るだろう」

「理屈はわかるが……そう簡単にいくものだろうか?」

「実際に奴に対して、どう動くかは、私自身の目で見定めてからだ。とりあえず明後日にでも、入信を希望している迷える子羊のふりをして、グナーデ教会に接触してみる。それまでは君達は不用意な行動を慎んでくれ」

「あの~」

 フレデリックが恐る恐る挙手をした。

「なんだ?」

「プロウライト署長はどうするんですか?」

「今はどうもしない。本当は君に色々と行動を探ってもらいたいのだが、署長室から出てくる時に遭遇したのが痛かったな……下手に動いて、怪しまれるのは避けたいから、とにかく今は普通に業務に勤しめ」

「……わかりました」

 テーブルの下でフレデリックはまた拳を握りしめる。

 思い詰めた彼の行動が事態を一気に最終局面まで加速させることになるとは、その時はフレデリック自身を含め誰も知らなかった……。

「これで話は終わりだ」

「一ついいかい、アーリマン?」

「何かな、マクナルティ殿?」

「わたしはこの場所に、フレデリックくんの家に隠れていればいいのか?」

「あ!アタシもそれ聞きたかった。こんな狭い部屋で四人で生活するの?」

「狭いって……」

「いや、こんな時のために密かに用意していたセーフハウスがある。二人にはそこに潜んでもらう」

「……え?」

「どうしたフレデリック?」

「いや……セーフハウスとか持っているんですね、アーリマン……」

「危ない橋を渡っているからな。もしもの時の準備はきちんとしておかないと。それがどうしたんだ?」

「だったらアーリマンもぼくの家から出て行ってセーフハウスとやらに行ってくれませんかね?」

「やだよ。私の顔は割れてないからな。ここで十分だ」

「そういう問題じゃ……!!」

「何をイラついているんだ?アイスでも食って落ち着けよ。あっ、そう言えば、さっき腹減ってたから私が食べたんだった」

「ぼ、ぼくの買ってきた奴をまた勝手に……」

「まぁ、一緒に暮らしていたらそういうこともあるさ。ドンマイ」

「お願いだから出て行ってください!!」

 フレデリック、魂の叫びであった。


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